その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#40 "killed in action"
前書き
軍人の美徳は一般人の悪徳である。
【11月3日 AM 1:48】
Side ホテル・モスクワ 構成員 セルゲイ・サハロフ
「大尉はどうされている?」
「相変わらずだ。犯人の正体が掴めてないからな。今はまだ"待ち"の時だということだろう」
メニショフと二人、肩を並べて歩きながら現状を語り合う。と言っても語れるほどの話もないのだが。
何者かがホテル・モスクワに襲撃を掛けて来てからおよそ一ヶ月。
当初は大した事ではないと思っていた。
他の街がどうかは知らないが、このロアナプラという街ではその程度では誰もなんの衝撃も受けない。
少し前にも目の細い中国人達が大尉を狙った事もあったし、いつぞやのメイドの件では本来なら我々がカルテルを潰していたはずだったのだ。
いつでも誰かが誰かを狙い、狙われている誰かもまた誰かを狙っている。
そうして歪みながら、軋みながら、一つの街 として在り続ける。
灼熱のアフガニスタンからモスクワを経て、我々が辿り着き、そして"最後の戦場"となるであろうロアナプラとはそういう街だ。
そう思っていたのだが……
「今は外回りは"我々"だけか?」
「ああ。昼間はともかく夜はな。マフィア程度ではゲリラに対抗出来まい」
メニショフの問いに思わずゲリラという言葉が出てきたが、満更間違いとは言えまい。
今我々が仕掛けられているのはマフィアの喧嘩というよりはゲリラ戦だ。
これは我々『遊撃隊』には共通した認識だろう。
そして我々以外では対処出来ないであろうことも。
我々は軍人でありマフィアではない。
そして我々はあくまでも大尉の部下であり続ける。
口に出して確認し合った事などないが、『遊撃隊』の面々なら皆胸にこの思いを当然のように抱えているだろう。
襲撃が長引くにつれ"マフィア"連中は顔を蒼くしていったものだが、我々は違う。
寧ろ喜ばしく思った者も多いのではないだろうか。
大尉と共に戦える。大尉の指示の下、戦争が行える。
我々が一度喪い、二度と取り戻せないと諦めていたものが再びこの手の中に……
「しかし、襲撃犯がどんな奴かは知らんが大した腕前であるのは確かだな。
我々を始めとした複数の組織が追っているのにも関わらず足取りも掴めん。
死体の傷跡から判断するに、大人数で襲撃 したわけでもなさそうだし、遠距離からの狙撃というわけでもない。
お前の言ったゲリラというのは的を得ているかもしれんな」
横を歩くメニショフがこちらを向いて話し掛けて来る。
周囲への警戒は怠っていないが、それを露骨に態度に出すようでは失格だ。
もっともそれはこの街に乗り込んで学んだ "マフィアの流儀"ではあるが。
戦場でならば、或いは軍人としてならば、当然の振る舞いでもマフィアとしては似つかわしくない行動というのは多々ある。
恐れられるのは一向に構わないが、必要以上に警戒心を持たれるのは宜しくない。
あくまで我々はロシアンマフィアである『ホテル・モスクワ』の一員なのだ。
少なくとも表面上はそれで通す。
我々が真に何者であるかは我々だけが知っていればいい。
いつかやってくる"最後の戦争"の時までは。
「着いたぞ、行くか」
今夜の目的地である『カリビアン・バー』に到着する。
ブラン・ストリートにあるこの店はうちの縄張りの中にある店では、比較的売上げのいい店だ。
ただこの騒ぎで多少は影響が出ているのか、メニショフに続いて店内に入り、中を見渡す限りでは客の数は少ない。
カウンターに二人、テーブル席に一人か。
三人ともこの店で見た顔ではある。襲撃犯としては相応しくないか……
「よう、景気はどうだ?」
メニショフがカウンター越しに店主に声を掛ける。
特に問題がないようなら集金を済ませて次の店へと行かねばな。 何しろまだ敵の姿は……
「何?ガキの二人連れだと?」
メニショフが上げた声の大きさに思わず店内に向けていた視線を彼に向ける。
「あ、ああ。
ブーゲンビリア貿易の、バラライカさんの名刺を出してきたぜ。
アンタんとこで客をとってるんだけど、今夜はうちで客をとる許可を得てるって……
え?聞いてないのか?」
メニショフが此方を向いてきたので、小さく首を振り、意思を伝える。
俺も確認してないと。
「で、そのガキどもは他に何か言ってたか。いや、その前にソイツら今どうしてる?」
メニショフが店主に早口で訊ねる。
大尉の名刺を持っていたガキ、だと。
俺も一歩メニショフに近付き、店主の話を聞き逃すまいと顔を睨みつける。
これはもしや……
「え、あ、お、奥に行ってろと言ったから、今も多分店の隅にでもいるんじゃ……」
そう言って店内の奥を指差す。俺とメニショフがそちらを振り向いたのは恐らくほぼ同時だったろう。
そして、
「!」
「ぎゃあ!」
「ひい」
「な?な、なんだ?」
「がふっ!」
店の奥から銃撃を受けたのもほぼ同時だった。
腹と太股に弾を受けて後方に飛ばされながら、俺の目でかろうじて確認できたのは……
此方に向けられたのがライフルである事と、撃った奴の髪が銀色である事だけだった………
【11月3日 AM 2:00】
Side 銀色の髪を持つ二人
「あ~あ、ねえさま。今日は随分とあっさり撃っちゃったんだね。
いつもなら、もうちょっとゆっくり楽しむのにね」
座り込んでいた店の隅から立ち上がり、ライフルを構えたままでいるねえさまの隣に並び、店内を見渡す。
取り敢えずまだ誰も死んではいないみたいだ。
頭を撃たれた人は無し。お腹か背中、或いは 肩口あたりか。
まあ、これなら未だ楽しめそうかな。
「仕方ないわ。気付かれてしまったのだから。
それに、にいさまの分もちゃんと残してあげているでしょ」
にいさまにそう返事をしながら、カウンター奥の酒瓶が並ぶ棚に視線を向ける。
わたしの撃った弾が何発か当たったのかな?
