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エターナルトラベラー

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第七十八話

 
前書き
さて、ここからはしばらくバトル回が続きます。 

 
時は流れ、10月。

まだアオ達はこの時間軸に滞在していた。

秋の連休を目の前にした日の夜、いつものように尋ねて来た甘粕は旅行の話を切り出した。

「日光ですか?」

「ええ。丁度日光の方へと出張がありまして、以前どこかへと旅行にと言う約束も有りましたので、この機会にと思いまして」

夕食時、いつものごとく訪ねて来た甘粕が皆と夕飯を囲みながら、自然な口ぶりでユカリたちを日光へと誘った。

「嬉しいです。あ、でも…あーちゃん達は…」

「ご一緒で大丈夫ですよ。どうですか?」

と、ユカリの言葉に答えた後、甘粕はアオ達を見渡した。

「俺は別に構わないよ」

「私も」
「わたしも」
「皆で旅行って久しぶりですね」
「そうだね、今回(生まれてから)はまだ…かな?」

と、皆それぞれ了承する。

「アテナも一緒に行かない?」

「妾もか?妾は別にそなたらと旅を共にする義理は無いが」

ユカリの勧誘にアテナは戸惑った。

「まぁ、良いじゃない。たまにはもう少し人間社会を勉強してみるのも。…それに、旅先には旅先でしか食べられれないご当地の地物の美味しいものなんかも有る物だしね」

「…ユカリがそれほどまでに言うのなら、行ってやらん事も無い」

「では、全員参加と言う事で。いやぁ、賑やかな旅になりそうですな」

アテナの返答を聞いて甘粕が全員参加と旅館の手配をしてくれた。


週末の土曜日。アオ達は簡単に旅支度をし、足りない物は現地で調達すれば良いと短時間で準備を済ませると、甘粕が用意したバンタイプの車に乗り込んだ。

座席は運転席、助手席を含め2-2-3-3-4の14座席の中型車のようだ。

甘粕の隣の助手席にはユカリが当然のように陣取り、後列の一列目にアオ、二列目は通路の関係上1-2に分かれており、お一人様シートにアテナ、二人掛けにソラとシリカ、その後ろになのはとフェイトと言った所だ。

さて、ここに来て何故甘粕が日光へと行く事になったのか。

その理由を語っておこう。

実は、万里谷祐理の妹、万里谷ひかりが若干12歳で親元を離れ、日光にある神社でお勤めをと日々熱烈に勧誘されているらしい。

しかし、年齢の事と仕事内容が不明瞭な事で不安に成り、悩んでいたひかりが相談したのはカンピオーネである草薙護堂だった。

相談された彼はひかりの事をどうにかしてやろうとまずその神社がどう言う仕事なのかを明瞭にし、あまりもの内容であるならばひかり自身が断れるようにと日光へと同行する事になった。

その時足を申し出たのが甘粕である、そこに便乗するように以前の約束の履行に丁度良いとアオ達も誘ったのだ。

…つまり、一番後ろの4人掛けの椅子には護堂を挟むようにエリカと、夏休み明けにイタリアから護堂の元へと押しかけるように転校してきたリリアナ、エリカの隣にひかりの姉として同行した祐理が座っている。

そして、一列手前の一人掛けシート。つまりアテナの後ろにひかりが座っているのである。

ひかりは前に座っている自分と同じ年頃の少女に気安く話しかけている。アテナも最近は特に無礼を働かなければ会話を交わすのもやぶさかではないようで、ひかりが一人でしゃべっているような内容の会話にも時折相槌を入れている。

「な、なあ…あの万里谷ひかりが楽しそうに声を掛けている少女…あれはまつろわぬアテナでは無いのか?」

リリアナがこそっとエリカに問いかけた。

「ええ。間違いないく本人よ」

「…だ、大丈夫なのか?まつろわぬ神なのだぞ?」

「大丈夫なんじゃない?アテナがこの日本で暴れたのはゴルゴネイオンの一件だけ。それも人的被害は出していないのだし、今はこの国で騒ぎを起こす気はないそうよ」

と言うエリカの説明に一応は納得する。

「…では、あの助手席の女性は!?あの女性はヴォバン侯爵を石化させるほどの魔術師だろう?」

その質問は今更のような気がする。同じ学校に通っておきながら、リリアナは今まで護堂以外のことには余り目を向けていなかったらしい。

隣のクラスの人間なぞ、知ろうともしなかったのだろう。

「あら、リリィはヴォバン侯爵が身罷られた真相を知っているのね。…一般的にはアテナにやられた事になっている筈だけど?」

まさか吹聴などしていないだろうね、とエリカは問うたのだ。

「ただの魔術師がカンピオーネを打倒したなどと、どうして言えようか」

リリアナも頭の良い魔女である。その事実は余計な波風を立てると自重したのだろう。

「それが賢明ね。それと、彼女と接するときはカンピオーネと対峙していると考えた方が良いわ。ヴォバン侯爵を打ち負かした事は知っているようだけれど、護堂ですら赤子の手を捻るような感じでやられてしまったわ」

「なっ!?そうなのですか!?」

リリアナは護堂に詰め寄る。

「あ、ああ…。俺なんかじゃ歯が立たない相手だよ」

ヴォバン侯爵の事も有った為にリリアナはそれを信じることにした。

「彼女に面倒事は持っていかない。これが最善だと言うのがわたしの見解よ」

「了承した。しかし、草薙護堂に凶刃が及ぶのであれば私は全力で彼女を排除しよう」

「その時は精々壁としての役割を果たしましょうね。わたし達程度では壁の役目も出来ないのだろうけれど…」

とエリカは言い、若干の緊張を孕んでドライブは続く。

気付かないと言うのは幸せな事である。ひかりはアテナがまつろわぬ神と気付かぬままドライブを楽しんだ。

ユカリとアオ達は日光の適当な所に降ろしてもらい、用事があるという護堂とは別行動をとる。当然甘粕とも一時別行動になってしまうのだが、何か裏社会関連らしく、ついていく事は憚られたユカリ達は適当にバスを乗り継ぎ、物産展やお土産や等を回っていた。

「む?」

ご当地ソフトを頬張んでいたアテナが突然虚空をみやる。

「ん?アテナ、何かあったの?」

アテナの視線の先には日光山があった。

アテナの視線を追ってユカリ、アオ達も視線を向けると、その頂上の真上に巨大な蛇が突如として現れる。

「うわー…」

「でかい蛇だね」

「龍と呼ぶべきでしょうか?」

呆れるアオにソラとシリカが言葉を継いだ。

「何々?また厄介ごと?」

「みたいだよ、なのは」

なのはの疑問に肯定したフェイト。

「神様関連…よね?アテナ」

と、ユカリはアテナに確認する。

「あれは女神の成れの果てよな」

「女神なの?大きな蛇だけど」

「太古の昔、神の世界を支配していたのは女神であった。それに反抗を起こした男神によって女神はその地位を奪われる。さらに神話は書き換えられ、その姿を竜へと追い落とされた女神達は悪しき竜として英雄に討たれる。そうして転生したのが神祖と言われる魔女達だ。その魔女がその不死性を捨て、竜蛇の姿に一時のみ戻れると言う」

