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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始前
  第四話「急転」



『見つけたぞ、■■■■■! 今日こそは俺が勝つからな!』


『止めておけ、ナギ。お主じゃ返り討ちにあうのが関の山じゃ』


『そんなこと、やってみなくちゃわかんねぇだろ、お師匠!』


『やれやれ、猪武者の相手は疲れるのぅ』




 ――ザ………ザザッ……。




『あー! ずるいのだー! 鈴々もお兄ちゃんの膝に座るのだ!』


『やーい、チビッ子―。兄ちゃんのここは私のものだもんねー』


『むー! 春巻き頭のくせに生意気なのだー!』


『あなたたち、相変わらず仲がいいわね……』


『あっ、華琳様!』




 ――ザザザッ……ザザッ……。




『■■■■■。私はお腹がすきました。ご飯を要求します』


『アンタってホント、この子には甘いのね』


『あら、嫉妬かしら?』


『そ、そそそそんなことないもん! だ、だれが剣精霊なんかに嫉妬するのよ!』




 ――ザザザザザザッ……。




『最後に殺されるのが君ならば、納得できるかな……』


『私たちに光を与えてくれた貴方の為なら、この命を散らすのも惜しくない』


『君には辛い役目を押し付けてしまったけどね……』


『兄さんが、あたしの兄さんであってくれたことが、何よりの幸せでした。だから――』


『『『貴方の手で、殺してください』』』





   †                    †                †





「……くっ……なんだ、今のは……?」


 立ち眩みがしたと思ったら、ノイズとともに知らない記憶が脳裏を駆け巡った。頭痛が収まらない……。


「大丈夫、兄様?」


「あ、ああ……大丈夫だ。ありがとう、刈愛」


 俺たちは今、玄関に来ている。なんでも萌香の一人暮らしが唐突に決まったらしい。


 今この場にいるのは刈愛と心愛、俺、使用人たち、そして萌香だ。なぜかお袋と亞愛の姿が見当たらない。


「うあぁ~んっ! いっぢゃやだよぉ、おねえざまぁぁぁ! あだじ置いでいがないでぇ~!」


「心愛……」


 涙や鼻水を垂らしながら号泣する心愛を抱きしめる萌香。


「いつものじょうぶはどうずるのよ~! 勝ち逃げだなんでゆるざないんだから~!」


「すまない。私にもどうすることができないんだ……」


 ポンポンと優しく背中を叩いた萌香が心愛を離す。心愛はまだ離れたくないのか、萌香を追いかけようとしたが、背後から刈愛が抱き留めた。


「萌香ちゃん……」


「なんだ、刈愛姉さんも泣いているのか。姉さんが泣くと怖いんだけど」


「仕方がないじゃない。だって可愛い妹が出て行ってしまうんだもの」


 萌香は困ったように笑うだけだ。


「心愛を頼む。私がいないと何かと心配だからな」


「ええ、わかっているわ。萌香ちゃんも身体には気を付けてね」


 萌香が俺に目を向ける。その表情は複雑で、色々な思いが渦巻いているのが俺でも分かった。


「兄さん……」


「なんて顔をしているんだ。別に一生会えなくなるわけじゃないんだ。時々、俺から会いに行くよ」


「……そうだな。千夜兄さん、家や母さんのことよろしく頼むな」


「ああ、任された」


「お嬢様、そろそろ時間です」


 運転手の声に萌香が踵を返す。


 その姿が見えなくなるまで見送り続けた俺は館に目を向ける。


 そこには、窓から悲しげな顔を覗かせたお袋の姿が見えた。


 ――お袋に今回の件を問いただすか。


 今回の萌香の騒動は腑に落ちない点が色々とある。いつもは長男である俺に報告してくるのに、今回に限って何も言わなかった。それに、前々から決めていたという話もきな臭い。


 俺は館にいるお袋の元に足を向けた。走ったため、五分も時間はかかっていない。お袋は大ホールの窓から萌香の乗っている車が出て行くのを静かに見届けていた。その胸中にはどのような思いが渦巻いているのかは本人しか分からないだろう。


「見送りにはいかなくていいの?」


 お袋の元に行こうとしたところ、廊下の奥から聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。思合わず隠れてしまう俺。


 お袋は振り返りもせずに口を開いた。


「……行って萌香の顔を見たらきっとこの決心が鈍ってしまう。だからあなたもここにいるんじゃないの? 亞愛」


 少女――亞愛は困ったように頬をかいた。


「あや~、その様子だと私の正体はもうバレてるみたいね。お父さんも一足先に仕事に行っちゃったし、もしかして誘ったの?」


「……」


 ――正体? 一体何の話をしているんだ?


