八条学園騒動記
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第百八十七話 入部その七
「それでも大丈夫よね」
「何とかね」
とはいっても姉の運動神経はあまりよくないのは知っている明香だ。それで少し心配しながら彼女の横にいて一緒に走っているのである。
明香の走りは本来はもっと速い。しかし今は姉に合わせて走っている。
そうしてだ。その中でまた彼女に言ってきたのだ。
「それでだけれど」
「うん、何?」
「辛くなったら休みましょう」
そうすればというのだ。
「その時はね」
「休んでいいの?」
「無理をすることはないから」
「そうなの」
「無理をしたらかえってよくないわ」
姉を気遣っての言葉である。だから今も隣にいて一緒に走っているのだ。
走りながらだ。また言う明香だった。
「それでだけれど」
「うん、どうしたの今度は」
「これ」
ジャージのポケットから出してきたのはレモンだった。見事なレモンイエローのそのレモンを姉に対して渡してきたのである。
そしてそれを出してだ。姉にこう言ってきたのである。
「これ食べたらいいから」
「レモンを?」
「レモン食べたら疲れが落ちるから」
それで出してきたのである。
「だからね。食べて」
「有り難う」
「レモン食べながら走りましょう」
言いながら彼女も汗をかいていた。額を流れる汗は玉の様である。それがきらきらと散って輝きとても綺麗である。それを見せながらであった。
「それでトレーニングの後は」
「その後は?」
「歌の練習だから」
それだというのだ。
「姉さんと私の二重唱だけれど」
「あの場面ね」
「他の場面の練習もあるから」
それは多いというのである。練習もだ。
「頑張りましょう」
「そうなの。それにしても」
ここでこんなことを言う彰子だった。
「オペラも大変なのね」
「ええ、そうなの」
まさにそうだというのだった。
「ほら、白鳥いるじゃない」
「あっ、それはわかるわ」
汗をかきながらではあるが妹の今の言葉に明るい笑顔で応えた。
「水の中では必死に、なのね」
「ええ、泳いでるわよね」
「それと同じなのね」
「そうなの。同じなの」
彼女が言いたいことは姉に先に取られた。しかしそれに頷く妹だった。
「それと同じだから」
「私が白鳥になるのね」
「それもとびきりの白鳥にね」
「そうね。なるのね」
妹の今の言葉を聞いて確かな顔で頷いたのだった。
「私も」
「だから姉さん」
「ええ」
「頑張ろう」
優しい声を姉にかけた。
「二人でね」
「ええ、私頑張るわ」
彰子もそれに応えて頷いた。
「二人でね」
そんな話をしながらトレーニングを行っていた。二人の時間ははじまったばかりだった。その実り多き時間はである。
入部 完
2010・2・9
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