その説明で皆なるほどと納得しる。

「しかし…傷ついておるな。これは今さっき出来たという訳ではなさそうよな」

見れば所々傷つき、血が流れ出している。

「どれ、少し見に行ってみるとするか」

「ちょっ!アテナ!?」

ユカリの制止も聞かず、アテナは飛び去る。まつろわぬ性が刺激されたのだろうアテナを止める事は出来なかった。

「母さんっ!」

「私達も行くわよ」

「分かった」

ユカリの答えにアオ達も頷いて返し、地面を蹴った。

四肢を強化し、屋根の上を駆け、市街地を出るとさらに速度を上げアテナを追う。

すると、眼前に浮いていた蛇の喉元に何かが食いつくように二筋の閃光が走り、その直後蛇は力なく地表へと落ちていった。



「ほう、神祖を助けるか。神殺しよ」

「貴方はいずこの神でありましょう」

「妾はアテナ。まつろわぬアテナである」

「ほう。西方の蛇の女神ですか。これは好都合と言うもの」

エリカは心の中で舌打ちをする。厄介事がタイミングの悪い時にやってきたのだ。

今エリカの目の前ではエリカとリリアナによって討たれた蛇が、その姿を保てなくなり人の姿で地面に伏していて、その彼女をカンピオーネの一人、羅濠教主(らごうきょうしゅ)が治癒を施していた。

今回の騒動は、この日光の地に封印されているまつろわぬ神、『斉天大聖 孫悟空』を中国のカンピオーネである羅濠教主が日本に飼われるように封印されている彼に憤りを感じ、100年前の再戦も兼ねて封印を解こうと画策したが為だ。

孫悟空の封印の解除は中々に面倒で、その中の一つに現世で竜蛇が暴れていると言う条件があり、それを満たす為に先ほどの神祖は利用されていたのだ。

当然、いまだ孫悟空の封印は解かれていないので羅濠教主としても今この神祖に死んでもらっては困る。エリカは逆にこれ以上暴れられると本格的に孫悟空がまつろわぬ神として現世に顕現するのでどうしても止めたい。

しかし、カンピオーネに対抗できるのは結局はカンピオーネのみ。だが…

護堂と祐理は今は所用で今すぐには駆けつけられる状況では無い。リリアナは敵の足止めをしていて同じく不在。

エリカは護堂の『強風』の化身を使い、護堂を召喚しようとしていたのだ。

羅濠教主を挑発し、自らを危険にさらす事により強風の条件を満たし、護堂の名を呼べば、きっと地球の裏から、いやこの世ならざる所からでも呼べただろう。しかし…

あと少しの所でアテナが乱入し、羅濠教主の興味がそちらに移ってしまった。

孫悟空の封印を解くのに必要なのは蛇の神格を持った存在だ。そこにアテナは都合が良い。別に眼前の神祖でなくても構わないのだ。

エリカが今一度羅濠教主、またはアテナの意識を自分に向けようとした時、またも乱入するものが現れる。

「アテナ、速いわよっ!」

ユカリ達だ。

「そなたらも十分に速いと言うものよな」

とアテナが嫌味で返した。

「て言うか。どう言う状況?翠蓮(すいれん)お姉さまは何でこんな所に?それにあれはアーシェラ?」

と、アオが訳が分からないと洩らしたその時、羅濠教主から凄まじい殺気が放たれた。

「そこの子供、何ゆえこの羅濠の本名を知っているのか、疾く述べなさい」

と、命令口調でアオに問いかけた。いや、むしろ命令なのだろう。

「うーん…それを語るのは時間がかかるのだけど…」

殺気など何処吹く風とアオは返す。

「手短に要点だけを答えなさい」

「……未来で知り合ったから」

「……言うに事欠いてそのような戯言を…、子供とて羅濠たる我にそのような虚言を申すのであれば容赦は致しません」

アオとしては本当の事を言ったのだが、余りにも荒唐無稽。やはり信じてもらえなかった。

羅濠教主の怒りが爆発すると、いきなり羅濠教主の姿がブレると、突如としてアオの眼前に現れ拳を振るっていた。

ズバンッ

辺りを空気の振動が伝わり、乾いた音をたてる。

「ほう、なかなかやりますね」

「お姉さまの拳は嫌と言うほど見てきたからね」

羅濠教主の一撃をアオは念で四肢を強化して受け止めていた。

「さて、まさかこれほどの数の同胞がこの日の本の国に現れていようとは」

「え?うそ、そんなまさかっ!」

羅濠教主は年長者の勘と言うべき何かでアオ達が皆が神殺し、カンピオーネであると悟ったようだ。

エリカはアオの万華鏡写輪眼で暗示に掛けられていた事もあって、今まで忘れていたようだが、切欠があれば魔術師ならば解けることもある。今のエリカが正にそれだ。エリカはあの夏の日の顛末を思い起こしたようだった。

「一対六…いえ、そのまつろわぬ神をあわせれば七ですか。よろしいでしょう。相手にとって不足はありません。年長たる羅濠が武の真髄を教えてあげましょう」

羅濠教主が戦闘へと思考が移行した事により、本来の目的が忘れさられている。

「ふっ…まつろわぬアテナに対して随分と尊大な事よな。しかし、妾はこの国での戦闘は極力しないと約束している。…それに、そなた程度であればそこのアオ一人ですら勝てぬと言うものよな」

「ほう、大言を吐きますね。よろしいでしょう。では一人一人相手をしてやります。そしてその全てを打ち倒した暁には貴方に挑む事としましょう」

さあ、どなたから掛かってくるのですか?と羅濠教主が言う。

「あーちゃん、がんばれっ!」

「ちょッ!母さん!?」

「そう言えばあの映像データの最後の方に翠蓮お姉さまからのメッセージも有ったよね」

フェイトが言った映像データとはあの夏の日の夜に開いた未来の母さんからのメッセージの事だ。

「あ、そう言えば有ったね…確か…」

と、なのはは思い出そうとするが、忘れてしまったようだ。

「過去の自分をぶっ飛ばして欲しいって言っていたような?確かアオさん宛てでしたね」

そうシリカが思い出して皆に伝えた。

「って事はアオに倒して欲しいって事でしょう」

がんばってとソラも言う。

「分かった、分かったよ。俺がやるよ…翠蓮姉さんの頼み事を断ると後が面倒…誰か結界張って」

諦めたアオは誰かに封時結界を頼む。

「はーい」

と返事をしたなのはが半径一キロほどを切り取った。

「な、なんだこれは…」

「結界…よね?」

この現象に治療を途中で放棄されて虫の息だった神祖の少女とエリカが驚きの声を上げる。

「ほう、なかなかに面白き技ですね」

羅濠教主にしてみれば結界もそんな程度の認識か。


「さて、この身長じゃ流石に厳しいか」

と言ったアオは印を組むとポワンと言う音を立てた後、煙が晴れるとそこには金髪碧眼の青年の姿が有った。

彼のひとつ前の姿である。

「もう驚かないわよ。ええ、カンピオーネなのだもの、変身くらいするわよね」

と、エリカが現実を否定し始める。

「危ないから離れましょう」

ユカリは神祖の少女へと近付き拘束しながらアオと羅濠教主から距離を取る。

「……っ…」

逆らう気力は無いのか、神祖の少女はユカリに担がれるままになっている。

「この子、治した方が良いのかしら」

「やめておいてくださる。その子が回復してもう一度竜蛇の姿になったらおそらく今よりももっと悪い状況になるわね。まぁ、あなたの息子さんがあの羅濠教主に勝ちさえすれば丸く収まるかもしれないから、今はまだ様子見ね。それにその子、直ぐに死ぬと言うわけでもなさそうよ」