「私には夢があるの。かつて人間を滅ぼそうとした真祖アルカード、その彼を滅ぼしたとされる三人の妖怪。後に三大冥王と呼ばれ、骸となったアルカードの傍らでその眠りを永遠に見届けているという」


 ――なんだ、その話は……。そんな話し聞いたことがないぞ!


 困惑する俺を余所に亞愛は一歩一歩お袋の元に近づいていく。お袋が何も答えないということはその話の信憑性は確かなものということだろう。


「私の夢は世界を手にすること。そのためには伝説の真祖の血が、力が必要なの。そう、三大冥王首領――もう一人の真祖であるアカーシャ・ブラッドリバーの血がね」


 ――なんだと……お袋が、もう一人の真祖!? いや、三大冥王の首領だと!?


 三大冥王というのは俺も聞いたことがある。妖たちの頂点に君臨する大妖怪たちであり、一人一人が強大な力を秘めている、と。その由来までは聞いたことがなかったが。


 ――しかし、亞愛の目的というのは一体……世界を手にする? 一体何のために……。


「アカーシャさんは後悔していないの? 萌香を家から追い出したことを。大方、私の正体を知っての対応なんだろうけど、正直意外だったもの。あなたたち母娘は何があっても離れないって思っていたから」


 目を伏せる亞愛の顔にはある種の感情が浮き上がっていた。


「いつも一緒にいて、当然のように支え合って、誰よりも深い絆で繋がっているようだった。ずっと、羨ましいって思ってた……」


 それは、羨望。亞愛の過去に何があったのかは知らないが、今の発現から考えると、ずっと家族を欲していたのだろう。ここに家族がいるのに、なぜ気が付かないのか……。


「……萌香はね、すごい難産で、生まれてきた時は殆ど死んでいたのよ」


「死んでた?」


「そう、その時初めて神様に祈ったわ、『私の事はどうでもいいから、この子だけは助けて下さい』ってね。その思いは何も変わっていないの」


 そう言って笑ったお袋の顔はとても綺麗だった。呆気にとられていた亞愛が小さく笑みを零す。


「そうね、私も萌香のことは大好きよ。あの子と一緒にいると不思議と暖かい気持ちになるの」


「貴女にはよく懐いていたものね」


 クスクス笑うお袋に亞愛もカラカラと笑う。


「是是(そうそう)。性格は違うのに相性は逆にピッタリでね! まあ、兄様には敵わなかったけど」


 ――すまん、それは何とも言えない。


「だから感謝しているの、あの子を避難させてくれて。本当はもっと早くに行動するつもりだったけど、萌香のことを考えるとどうしても二の足を踏んでしまった。その結果、気が付けば一年以上も経っていたわ。だって――あなたがここで死んだら、萌香が悲しむもの」


 壮絶な冷たい笑みを張りつけた亞愛が強烈な殺気を発する。あまりの強さに、思わず戦闘態勢を取ってしまいそうになった。慌てて心を落ち着かせる。


 お袋は気にした風もなく変わらない笑みを浮かべている。流石は三大冥王と言ったところか。


「あなたはここが嫌い?」


「……正直に言えば、嫌いじゃない。むしろ居心地がいいわ。まるでぬるま湯のようで、いつまでもここにいてしまいそうになる」


「なら――」


「でも」


 お袋の言葉を遮り言葉を続ける。その顔には変化はないが、俺にはどこか無理をしているように思えた。


「私の目的を果たすためにはここにいる訳にはいかないの。最強と呼ばれたアルカードのように“真祖の力”を手にするまで、私は立ち止まるわけにはいかない。だから血が必要なのよ。アルカードを倒して三大冥王と謳われたあなたの血が」


「それで……真祖の力を手に入れてどうするの? アルカードのように、自分を苦しめた人間たちを滅ぼすつもり?」


 お袋の言葉にビクッと身体を震わせる亞愛。その反応だけで応えは如実に表していた。


 ――そうか、亞愛は人間に……だから、世界を手にしたいなんて言うのか。……あれ? ということは、亞愛は人間である俺も嫌いなのか?


