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八条学園騒動記

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第十四話 消える魔球その五


「よぉぉぉぉぉぉし!やってやる!」
 フランツが勢いよく叫ぶ。
「必殺!カミソリシュート二号!うおおおおおおおおおおっ!」
「いきなり球種叫んでるわね」
 蝉玉がそれを見て呟く。
「何考えてるのよ、あいつ」
「いつものことだけれどね」
 エイミーがそれに相槌を打つ。
「馬鹿はこれだから」
「けれどさ。凄いボールだよ」 
 スターリングは彼等とは違う言葉であった。
「ほら、誰も打てやしない」
「あれはプロでも無理だな」
 ダンが言う。
「あんなボールを投げられる人間はいない。わかっていても打てない」
「そうなんだ」
「ああ、凄いボールだ」
 彼はそう評する。
「どうやって投げられるのかな。不思議な程だ」
「まあ才能は凄いからね」
 それは誰もが認める。フランツは確かに野球の天才なのだ。
「あれは打てない」
 ダンの言葉通りだった。そのまま試合は進み延長十一回、ソフト部のエースロザリーも力投し互いに無得点のまま進む。その間フランツが許したヒットは僅か一本、ロザリーが打ったものである。
 そのロザリーがバッターボックスに立つ。彼女はフランツとは違い右利きだ。バッターボックスも右である。
 二人はマウンドとバッターボックスで睨み合う。激しい闘志がグラウンドを支配する。
「さて、サヨナラホームランといくか」
 ロザリーはフランツを見据えて言う。
「覚悟はいいね」
「それはこっちの台詞だ」
 フランツも負けてはいない。
「今こそ切り札を見せてやる!」
「ほお、じゃああれかい?」
 ロザリーはそれを聞いて面白そうに笑う。
「消える魔球、遂に出すのかい」
「見たければ見ろ!」
 彼はまた叫ぶ。
「俺が編み出した究極の魔球、名付けてインビシブルボールだ!」
「何か凄そう」
「けれど本当に消えるのか?」
「ねえタムタム君」
「何だ?」
 主審である正孝がタムタムに声をかけてきたので顔をそちらに向けてきた。
「消える魔球らしいけれど大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
 彼はそれに答えた。
「パスボールしないかどうかだろう・心配しているのは」
「うん」
「ボールは目だけで捕るんじゃないんだ」
 彼は言う。
「耳でも捕るんだ」
「耳でも」
「そうだ。だから安心してくれ。俺にパスボールはない」
 そこには絶対の自信があった。
「ピッチャーのボールを最高まで引き出し、その最高のボールを受けるのがキャッチャーの務め。だからこそ」
「いいね、その心意気」
 これにはロザリーも唸るしかなかった。
「あいつ。いい女房役持ってるね」
「あいつのボールを受けられるのは俺しかいないからな」
 彼も彼でフランツを認めていた。
「だから。覚悟しろよ」
「ああ、わかったよ。デッドボールにだけはね」
「行くぞタムタム!」
 目に炎を宿らせ、そのミットを見据えていた。
「これが俺の!最高最強のボール!」
 振り被ると左足を大きく掲げてきた。それだけで砂塵が舞う。
「インビシブルボール!」
 オーバースローで投げた。すると。
「なっ!」
「!!」
(そこだ!)
 タムタムは風の軌跡と音でボールの動きを読んだ。そしてそれをミットに収める。
「なっ・・・・・・」
 だがそれはロザリーには見えなかった。見えないとあっては打てる筈がなかった。
「今のは一体・・・・・・」
「ねえ、今の見えた!?」
「いえ、全然」
 蝉玉もエイミーも誰もそのボールは見えなかった。気が付けばドスーーーーン、という重い音がグラウンドに鳴り響くだけであった。
「見えないよね、本当に」
「ええ。あれは一体」
「剛速球よ」
 だがそれが見えている者がいた。黒いサラリとした感じのロングヘアに翡翠色の目をしたアジア系の少女であった。だが顔はアジア系でやや面長だ。青いモンゴル独特の上着にズボンにブーツだ。その服装から彼女がモンゴル人であるとわかる。ナン=ハーバン、やはりこのクラスの一員であった。
「剛速球!?」
「ええ、あまりの速さで普通の人には見えないのよ。私には見えるけれど」
「流石ね」
「モンゴル人だけはあるわ」
 皆ナンのその目に感嘆を述べるしかなかった。ナンの視力は五・〇、その動体視力は馬と狩猟によって鍛えられており常人のそれを遥かに凌駕しているのだ。
「けれど。見えていてもこれは」
「打てないのね」
「一番手強いボールは剛速球かどうしようもなく遅いスローボールだから」
 下手な変化球よりもこうしたボールの方が厄介なのである。そうした意味でフランツの狙いは正解であった。
 
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