その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#44 "anyone doesn\\'t know course of bullet"
前書き
運命は常に行き着くべき場所に行き着く。
【11月3日 AM 2:35】
Side 狙われた彼と狙われなかった彼女
ぼくは何も出来なかった。
わたしには何も出来なかった。
車からさっき押し込んだはずのおじさんが飛び出してきてもただ振り向くことしか出来なかった。
車のドアが開く音がしてそこから誰かが飛び出してきてもただそちらに振り向くことしか出来ることはなかった。
おじさんが銃を構えてぼくに狙いを定めたことに気付いても避ける事は出来なかった。
飛び出して来たのが店に入ってきたおじさんで、その手に銃が握られていることに気付いてもわたしは何も出来なかった
撃たれる
そう思った。
まだ動けたんだ
そう思ったわ。
だから
だから
死にたくない
そう思った。
ああこれで終わりかな
そう思ったわ。
おじさんが何かを叫び
引き金に掛かっていた指が絞られる。
構えた銃の先端から弾が飛び出る瞬間すら見えてきそうなスローモーションの世界で、実際にぼく【わたし】が見たのは黒い背中。
ぼく【わたし】と同じ言葉で話し掛けてきたおにいさんの黒い大きな背中。
その大きな背中が小さく揺れる。
ちょうどぼく【わたし】の目線の高さ辺りに"何らかの衝撃"を受けたんだろう。
背中の揺れは大きくなり、やがておにいさんは横向きに倒れてしまった。
肩口から倒れたおにいさんは全く動かない。
その表情までは確認出来なかったけど。
そして
ぼく【わたし】の目の前で。
倒れたおにいさんの向こう側。
銃を構えていたおじさんもまた揺れていた。
右手はだらんとぶら下がってしまっている。
銃だけは握り締めたままだったけど。
左手はおじさんの首もとへ。
"変わった形の刃物が深々と刺さっている" 首もとへと向かって持ち上げられていた。
おじさんの左手はその刃物にこそ辿り着いたのだけれど、それ以上は何もしなかった。
おじさんは自分の首に刺さった刃物を確認するかのように目だけを左下へと動かした
二度、大きくまばたきをした後おじさんはまた目の位置を中心へと戻し、
ぼくのことをまっすぐ見つめた。
にいさまをまっすぐ見つめたわ。
ぼくはおじさんの顔を正面から見つめ返した
わたしは刃物を飛ばしたであろうおねえさんのいる方に首を向けた。
おじさんはもうぼくに銃を向けてこようとはしなかった。
おねえさんは指の中に数本の刃物を挟んだままわたしたちを睨みつけていたわ。
おじさんは空を見上げて何かを呟いた後、
崩れ落ちるように地面に両膝を着き、そのまま前のめりに倒れた。
右手に銃を握り締めたまま。
首に刺さった刃物を抜くこともなく。
冷たい地面の上にゆっくりと倒れていった。
倒れたおじさんからはじんわりと赤い血が 流れ出てゆく。
お腹から流れ出る血と首から流れ出る血は、共に交じり合い地面を濡らしていく。
ぼくはそれを見続けていた………
【11月3日 AM 4:00】
Side シェンホア
「はあ…」
ハイヒールを脱ぎ捨て、揃える事もせず部屋に上がりこみ、リビングのソファに崩れるように座り込むわたし。
右手の甲を額に当てながら背凭れに頭を預けると、全身に鈍い疲労感を感じます。
これだけ疲れるのは修行時代以来かも……
少なくとも仕事を始めてからはちょっと覚えがありません。
勿論傷を負ってボロボロになって、逃げ帰って来たなんて事はままあるわけですが。
その時は疲労感なんて感じやしないのです。
何しろ帰って来れたという事は、命が繋がったという事ですからね。
まあ、仕事の成否によって多少の疲れや悔恨を覚える事はあっても、直ぐに気持ちを切り替えられるのです。
また、そうでなければこんなお仕事続けていけませんしね。
そういう点では今夜は実に貴重な経験をさせていただきました。
望んだわけでも求めたわけでもありませんが。
やはりこの街には来るべきではなかったんでしょうか、この魔窟には。
「今更遅いのですけどね……」
目は閉じたまま一人呟きます。