「千夜も嫌いなの?」


 お袋がまさに懸念していたことを口にする。聞きたいような、聞きたくないような。


「兄様は……嫌いじゃない。けれど、彼は人間だもの。人間は嫌い」


 ――……嫌い、か。妹からの嫌い発言は思っていた以上に応えるなぁ。


「そう。それについては何も言わないわ。それはあなたが自分で向き合わなくちゃいけないことだもの。ただ、母としては千夜を、人間としてではなく朱染千夜として見てほしいわね。じゃないと、あの子が可哀想だわ、何かとあなたも気にかけてくれていたし」


「……」


 話が脱線したわね、とお袋が亞愛に向き直る。


「この棟には誰にも近づくなと言いつけてあるから。邪魔は入らないわ。だから遠慮せずに掛かってらっしゃい。私は母として、貴方の想いを受け止めてあげる」


 微笑むお袋に亞愛は先程の冷たい笑みを浮かべた。


「……謝謝。恩にきるよ、アカーシャさん」


 ――どうしよう……出るに出れないんだけど。





   †                    †                †





「心愛……刈愛姉さん……亞愛姉さん……千夜兄さん……お父さん、お母さん……」


 兄さんたちと別れて何分が経過しただろうか。一時間の様な気もするし、一分の様な気もする。


「おかぁざん……」


 俯いた顔からはポロポロと涙が零れ、私の手に落ちては弾ける。


 ふと、手に母さんから貰ったロザリオを握っていないことに気が付いた。


「止めてッ!」


 思わず、止めるように口にしていた。運転手が驚き、ブレーキを掛ける。


「お嬢様? どうされましたか?」


「そうだ……ロザリオ。お母さんからもらったロザリオ取ってこないと……。せっかく作ってくれたんだから、ちゃんと受け取ってこなくちゃ……」


「あっ、いけませんお嬢様! 萌香お嬢様っ!」


 運転手の声を振り切り車から降りて走り出す。脳裏には母さんと交わした最後の会話が繰り返されていた。


『萌香、あなたにはこの館を出て行ってもらうわ』


『お別れをするしかのないの。今は何も聞かないで』


「――嫌だよ、お母さん……。なんでそんなこと言うの? 今まで一度も離れたことないのに」


 溢れ出る涙を零しながら、それでも走る。母さんのもとへ。


「やっぱり、お別れだなんて嫌だよ……おかぁさん……!」


 あの笑顔を、もう一度見たい。





   †                    †                †





「……」


「……」


 両者が構えて三十秒が経過した。俺は依然隠れたままだ。本当に危険と判断した時に出る。


 先に動いたのは亞愛だった。


 以前に俺と戦った時以上の速さで駆け出し、顔面に手刀を放つ。お袋は体を捌くことで回避。


 ――!


 突き出した手刀が進路上の鎧を貫いた? いや、それにしては貫き方がおかしい……。


 母さんは愕然とした様子で亞愛を見つめていた。


「あなた、その術は……!」


「私だってなにも無策で挑んだわけじゃないわ。確かな確勝があるから、こうしてアカーシャさんの前に立っているの」


 手を横にスライドすると、鎧は何の抵抗も見せずに切断されていく。まるで、熱した刃でバターを切るかのようだ。


「これは結界術の応用で自分の存在する『次元』をずらし、あらゆる物体を透過するように破壊する秘術――崩月次元刀。三大冥王の一人、東方不敗が使った史上最強の刃」


 ――おいおい、なにか奥の手を隠し持っているとは思ったが、さすがにそれはないでしょ……。次元をずらすなんて、対処の使用がないじゃないか。


「……末恐ろしい子。あの人にしか使えないとされていた次元刀をその歳で身に付けるだなんて」


「私は幼い頃から中国の苗家に身を寄せていた。そこで殺し屋として大勢の敵を葬りながら、日々東方不敗の術を研究していたの。すべては貴女を倒し、真祖の力を得るために……!」


 再び手刀を構えた亞愛が突貫し、腕を振るう。間一髪上体を逸らすことで回避するが、掠めたのか胸部が浅く切り裂さかれた。


「くっ」


 後方に宙返りして間合いを遠ざけるが、視線の先には亞愛の姿はない。


 いつの間にか背後に回り込んでいた亞愛はその首に手刀を叩き込む。慌てて頭を下げて躱すが、またもや薄く首筋を切り裂かれた。


 跳躍して距離を取るお袋。その上空で、腕を交差させた亞愛は溜め(・・)に入っていた。


 ――こいつはヤバイ!


