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サロメ

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第一幕その五


第一幕その五

「それは」
「あの王妃でもないのか」
 彼は今度は王妃について述べていた。
「夫を殺した男と寝て様々な男と交わり贅沢の限りを尽くすあの女でもないのか」
「御母様ね」
 今度も誰なのかわかった。
「いずれ裁きがある。それを教えてやろうぞ」
「貴方がヨカナーンなのね」
「むっ」
 ヨカナーンはサロメに気付いた。
「御前は誰だ」
「何という鋭い光」
 サロメはヨカナーンの目を見ていた。その目を見ながら恍惚としていた。
「その光が今私に」
「私を見ているのか」
「黒い、それでいて輝く瞳」
 ヨカナーンの目をじっと見詰めている。恍惚としたまま。
「気まぐれな月に掻き乱された黒い湖みたいな、それでいて松明よりも赤く輝いているわ」
「王女様、やはり」
 兵士達とナラボートはまたサロメに声をかける。そこに狂気を感じていたからだ。
「ここはお下がりを」
「ヨカナーン殿も。戻られて」
「何という身体」
 だがサロメは聞かない。今度はヨカナーンの身体を見ていた。
「痩せていて白くてまるで象牙の像のよう。月のように浄らかで」
「危ないですぞ」
 ナラボートはその言葉を聞いてさらに危惧を感じた。
「このままでは」
「はい、やはり」
「ですから王女様」
「もっと側に」
 サロメは夢遊病患者のようにヨカナーンの方に向かう。
「そしてあの人を」
「誰だ、御前は」
 ヨカナーンはサロメに問う。
「何故私を見ているのだ?」
「私はサロメ」
 サロメは名乗った。
「その目で何を見ているのだ。黒と黄金の混ざったその目で」
「サロメというのよ。ヘロデアの娘」
「あの女の娘だというのか」
 ヨカナーンはその言葉を聞いて顔を顰めさせてきた。
「あの女の」
「それがどうしたというの?」
「不浄だ」
 彼は言った。
「御前は不浄な女の娘だ。御前の母の罪はあくまで重い」
「お止め下さい、ヨカナーン様」 
 兵士達が彼を止める。
「その御言葉を」
「ですから」
「いえ」
 しかしサロメがここで言う。
「言って。もっと」
「駄目です」
 彼女にはナラボートが止める。
「宮殿に」
「もっと言って」
 だがサロメはヨカナーンにさらに寄ろうとする。うっとりとさえして声をかける。
「私に。その力強く低い声を」
「近寄るな。御前が求めるのは私ではない」
「私ではない」
「そう、人の子だ」
 彼は厳かな声で言う。
「人の子こそを求めるべきなのだ」
「誰なの、それは」
 サロメは彼に問う。
「その人の子というのは」
「間も無く現われる」
 イエスのことだ。だがそれを知る者はまだ僅かであった。視ってはいても彼とヘブライの運命は定まっていたことであるが。
「そう、間も無く」
「一体誰が」
「裁きを」
 ヨカナーンはまた言う。
「裁きの天使を。今ここに」
「裁きの天子だというのね」
「不浄な罪を犯し続けるヘブライの者達を」
「ヨカナーン、その白い肌」
 サロメはその言葉をよそにヨカナーンに声をかけた。
「その白い肌を私に。そして」
「下がれ」
 だが彼はサロメを拒む。
「私は女には関心はない」
「何故なの?」
「私はそれ以外を見て生きているからだ」
 そうサロメに告げる。
「だからだ」
「妙なことを言うわね」
 その言葉は彼女にはわからないものであった。
「女を見ないなんて。しかも私を」
 サロメは幼い頃から美貌を誇っていた。だからヨカナーンが自分を見ないことが信じられなかったのだ。だから余計に彼に問う。
「その光の中にはなかった白い肌もエドムの葡萄の房のような髪も。何という綺麗な髪」
 ヨカナーンに告げる。
「その髪も」
「触るな」
 近寄ろうとするサロメを拒む。
「私に構うな」
「その茨の冠のような髪。紅のしっかりとした唇も。柘榴や薔薇よりも紅いのに何と逞しいの?そなたの唇は」
 また恍惚としていた。その顔で言う。
「珊瑚や朱よりも。何と紅いの」
「紅い唇も私には関係ない」
 彼はサロメから顔を背けた。
 
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