魔王の友を持つ魔王
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§18 嫉妬団再び
「清秋院家の当主が恵那もぜひ王様のお妾さんに、って申し上げちゃったんだよねぇ」
「え、えぇ!?」
「で、おじいちゃまがそれを小難しい顔で悩んでたんだよねぇ。反対派がどーたらこーたら言ってさー」
こんな会話を交じわしたのが、数日前の話。何を須佐之男命が悩んでいたのかはわからないが、今重要なのは恵那も護堂の妾候補に名を連ねた、ということだ。今でこそあまり乗り気ではない彼女だが、彼の天性の女殺しの才能の前にいつまで撃墜せずにいられるか。それが、裕理の悩みのタネだった。須佐之男命と交渉ができ(るのか本当の所は知らないが、甘粕の話を聞いていると須佐之男命とは一応対等関係らしい)、かつ協力してくれる可能性が高いであろう、切り札とも呼べる黎斗はクラスメイトと北海道へ旅立っているとのこと。二学期始まっているのに何をしているのか。
「こんな大事な時に……どうして悪いことが重なるんでしょう」
本来無断欠席に等しい黎斗に非がある。ここで怒っても問題はない。しかしこちらから頼みごとがあるという一点が、独り言であろうとも彼女が強く言えない原因となっていた。
万里谷裕理が悩みを抱えて更に数日後、黎斗と三馬鹿は学校に登校してくる。二学期が始まってから、既に数日経過していたある日のこと。
「これより草薙護堂を以下略ぅ!!」
「同志Lよ、いくらなんでも省略しすぎだ!!」
第二回草薙護堂断罪の会は、のっけから混沌に包まれていた。北海道から戻ってきて数日は呑気に傍観を決め込んでいた黎斗だったが、連日イチャイチャし続ける(ように見える)護堂にとうとう限界を迎えたのだ。
「こっちは三人の暴走必死に抑えて外国飛んで北海道飛んでやっと帰ってきたんだぞ!!? どんだけ警察行ったと思ってんだ。なのにてめぇ、事欠いてその間にどんだけフラグ建てとんじゃああああ!!」
リリアナはフラグじゃないと断言した数日前の自分を力一杯張り倒したい。あれは完全にフラグではないか。エリカ・裕理だけでなくリリアナまで。しかもなんか恵那まで最近介入してきてるし。
「てめぇは人が苦労してる間に一人楽しんでるとかどんな身分だあぁ!? ギャルゲ主人公とかふっざけんなぁ!! お前が連日イチャイチャしてる間、こっちは警察とOHANASHIだったんだぞ!? 生徒指導と二人っきりとかあの拷問受けてみるか!?」
血涙を流しながら机をバンバン殴りつける。とても手が痛い。心も痛い。
「うぉう、同志Lの怒りは凄まじいな……」
「ああ、だがなぜだろう。我々がすごい勢いで貶されている気がするのだが……」
三人が若干引いている。それほどまでに、黎斗のネジは外れていた。三馬鹿の暴走についてなんで担任から叱られなきゃならんのだ。三馬鹿の保護者でも監督者でもないのに。護堂と黎斗。かたや美女と連日イチャイチャ。かたや担任やら警察やらからお咎め。同じ生物(カンピオーネ)とは思えない。
「あ、あのー、れいとさーん……?」
護堂がビクビクしているのを見て、ようやく我に返った彼は本来の目的を思い出す。
「……あ。気を取り直して、これより草薙護堂は全男の敵だ地獄へ落ちろ断罪会を開幕するっ!!」
「「「おー!!」」」
「ではまず同志S!!」
「おう!! 被告は夏休み前半に根津三丁目商店街で姿を確認されていない。そして肝心のエリカ様と万里谷さんだが———サルデーニャ半島でバカンスを楽しんでいた。この二人が一緒に居る時点で被告が関わっていると推測される」
あぁ、そういえば記憶操作して二人がバカンスしてる最中に遭遇しているという筋書きにしたんだっけ。などと思い出しつつ護堂の顔を見てみると、面白いぐらいに顔が変わっている。ここまで激変するのを見せつけられると機械で録画したい。そして某世界が丸見えな番組に送り付けるのだ。笑撃映像とか言って。
「ッ!?、おまえら、なんでそのことを……」
まさか彼女たちの場所を把握されているとは思っていなかったのだろう。これが普段の断罪会なら素知らぬ顔で通せたのだろうけど、今回は運が悪すぎた。なにせこっちは現地で二人と遭遇しているのだから。こんな芸当ができたのは直前で景品が豪華になっていたという異常事態のおかげだ。もし今年だけ商店街の景品がぶっ飛んでいたなどということを予想出来たらその人は素晴らしい霊視能力者なのだろう。是非とも友達に欲しい。宝くじとかで無双できそうではないか。もっともそれは才能の無駄遣いというものだろうけど。
焦っている護堂が思わず漏らした言葉。それは黎斗達の発言を全肯定するのと同様で、自分が二人と一緒に居たことを自らの口で証明したようなもの。直後に気付き口を閉じたようだが、もう遅い。二人だけで旅行に行ったんだ俺は知らん、などと言われれば証拠が無い手前どうしようもなかったが、護堂の焦りに助けられた形といえばいいのだろうか。
「草薙、貴様ぁああああああああああ!!」
「今こそ、この色情魔に神の裁きを!!」
三馬鹿中二人が吼える中、黎斗は外に気配を感じ取る。さては担任が鎮圧しに来たか———!?