「百刃繚乱!」


 振るった両腕から真空の刃が放たれる。天井の隅に張りついていた俺は慌てて壁を蹴ってお袋の元に跳んだ。


 轟音とともにホールの一帯が破壊され、衝撃で窓ガラスが割れる。亞愛はこちらを鋭い目で睨んでいた。


「あなた……」


「ん~、どうして兄様がここにいるのかな?」


 呆然とこちらを見つめるお袋を腕から降ろし、服に着いた埃を払いながら立ち上がる。


「今回の萌香の件はどうもおかしいと思っていたから、お袋の元に向かったんだ。そうしたら、まさかのカミングアウトに戦闘だ。兄としてはどう対応すればいいのやらだな」


 肩を竦める俺に亞愛がさらに目を細めた。


「ということは、すべて――」


「聞いていたし、見ていたよ」


 そう言うと、亞愛は額に手を当てて天を仰いだ。


「あや~、これは流石に予想外ね。『暗殺者』とも言われた兄様をもう少し警戒するべきだったわね。……知られちゃったことだし、兄様には悪いけどここでアカーシャさんと一緒に死んでもらうわ」


「――! 待ちなさい! 私はともかく、千夜を巻き込まないで!」


「それは無理よ。私の正体も知ってしまったんだし、ここで殺すしかないわ」


「あなたの兄なのよ!?」


「でも人間よ。さっき言ったでしょ? 人間は嫌いだって」


 冷たい目でこちらを見据える亞愛に俺は微笑んだ。


「俺は亞愛のこと好きだぞ?」


 亞愛とお袋が驚いた目で俺を見た。


「……私は兄様を殺そうとしているのよ? それでよくそんなことが言えるものね」


「亞愛が俺を嫌っているなんて、この際関係ない。妹を嫌う兄なんているものか」


「理解に苦しむわ」


「俺は今のお前の方が苦しそうだがな」


 顔を歪ませてこちらを睨む亞愛は俺には強がっているようにしか見えなかった。妹のたくらみを知った今でも、やはり彼女を嫌うことなんて出来そうにない。


「……亞愛、あなたは自分で思っている程、冷徹な娘じゃないわ。あなたのほどの腕前とその次元刀があれば、私に今以上のダメージを与えられたはず。母親の私には分かるわ」


「なっ……傷が治癒していく!?」


 肩口と胸部の傷を修復するお袋。その回復速度は普通のバンパイアと比べて異常な高さだ。


「辛かったら止めてもいいのよ、亞愛……」


 一瞬、苦しそうに顔を歪ませる亞愛。しかし、次の瞬間には無表情を張りつけた。氷のような雰囲気を漂わせて。


「――もうじゃれ合いはここまでにしましょう。アカーシャさんとともに死になさい!」


 手刀を構えた亜愛が地を這うように駆ける。心の中にあるスイッチを全て入れた俺は限界にまで強化した足でお袋を抱えて跳躍した。


 下段から振り抜かれた手刀が床を易々と切り裂く。やはり、あの次元刀とやらが厄介だな。


 入り口付近に着地した俺はお袋に訊ねる。


「お袋、さっき術って言ったよな? あれは魔術なのか……?」


「いいえ、妖術よ。自らの妖力を媒介に自身の次元をずらす技だって聞いたわ」


 なるほど、妖力を媒介にした術なら対処の仕様がある。ただ、その隙をどうやって作るかだな。


「……難しいが、やってみるか」


「――? 千夜、あなた何を……?」


「ちょっとやんちゃな妹に灸を据えてくる。兄としては親子での殺し合いだなんて黙認できないからな。お袋はここにいてくれ」


「あっ、ちょっと千夜!」


 こちらを静かに見つめる亜愛のもとに歩み寄る。両者の距離は十メートル。互いに一息で潰せる間合いだ。


「もうお話はいいのかしら?」


「ああ、待たせたなかな?」


「いいえ。どうせすぐに死ぬんだもの。少しくらい待っても構わないわ」


「生憎こちらは死ぬ予定はないな。少しやんちゃが過ぎるから兄の教育的指導を受けさせないと。その後で家族会議だ」


「……まだ、私のことを家族だと?」


「当然だ。お前が何をたくらんでいようと俺の可愛い妹だよ。今はちょっと迷子になっているようだけどな」


「……」


 無表情でこちらを見据える亜愛を真っ直ぐ見つめる。そういえば、亜愛には俺の本気を見せたことがなかったな。


 半身の姿勢になった俺は


「来な。久々に稽古をつけてやる。『殲滅鬼』の力を肌で体験させてやろう」


「……後悔させてあげる」


 手刀を構える亜愛。先に動いたのは亜愛からだった。


「ふっ」


 先程よりも鋭い駆け出し。瞬く間に懐に入り込んだ亜愛は低姿勢から延び上がりながら首に抜き手を放ってくる。


