久遠の神話
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第三十二話 相互理解その十一
「キリスト教が全てでした。それも長い間」
「それはギリシアでも同じだったか」
「そうでした。かつては違いましたが」
「かつては?」
「ギリシアでは神々が信仰されていました」
聡美は遠い目になりだ。その頃のことを話した。
「そうなっていました」
「ああ、あのギリシア神話の神々か」
「そうです。あの方々が信じられていました」
聡美は何となく言った。しかしだ。
「かつては」
「随分と過去の話だな」
「いえ、かなりのものではありません」
「二千年、そこまではいかなくとも千年はあると思うが」
「ほんの千年です」
聡美はその人間の感覚ではかなり長い時をだ。こう言ってしまった。
「その千年の間は。最近までは」
「キリスト教が絶対だった。その時間はか」
「千年の間でした」
「長いと思うがな」
「いえ、それは人の感覚で」
聡美は言いそうになった。しかしだ。
ここでふと気付いてだ。咄嗟に言葉を引っ込めた。そしてこう言い繕ったのだった。
「そうですね。長いですね」
「そうだ。千年と一口に言ってもだ」
広瀬は聡美の言葉にふと妙なものを感じた。しかしだ。
だがそれでもそれがどういった感触なのかわからずだ。それでだった。
その妙な感触はそのままにしてだ。聡美に対して己の考えを述べたのだった。
「長い。人はその間に幾度も死んで生まれ変わる」
「そして何度も人生を過ごされるのですね」
「その千年の間ギリシア、いや欧州ではキリスト教の神が絶対だったな」
「そうでした。人は他の信仰を忘れていました」
「ギリシアの神々もだな」
「信仰の対象としては忘れられていました」
聡美は悲しそうにだ。ギリシアの神々のことを話していく。
「ですが神々はいるのです」
「いるのか」
「そうです。人間と共に」
「というと日本の神々と同じか」
広瀬はこう考えた。聡美のその考えを日本の神々への信仰や考えのそれと同じ様に考えたのだ。だが聡美にとってもそのことは都合がよかったのか。こう言うのだった。
「そうですね。似ていますね」78
「やはりそうか」
「神々は常に人と共にいるのです」
聡美の表情が変わった。優しい微笑みになった。
「そして生きているのです」
「そうなのか。ギリシアの神々もまた」
「そうです。それでなのですが」
「話は戻るか」
「神々は黄金の存在も認めています」
「では剣士が戦い金を貯めることもまた」
「かつてそうしたことを望んだ剣士もいます」
そうした剣士もいたというのだ。過去にはだ。
「そして望みを果たしました」
「そうなのか」
「それが悪とは」
「俺は思わない」
金銭欲もだ。否定しないというのだ。
「俺も同じだしな」
「同じですか」
「俺の望みもそうした望みもだ」
「望みだからですか」
「望み故に戦うのなら」
それならばだというのだ。
「同じだからな」
「あの、それでなのですが」
「それで。何だ」
「若し戦うことなく広瀬さんの望みが適えられるのならどうされるでしょうか」
「そうだったらか」
「はい、どうされますか」
「決まっている」
すぐにだ。広瀬は聡美のその問いに答えた。
「若しそれができればそれに越したことじゃない」
「やはりそうですか」
「俺は必要だから戦う」
その願いを現実にする為にだ。その為にだというのだ。
「だからだ」
「そうですか。では」
「では?」
「広瀬さんのお願いが適うことを願います」
聡美はこう広瀬に言った。
「心から」
「有り難うと言っておく」
広瀬は聡美の今の言葉を受けてこう返した。
「俺もそうなって欲しいものだ」
「ですね。それでは」
「また会おう。その時はだ」
「はい、また宜しくお願いします」
聡美も広瀬に別れを告げてそのうえで姿を消した。広瀬のその背を見送ってから自分の家に帰った。こうして彼は告白と戦いを終えたのだった。
第三十二話 完
2012・5・4
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