と、ユカリの疑問にエリカが答えた。

「そう…」

ユカリはそう呟いた後、視線をアオ達に向けると、ようやく試合が始まろうとしていた。


「気絶か参ったの宣言で勝敗を決める。即死系の攻撃は無しで。勝敗を決した後の追撃は認めないと言う感じでどうですか?」

カンピオーネの超回復力と、アオ自身の念能力、および神酒が有れば瀕死からですら全快できると考えて、強攻撃の禁止は項目に含めなかった。…と言うよりも、やる気になっている羅濠教主にとっての妥協点がそれくらいだったと言うだけだが…これ以上は羅濠教主は妥協しないだろう。

「よろしいでしょう。伏した相手に追い討ちを掛ける事は無いと約束いたしましょう」

了承も上から目線の羅濠教主であった。

『スタンバイレディ・セットアップ』

ソルがバリアジャケットを展開する。アオはソルの刀身を抜かず、腰に提げたまま両手を開けている。

「初手は譲ってあげましょう」

羅濠教主の宣言。それが戦闘開始の合図だった。

アオは念で四肢を強化すると、権能によって強化されたクロックマスターを使い、一足で羅濠との距離を詰める。

「なっ!?…ぐぅっ…」

アオが動いたかと思った次の瞬間、羅濠の体が宙をまう。

アオは踏み出した瞬間、移動したと言う過程を省いて羅濠との距離を詰めたのである。

それはあたかも瞬間移動であったが、今のアオでは手に入れた権能を使いこなす事はまだ出来ておらず、この程度が精一杯でもあった。

それに消費量もバカにならない。因果を操る能力は、やはりその効果に見合った莫大なオーラを使用する。そう気軽に使える物でも無いのだ。

が、しかし、羅濠教主の意表を着く事には成功したようで、アオはそのまま二撃三撃と『徹』を使った打撃を使い、内部に衝撃を徹して行く。

最後は空中踵落としで羅濠を地表へと向かって蹴り落とした後、激突で出来たクレーター目掛けて火遁・豪火球の術をおみまいする。

普通の人間なら、あるいは草薙護堂程度ならこの今の攻撃で戦闘不能に陥っていた事だろう…だが…

「はっ!」

気合一閃。

羅濠教主が繰り出した呪力を纏ったコブシ…羅濠の権能の一つである大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)で強化されたコブシでの一撃は、アオの火遁・豪火球の術をたやすく弾き飛ばした。

大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)

これは阿吽一対の仁王から簒奪した権能で、無双の剛力を羅濠に与えている。

「この羅濠に土をつけるとは、今までのその所業を達成したのは数人のみ。やはり同属…」

と、何やら賛辞を送っていた羅濠に向かって地面に着地したアオは既に地面を蹴っていた。

そして過程を無視して距離を詰めて攻撃をしようと一瞬で懐に入った所で羅濠教主は当然の事の様にアオの腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。

「がっ!?」

直ぐに直撃箇所を流を使い防御した為に、アオもさほどのダメージは無い。

「ふっ…賞賛は聞くものですよ?…しかし、その油断無く勝ちに行こうと言う心意気は気に入りました」

投げ飛ばされたアオはすぐさま立ち上がると羅濠教主を注視する。

「それに、衝撃を内部へと浸透させる技。中々の功夫(クンフー)でした。これは羅濠も全力で挑まねば失礼と言うもの」

そう言った次の瞬間、羅濠のオーラが膨れ上がる。

「はっ!」

地面を蹴った羅濠教主は常人には残像すら見えぬと言う速度で距離を詰める。

「くっ…」

バシッバシッ

高速の拳をアオは写輪眼により増幅された動体視力と知覚を拡大させる神速を駆使して捌く。

しかし、これはアオにとっては中々に難しい事であった。

なぜなら、怪力無双の羅濠教主の一撃はアオの『硬』での一撃に匹敵するほどである。

彼女の拳、彼女の蹴りを寸分たがわず自身の『硬』で迎撃しなければならないのである。

「良く捌きます。その目は魔眼の類ですね。羅濠の拳を見切っているとなると動体視力の上昇でしょうか」

アオの瞳に現れた写輪の瞳を見て羅濠教主は問いかけた。

「さて…ね」

と、打ち合いながら羅濠に問われたアオは適当に返答した。相手に事実と告げるのは愚かしい事だろう。

すると、途端に羅濠教主は歌を紡ぎだした。

ヤバイっ!とアオは思う。

羅濠教主の権能の一つ。

竜吟虎嘯大法(りゅうぎんこしょうだいほう)だ。

この技は詩を衝撃波として放つ技である。

未来で嫌と言うほど食らったアオはすぐさま万華鏡写輪眼・シナツヒコで周りの空気を操り、音の振動をキャンセルさせた。

羅濠教主の周囲から音が消える。

音は空気中を伝わる振動だ。空気を操れるアオは間接的に音そのものをキャンセルできるのである。

そして羅濠教主の権能はキャンセルされる。音が伝わらない故に。

さて、ここでいつかやったように真空を作り酸素を抜けば無効化できるかも?と考える者も居るだろう…が、この羅濠教主。水も酸素も無くても生きていけるのである。

研鑽の日々の上にすでに仙人にでもなったような存在なのだ。

羅濠教主は自らの技が封じられた事に口角を上げる。とても愉快だと言わんばかりに…

しかし、驚いたのも事実。その一瞬でアオはクロックマスターを使い後方への移動の過程を省略し、羅濠教主から距離を取った。

嚇々陽々(かくかくようよう)電灼光華(でんしゃくこうか)天霊霊(てんれいれい)地霊霊(ちれいれい)太上老君(たいじょうろうくん)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!』

音が伝わっていればおそらくそう言っていたのであろう。

呪文が紡がれると羅濠教主の体から立ち上るオーラが巨大な二対の金色の金剛力士となりてアオへと襲い掛かった。

彼女の権能、大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)でその身の内に留まらなかったその呪力が形を成した物である。

