八条学園騒動記
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第二百二十一話 ニホンオオカミその五
「それだけでもう」
「そうそう。ひょっとして君は」
「はい、今はアパートにいます」
自分のこともここで話すナンシーだった。
「祖国から離れて」
「八条学園はそうした子が多いからね」
「日本人以外の生徒の方がずっと多いですからね」
「うん、だからね」
「やっぱり時々寂しくなります」
ナンシーはこう言ってから実際に寂しい笑顔になった。そうしてそのうえでだ。大学生に話してそれから横にいる後輩も見るのだった。
後輩を見てからだ。彼女はまた話した。
「けれど」
「けれど?」
「そう思う時はどんどん減っています」
そうだというのである。
「今は」
「ああ、成程ね」
大学生もそれを聞いて笑顔になる。
「二人だからだね」
「はい、それで」
まさにそれでだというのだった。
「これからもです」
「このデートだけじゃなくてだね」
「えっ、デートって」
「あはは、それはわかるよ」
大学生は笑顔で言う。そのナンシーと後輩を見ながらだ。
「顔でね」
「顔で」
「お嬢ちゃんとてもにこにことしてるから」
その顔でわかるというのだ。
「それでね」
「えっ、そんな顔になってます?」
「なってるよ。にこにことね」
「ううん、そうだったんですか」
「そこのお坊ちゃんもね」
今度は後輩を見ての言葉だった。
「隣同士にいてにこにことしてるから」
「僕もですか」
「顔は言葉と同じだからね」
「表情ですか」
後輩はまた言った。
「それでなんですか」
「わかるよ。大抵のことはね」
大学生は後輩にさらに話す。
「まあデートで牧場に来る人は多いけれどね」
「そういう人はですか」
「多いよ。ただ狼を観に来る人はね」
「いないですか」
「そういう人はいないね」
そうだというのだった。
「珍しいよ」
「まあ私達もここに来るとは思っていませんでしたし」
「狼はカップルには人気がないからね」
大学生は笑って話した。
「男の子には人気があるけれど」
「子供にはですか」
「うん、大人気だよ」
子供は昔からそうした動物が好きである。だからだ。狼を観に来るというのだ。
「大人も来てくれるし」
「けれどカップルにはですか」
「うん、そうなんだよね」
ここまで言ってまた二人に話してきた。
「それでだけれど」
「それで?」
「折角来てくれたしね」
ここでも笑顔で話す。
「よかったらね」
「何かあるんですか?」
「これどうかな」
言いながらあるものを出してきた。それは。
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