八条学園騒動記
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第二十六話 ナンのお家その一
ナンのお家
ナンはモンゴル人である。だから登下校はいつも馬である。
「ハイヨーーーー、スーホー!」
颯爽と馬を駆って学校に向かう。そしてそのまま校門に入る。
他の学生達はそんな彼女に見慣れている。モンゴルから来ている生徒は皆馬で来ているからだ。馬を停める厩まである程である。
「しかしあれだな」
ダンはバイク通学だ。バイクを置いてから側に来たナンに対して言う。
「いつもながら派手な登校だな」
「そうかしら」
だが本人は別にそうとは思っていない。モンゴル独特の民族服を着こなし額にうっすらと汗をかいている様が実に綺麗ではあるが。
「モンゴルじゃ誰だってこうだけれど」
「そうか」
ダンはそれを聞いて何も言わずに頷く。
「それもいいかもな」
「琉球じゃ馬は乗らないの?」
「そうだな」
彼はその言葉に答える。
「乗らないな、それは」
「そうなんだ」
「琉球は元々海洋国家でな」
彼はそうナンに説明する。
「船に乗ることはあっても馬に乗ることはまずなかった」
「私達と逆ね」
「そうだな。ぜんぜん逆だ」
「食べ物も全然違うのよね」
「山羊を食べるぞ」
ダンはこう答えてきた。二人は並んで学校の中を進んでいる。意外とさまになっているカップリングに見えるのが面白い。
「他には豚とかは」
「羊は?」
「あまり食べないな」
それは素直に答えてきた。
「他には海の幸とかだな」
「蛇食べるんだよね」
「ああ、よく知ってるな」
何故かそれを言われて顔を綻ばせてきた。
「あれが意外と美味いんだ」
「そうなんだ」
「他にも色々あるけれどな。ゴーヤとか」
「イボが一杯ある瓜だよね」
「そうだ。そーきそばに足てびち」
料理にも話がいく。どちらも琉球の名物料理だ。日本でもよく食べられている。当然ダンもよく食べている。ちなみに彼は意外と料理上手でクラスメイト達にも振舞っていたりする。不良だが何かと気のきく繊細なところのある男なのだ。
「ミミガーにな」
「いいわね、話を聞くだけでもう」
「おいおい、朝食べてきただろうが」
涎を垂らさんばかりのナンを見て思わず苦笑いを浮かべた。
「まあね。けれど」
「馬に乗るとお腹が空くか」
「今のお家は結構学校から離れているしね」
「ちょっと待て」
ダンはその言葉にふと気付いた。
「今の家って言ったよな」
「ええ」
ナンはしれっとしてそれに返す。
「言ったわよ、はっきりと」
「どういうことだ?」
「だからさ、私モンゴル人よ」
ナンはしれっとしたまままた言う。
「だから」
「ということはだ」
ダンもここまで聞いて何が言いたいのかわかった。それで言った。
「御前まさか」
「ええ。パオで暮らしてるわよ」
パオとはモンゴル伝統の家だ。簡単に言うならばモンゴル民族伝統のテントでありかつてはモンゴル人は皆このテントの中で暮らし遊牧生活を営んでいた。今もこれで暮らすモンゴル人は多い。
「それがどうかしたの?」
「いや」
ダンはそれを聞いてかなり難しい顔になっていた。それからまた彼女に声をかける。
「そうだったのか」
「まさか私がアパートにいるって思ってたの?」
「まあな」
そう返す。
「普通はそうだからな」
「それは日本とか琉球の常識よね」
「殆どの国でそうだろ?」
「モンゴルは特別よ」
傲然としてまで言う。その言葉には何の揺るぎもない。
「モンゴルにはモンゴルの常識があるのよ」
「それがパオか」
「そういうこと。他にも面白い常識が一杯あるわよ」
「そうなのか」
ダンは何か別次元の話を聞いているような気になった。少なくとも彼の国の琉球や日本での話には思えない。
「琉球は日本の兄弟国だったっけ」
「まあな」
その質問には答える。
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