左右から襲い掛かる二体の金剛力士のコブシはアオを捕らえる。流石にこれを食らえばアオもひとたまりも無いだろう、しかし…

「…スサノオ」

ドドーンッ

渾身の一撃を放った金剛力士は、アオに直撃させる、その直前で何者かに阻まれた。

「ガイコツ…?」

エリカの呟き。しかし、その間にガイコツに肉がつくように姿が変わる。

麗しい女性の姿から甲冑を纏う益荒男へと変貌した。

「ほう、アオのやつも中々に多芸な奴よな」

まだそんな手を隠し持っていたかと、アテナは感心していた。

スサノオはその両腕で金剛力士を引っつかむとそのまま地面へと叩きつけた。

形を維持できなくなったのか、スゥと音も無く消えていく金剛力士達。

「我が大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)が一撃ですか。中々のものよ。名を聞いておきたい。是非聞かせては貰えぬか?」

「スサノオ」

「日の本の三貴神の一柱か。それがそなたが弑逆した神の名ですね」

違うが、勘違いはさせておく物とアオは黙っていた。

エリカの辺りがその聡明な頭をフル回転させ、しかし、まつろわぬスサノオは今は幽世(かくりよ)で隠居生活をしており、その存在が討たれたとは聞いていないので否定するのだろうが、割愛させていただく。

「面白い。実に面白きかな。では存分に武を競おうではありませんか」

と羅濠教主は四肢に力を込める。踏みしめた地面がその威力でひび割れる。

再度現れた金剛力士と共に、今度は羅濠教主自身も突っ込んでくる。

先行された二体の金剛力士はスサノオの横薙ぎに振るった十拳剣(とつかのつるぎ)によって一撃で両断されたが、羅濠教主は掻い潜りその豪腕を振るう。

振るわれた豪腕。しかし、それをアオは八咫鏡(やたのかがみ)で受ける。受け止めたその盾は羅濠教主の攻撃を完全に遮断した。

そのまま八咫鏡(やたのかがみ)で羅濠教主を弾き飛ばす。

飛ばされた羅濠教主はくるくると回転し制動を掛け猫のように着地する。しかし…

『火遁・豪火滅却』

「むっ?」

ボウッと噴出される炎弾。先ほどの豪火球の術よりも大量の呪力を感じた羅濠教主は地面を蹴り、その炎弾を避けた。

…避けた筈だった。

ゴウッ

火球は羅濠教主に着弾し、火柱をあげる。

アオが豪火滅却を放ったと言う行動で着弾したと言う結果をもたらすように因果を操ったのだ。

結果、ありえない軌道を描き火球は羅濠教主に着弾したのだった。

「ハっ!」

気合を入れる声。やはりそこは羅濠教主も一筋縄では行かない強者だ。火柱が左右に分かれるように切り裂かれる。

打ち上げるように打ち出した拳で炎を裂いたのだ。おそらく呪力を高め、レジストしたのだろう。その身に火傷一つ負っていない。

羅濠教主は厳格で、自身の声を聞いたなら耳を削ぎ、姿を見たのなら目を潰すなどと言う残虐な事も自身の威厳の一つと躊躇わないような残忍さを持っているが、戦いにおいては真正面から相手を屈服させる事を好む。

アオにより竜吟虎嘯大法(りゅうぎんこしょうだいほう)を封じられていても、その武芸と大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)にて真正面からアオを屈服させる事を選ぶだろう。

今も地面を蹴り、スサノオの剣を掻い潜り八咫鏡(やたのかがみ)すら押しのけてスサノオ本体にその拳を突きつけた。

スサノオは確かに攻撃力は甚大で八咫鏡(やたのかがみ)の防御力は鉄壁と言っても良い。しかし、その体の部分までが鉄壁かと言えばそうでは無い。とは言え、そんな事が出来る人間など皆無なのだが…

「ハァーーーーーーっ!」

目にも留まらぬ羅濠教主の連撃に終にスサノオの姿は崩れ去ってしまった。

正に破天荒。

羅濠教主は一つの事に突き抜けている言わば天才だ。もちろん自身の努力もあってのその武であるのだが。

しかし、アオはそうではない。

確かにアオは大抵の事は覚えられる。しかし、天才が努力して到達する至高の領域には決して踏み入れられないだろう。

事実、体術を羅濠教主と競い合ったら10回中10回は負ける。

だが、それでもアオは強者だ。

彼は世界を跨ぐ度に多くの技を手に入れ、そして訓練してきた。

彼は多くの物を学んだが故に強者である。決して突出はしていない。しかし、幾つもの技が彼を強者たらしめているのである。

アオは羅濠教主の拳が迫る前に後ろへと踏み出し、クロックマスターで過程を破棄し距離を取った。

羅濠教主の攻撃はアオを捕らえる事は出来ず、地面にクレーターを作る。

ここでアオも攻撃に転じる。

いきなり羅濠教主の体へと向かい虚空からプラズマが走った。

「くっ…」

これには大勢を崩していた羅濠教主も避ける事は叶わず、呪力を高めてレジストしているが、そのプラズマが止む事は無い。

万華鏡写輪眼・タケミカヅチ

イタチやサスケの天照が視点を媒介に物を燃やす能力ならば、タケミカヅチはその目で効果範囲を決め、プラズマを発生させ、そして操る能力である。

アオの持っている能力の中でも随一の速度、そして強力な火力を有している技である。

その速度は正に閃光。現れたと思ったら着弾しているのである。

やりすぎか?とも思うかもしれないが、羅濠教主がこれくらいでくたばるはずも無い。

渾身の力で足元の地面を叩きつけ粉塵を巻き上げアオの視界を塞ぐ。

粉塵に紛れ、羅濠教主はアオに近づきその拳を打ち出す。

アオも打たれまいとタケミカヅチで迎撃する。

だが、羅濠教主はこれに怯まず、ダメージを覚悟で拳を振り下ろす。

「なっ!?」

これには流石にアオも驚いた。

タケミカヅチで発生させるプラズマは羅濠教主を焼き、負傷を増やしていくが、構わずと打ち下ろされた拳はアオを捕らえる。

「ハァッ!」

確実に捕らえた。羅濠教主の一撃はアオを粉砕し、打ち砕くには十分な威力を秘めていた。…だが。

いきなりアオの姿がグニャリとゆがみ突如として羅濠教主の背後へと現れたのだ。

アオは『硬』で右手にオーラを集め、思い切り羅濠教主へと打ちつけるが、しかし、羅濠教主は背後からの攻撃だと言うのに見事に反応して見せた。

地面に着いていた右足を蹴り上げ、その踵でアオの攻撃を打ち払ったのだ。

そのまま羅濠教主は反転し、打ち払われてガードの空いたアオへともう片方の足で地面を蹴り回し蹴り。

しかし、またもアオの体がグニャリと歪んで消えうせる。

そして羅濠教主から距離を取った所へと現れて見せたアオ。

「中々面妖な技を使いますね。攻撃しても幻像のようにすり抜ける。…しかし、直前までは確かに実体であったはず」

アオが羅濠教主をすり抜けた技をイザナギと言う。

アオが自身に掛けた幻術で、自分にとって不利な事象を「夢」、有利な現象を「現実」に変える能力である。

写輪眼の持つ能力の一つであり、完全なイザナギを行使するのには千住一族の力が必要だと言われているが、不完全なそれでも脅威となろう。

便利な能力であるが、だがそれ故にこの能力には最大のデメリットがある。

アオがこのイザナギを行使できるのはおよそ3分。これが多いのか少ないのか、アオにはデータが無いので分からないが、イザナギ使用者はその間おおよそ無敵だ。

しかし、その3分が過ぎると写輪眼は光を失い、二度と開かず失明する。

これは大きなデメリットだろう。普通の者なら二回しか使えないと言う事だ。

だが、このデメリットを回避する手段を持つアオならどうだ?

