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八条学園騒動記

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第百九十話 独特な絵その八


「不思議なことに」
「どうしてなのかしら」
「これがワーグナーだと」
 あまりにも有名なオペラ作曲家である。ドイツの生んだ楽聖とも言われている。その壮大な音楽はこの時代にも当然ながら残っている。
「そうはいかないけれど」
「そうなの」
「ワーグナーはテノールが凄くて」
 男の高音である。当然ながらモーツァルトのオペラにも数多くそのテノールの役がある。
「ヘルデン=テノールっていって」
「ヘルデン!?」
「英雄的って意味なの。エウロパの言葉で」
 もっと言えばドイツ語である。
「そうした意味のテノールで」
「それは違うの」
「歌える人が滅多にいないの」
 こう姉に話す。
「地球にあった頃はね」
「ええ」
「ワーグナーを歌えるテノールは世界に五人しかいないとまで言われたの」
「五人・・・・・・」
「人間が五十億だった時代にね」
 つまり十億に一人である。
「そこまで少ないって言われていたの」
「そうだったの」
「そうした役なの」
 それを聞いている彰子は驚くばかりだった。明香も真剣な顔で話す。
「ワーグナーのテノールは。長丁場で出番も多くてしかも声の域も独特で」
「声もなの」
「テノールとしてはかなり低いの」
 ワーグナーが考えたテノールの特徴である。その声の域は殆どバリトンにまで近くなっている。しかしその歌は輝かしいのである。これは大きな矛盾である。
「そうした色々な問題があって」
「難しいのね」
「とても」
 そうだというのだ。
「うちの部活でもワーグナーはやるけれど」
「歌える人いるのね」
「何とか」
 この表現にそのまま苦しさが出てしまっていた。
「いるけれど」
「そうなの」
「けれど。難しい作品だし」
 ワーグナーはその作品も難解なのである。
「上演は多くはないわ」
「モーツァルトはどうなの?」
「モーツァルトは多いの」
 そちらはだというのだ。
「難しくても歌えるから」
「明香もなのね」
「ええ、歌えるわ」
 姉に微かに微笑んでの言葉だった。
「安心して、姉さん」
「うん、それじゃあね」
「歌いましょう」
 また姉に微笑んでの言葉である。
「またね」
「そうね。どんどん歌わないとね」
「歌は歌えばそれだけよくなるものだから」
 要するに練習するということであった。
「だからね」
「そうよね。それじゃあ」
「もっともっとね」
「ええ、歌いましょう」
 姉妹の息は合っていた。それはまさに周りの読み通りであった。二人はこのまま練習を続けていって。その本番を迎えるのであった。


独特な絵   完


               2010・2・27 
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