 首を傾けて回避した俺は転身しながら重心を落とし、足払いをかける。


「……ッ、百刃繚乱!」


 咄嗟に跳んで転倒を免れた亜愛は空中から真空の刃を飛ばしてきた。だがそれは――、


「一度見たよ」


 その技は一秒間の溜めが必要だ。一秒もあれば亜愛の背後に回り込むなど容易い。


「くっ――」


「対応が遅い」


 無防備な背中を蹴りつける。身体強化の魔術によって強化された脚力は亜愛を難なく蹴り飛ばした。轟音とともに床を跳ね、壁に激突する。


「どうした? まさかこの程度ではないだろう?」


 その言葉に反応したのではないだろうが、瓦礫を吹き飛ばして亜愛が迫ってきた。


 無言で俺の胴を目掛けて手刀を振るう。しゃがんで回避すると、顔面に膝が飛んできた。上体を反らしてこれも避わす。


「――! もう避けられない!」


 殺った! という言葉とともに必殺の手刀が降り下ろされた。確かに今の姿勢では死に体のため、普通なら身動きが取れないだろう。


 ――しかし、この体はここからさらに移動する術を知っている。


 腰や脇腹の筋肉に意識を集中させ、重心が存在するエリアごと前方に移動。さらに普段日常で使っていない筋肉を始動させて回避に専念する。


 そうすることで、


「なっ――」


 意のままに体を動かすことができる。


 亜愛の脇の下を通り背後に回った俺は右手を後頭部に、左手を腰に押し当てた。漸く見つけた隙だ、決して無駄にはしない……!


「ふんっ」


 右手から魔力を流し、亜愛の中で循環させる。循環した魔力は俺の左手へと還り、再び俺の右手から魔力が流される。


「くっ!」


 後ろ蹴りをスウェーで躱し、後方に跳躍。施行できた時間は一秒だが、それでも十分だ。


 再び手刀を構えた亞愛が凶刃を振るう。


「――! なんで……!?」


 しかし、横薙ぎに振るわれた手刀は俺の腕によって弾かれた。


 バックステップで距離を取った亞愛は困惑した顔を浮かべていた。


「なにを、したの……?」


「俺の魔力を流し循環させることで亞愛の妖力を乱した。どういった原理かは知らんが、個人により魔力や妖力の循環速度やリズムは違うらしい。これを崩されると魔力は乱れ、魔術が使えなくなるんだ。妖術も然りだ」


 ――これで、次元刀は使えない。


「形勢逆転だな。次元刀とやらが使えない今では俺に勝つことは不可能なのは、亞愛自身もよく分かっているだろう?」


「……ッ」


 悔しそうに顔を歪ませる亞愛の元に近寄る。お袋もこちらに駆け寄っているから、このまま家族会議といこうか。


 そう、思っていた時だった。


「ど、どうなっているのこれ……? なんでお母さんが血だらけなの?」


「――!」


 この場にいるはずのない声が聞こえてきた。振り返ると、呆然と佇む萌香の姿がある。


「萌香……」


「あの馬鹿者っ」


「どうして戻ってきたの!? 来ちゃだめっ!」


 苦虫を噛み潰す俺を余所に、お袋が叫ぶ。


「なんなのこれ! もしかして、姉さんがやったの!? ひどいよ!」


 萌香の一言に天を仰ぎ苦悩の表情を見せる亞愛。


「お母さん!」


 お袋の元に駆け寄る萌香、俺もそちらに向かおうした、その時。


「――!? 兄さんっ!!」


 鈍い音を立てて、血塗れの手が俺の胸から飛び出した。


「……な、に……?」


 背後を見れば、そこには白い手を突き出した妹の姿があった。馬鹿な、回復するには早すぎる……!


「……兄さんの説明にヒントがあったのよ。妖力が乱れて使えないなら、自分で整えればいいんだって」


 ――なんて奴だ……。それで実行し、あまつさえ成功させるなんて。ああ、くそっ……。意識が霞んできた……。


 萌香が叫びながら走り寄ってくるのが辛うじて見えた。目を見開いたお袋が俺の名前を呟く姿が視界に映る。


 ――もっと皆と一緒に居たかった……亞愛と和解したかったなぁ……。


 今にも泣きそうな顔で表情を歪ませている亞愛が小さく呟いた。


「……さようなら、兄様」


 首を手刀で切断される。胴体から離れた首が床に落下した。


「千夜っ!」


「兄さん――――ッ!!」


 最後に聴こえたのは、愛しい家族たちの悲哀の叫びだった。

 
 

 
後書き
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