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八条学園騒動記

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第百一話 博士の行いその十


「欲しいだけの給料は弾むぞ」
「はあ」
「しかし何か不服そうじゃな」
「正直何があるかわからないとは思っています」
 これまた正直に答える野上君であった。
「今からだって」
「些細なことではないのか?」
 あくまで博士にとってで、ある。
「似非科学者の家を壊すだけじゃからな」
「そりゃ今回は犠牲者も少なそうですけれど」
 もっとも何時気が変わるかわからないのであるが。
「それでも行動は起こすんですね」
「まず動いてからじゃ」
 またしても他の人間が言えば実にいい言葉を出してきた。
「行動をしてはじめて何かが起こるのじゃよ」
「それはそうですけれどね」
「わかればじゃ。賽は投げられた」
 そのエンペライザーはもう宙を飛んでいた。少なくとももう博士には止めるつもりはなかった。そんな気持ちは最初からないのであるが。
「面白い騒動のはじまりじゃ」
「面白いのは博士だけだと思いますけれど」
「さて、野上君」
 完全に自分に都合の悪い言葉はシャットアウトしていた。
「食事にしようぞ」
「フェットチーネですよね」
「そうじゃ。イタリア料理じゃよ」
「わかりました。じゃあ今から作りますんで」
「しかし君は料理が美味いのう」
 楽しそうな顔で野上君に言う。
「色々なものが作られるしの。何処で勉強したのじゃ?」
「姉さんがいまして」
「ほう、お姉さんがいたのか」
「履歴書に書いていませんでした?」
 この博士も一応助手募集の際には履歴書持参を要求するのである。もっともあまりにも悪名高い為その募集に応じる人間はいないのであるが。なお資格は不要である。それでも募集に応じる人間がいないということが博士の評判を何よりも雄弁に物語っている。
「家族構成も」
「そんなの見てもおらんわ」
「見ていないって」
 またしてもわかった衝撃の事実であった。
「じゃあどうやって採用したんですか、僕を」
「たまたま助手がおらんようになってな」
「それでですか」
「足立君といった」
 その助手の名前を言う。これまた彼がはじめて知ることであった。実は彼は自分の前に助手がいたことを知らなかったのである。
「高校生でなあ。よい少年じゃったが」
「何でいなくなったんですか?」
 辞めた可能性もあるがあえてこう問うたのである。博士が何をしたのかわからないからだ。
「その足立君というのは」
「ある人物に憧れておってのう」
「ある人物ですか」
「連合軍人じゃ」
 エウロパとの戦争に勝ったというのに何故か今一つ影が薄い存在である。少なくとも市民達にとってはあくまで災害救助とイベントをよく行うサービスのいい人達でしかない。連合軍が戦争をする軍隊であるという意識は連合の中では実に希薄なのである。
「何でも強くて格好よくて気さくでユーモアがあって優しくて包容力があってのう」
「凄い人みたいですね」
「それでいて努力家で情熱もあってな。その人間に憧れて」
「辞めちゃったんですか」
「高校卒業と同時に医学の道に進んだ」
「医学ですか」
 野上君はここでその足立という少年が軍に入ったと思ったのだがそれは違ったのだった。
「左様、医学じゃよ」
「軍人にはならなかったんですか」
「グラスバンド部に所属しておってのう」
 運動部ではない。運動部に匹敵するトレーニングがあるにしろ。 
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