八条学園騒動記
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第七十四話 クレープ屋その一
クレープ屋
カムイとティンがデートで立ち寄ったクレープ屋であるが。実はこの店は八条学園の生徒達の間ではちょっとした人気のお店であったのだ。
その理由はまずはその見た目の奇抜さと味である。そして店の親父の気さくな人柄であった。そうした様々な要因から人気のお店であったのだ。
「美味しいだけじゃないのよね」
「そうよね」
とりわけ女学生達の間で人気であった。
「サービスもいいし」
「大きいし」
そうしたことも人気の理由の一つになる。人気になれるのには一つだけでは足りない場合もあるのだ。
「最高よね」
「最初はびっくりしたけれどね」
「それにある噂があるのよ」
「噂って!?」
そして何故かあらぬ方向に噂が出るのもよくあることであった。
「あの青いクレープを二人で食べるとね」
「どうなるの?」
「幸せになるらしいわ」
そういう噂である。まあ何処でもよくある話だ。
「幸せになれるの」
「そう。それは様々らしいけれどね」
そもそも根拠すらもわからない話だから当然だった。さらにこうした噂には常にさらに訳のわからない尾ひれがつくものである。こういった。
「特にカップルで同じ種類のクレープを食べると」
「どうなるの!?」
「一生一緒になれるんだって」
そういうことであった。
「一生ね」
「一生一緒に」
「しかも幸せにね」
話はこういう方向に向かっていた。そして噂というものは光よりも速く原子よりも小さくどんな要塞も防げはしないものである。従って八条学園全体に広まるのもすぐであった。
「許さないぞ俺は!」
洪童が食堂で吼えていた。向かいの席にいるのは妹の春香だ。いつも悪い虫が彼女につかないように強引に一緒に昼食を採っているのである。
「行くなら一人で行け!」
「一人でならいいの?」
「それか三人だ」
そう妹に対して告げる。
「わかったな」
「二人では絶対駄目なのね」
「男でも女でもだ」
お昼の焼肉定食を食べながら妹に熱く語っている。
「二人ではあのクレープを食べるな。絶対にだ」
「どうしてよ」
「御前に悪い虫がつくからだ」
彼は何故かこう考えていたのだ。
「男でも女でも。悪い虫は俺が抹殺する」
「抹殺って兄さん」
これには春香も呆れた。
「私の友達を抹殺するつもりなの!?」
「悪い虫は友達ではない!」
一応は筋が通っている言葉である。ただしそれは時と場合によるし言っている人間に全く筋が通っていなければそもそも意味のないものであるが。
「違うか」
「それはそうだけれど」
「わかったら一人か三人以上で行け」
「青いクレープ屋に?」
「そうだ、いいな」
妹に対して告げる。ラムチョップ定食を食べる妹に対して。
「絶対にだぞ。それならいい」
「クレープ自体はいいのね」
「それは構わない」
そういうところは甘い兄であった。
「御前の可愛さが肥満で損なわれない限りはな」
「可愛いっていうのはちょっと」
兄の身内贔屓に少し困った顔になる。
「言い過ぎよ」
「いや、御前は宇宙で一番だ」
ここでも馬鹿兄ぶりを発揮する。
「自身を持て。だからだ」
「だからって。じゃあ二人連れだと」
「俺以外は駄目だ」
こう言うのであった。
「わかったな」
「兄さんだといいのね」
「兄妹で間違いがあるものか」
彼の頭の中ではこうである。なお彼の頭の中には兄と妹の禁断の愛などというものはインプットされていない。そうした意味では実に健全な男である。
「そうだろう?」
「そんなの実際にあったら怖いけれど」
「ならいい。しかしあの店のクレープは美味いぞ」
「美味しいの」
「それは俺が保障する」
胸を張って妹に告げる。
「それも抜群だ」
「兄さんはもう食べたのね」
「そうだ」
それをはっきりと言ってきた。
「美味かったぞ」
「それで兄さん」
兄のその言葉を聞いて春香はふと気付いた。
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