アオの星の懐中時計《クロックマスター》は時間を操る。

これを使い、失明しても失明前に撒き戻せばデメリットも無くなると言う寸法だ。

実はこのイザナギであるが、NARUTOの世界に転生したアオは知らなかった能力である。後年、リリカルなのはの世界に転生した後に知り合った深板達に教えてもらった能力である。

古代ベルカに転生した後、不退転の戦場でアオはこの能力を大いに使う事になり、深板たちに深く感謝する事になる。

とは言え、羅濠教主ほどの人物を前に視力を回復する時間を取るのは至難の業だろう。実質この戦いでは使いきりの能力だ。

さらに片目の視力が失われると言う事は視野を狭めると言う事。それもこの戦では致命的だ。

つまり、これを使ったアオは後3分で片をつけなければ途端に劣勢に陥るだろう。

アオは素早く印を組、息を吸い込む。

『火遁・豪火球の術』

「またそれですか、それはもう羅濠には効きません」

カッっ!と気合の正拳突きで火遁・豪火球の術は打ち破られる。

迫り来る羅濠教主にアオは体術で迎え撃つが、やはりここに来て自力の差か、捌ききれなくなってくる。しかし、その度にアオの体が歪み、攻撃を幻術へと置き換える。

羅濠教主の背後に迫ったアオをまたも蹴り上げて打ち破り、回し蹴りを食らわせる。しかし、やはりグニャリと歪み、羅濠教主から距離を取った所へとアオが現れた。

「どのようなカラクリかは分かりませんが、ここまでの能力です。代償無しでは有り得ない能力でしょう。そろそろ終いのはず。貴方は良く頑張りました。だが貴方の武はまだ羅濠には届きません。そろそろ沈みなさい」

と言う言葉。

しかし、アオは構わずとまたも火遁・豪火球の術を放つ。

「哀れな。自身の敗北すら認められぬとは…ですがその歳ではまだ仕方の無い事かもしれませんね」

と言い、正拳突きで火遁を打ち消した羅濠教主。

しかし、アオの攻撃は続く。

右の正拳、左のフック…それをいなし、攻撃をかわしアオへの攻撃を繰り出すがやはりアオの姿が歪みまた虚空に現れる。

「む?」

羅濠教主は一連のアオの攻撃に違和感を感じる。

何だ?と思う。そして、おそらく距離を取ったアオの攻撃は先ほどの大きな火球で有ろうとも。

事実、アオは火遁・豪火球の術を繰り出し、それをやはり羅濠教主は打ち破る。

そしてまた接近され、迎撃し、火遁・豪火球の術を撃つ。

おかしい。これは先ほどの繰り返しだ。

羅濠教主はいぶかしみ、これはアオの術数に掛かっていると悟る。

しかし、何度アオを攻撃しても、何度アオを蹴散らしても距離を取り火球が飛んでくる。

「これは…閉回路…ですね。幻術の類…おそらく精神の世界でしょう。よくこの羅濠を幻の世界に引き込んだものです。…気がついた今なら破る事も出来ましょう…しかし少し気がつくのが遅れましたね」

と、構えを解いた羅濠教主は悟ったように空を見上げた。

現世(うつしよ)の我が肉体は無防備に地に立っている事でしょう。これを見逃すほど甘い相手ではない。…起きたら褒めてやらねばなりません。この羅濠を打ち破ったものなど神の権能を手に入れてから無きに等しいのですから」







「な、何?いきなり羅濠教主の動きが止った?」

アオと羅濠教主の戦闘を観戦していたエリカが戸惑いの声を上げた。

しかし、それも仕方の無い事だろう。エリカにしてみればいきなり優勢であったはずの羅濠教主が攻撃をやめ、棒立ちになったのだから。

「うわ、アオさんやりすぎじゃないかな?」

と、シリカ。

「でも、あれくらいしないと翠蓮お姉さまは打倒できないよ。まぁ、魔法を使うのならば別だろうけれどね」

なのはが言う。

「そうだね。だけど、魔法を使っていたら決着は直ぐについただろうけれど、その後どうなるか。翠蓮お姉さまは自分の舞台で打ち破ってこそやっとその視界に他者を人として認識するような人だからね」

と、フェイトが推論した。

さて、アオが掛けた幻術。名をイザナミと言う。

この幻術は写輪眼で一連の事象と感覚を記憶し、もう一度同じ事象を引き起こし、その二つをつなげることによって無限ループの中に相手の精神を引きずり込む幻術である。

それ故に相手の現実での肉体は動きを止め、棒立ちになったのだ。

だが、強力な幻術ゆえにやはりデメリットが存在する。

この術を行使するとやはり写輪眼は失われ失明してしまうのだ。

しかし、なぜアオがそれほどのリスクのある幻術を使ったのか。それはやはりカンピオーネが持っている強力な呪力耐性にある。生半可な幻術では跳ね返されて幻術をかける事は出来なかっただろう。

相手の呪力耐性を打ち破るほどの幻術はこれを除けばアオは幾つも持っていない。

相手の動きを封じたアオであるが、ここで油断は出来ない。幻術に気がついた羅濠教主ならば幻術を打ち破り必ずや自力で生還するであろうと言う予感が有ったからだ。

それほどまでデタラメな存在だとアオは認識していた故に、油断はしない。

直ぐに羅濠教主の背後に駆け寄ると『硬』で強化した手刀で羅濠教主の首筋を突き『徹』を使った為に内部へと浸透したダメージが羅濠教主の意識を刈り取った。

普通の人間なら即死クラスのダメージではあるが相手はカンピオーネ。これ位しても直ぐに治癒してしまう化物だった。

アオは無くした視力をクロックマスターで撒き戻し、その目に光を取り戻すと変化を解いた。

ついでにバリアジャケットも解除されている。

「あー、しんどい…もう翠蓮お姉さまと戦うのは二度とゴメンだ」

と、地面にへたり込むアオと、それに駆け寄るソラ、なのは、フェイト、シリカの四人。

「大丈夫よね」

「体は何処も怪我してない?」

「心配したよ」

「大丈夫そうですね」

と、皆口々に心配したとアオに伝えた。

さて、地面に伏していた羅濠教主だが、数分もすれば意識を取り戻したらしい。

地面から立ち上がり、服についた埃を払うとつかつかとアオに歩み寄った。

「この羅濠を打ち破るとは、見事な武技でありました。これが生死を賭した物であったならわたくしは既に死していたことでしょう」

つき物が取れたかのような、…先ほどとは変わり羅濠教主の顔から剣が取れ、麗しの華人のような表情だ。

「それはどうだろう。お互いに相手を気づかっていたからね。これが死合いならば、また違った結果だっただろうね」

「そうでしょうか。あなたはまだ幾つもの技を持っていましょう。確かに体術についてはわたくしには及びません。しかし、わたくしは最後まであなたに剣を抜かせられなかった。わたくしにとってこれほど悔しい事はありません」

