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八条学園騒動記

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第七十四話 クレープ屋その九


「きっとね」
「そうよ」
「何か凄い姉妹のライバルみたいだな」
 親父さんも思わぬライバルが目の前にいることに気付いた。
「まあ屋台のクレープとお店でのクレープは違うからな。それは助かるか」
「違うんですか」
「お菓子はお店と屋台で変わるもんさ」
 親父さんは言うのだった。
「それもかなりな」
「そうですね」
 それに明香が応える。
「確かに。屋台のクレープはこうして持って食べますけれど」
 焼いて巻いたクレープを紙で覆って食べている。そうして立って食べるのが普通だ。つまり完全なファーストフードというわけである。
「お店のクレープは」
「皿に出すよな」
「はい」
 そこに大きな違いがあるのだ。
「それでフォークとナイフで食べてな」
「そうですね」
「中に入ってるのも違うしな」
「お店だとアイスクリーム入れたりするわよね」
「そうね」
 明香は今度は彰子に対して答えた。
「屋台じゃアイスクリームはあまり使わないからな。溶ける危険もあるしな」
「そういうことですね。だからですか」
「だからクレープっていってもかなり違うんだよ」
 親父さんはそこを指摘しているのだった。
「まあそれでも。味では負けないぜ」
「私達だって」
「それは」
 しかし二人にも自信はあるのだった。
「負けませんよ」
「そうです」
 二人は親父さんに対して言う。
「これで決まりました」
「何がだい?」
「私の願いが」
 彰子はほんの少しだけ強い顔になっていた。
「ああ、その噂は聞いてるさ」
「そうなんですか」
「あれだろ?」
 二人に対して声をかける。
「うちのクレープを二人で食べると何でも願いが適うんだって話だよな」
「そうです」
「御存知だったんですか」
「まあそれはな」
 親父さんは誇らしげな笑みになっている。
「うちの店のことだしな」
「それです」
 彰子はここでまた言ってみせてきた。
「私の願いはですね」
「俺より美味いクレープを作るってことかな」
「いえ」
 だがその問いには首を横に振るのだった。
「宇宙で一番美味しいお菓子を作ることです」
「宇宙でかい」
「姉さん」
 これには親父さんも明香もかなり驚いた。
「明香と二人で。明香、いいわよね」
「え、ええ」
 明香はそれに応えて頷く。引きながらであるが。
「わかったわ」
「何か一本取られたな」
 親父さんは別に悔しがるわけでもなく彰子に応えるのだった。
「まさか宇宙一なんてな」
「駄目ですか?」
「いやいや、それでいいんだよ」
 彰子に応えてまた言う。
「夢はでっかく。俺は日本一を目指していたんだがな」
「そうだったんですか」
 しかし彰子はそれどころではなかった。彼女はあえて宇宙一というのだ。その夢の大きさを普通に願うところが彰子の凄いところであると言えた。
「それより大きいのか。凄いことだよ」
「私、本気ですけれど」
「本気でいいのさ」
 その言葉にも頷いてみせるのだった。
「そうじゃないと面白くとも何ともないしな。気に入ったぜ」
 そこまで言うと。もう二つクレープを出してきた。今度は青い生クリームと苺のものであった。
「ほい、これはサービスだ」
「有り難うございます」
「頑張りな」
 親父さんは笑顔で二人に告げる。二人はそのクレープも食べてあらためて願うのであった。二人の、それぞれの願いをである。


クレープ屋   完


                  2008・1・3 
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