星河の覇皇
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第五部第一章 新たなる幕開けその一
新たなる幕開け
サラーフを滅ぼし西方をほぼその手中に収めたオムダーマンはその矛を収め内政に専念することにした。この度の一連の戦いの最大の功労者アッディーンは元帥に昇進すると共に宇宙艦隊司令長官に任命された。そして彼は首都アスランに戻りその職務にあたった。
「久し振りに戻って来たな」
彼はアスランに降り立つとまずこう言った。
「思えばカッサラの戦い以降戻ってはいなかった」
彼は車に乗り込んで辺りを見回しながら話している。
「そうですね。ミドハド、サラーフとの戦いが続きましたから」
隣に座るハルダルトが言った。
「そうだったな。気がつけばかなりの時間が経っている」
彼はいささか感慨を込めた言葉を口にした。
「だがこのアスランはそれ程変わってはいないようだな」
「そうですね」
ハルダルトも周りを見回した。
「街が変わる程の時間ではなかったということでしょうか」
「そうかもな。サハラでは街はあまり姿を変えない。連合では違うようだが」
エウロパもそうだがサハラでは街の建築物はそう頻繁に建て替えたり、新たな建物を建てたりはしない。ここがどちらかと言うと発展を優先させる連合各国との違いだ。
「それがいいか悪いかは別として俺はこちらの方がいいな。やはり街の姿が頻繁に変わるのはどうも好きになれない」
こう言うと保守的になるが彼は産業に対しては自由な考えの持ち主である。ただ連合の様にあまりにも急激かつ産業を優先させるのが好きではないだけだ。
「やはりバランスが大事だ」
彼は産業についてはこう考えていた。
「急激な発展もいい。時と場合によっては。だがそれにより歪が出る。それを直すのは簡単じゃない」
あまり産業のことには詳しくないがそうした考えであった。
連合においては貧富の差や労使関係は少ない。契約の概念や敗者復活の思想が強いからだ。今貧しくとも何処かで成功を収めて大金持ちになる、そうした考えが強かった。
「ああした生命力は尊敬すべきだが」
彼はそれは素直に認めていた。
「だがあまりにも余裕がないな。戦争と変わらん」
こう思ったところでいつも苦笑するのであった。
「軍人も同じか」
と。確かにそれはある意味において真理であった。
軍人は命を賭ける。彼等は金を賭ける。命と金は違う、と言われそうだが連合の人間とっては違う。金は命と同じ位大事なものなのだ。
「拝金主義!?上等だ」
ある農園のオーナーはエウロパの時の総統が連合をそう批判したのを聞いて平然とこう言ったという。
「金がなくては何もできない。そして無意味に貯め込むこともできないのだ」
彼はそう言った。
「金ができる。そしてそれをまた投資に使う。そうしなければそれ以上の発展はないんだ」
そうして彼は新たな農園の開拓及び肥料、器具の購入に金を回した。
そして彼は農園をさらに拡大させた。その時にはエウロパの総統は代わっていた。次の総統はこう言った。
「連合の人間は金を人生を愉しむ為には使わない。ただ働く為に使うだけだ」
と。そのオーナーは今度はそれを冷笑を以って迎えた。
「俺達だって人生を愉しんでいるさ」
そして自分の後ろにある広大な農園を指差した。
「俺の生きがいはこれだよ。この農園は俺が一代で切り開いたものだ」
そしてその隣の葡萄園を次に指差した。
「これには苦労させられたがな。だが遂に成功したよ。ここでワインを造っている」
そして彼は言った。
「こうして農園を開拓することが俺の人生の愉しみなんだ。お貴族様にはわかりもしないだろうがな。それに」
彼は言葉を続けた。
「余裕だのゆとりだの言っている暇があったらその時間に遊ぶさ。俺だって働きづめじゃない。それにな」
次第にその言葉が荒くなる。
「人それぞれの人生の愉しみ方、金の使い方があるんだ。それもわからないでよく総統なんてやってられるもんだな。エウロパが何で俺達に勝てねえかよくわかったよ」
そして最後は痛烈にそう言い返したのであった。
これは連合の人間の考え方をあらわした有名な話である。アッディーンはそれを思い出していた。
「それも一つの考え方だ」
彼はそれは認めていた。
「少なくともエウロパの貴族達よりは遥かにいい」
エウロパではやはり貴族達の方が全てにおいて恵まれていた。屋敷に住み特権を与えられている。それは紛れもない事実であった。
アッディーンはそれを嫌悪していた。特権なぞ人を腐敗させるだけのものと考えていた。
「そんなものは何にもならない。ましてや産業にとっては有害以外の何者でもない」
それが彼の考えであった。彼もまた一市民の出身であるから当然といえば当然である。だがここでもイスラムの教えがあった。
「人はアッラーの前では全て同じである」
これは彼だけでなくサハラの者全てにある考えだ。
連合における機会平等主義とはまた違う。イスラムでは人の力をあまり高く評価はしていない。
「人の力はアッラーのそれと比して微々たるものである」
こう考える。そして全てはアッラーの思う処に拠るのである。
シャイターンはそうした考えが特に強い。アッディーンにもやはりある。
「そう考えるとこれからのサハラの命運もアッラーの思われる処に拠る」
それもまた一つの考えである。だが彼の考えは少し違っていた。
「アッラーは自ら動く者を導かれる」
そう考えていた。だから彼は動くのだ。
「産業もそれは同じ」
そしてこうも考える。
「急激なものはよくないが発展はアッラーの望まれることである」
イスラムは商人の宗教である。従って富は悪いことではない。
彼もまたそれは理解していた。経済には明るくなくとも。
今オムダーマン軍は大規模な軍拡を行っている。併合したサラーフの軍を組み入れているのだ。
その数はかなりの規模になる。これで四十個の艦隊を持つことになった。
「最初の頃と比べると五倍か」
彼はその数を見て呟いた。
「増えたものだ。かっては一個艦隊ですら動かすのに苦労していたというのに」
オムダーマンはそこまで勢力を大きくさせていた。だが急激に大きくなった為多くの問題もまた抱えていた。
「これが歪か」
アッディーンはそう思った。
「だが軍の歪は直さなくてはな」
そうでなければまともな編成、運営なぞできはしない。
「とりあえずは艦艇か」
今は便宜上サラーフの艦艇も使っている。だがそれでは正常な運営はできない。
オムダーマンの艦艇とは火力も機動力も航続距離も違うのだ。とても同じ艦隊に入れることなぞできはしない。
アッディーンは電話を手にした。そして誰かを呼び出した。
「はい」
バヤズィトが出た。彼は宇宙艦隊後方参謀長に任命されていたのだ。
「俺だ」
アッディーンは彼に対して名乗った。
「少し聞きたいのだが今艦艇の補充はどうなっている」
彼は単刀直入に尋ねた。
「全ては順調です」
彼は答えた。
「サラーフの艦艇は次々に退役させその替わりにオムダーマンの艦艇を入れております」
「それ位かかる?」
「全て交代させるには一年程かと」
「そうか」
妥当だと思った。それ位なら問題はない。
「遅いでしょうか」
「いや」
アッディーンはそれを否定した。
「丁度いいと思う。それならいい」
「わかりました」
「あともう一つ聞きたいのだが」
彼はまた尋ねた。
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