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久遠の神話

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第三十二話 相互理解その六


「薬さ。毒にもなるけれどな」
「そうか。できればだ」
「できれば。今度は何だよ」
「君のことを人間として好意を抱きたくはないな」
「また変なことを言うな」
「好意を抱いている人間とは戦えない」
 広瀬は中田にだ。彼が今まで他の剣士には言わないことを告げた。
「どうもな」
「おい、また随分なこと言うな」
「随分か」
「ああ、あんたがそう言うとは思わなかったよ」
「敵だから戦える」 
 広瀬は鋭い目になっていた。それは剣士の目だった。
 だがそれでもだ。彼は言うのだった。今はこう。
「しかしそうではない相手とはだ」
「戦えないっていうんだな」
「人間はそうではないのか」
「まあそうだな。俺にしてもな」
 中田もだ。広瀬のその言葉に応えて言う。
「倒すよりもな」
「相手が戦線を離脱する方がか」
「いいからな」
 こう言うのだった。
「それで最後の一人まで残ればいいしな」
「戦いは好きではなかったな、君は」
「剣道ってのは基本活人剣だからな」
 それ故にだというのだ。
「殺したり倒したりじゃないんだよ」
「そういう考えか」
「中にはな。剣道を弱い奴をいたぶる為の道具にしてる奴もいるさ」
「下衆だな」
「ああ、そういう下衆もいるけれどな」
 中田は広瀬に話しながらだ。かつて彼が再起不能にした暴力教師のことを思い出していた。あの教師を成敗したことは何とも思ってはいない。
 それ故にだ。あの教師のことはこう言えた。
「下衆を倒す為でもあってな」
「しかしまともな人間を倒す為のものではない」
「ましてや弱い者いじめなんてな」
 またその教師を念頭に置いて話す。
「問題外だからな」
「そうだな。俺も弱い者いじめはしない」
「それは即ちだよ」
「自分が弱いということだな」
「弱い奴ってのはそうするんだよ」
 達観した感じでだ。中田は言う。
「この場合の強さってのは腕力とか体格じゃなくてな」
「心だな」
「ああ、心が強いかどうかだよ」
「心が強い人間こそが本当に強い」
「俺はそういう人間になりたいんだよ」
「だから剣士の戦いもか」
「できるなら。相手が下衆でもない限りな」
 そうでもなければだというのだ。
「戦いたくはないな。そして戦わずにな」
「生き残りたいか」
「戦わずして勝つとかな」
 こんなこともだ。中田は言った。
「そうしたいな」
「そうか。そしてそれはな」
「あんたもだな」
「戦いは避けないが何もせずに終わるのならそれでいい」
 広瀬もだった。決して戦いを自ら望んではいなかった。だが戦いになると躊躇しないというのだ。そうした意味で二人の戦いに対する考えは同じだった。
 その彼等が話した。そのうえで言い合うのだった。
「では今度会う時はな」
「敵同士だな」
「おそらくはな。そしてその時はだ」
「容赦しないっていうんだな」
「倒す」
 まさにだ。そうするというのだ。
「このことを言っておく」
「まあな。けれど俺は言ったぜ」
「彼女の御両親に会うことか」
「その方がいいぜ。よく考えるんだな」
「俺は確実に進めたい」
 まだだ。こう言う広瀬だった。 
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