入るのは簡単でも出るのは容易ではないのですよね、魔という文字が付く場所は。
さて、明日…いやもうとっくに今日になっていますか。
今日、大兄に何をどこまで報告するかですね。
まさか有りの侭を正直に話すというわけにもいきません。
噂の襲撃犯と邂逅したはいいが、仕留められなかった事。
代わりにホテル・モスクワの構成員を私が仕留めてしまった事。
その死体をソーヤーに頼んで"始末"してもらった事。
そして"双子から受けたあの提案"の事も……
私はフリーではあると言っても張大兄の指示を頂いて動いている立場。
その私がホテル・モスクワの、というより"あの"バラライカの部下を殺したなどという事が明るみになれば……
「ふう……」
誰にとっても楽しくない結末が待っている事でしょう。
バラライカにとっても不本意なのではないでしょうか。
こんな時に三合会と矛を交えるのは。
それとも敵は増える分にはいくら増えても構わないと思うのでしょうか、かの名高き火傷顔は。
私が未だ対面の機会を得ていない女傑に思いを馳せていると、
「………」
ドアの開く音に続いて、ロットンが無言でリビングに入って来ました。
それは全くいつも通りに。
静かではありますが確かに床を踏みしめながら。
そう。
"銃で撃たれた事など微塵も感じさせない五体満足な足取りで"
ソファに凭れたままの私に言葉の一つも掛けるでもなく、そのままリビングを横切り自分の部屋へと向かってゆきます。
片目だけ開けて彼の後ろ姿を追っていた私は、自分の部屋のドアに手を掛けた彼にこう声を掛けました。
「ロットン。
今夜はあの双子を見逃したけど次はそうもいかないんですだよ。
あなたの主義に反しようとも、私はあの双子を殺すね。
納得出来ないのであればそれでもいい。
でもまた私の邪魔をするようであればその時は容赦しないね。例えあなたでもね」
ロットンは背中を向けたまま振り向こうとはしません。
ですが、部屋に入ろうともせず、ただ黙って私の話を聞いています。
彼は未だに掴み切れない性格をしていますが、人の話を聞かない男ではないのです。
女の話をキチンと聞ける男は中々に希な存在です。
話を聞いてるふりが上手い男は世に溢れているのですけどね。
だからでしょうか。
私が余計な言葉を付け足してしまったのは。
「私の武器は柳葉刀。
今夜みたいに傷一つ負わないというわけにはいかないね。
だからあなたがその気なら覚悟を決める事よ」
そこまで言うと私はまた目を閉じました。
見る必要がないのなら開けておくことはないでしょう。
今夜はもう無駄な事をする気力は残っていないのです、私には。
正に無駄な事でありましたよ。
あのロシア人には申し訳ないのですけれども。
"何しろ私の相棒は此方の世界の住人にしては珍しく防弾装備など常用している男なのですから、胸を撃たれても余程の事が無い限り死ぬどころか、傷一つ負わないのですから"
自分が銃を使わないせいもあるのかもしれませんが、鉄火場に防弾装備をしていくなど無駄な事だと思っていたのですけれどね。
それでは動きを制限されるだけだろうと。
実際本当に使う人間はかなり珍しいのですけれど、それで生き残っている訳ですからね。 文句をつける事でもありませんか……
いや、そもそもあの双子を庇わなければ良いだけの話なのですけれどもね。
「………」
気配が去ったという事はロットンが部屋に入ったのでしょう。
彼の行動及び思考が私には理解出来ないというのは、今夜改めて思いしらされました。
でしたら理解しようというのも、無駄な行為という事になりますね。
あまり無駄な事ばかりし続けるわけにもいきません。
今夜はただ疲れた、で済みましたが、そんな生温い場所ではないのですからね、このロアナプラという街は。
ここは魔窟とも魔都とも呼ばれる地。
入るのは容易くとも生きて出てゆくにはそれ相応の代償を払わねば、ね。
「さて、幾つの首を並べればいいのでしょうねえ………」
私の口から漏れた広東語の呟きは誰に聞かれる事もなく、無駄の塊となってリビングの天井へと昇っていった……
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