八条学園騒動記
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第七十四話 クレープ屋その五
「味はね」
「それじゃあまずは行ってみるわ」
「それは絶対よ」
今までより強く念を押してきたのであった。
「いいわね」
「ええ、それじゃあ」
こうして彰子は青いクレープを食べに行くことになった。その相手とは。
「姉さん」
「何?」
それは妹の明香であった。彰子が選んだ一緒に行く相手は他ならぬ妹なのであった。これは誰も思わないことであった。
「青いクレープよね」
「そうよ」
二人並んで並木道を歩いている。その中での話であった。
「それ、私知っているわ」
「そうなの。前に食べたことがあるの?」
「ないわ、それは」
彼女もまだのようである。
「はじめてだけれど。噂は聞いていたの」
「美味しいって話ね」
「ええ」
姉の言葉に対してこくりと頷いた。
「そうなの」
「私もなのよ。何か凄く美味しいって」
黄金色の枯れ葉が舞い落ちる並木道を二人並んで歩きながら話をしている。その中で妹は自分より小さい姉を見ながら話すのであった。
「甘くてそれでいて上品で」
「明香が作るクレープより美味しいかしら」
「それは」
彰子の今の言葉には少し返事に困った。
「お店の人はプロだし。やっぱり」
「美味しいってことなのね」
「そう思うわ」
こう姉に答えた。
「プロの人は全然違うから」
「明香もプロになればいいのに」
妹の言葉に不意に言う彰子であった。
「そうしたら絶対繁盛するわよ」
「私は駄目よ」
しかし明香はそれを否定するのだった。
「だって。趣味でしかないし」
「趣味から仕事になることだってあるじゃない」
だが姉の言葉はここでは引かなかった。
「それでもいいんじゃないの?」
「そうかしら」
「そうよ。私だってお菓子作りできるし」
「姉さんも上手いわよね」
これは明香も知っていた。彰子は特に菓子作りが得意なのだ。
「じゃあ将来は」
「姉妹でお菓子屋さんなんてどうかしら」
不意に妹に対して言ってきた。
「私と明香で」
「姉さんと」
「駄目かな」
そう問う彰子であった。
「二人でって。ずっと二人で」
「それでいいの?」
今度は妹が問うてきた。不思議と今は二人を包むものは似ていた。
「私で」
「明香だからよ」
妹のその問いにまたにこりと笑って答える姉であった。
「兄さんもいるけれどね。けれど兄さんじゃなくて」
「私なの」
「ずっと二人一緒だったじゃない」
この二人の仲のよさはかなり有名である。学校でも仲睦まじい美人姉妹として知られている。彰子もその仲のよさを自覚しているのであった。
「だから。今だってこれからだって」
「二人でなのね」
「これからも色々とあるだろうけれど」
それは彰子も薄々わかっていた。
「それでも二人一緒に。駄目かしら」
「いえ」
明香は姉のその言葉にゆっくりと、小さく首を横に振るのだった。そうして言う。
「私も。よかったら」
「一緒にいてくれるのね」
「姉さんこそ一緒にいて」
姉の今の言葉をそのまま返してきた。
「私と。駄目かしら」
「駄目なわけがないわ」
姉の返事ももう決まっていた。
「明香じゃないと私だって」
「有り難う」
「だからね」
ここまで話したうえでまた言ってきた。
「明香が幸せになれますようにって」
「私がなの」
姉の言葉にまた応える。
「ええ。あのクレープを二人で食べるとね、幸せになれるっていうから」
「噂話よね」
「例え噂でもね」
また彰子の顔がにこやかな笑みになった。
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