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星河の覇皇

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第五部第五章 次なる戦いの幕開けその三


 連合は対立関係にある海賊達がいる場合は互いを煽って戦わせたりして勢力を弱めさせたり海賊の中から内通者を出して彼等から情報を提供してもらい海賊を討つこともよくしていた。八条はこうした策を好まないが投降した者達から内部事情や航路を聞いてそれを作戦に反映させることはよくしていた。これは戦略の常識であった。
 こうして海賊のやり方を学びそれに対処していく。連合の治安は海賊の知恵を借りることで大幅に回復したというのも因縁めいたことであった。
「ですが一つ大きな勢力が残っていまして」
「彼等ね」
「はい。海賊といっていいのかどうかすらわかりませんが」
 連合の広大な領域の端に彼等はいた。マウリアとの境である。
 彼等は自らを解放軍と名乗っていた。連合に反対するレジスタンスだという。
 だがその実状は単なる犯罪者の吹き溜まりであった。連合、そしてマウリアで罪を犯した者達が逃げ込む場所であった。
 両勢力の境にある複雑なアステロイドと磁気嵐のある場所に彼等は潜んでいた。そしてそこに立て篭もり連合とマウリアの交易路を隙があれば狙っていた。
 その数は一千万、艦艇は十万を超えていた。長い年月を経てそこにいる言わば独立勢力であった。
 今では殆ど国となっている。首領である存在はリーダーと呼ばれ彼等を取り纏めていた。
「一人も投降しなかったそうね」
「全員その罪はかなり重いですから」
 投降すれば惨たらしい死が待っているのは明らかだったからだ。
「これまでの討伐隊は全く歯が立たなかったし」
 連合も各国の政府、とりわけマウリアと深い関係にある国々にとっては解放軍は忌々しい存在であった。思い出したようにその交易路を狙って来るからだ。彼等の存在を嫌い中にはハサンまで回りこんで交易を行う場合もあった。かれはマウリアにとっても頭の痛い問題であった。
 その為幾度も連合、マウリア双方から討伐隊が派遣された。だが成果をあげることはできなかった。
 理由は三つあった。彼等がよくまとまっておりその兵も装備も良かったことだ。普通の海賊とは思えぬ程のその装備は幾度も討伐隊を撃退しているうちに分捕ったものや横流しのものばかりであった。彼等は資源も持っておりそれで闇商人達と交易もしていたのである。
 兵がまとまっているのは彼等の組織が代々強力なリーダーに恵まれ他に居場所もなかったからだ。凶悪犯達ばかりである彼等は投降しても死が待っているだけである。ならばここにいるしかないのだ。
 そして二つ目の理由は彼等の勢力圏の地形の複雑させである。その地形を利用して彼等は戦う。その地形の前に攻めあぐねているのだ。
 三つ目の理由は両勢力の境にあること。下手に動けば連合もマウリアも互いの勢力圏を侵害することになる。その為自由に動くことができなかったのだ。
 彼等はこうした条件をフルに活用した。そして連合とマウリアの境に独自の勢力を保っていたのだ。
「どのみちいずれは取り除かなければならない存在でした」
「そうね」
「今討伐しても問題はないでしょう」
「ということはすぐにでも取り掛かるのね」
「プランは出来ています」
 八条は強い声でそう言った。
「ですがまだ準備がありますので」
「後方基地ね」
「はい、そちらの整備はまだまだ途上にあります」
 八条も補給の重要性はよく認識していた。
「国境に近いだけあってマウリアを刺激しないようにはしていますが」
「賢明な判断ね」
「はい」
「幾ら同盟国でも下手に刺激するとあとが厄介よ」
「それはわかっています」
 その程度がわからぬ八条ではなかった。
「今彼等は我々の軍備に警戒しているようですし」
「そのようね」
 マウリアの軍備拡大は連合にも伝わっていた。そしてその目的もおおよその想像がついていたのだ。
「それで補給はどうなっているの」
「今整備しているところです。主に各国のそれまでの基地を整備拡大することをメインにしています」
「それ等の基地を繋いでいくのかしら」
「それもあります」
 彼はそれを認めた。
「ですがそれだけではありません」
「というと」
「航路の整備も進めています。港湾や基地を効率的に繋ぐことができるように」
「軍の進行や補給を円滑にする為ね」
「はい。解放軍を討つのはそれが整え終わってからだと考えています。今回の作戦はまずこうした補給や航路の整備を見る意味もありと思います」
「成程ね」
 電話越しに頷いているのがわかった。
「かなり先のことになりそうね」
「はい。焦ってはかえって逆効果かと」
 彼は急ぐあまり全てが失敗に終わることを恐れているのだ。
「それよりはまず全てを整えてからにしたいのです。その間マウリアとの道が脅かされるのは残念ですが」
「仕方ないわね。解放軍は連合の喉元に突き刺さった棘だし」
