万華鏡
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第十六話 プールと海その十四
「それ使いなさい」
「黒と黄色もあるのね」
「それもあるわよ」
「そう。それじゃあね」
琴乃は母が出してきたそのポスターカラーを早速使いだしそのうえで照る照る坊主を黒と黄色の虎にした。それからだった。
琴乃は照る照る坊主に色を塗った。そしてこう言った。
「これでよしね」
「早いわね」
「何か調子がよくて」
それで早く塗れたというのだ。
「すぐにいけたわ」
「それじゃあそれを飾って」
「お願いするわ」
「そうしなさい。それにしても」
母はその虎柄の照る照る坊主を見ながら笑顔で言った。
「あれよね。阪神もね」
「今年もよね」
「望み薄いわね」
こう娘に漏らす。
「優勝はね」
「何か前凄い勢いよかったけれど」
「最後の方失速したでしょ」
「後半急にね」
「それで巨人が優勝してね」
よりによってだ。
「最悪の結果になったわよね」
「あんなことばかりなのかしら。阪神って」
「ううん、お母さんも知らないことだけれど」
母は難しい顔で娘に話した。
「昭和四十八年ね」
「確かその時って」
「優勝の可能性が高かったのよ」
ほぼ確実とさえ言われていた。
「巨人の九連覇は絶望的って言われてて」
「九連覇って」
「そこまで強かったのよ」
ここまで強かったのは他には八十年代から九十年代前半の西武ライオンズだけだ。当時の巨人はそこまで強かったのだ。
「けれどそれもね」
「八連覇で終わるところだったのね」
「本当に一歩手前だったのよ」
「阪神優勝出来たのよね」
「充分ね」
その可能性はあったというのだ。
「出来たけれど」
「それでもなの」
「そう、出来なかったの」
母はそれが為せなかった理由も娘に話す。
「最終戦の前は中日戦で」
「中日なの」
「こっちのピッチャーは江夏さんでね」
当時の阪神の絶対のエースだ。
「ただ。中日との相性は悪かったのよ」
「その江夏さんが投げてなの」
「負けたのよ。相手のピッチャーは打ってくれってピッチングだったけれど」
「相手のピッチャー誰だったの?」
「星野さんだったの」
あの彼だったというのだ。
「凄い因縁でしょ」
「ええ、確かに」
琴乃は中日、そして阪神の監督としての彼しか知らない。
「あの人だったの」
「あの人が投げて打って下さいだったけれど」
「打線が打たなかったのね」
「打てなかったのよ」
そうなったというのだ。
「それで負けてね」
「次の試合は」
「よりによって巨人だったの」
その巨人だった。最終戦だtたのだ。
「勝った方が優勝だったけれど」
「負けたのね」
「九対零でね」
「凄い惨敗ね」
よりによって優勝決定戦でそうなったのだ。琴乃も既に知っている話だがそれでもそれを聞いて呆れた。
「最後の最後で」
「そうでしょ。それで最後のピッチャーは」
「江夏さん中日で使ってるから」
別のピッチャーだ。その彼は。
「上田さんって人でね」
「その人だったの」
「その人が投げたけれど」
だがそれでもだというのだ。
「この人は中日に強かったのよ」
「前の試合の相手に」
「そう、それで江夏さんはね」
「巨人に強いわよね」
このことは琴乃も聞いて知っていた。江夏豊といえば巨人キラーだった、阪神のエースとして巨人をねじ伏せていたことで人気を得ていたのだ。
「そうよね」
「采配ミスよね、どう見ても」
「うん」
どう考えても投げる順番は逆だった。
「そうよね。それでなの」
「負けたのよ。最後の最後で」
「よりによって巨人に」
「それで暴動になったのよ」
「暴動?」
「そう、球場の中でね」
阪神ファンが怒り狂った結果である。
「よりによってその球場が甲子園だったから」
「何でそう悪い条件が揃うのよ」
琴乃はこのことにも呆れた。
「そこまで」
「凄過ぎるでしょ」
「最後の最後で巨人相手にしかも采配ミスが重なって」
「そう、甲子園でね」
「九対零で負けて」
「目の前で巨人に優勝されたのよ」
こちらが優勝出来ると思っていたのにだ。
「凄い流れでしょ」
「最悪ね」
「こうしたこともあったからね」
「阪神って色々あるのね」
「大丈夫とか思ったら駄目よ」
それも決してだというのだ。
「阪神に限ってはね」
「じゃあ日曜の試合も」
「安心しないの」
そうして観なければならないというのだ。
「絶対にね。いいわね」
「わかったわ。それにしても阪神を応援するのって」
「修羅の道よ」
母の言葉は厳しい。
「例え何があっても嘆き悲しまないことよ」
「けれど応援してると楽しいのよね」
阪神を応援することはだというのだ。琴乃にしても阪神が応援することは止められないのだ、そうした話をしてだった。
虎柄にした照る照る坊主を吊るした。そのうえで日曜日晴れることを心から願った、梅雨のある日のことである。
第十六話 完
2012・11・24
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