「そこまでだ、下郎。随分好き勝手にやってくれたようだな」
ドアが開くと同時に、凛々しい声。最悪煙玉使用の覚悟をしていた黎斗だが、彼の予想を裏切って入ってきたのはリリアナだった。
「草薙護堂、ご安心ください。すぐにこの状態を打ち破って見せましょう」
「すまない、リリアナ。恩に着る!!」
「……ッ!?」
「……なんだこれ」
二言、三言交わす内に顔に朱が差し護堂から背けるリリアナ。断罪の場の空気がなんだか変わりつつある。口を挟む機会を逃した黎斗がやりとりを見ていると三馬鹿vsリリアナ論戦になってしまった。三馬鹿が押されているようだ。「一人で何が出来る!!」とか「ま、待ってくれ!!」とかどう考えても悪役のセリフですほんとうにありがとうございました。
「異議有り!! 草薙護堂は王道を歩くものに非ず! 彼は幾人もの女子を弄ぶ外道。これまさに色魔の所行なり!!」
台詞が芝居がかってる。が、これは大ダメージが見込める発言だろう。どうかんがえても。リリアナもこれに反論できるとは思えない。勝負あったか?
「そうだそうだ!!」
応援するしかない。頑張れ、勝利はキミの手にかかっている。
「その程度の讒言で私を翻意させられると本気で思っているのか? まったくもって、嘆かわしい輩だな……」
侮蔑の籠った彼女の瞳。これは正論、そう正論のはず。なのにそれでも間違っていると彼女は確信を持って言えるとでもいうのか。
「確かに彼は稀代の色好み。気紛れに婦女子と戯れるハレムの主人であることは否定出来ない事実だ」
「うわぉ。認めた上でまだ言いますか……」
開き直りっぷりに黎斗はジト目でリリアナを見やる。それを認めてしまえばこの会の主旨も理解してくれそうなものだけれど。この状況で庇う彼女に尊敬の念を送ってしまう。逆境にもかかわらず頑張るね、的な意味で。「護堂=色情魔」の図式は(本人以外にとっては)共通認識らしい。というか女の敵確定なのにこの人は庇うというのか。どんだけ情が深いんだ。いや、恋は盲目というやつだろうか?
「これがダメ亭主を健気に待つ女房に発展するんだな……」
延々と説教してくださるリリアナさんだが、どっからどう見てもダメ亭主を待つ女房のそれにしか見えない。堕ちると人間こうなるのか。恵那だけでなくエリカや裕理もこんなになってほしくはないものだ。媛さんは人生経験豊富だろうから(ほとんど引きこもりの可能性も高いけど)変な男に引っかかる心配はないだろう。
「げに恐ろしきは護堂のオーラか……」
少々ピントのズレた思考をする黎斗の隣から「これが……調教……」だの「絶望した—!! ハーレム公認に絶望したー!!」だの悲痛な声が響き渡る。だがここは公の場だ。黎斗としては変な単語は出さないで欲しい。誤解されそうですごく怖い。兎にも角にも彼我の実力差に愕然とする男たちだが、事態はここでは終わらない。というか、黎斗にとっての地獄はここからだった。
「あ、いたいたー。……ってれーとさん? 変な格好して何やってんの?」
「清秋院!? 助けてくれ!! 黎斗が突然襲ってき」
護堂がさっそく恵那に告げ口。焦った黎斗は口を封じようとするがもう遅い。
「ごっ、護堂てめっ!?」
「れーとさん……」
恵那の呆れの視線が痛い痛い痛い……!! なんでここまで来て貧乏くじをひかにゃならんのだ!? 神は死んだのか!?