確かにアオは最後までソルを抜かなかったが、抜かなかったと言うよりは羅濠教主の豪腕でソルが破壊されるのを憂慮したと言う側面が強い。

羅濠教主はアオ達を一度見渡す。

「よろしい、あなた達にわたくしの名、翠蓮と呼ぶ事を許しましょう。以後は翠蓮お姉さまと呼ぶように」

「そう呼んでるよね?」

と言うアオの突っ込みはとりあえずスルーされる。

「それで、翠蓮お姉さまは何でこんな所(日光)に居るの?」

「ふむ。よろしいでしょう。答えてあげましょう弟よ」

さて、いつからアオは弟になったのか。…とは言え、未来ですでにそう呼ばれていたためにアオは特に思う所は無かったようだ。

話を聞いたアオ達は翠蓮の行動自体をとがめたりはしない。だが…親しい故に心配はする。

「翠蓮お姉さまはもう少し周りの事を考えよう。まつろわぬ神が顕現してもたらされた被害の総額を翠蓮お姉さまは支払う事が出来るの?」

「む?神と神殺しの戦いによってもたらされる被害は当然の事であり、考えても栓の無い事です」

「それは、勝手気ままに暴れまわる奴を翠蓮お姉さまの好意で止めた場合でしょう。その時は感謝されこそすれ、確かに恨まれるのは理不尽だ。…だけど、今回は?
今回は違うよね。もし、そのまつろわぬ神の封印が解かれ、暴れ周り、この日光の街を破壊しながらも翠蓮お姉さまが倒したとして、その時にこうむった被害は全て翠蓮お姉さまが支払うべきだ」

「何故です?」

「原因を作ったのが翠蓮お姉さまだから。もし、それが出来ずに自分の我を通し周りの被害すら考えないのなら…きっと翠蓮お姉さまは倒されるよ」

「誰にですか?あなたがわたくしを倒すとでも?」

「いいや、人間に」

「ただの人なぞ幾千人幾万人掛かってきてもわたくしを倒す事など出来ません」

そうかなぁ?とアオ。

「人だった翠蓮お姉さまもその武で神を打倒したのでしょう?人を甘く見れば足元を掬われる。俺たちも心配で言っているんだよ。恨みを買うような行動はきっと翠蓮お姉さまを破滅させる」

アオの言葉に翠蓮は目を閉じ黙考する。

「弟の言う事は分かりました。確かに今回の事はわたしくの浅慮。かの者との再戦はきっと因果が導いてくれる事でしょう」

そう言って翠蓮はこの騒動の終結を決める。

「良かったわ。それじゃ、これでそっちは解決ね。後はこの娘の事ね」

と、ユカリが抱きかかえていた神祖の少女をどうすればよいのかと声を上げた。

「……殺せ…」

と、神祖の少女はか細い声で言った。

神祖の少女…アーシェラは既に死を待つ身だ。

ロサンゼルスで神殺しの一人、ジョン・プルートー・スミスに討たれ、瀕死の所を他の神祖に助けられ、その者の企みにより翠蓮の所へと運ばれた。

彼女の役目は竜蛇の姿をさらし、まうろわぬレヴィアタンとして斉天大聖の封印を解く鍵として顕現すること。

それも翠蓮が引くと言うのであればこれ以上は意味が無い。

「死にたいの?」

と、ユカリはアーシェラに尋ねる。

「死んでも我らは転生する。…転生し、また人々を虐殺するであろうよ」

その言葉を聞いた後、エリカがアーシェラがいかな危険な人物であるかを起こした事件を事例に挙げて皆に語った。

それを聞いた後、ユカリはアーシェラに問いかける。

「…あなたは何でそんなに人を殺したいの?」

「さて…何故であったか…それはもはや呪いであろう…転生した我ら神祖はその記憶を引き継ぐと言う訳ではない…だが…身のうちから響いてくるのだ。…神として再臨せよ…とな。その過程の供物としてはやはり他者の命を奪わねばならん…」

死ぬ間際と言う事もあり、アーシェラの独白を皆黙って聞いている。

「妾とて最初は好きで殺していた訳ではない…だが、妾にすがる者たちがそう望むのだ…そのうちに、身の内より滲み出る渇望の声に逆らう事すら面倒になっただけだ…」

彼女の前世がそう望み、彼女の今生での環境がそうしたと言っているのだろう。とは言え彼女に咎が無い訳ではないのだが。

「助けて欲しいの?」

「……殺せと言っている」

「でもきっと、あなたは私に助けて欲しいと思っている」

「母さん!?」
「ママっ!?」
「ユカリさん!?」

助けると言った声にアオ達が戸惑いの声を上げた。

「一生に一度くらい気まぐれで人を助けても良いじゃない。あーちゃんだって目の前で人が死にそうになっていたら手を差し伸べるくらいはするでしょう?」

「…まあね。自分が助けた人の人生に責任がもてるなら、ね」

アオは以前にも助けた責任が取れないと言う理由で見殺しにした事もある。

「一人くらい増えても今の私の蓄えでも平気よ」

「そう。でも、その子は残虐非道な行ないをしてきたらしいよ。それでも?」

「私もあーちゃんも、ソラちゃん達だってその手にかけた命を数えればキリが無い。…幾千人、幾万人の命を私達は奪ってきたわ。でも私達はこうして幸せな生活を送れている。だったら一人くらい、私達が救ってあげるのも良いんじゃないかな?それに、あーちゃんはこの子の名前を知っていたわよね?と言う事はつまり未来の私はこの子を助けたと言う事。…きっと大丈夫よ」

助けた後にアーシェラに残虐非道な行ないはさせないとユカリは言っているのだろう。

それを聞いてアオ達は仕方ないなぁと納得した。

「それで、どうやって助けるの?俺がやろうか?だけど、それじゃ枷をはめれないよ」

「未来ではどうだったの?」

降参とアオはやれやれと言った感じで答える。

「使い魔の契約をしていたみたいだよ。それならば確かにアーシェラに枷をはめられるだろうね」

「なるほど、以前あーちゃんが久遠ちゃんにしたみたいにしたのね」

あの時、久遠がまた暴走しないようにアオは久遠を使い魔として呪縛したのだ。

ユカリはアーシェラを地面に横たえるとアーシェラに向かって声をかけた。

「死にたい?でも私は私のエゴであなたを助けるわ」

「……なぜ?」

「さっきも言ったでしょう。何となくよ。…でも、しいて理由を作るなら…あなたが不幸せそうだったからかしら」

「…不幸な人間なんてこの世にごまんと居る…」

「ええ。でも、私はその人達を知らないの。知らない人達を救おう何てことはあーちゃんじゃないけど私も思わない。だけど今、私の目の前のあなたは私の目に留まった。それだけよ。ただの気まぐれ。私の気まぐれであなたは生き、そして幸せになるのよ」

