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仮面舞踏会

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第一幕その一


第一幕その一

                   第一幕 王宮にて
 十八世紀末のスウェーデン。この国はかつて尚武の国として知られていた。
 三十年戦争の英雄グスタフ=アドルフ。彼はその軽量でありながら炸裂弾を使用した破壊力のある砲と歩兵による銃の一斉発射、騎兵の抜刀突撃によりカトリックを信仰する皇帝軍を破り名将と謳われた。とりわけ皇帝軍の傭兵隊長ワレンシュタインとの戦いは有名であり北の辺境の国であったスウェーデンを瞬く間に有名にした。
 そしてカール十二世。流星王と呼ばれた彼はそのグスタフ=アドルフに勝るとも劣らぬ軍事的才能の持ち主であり圧倒的な国力を誇るロシアのピョートル大帝を悩ませた。スウェーデンは確かに北欧に覇を唱えていたのであった。
 だがそれはもう遠い昔のこととなっていた。そうした尚武の時代は終わりこの国もまたフランス革命の波に揉まれていた。その中で王にあったのがグスタフ三世であった。
 この王は祖先の様に武を愛する者ではなかった。文化主義政策を採り、演劇を愛した。首都ストックホルムにオペラハウスを建て、歌劇団や劇団も育成した。彼によりこの国の演劇は大きく成長していた。軍人の国であったスウェーデンは大きく生まれ変わろうとしていたのであった。
 彼は庶民や文化を愛する者にとってはよき王であった。だがその尚武を忘れない軍人出身の貴族達には好まれてはいなかった。その為その軍人出身の貴族が多い議会と対立することもあった。この国もまた不穏な空気が漂っていたのであった。
 だが彼は文化を愛する者や平民に愛されていた。その為彼を慕う声は多かった。彼はこの日その者達が集う王宮の宴会に顔を出していたのであった。
 金色の髪に青い目を持ち、細く鋭い目を持っている。だがその光は穏やかなものである。そして長身で見事な身体を持っており、豪奢な青いマントの下には赤い上着、そして黒いズボンを身に着けている。ロココ時代の服であり豪奢なものであった。
「陛下、ようこそおいで下さいました」
 その彼を慕う者達が挨拶を贈る。ストックホルムの宮殿は白に支配されている。雪と氷の国では王宮までも白に覆われているのである。そしてそこはみらびやかな光にも覆われていた。そこに王は姿を現わしたのであった。
「さあ、我々と共にこの宴を楽しみましょう」
「皆、よく来てくれた」
 王は彼等に声をかけた。穏やかな声であった。
「招待に応じてくれたことに礼を言いたい」
「陛下のお招きとあれば」
 彼に感謝する声は続く。
「例え火の中水の中」
「そうした者ばかりではないぞ」
 その宮殿の端で囁く者達がいた。
 一人は濃い髭を生やした男であった。この国にかつてあった国家顧問会議のメンバーの一人であったリビング伯爵である。
「その通り」
 それにもう一人の禿頭の男が頷く。軍人出身の貴族であるホーン伯爵であった。彼等がグスタフを恨む根拠はあった。これには当時のスウェーデンが置かれていた複雑な事情が背景にあった。
 かつてスウェーデンは確かに軍事大国であった。だが一つ弱点があった。それは人口である。他の国に比べて人口が少ないのである。北にあるこの国の悩みであった。土地は痩せ、満足な数の国民を養いきれなかったのである。
 その為この国は軍事大国ではなくなった。兵士の数が少なかったのである。その地位はやがてプロイセンに奪われることとなった。
 そしてロシアに。ロシアはスウェーデンにとって不倶戴天の敵であった。そのロシアの脅威は政情にも深く関わっていたのであった。
 グスタフの父アドルフ=フレデリックはそのロシアの圧力で皇太子となった。しかしそのロシアの圧力を嫌う議会の有力者達が巻き返しを図って彼の妃にそのロシアと敵対するプロイセンのフリードリヒ大王の妹を迎えたのである。実を言うならばスウェーデンとプロイセンの関係も決してよくはない。バルト海を挟んでいがみ合う関係だ。事実七年戦争では干戈も交えている。
 だがロシアとプロイセンはそれ以上に険悪な関係であった。ロシアにとってプロイセンはそのスウェーデンよりも厄介な相手であった。当時ロシアはオーストリアと深い同盟関係にあったがこれはプロイセンがあったからである。とりわけエリザベータ女帝はプロイセン王を蛇蝎の如く忌み嫌っていた。女帝の前でプロイセン王のことを言うのは禁じられていた程である。
 何故そこまでプロイセン王を嫌うのか、それは理由があった。単にプロイセンが邪魔なのではない。彼女は女性としてもプロイセン王を嫌い抜いていたのだ。
 フリードリヒは女性関係の話のない人物として知られている。芸術と哲学、軍隊を愛したが女性は愛さなかった。彼は女性は子供を産む道具でしかないと公言していた。
 これを女性である彼女が聞き逃さない筈はなかった。彼女は同じく女性でありそのフリードリヒを激しく憎むオーストリアのマリア=テレジア、そしてフランス王ルイ十五世の愛人であり実質的に宰相とも言えたポンバドゥール侯爵夫人と結びプロイセンに対抗した所謂『三枚のペチコート』であり、これにより七年戦争が起こった。
 これにスウェーデンが参加していたのは事実でありロマノフとハプスブルグ、そしてブルボンという欧州の権門を三つも敵に回したプロイセンは欧州全土を敵に回したと言っても過言ではなかったが生き残った。そしてさらに複雑なことにプロイセンはその宿敵であるロシアやオーストリアとも利害を共通することもあったのである。
 そのプロイセン王の妹を王妃に迎えたアドルフ=フレデリック王であるが彼は王妃の言葉に乗り王権強化を図った。具体的にはクーデターであるがこれは失敗ひた。これで国王夫妻は議会から国政への介入を禁じられることとなってしまったのである。
 ここにロシアとプロイセンが介入したのである。スウェーデンの混乱を図って国政を乱しにかかったのだ。だがそこでタイミングよく王が死にパリにいた王の息子が呼び戻された。彼がグスタフである。
 グスタフは王位に就くとロシアとプロイセンの介入を排除して王権の強化に乗り出した。絶対王政を復活させ、国王主導で改革に乗り出したのだ。拷問を禁じ、宗教的寛容を認めたことから啓蒙専制君主とされた。だが彼は議会を軽視し、若手の貴族を登用して保守派と対立し、その牙城である国家顧問会議を解散させた。保守派の多い軍や議会とは険悪な関係にあったのだ。
 この二人の伯爵はまさにその中心にあった。そうした意味で彼等は王の政敵であったのだ。
 
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