「あの、恵那さん?」
そんな黎斗に救世主。突如恵那の後ろから疑問の声。この救世主は裕理か。
「あぁ、ごめんごめん裕理。草薙さん、御取込み中失礼〜。イキナリで悪いんだけどさ、明日暇? 裕理とデートに行かない?」
「デートだって!?」
「恵那さん!! そんな私、まだ心の準備が……」
「んもう、しょうがないなぁ。……れーとさん、どーせ明日暇でしょ? 恵那と一緒に裕理のデート手伝ってよ。二人もコブ付きならいいでしょ?」
唖然とする男共を尻目に巫女様二人の話は進んでいく。そして、これが惨劇の幕を開ける。
「同志Lいや黎斗、お前もか!!」
「ダブルデートとは良いご身分だなえぇ!?」
「ちょっ、待てお前ら落ち着」
「お前だけは信じていたのに……!!」
ダブルデートは否定したい。がそうとられても仕方のない状況だ。恵那が頼んだのが自分でなく三馬鹿だったり他の男ならば黎斗自身も嫉妬側に参加していた自信がある。っーか潰す。そんな余談は置いておいて、脈絡もなくいきなりそんな話題を振られて困っているのに、この仕打ち。どんな対応が正解なのだろうか。こんなADVゲームがあったとしたらどのような選択肢が出てくるか。そこにきっとこの場を打開する活路がある———!!
「……男の争いって醜いな」
「えぇ、全くです。草薙護堂。あなたもこんな輩にならないように」
冷静に眺める護堂とリリアナ。彼らに言われるとすごく腹が立つ、がこの状況では反論できない。男たちの友情は脆くも崩れ去り、残ったのは醜い同士討ち。
「え? 恵那さんはそれで良いのですか?」
「良いって良いって。裕理が頑張ってくれるなら、わざわざ私が参加しなくてもきっとばあちゃんも許してくれるよ。おじいちゃまだってあんま乗り気じゃないし」
言い訳に終始する黎斗の耳は変な単語を拾い上げる。今聞き捨てならない単語が出てきた気がする。恵那の役目は裕理と護堂をくっつけるだけではないのか? なんかとっても嫌な予感がする。
「恵那、それってどうい」
「てめぇ既に呼び捨てで言うような仲なのかよ!!」
逆上した名波に揺さぶられる。頭が鞭打ちになりそうなほど激しく揺れる。頭がげそうだ。ってかこのままだとげる。抵抗しようにも頭がシェイクされていて動けない。これは正直、洒落になってない。
「うわああああああああ!!!」
突如奇声を上げた高木は、黎斗の奇声と同時に護堂を抱えて走り出す。その速度、さながら疾風のごとし。
「どわああぁ!!?」
意識が飛びそうな黎斗は、もちろん彼が走り出したことに気がつかなかった。彼が護堂を抱えていたことにも。常人の域を超えていたことにも。名波は黎斗を占めることに夢中で気がつかず。反町は絶望に打ちひしがれて膝をつき。高木の爆走を追跡するは恵那が一人。リリアナも裕理もこの展開を呑み込むことは難しかったらしい。
「……ふん、しょせんは低俗な輩だな」
「リリアナさん! ……もう。水羽さん、失礼します。その……頑張ってくださいね?」
しばらくして硬直が解けた二人は教室を去る。護堂を探しに出かけたのだろうか。黎斗は結局、見捨てられたままだった。
「あ゛あ゛あぁぁぁ!!!!!」
男たちの涎と涙、汗と鼻水を浴びせられつつの揺らし攻撃は、一時間以上に渡って黎斗を苦しめた。結局彼が解放されたのは、騒ぎを聞きつけた担任が武力介入してから。黎斗の情けない悲鳴はそれまでひたすら校舎に響いて多くの生徒を怖がらせることになる。
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