 何よりもマウリアとの道を脅かしているのが脅威であった。これをどうにかするのが今ままでの中央政府の課題であったが上手くはいっていないのが実状である。
「抜かなくてはならないけれど複雑に突き刺さっている」
「はい。抜くのには慎重を期さなければいけません」
 それを誰よりもよくわかっていた。
「そして抜いたからには永遠に突き刺さらないようにしなければ」
「その為の手術ね」
「そうですね」
 八条は手術と言われそれに頷いた。
「今はその為の準備の段階です」
「さしづめ君は医者ね。オペを担当する」
「ははは、言われてみれば」
 そうも捉えられる。彼は笑って応えた。
「けれど私はブラックジャックではないですよ」
 一千年以上前の日本の漫画のキャラクターである。異才と言われた手塚治虫が描いた漫画の主人公であり免許を持たないが天才的な腕を持っている。法外な報酬を要求するがその心は温かい。一千年以上も残っている不朽の名作だ。他に残っているのはドラえもん等位である。今では古典とさえなっている。
「まあ君はあんなにクールでも斜に構えてもいないからね」
「はい」
「タイプも違うわね。残念だけれど」
「どういう意味ですか」
「あら、私はブラックジャックのファンなのよ。あんな男の人に何時か巡り合えたら、って思っていたけれど」
「初耳ですよ」
「当然よ。今初めて話すんだから」
 何となく八条をからかうような声であった。実際彼女は八条の対応を楽しんでいるのだ。
 こうしたことはよくあった。八条はスマートな美男子であるが女性には疎い。その為よく高校生やこうした少し年のいった女性からからかわれるのだ。
「そうだったんですか」
 流石にからかわれ慣れているので落ち着いて対応した。
「ええ。けれどああしたタイプは実際にいないものね」
「だからこそ漫画の主人公になるんですよ」
「それはそうだけれど」
「どうせ私は面白みや陰には欠ける人間ですから」
「確かにね」
 伊藤は笑いながら言った。
「けれど面白みはあると思うわ」
「そうですけね」
 八条はいささか憮然として言った。
「少なくとも私はそう思うわ。だから今回も頑張りなさい」
「はい」
 逃げられた、と思った。流石にそれなりの人生経験を積み学者として政治家として成功を収めているだけはある。やはり手強かった。実際彼女は各国の首脳からは手強い女だと認識されている。『女狐』だとか『御局様』だとか呼ばれることもある。御局様とは江戸時代初期の大奥を取り仕切り三代将軍徳川家光の乳母であった春日局からとられている。近世まで日本でのみ知られていたが日本の歴史の研究が広まるにつれその女傑ぶりと切れが知られるようになった。タイプは全く違うが日本の女性の権力者としてそう呼ばれるのだ。
「幾ら何でも他にいい呼び方はないのか」
 だが日本人はいささか不満であった。
「じゃあどう呼べというんだ」
 他の国の者はそれに対して決まってこう返す。これ以上インパクトのある言葉を思いつかないのだ。
「そう言われても」
 実際困ってしまうのが実状だ。
 こうして彼女の通り名は決まってしまった。だが当の本人はそれを聞いて至って上機嫌だったという。
「結構なことじゃない。御局様なんて」
 何処となく意地の悪そうなこの仇名を笑って受け入れていた。
「仇名がないよりある方がいいわ。名前が知られている証拠なんですもの」
 政治家は名前が知られてないとまず話にならない。それを知っているからこその言葉であった。
 こうして彼女の通り名は決まった。もう一方の女狐も使われないわけではないが実際は後者の方が使われることが圧倒的に多いのだ。
「それじゃあね。活躍期待してるわ」
「はい」
 伊藤はそれで電話を切った。受話器を置いた八条はあらためて考え込んだ。
「さて」
 彼は腕を組んでいた。
「どうしたものか」
 まずはやらなければならないことが山の様にある。
「それを何とかしてからだな」
 彼はそう言って仕事にとりかかった。まずは机の上の書類を決裁することだ。
「仕事は増えることはあっても減ることはないな」
 それは世の摂理であった。
「文句を言ってもはじまらない。一つずつ終わらせていくか」
 彼はこうして仕事に没頭した。後の為に今やらなければならないからだ。

 サハラ最高会議は意外な展開を見せていた。
「宇宙艦隊司令長官の御意見ですが」
 首相であるハラーイブはアッディーンに視線を集中させていた。
「はい」
 アッディーンも彼女から視線を外さない。だがハラーイブの方が優勢にあるのは誰の目から見ても明らかであった。
 彼は彼女が苦手である。それも隠しようがない事実であった。
「一体どの様な根拠がおありなのでしょうか」
「根拠ですか」
 彼はここで南方への進出を提案した。そこで彼女に突っ込みを入れられたのだ。
 予想していたこととはいえ緊張する。頭の切れのいい彼女だ。少しでも問題があったならば大変なことになるだろう。
(それにしてもだ)
 アッディーンはハラーイフから視線を外すことができなかった。