「……勝手なのだな…神祖の妾よりずっと…」

「ええ」

アーシェラの言葉を了承と受け取ったユカリは使い魔生成の儀式を執り行う。

「レーヴェ」

『了解しました』

ユカリの胸元で光る宝石が点滅するとアーシェラの下に魔法陣が展開する。

『契約内容はどうしますか?』

「一緒にご飯を食べる事。期間は設定無しで」

と言う内容に一同「はぁ!?」と言う感じで驚いている。

驚くのも無理は無い。この内容ではほとんど拘束される事は無いだろうから。

「…くっ…」

アーシェラの体内でリンカーコアが芽吹き始め、それに従い体が作り変えられる。さらに負っていた怪我が完治したようだ。

しかし、その体が発光したかと思うといきなり体が縮み始め、発光が終わるとそこには一メートルほどの蛇がとぐろを巻いていた。

「へ、へびぃ!?」

エリカが混乱の声を上げる。

「ふむ、中々に愛嬌のある顔つきよな」

などと、アテナは自身が蛇の女神でもある為に見当違いな感想だ。

「成功?」

と、ユカリ。

「しばらくすれば気がつくだろう」

「だね。ユカリお母さんとのラインは繋がっている感じだし、きっと大丈夫だよ」

そうアオとフェイトが答えた。

「そう言えば、まつろわぬ神…えーっと、孫悟空の封印ってどうなったの?」

と、ここでの事態が片付いたのを見てなのはが声を上げた。

「そこの神祖がそのこ魔術師に仕留められた故、おそらく未だ封印は解けてはいないでしょう。今回は弟達に諭された故ここまでにしておきます」

と翠蓮が言う。

「そっか。それじゃ大丈夫かな」

と、気を抜いたなのはは封時結界を解いた。

途端に現実世界へと戻っていく。

「戦闘の形跡すら干渉しないのね…凄い技だわ」

エリカがこの事象に心底感嘆していた。


これで一件落着かと思われた。しかし…封印の洞窟の中から此方をうかがう何者かの視線。それはまつろわぬアテナをその視界に納めていた。

そう、蛇の女神でもあるまつろわぬアテナをである。

「なるほどなるほど、あれは真に竜たる神。ならば…」

洞窟の中で半分ほど封印が解かれていた猿がアテナをその双眸に写し、歓喜に震える。

半分まで解けていた孫悟空の封印は、アテナを前にした事でさらに緩まったのだ。

「ハッーーっ!」

孫悟空は竜蛇の神を前にした事で湧き上がり、漲る神力で強引に封印をついに破った。

「はははっついに封印を破ったぞっ!…しかしちと気張りすぎたか…神力が駄々漏れじゃったな。竜蛇の神一柱と神殺しが七人…いや、もう一人おったか。これは中々に難敵。じゃが今の神力の開放であちらもこっちに気がついたようじゃし、このまま撤退とはいかんか」

と言い、戦闘態勢を整えて孫悟空は呼び寄せた雲に跨り洞窟を出た。


ビクっとアオ達は皆何かを感じ取って視線を一つの方向へと向ける。

「これは?」

誰が言ったのか、疑問の声を上げた。

「斉天大聖が封印を解きましたか」

「ええ!?封印は解けてないんじゃなかったの?」

と、シリカがあわてて問いかける。

「半分は解けていたのです。確かに神祖は倒れましたが、ここにはもう一柱蛇の神格を持つ神が居るでは有りませんか」

翠蓮のその言葉に皆の視線がアテナに集まる。

「妾の事よな。そのまつろわぬ神は竜殺しの英雄、『鋼』の系譜であったか」

この鋼の英雄に分類される神はその存在が剣の暗喩であり、鉱物で有るが故にその多くが不死性を持つと言う。

「しかり、我こそは天に(ひと)しき存在成り」

悠々と雲に乗って現れた紅い目に金色の瞳をした一匹の猿。

「あれが孫悟空」

と、なのはが呟いた。

「我が名は中々にこの島国に轟いておることよ」

「現れましたね大聖。今こそあなたを討ち滅ぼしてあげましょう」

と、翠蓮が挑発する。と言うか翠蓮はアオとの戦闘ダメージも回復しきっているわけでは無いのにすでにやる気だ。

「良かろう、先約であるからに、遊んでやろうぞ」

「アオ、あなた達は手を出しては行けません。これはわたくしと大聖の戦いなのです」

「いや、良いけれど…、翠蓮お姉さまこっちに」

アオはそう言うと何処から取り出したのか、勇者の道具袋から小瓶を一つ取り出した。

「とりあえずこれを飲んで」

と、アオは神酒の原液を渡す。

「む、酒の匂いですね」

と、言いつつも勧められるままに翠蓮は原液の神酒を口に含んだ。

常人ならば死んでしまうかもしれないがカンピオーネたる翠蓮にはそのような事には成らない。

「傷が塞がり、呪力が漲ってきます。…これは?」

「まぁ、何でも良いでしょう。これでフェアな戦いが出来るよ。頑張って」

と言ったアオは他の人を連れて二人から少し距離を取ると封時結界を張り翠蓮と大聖を封時結界内に閉じ込めると傍観を決め込む。

「む?あの二人だけ時間をズラしおったか」

「だって、面倒だし。やる気になっている二人の邪魔をしてもね」

と、アテナの問いに答えるアオ。

「ね、ねえ。わたしには見えないのだけれど、さっきまで居た空間でお二人は戦っているのよね?」

「あ、そうか。アテナとそこのえっと…エリカさんには見えないね」

そう言うと結界内にサーチャーを忍び込ませ、モニタに二人の戦いを映し出した。

二人の戦いは一進一退だった。

互いの武は冴え渡り、翠蓮はその拳で、孫悟空はその手に持った如意棒で周囲の物をなぎ倒しながら互いを攻撃している。

すでに幾つものクレーターがそこかしこに出来ていた。

「うわぁ…翠蓮お姉さま、本気だね」

そう言ったなのはの言葉通りモニターに映る翠蓮の動きは先ほどのアオとの戦いよりも一段も二段も技にキレがあった。

まつろわぬ神を前にしてカンピオーネとしての性質により闘争心が増し、技が研ぎ澄まされた結果だろう。

そんな翠蓮の拳は朽ちぬはずの鋼の体を持つ孫悟空の体を砕き、刻み、粉々にすり潰す。

そして死闘の末に翠蓮は孫悟空を打ち破ったのだった。

孫悟空が完全に消失したのを確認したからアオは結界を解き、時間を繋げる。

現れた翠蓮は満身創痍でボロボロだったが、五体満足で、しばらく休めば元通りになるだろう。

「少々疲れました…弟よ、どこかくつろげる場所は有りませんか?」

と護堂、アオ、孫悟空と3戦目だったこともあり、流石に翠蓮も音を上げた。

「今日泊まるはずの宿が有るから、そこに一部屋取ってもらおう。えと、甘粕さんへの連絡は母さんがしてくれる?」

「分かったわ」

と、了承したユカリは携帯を取り出して甘粕へとコールした。

「さて、エリカさん」

と、アオはエリカへと向きを変えた。

「何かしら。またわたしに暗示を掛けるのかしら?」

今度はそう簡単にやられはしないと呪力を高めたエリカ。

「まぁ、それでも良いのだけれど、また切欠があればあなたなら破るかもしれないね。…本当はもっとえげつない方法もあるのだけれど、流石に良心がね…」

エリカほどの魔術師に暗示を掛け続けるというのは中々難しいと言う物だ。二回目ともなればエリカも何かしらの対策をするだろう。…現にエリカは『写本』の魔術の応用で一時的に記憶力の増強をはかっていた。