(何故自分の意見をここで言わないのか)
 それが不思議でならなかったのだ。
(普段はあれ程主張しているというのに)
 ハラーイフは言うべきことは言わなければならないと考えているタイプである。またその主張が強くそれが彼女をさらに潔癖かつ完ぺき主義に見せているのだ。
(さて)
 アッディーンは彼女を見た。
(一体何を考えているのか)
「はい、根拠です」
 ハラーイブは言った。
「どの様なお考えで南方への進出を述べられているのでしょうか。お答え下さい」
(ほう)
 アッディーンはそれを聞いて心の中で眉を吊り上げた。
(説明させる気か)
 再びハラーイフを見る。その目は何も語ってはいない。だが何かを考えていることは確実だ。
「わかりました」
 アッディーンは答えた。
「では私の考えを説明致しましょう」
「はい」
 そこでまたもやハラーイフを見た。やはり表情は変わってはいない。
(腹の底は見せないつもりか)
 やはり食えない女だと思った。もっともそうでないと首相は務まらないが。
「それでは」
 彼は立ち上がった。そして説明をはじめた。
「まず今の我々は四つの道があります。現状維持か東に進むか北に進むか。そして南に進むか。この四つの道があります」
 彼は言った。
「そのうち現状維持ですがその時はもう終わりました。ミドハド、サラーフの旧領の併合及び再編成は済んでおり兵も既に充分な状況になっております」
「ですな。装備も軍の編成ももうかなり整っている」
「あとは動かすだけだ」
 参謀総長であるマナーマと統合作戦本部長アジュラーンがそれに対し言った。ハラーイフはその時二人をチラリ、と見た。
「そこで進出案ですがまずは東について述べさせてもらいます」
「ハサンか」
 国防相であるヤシーム=シカールがそれに反応した。当然この会議には国防相も出席している。
「はい」
 アッディーンはそれに頷いた。
「今のところ我が国とハサンの国力差は大きいと言わざるを得ません」
「艦隊にして向こうは七十。それに対してこちらは四十でしたね」
「はい」
 外相アッバースに答えた。
「戦力はかなり差があります。今彼等と事を構えるのは得策ではないと考えます」
「確かにな。サラーフの時の様に内部に問題があるわけではないしな」
 大統領ブワイフも言った。
「おそらく内部からの自壊は期待できないかと思われます」
「少なくとも今のところは難しいでしょう」
 アッバースの目が一瞬光ったように見えた。
「それを考えると今のハサンと戦うべきではありませんね」
「はい、私もそう考えます」
 アッバースの助け舟の様な言葉に頷いた。
「皆さんはどうお考えでしょうか」
 ここでブワイフを見た。だがその直前に一瞬だがハラーイブを見た。
(どうでる)
 彼女の反応を窺ったのだ。目が合った。
「大統領」
 だが彼女はそれに気付かないふりをしてブワイフに顔を向けた。
「司令のお話についてどう思われますか」
「うむ」
 彼はそれにまず頷いてから口を開いた。
「私も司令の意見に賛成だ。少なくとも今は現状維持もハサンとの衝突も避けるべきだ」
「わかりました」
 ハラーイブはその言葉に頭を垂れた。見れば他の者もそれに頷いている。これでハサンとの戦いはなくなった。
(よし)
 彼は次の話に移った。
「そして次の案ですが」
「北か南かだね」
 アジュラーンが言った。
「はい。まずは北ですが」
 アッディーンは説明を開始した。
「北はこの度諸国が統一されました。シャイターン主席の下に」
「あの男ですか」
 アッバースが言った。
「はい。彼はこれまでの戦いを見ているとかなりの戦術眼の持ち主です。そして政戦両略も備えていると聞いています」
「彼のもので北方の国力は急成長しているそうだね」
「はい。これは見過ごすことができないでしょう」
 ブワイフに答えた。
「艦隊にして十個規模だがな。だが彼は数をものとしてこなかった」
 シカールも言った。
「その彼の力ですが今は有効に使うべきであると思います」
「というと」
 それまで資料に目を通していたマナーマが顔を上げた。
「今も北にはエウロパの総督府があります。彼等への防波堤となってもらうのです」
「防波堤か」
「はい。エウロパの勢力をサハラから放逐するのは我等の悲願ですが」
「それは今ではないのだな」
「私はそう思います」
 アッディーンはブワイフに対して述べた。
「それは是非我がオムダーマンの手で成し遂げるべきですがそれにはまだ力不足です。それに北方諸国連合との戦いでダメージを受けている状況が予想されますので」
「とてもじゃないが不可能だな」
「はい、その時をハサンに衝かれる恐れがあります。そうなってしまっては何にもなりません」
 戦略の常道であった。アッディーンはサハラの情勢を冷静に認識していた。そのうえで述べているのだ。
 だからこそ説得力があった。皆彼の言葉に耳を傾けていた。
 
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