「そ…そう。…そうしてくれると嬉しいわ」

「けど、俺たちの考えは伝わっているよね?」

「……もちろんよ。裏社会の荒事をあなた達に持っていかない。カンピオーネは世界に7人…いえ、ヴォバン侯爵が倒されたから6人ね。6人しか存在しないと言う事よね?」

「ありがとう。エリカさん」

「それじゃ、わたしは失礼させていただくわ。護堂を迎えに行かなければならなくなっちゃったしね」

『強風』の化身で呼び寄せる方法は使えなくなってしまった。だったら直に迎えに行かなければ成らない。

エリカは頭を下げるとその場を辞した。

「母さん、甘粕さんに連絡は?」

「今もう一部屋予約を入れてもらったところよ。大丈夫そうだから先に行きましょう。この子も休ませないとだし」

「露天風呂があるところだっけ?」

「みたいだよ、なのは」

「それは楽しみですね」

「そうだね、シリカちゃん」

「では、案内なさい弟よ」

「はいはい」

「アテナ姉さんも行くよ」

「む、待て、そんなに急がなくても宿は逃げぬぞ、ソラよ」

とそんな感じでアオ達は賑やかに山を降り、宿屋へと向かった。

その光景を遠くから見ていた中華系の男児が一人あっけに取られている。

翠蓮の言いつけでリリアナを足止めしていた彼女の弟子である。…弟子と言うよりは小間使いのようではあったが…

「………師父が人の話を聞いているっ!?」

驚きを隠せないで居たのは羅濠教主の弟子にして拳法の達人である香港陸家出身の陸鷹化(りくようか)である。

彼は日ごろ翠蓮の暴力と言う名の教授に耐え、食の準備をし、我侭の些事をまわされる、苦労の人でもあった。

それ故に目の前の光景が嘘のように感じられたのは仕方の無い事だろう。

「それにしても…まつろわぬ神に神祖、それとカンピオーネが7人…近づきたくないなぁ…でも顔を出さないと後で師父の折檻が3倍になりそうだし…くっ…行くしかないか…」

と、諦めの境地で山を駆け下りるのだった。


エリカは草薙護堂を迎えに行く為にリリアナを伴って先ほど孫悟空が出てきた洞穴へと向かった。

本来ならば外来の魔術師は入れぬ所なのだが、アーシェラと陸鷹化が警備を無効化していたために簡単に中には入れてしまった。

洞窟を抜けるとそこは幽世(かくりよ)の一角。護堂はここで翠蓮と一勝負し、不利を悟り、別の幽世へと逃げたのだが、この幽世、簡単に出る事は出来ない世界であったために護堂はここで足止めされていたのだ。

出口には先ほどまで孫悟空が半分封印の解けた状態で待機し、自身の封印を解いてくれる巫女を連れて逃げた護堂を捕まえんとしていた。

それも孫悟空が倒された事で無くなる。

さて、そんな訳であるが、通信機器の効かない幽世では連絡手段が難しい。そこは護堂に同行しているイギリスのプリンセスアリスの感応能力で先ほどは渡りをつけて貰ったのだが、逆から連絡となると難しい。

しかし、もしも自分達も幽世へとおもむけば相手に微かでも伝わるかもしれないとこの洞窟内におもむいたのだった。

「あら、護堂。遅いご登場ね。こちらは大変だったのよ?」

「無理を言うなよ、本来であれば強風の化身で飛んでいく手筈だっただろう」

と、合流した護堂、祐理、ひかり、そしてプリンセスアリスの4人に向かってエリカが言い放った。

「何か有ったのですか?」

祐理がエリカの剣幕に何とか逆らい尋ねた。

「何か有ったではなく、既に終わったわ」

「斉天大聖はどうなったんだ?」

「護堂、この地には今まつろわぬアテナが来ていたのよ?彼女は蛇の女神でもあるの。忘れちゃったの?」

「いや、それは覚えているが、それが関係が有るのか?」

「大有りよっ!孫悟空の封印は解かれたわ」

「大変じゃないかっ!」

「安心なさい。既に羅濠教主の手で倒されてしまったわ」

だから迎えに来れたのだとエリカは言う。

「本当なのか?」

と、護堂はリリアナに問う。

「はい。私は直接その場を見ていませんが、虚空に消えた羅濠教主が再び現れると斉天大聖の姿は無く…」

結局羅濠教主の目論見どおりになってしまったのかと護堂は思った。

「そう言えば護堂。スサノオのミコトって倒されて無いわよね?」

「はぁ?何言ってるんだ。俺はさっきもそいつに会って来た所だぞ」

「そう、…そうよね」

「何か有ったのか?」

「いえ、何も無いわ。それより速く出ましょう」

と、護堂の背中を強引に押して洞窟を出るエリカ。

しかし、この光景を見ていた存在があった。

何処かの東屋の囲炉裏を囲い、盆に浮かべた水に映し出された護堂達を見ている存在。

「行かれるのですか?」

と、着物を着た女性が立ち上がった大男に問う。

「今なら出口が開きっぱなしだからな。簡単に出られるだろうよ」

「御老公の興味を引かれたのはやはり…」

「何を持ってあの嬢ちゃんがオレが倒されたのか聞いたのか。現世にオレの名をかたる奴が倒されたのか…もしかしたら神話が変わり、スサノオとして新生した存在が居たのかもしれんな」

かなり古い時代にまつろわぬ神として地上に顕現したスサノオは、暴れまわる事にも飽きたと、この幽世で隠居生活をしていたのだ。…先ほどエリカの不用意な一言を聞くまでは。

彼女の言ったスサノオが倒されたのかと言う言葉がスサノオの興味を激しく刺激したのだ。

そして思う。自身で行って確かめ、戦い、優劣をつけねばならぬと。

「そうですか」

「何、丁度退屈していた所だ。…それに、倒されたら倒されたで長く離れていた妻の所へと戻るだけだ」

「ご武運をお祈りしております」

「何、このオレがそうそう負けるはずはねぇよな」

と、まつろわぬ性を取り戻し始めたスサノオがニヤリと笑った。
 
 

 
後書き
原作ではかませ犬のアーシェラ…挿絵だけは可愛いんですけどね…もろもろのアーシェラの事情は捏造です。深いところは書かれていないキャラですしね…可哀相だったのでつい使い魔に…
そして初登場のタケミカヅチ…しかし、活躍してないですね…タケミカヅチの活躍は次回になります!…たぶんですが。
この小説を書き始めた頃には無かったイザナギとイザナミを初使用。そして昨今のジャンプでは写輪眼の後付け設定が半端無い… 
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