瓶が割れて、その中身をひたひたと床に垂らし続けてる。
何だか知らないけど大人ってアレ好きよね。
味が良いのか、匂いが良いのか。 或いは"酔う"という行為が好きなのかしら?
確かに大人達は必ず酔っていたかも……
わたしやにいさまを・・・するときも。
別の子達に・・・をするときも。
自分達の代わりにわたしたちに別の子達を ・・・させるときも。
あのときもあのときもあのときもあのときも
あいつもあいつもあいつもあいつもあいつも
いつだっていつだっていつだっていつだって
大人は酒を飲んでいたわね、そう言えば。
「駄目だよ、おじさん。子供にそんな危ないもの向けちゃあ」
後から店に入って来た二人組の内、先に入って来た方の腕を斧で斬り飛ばす。
スーツの内ポケットから銃を取り出そうとしてたから思い切り、ね。
左手で振り上げた斧からは肉を切り裂く感触と骨を断つ手応えが伝わってくる。
うん我ながら良い一振りだな、今のは。
そして一瞬遅れて、切断面から噴き上がるのは血、真っ赤な血。
頭上に掲げた斧にもベットリと付いてるであろう命の滴
ああ…今夜も無事味わえたな……
ぼくの頬にも飛んできたその滴はとても熱く、最高に心地いい。
やっぱりぼくたちは血の海の中でこそ産まれたのだろう。
きっとそうに違いない。
ああ……ねえさま……ねえさまも感じているよね?この想いを。
「ぐっぎゃああああああああ!」
「……あは、良く飛んでるね」
視線の先ではおじさんの上げる悲鳴に後押しされたかのように、銃を握ったままの腕が店の天井近くまで回りながら飛んでいってる。
「勘もいいけど、勇敢でもあるんだねえ。
逃げ出しもせずに銃を取り出そうとするなんて。格好いいね、おじさん」
右腕の肘から先を失ったおじさんに優しく笑い掛けてあげる。
おじさんは残った片手で傷口を押さえながらぼくを睨みつけてくる。
うふふ
本当に勇敢なおじさんだね。
ねえさまに撃たれた傷はいいの?
お腹からだくだく血が流れて服を汚してるよ
ここがロシアのおばさんの縄張りである事は既に確認済みだ。
多分コイツらもおばさんの部下なんだろ。
それも今まで殺したような奴らとは違う。
今までのはちょっと斬りつけただけでも、わんわんと泣き叫ぶような連中だったからね。 中々いいなあ、このおじさんは。
「おじさんはバラライカの部下でしょ。
最後に何か言い遺すことはある?
せっかくだからロシアのおばさんにも伝えておいてあげるよ。
おばさんとその仲間を殺す時にね」
これはほんの気紛れ、ちょっとしたサービス、楽しませてくれたおじさんへのお礼。
さて、おじさんは何て言うかな。
ニコニコしながら待っていると、
「た…」
おじさんは俯いてボソッと何かを呟いた。
う~ん、ちょっと聞こえないなあ。
「おじさんごめんね。よく聞こえないや。もうちょっと大きな声で言ってくれる?」
ぼくはそう言って前屈みの姿勢になり、顔をおじさんに近付ける。
「た、たいい……」
多少はハッキリ聞こえるようになったけど、未だ聞き取りづらい。
仕方なく更に顔を近付ける。
「ほらほらおじさん頑張って。人生最後の言葉だよ、ちゃんとおばさんに伝えてあげるからさ」
近付くと更に血の匂いが強く鼻を衝く。
腕からもそうだけど、お腹からのそれは更に強烈だね。
おじさん急がないと間に合わないよ。
「た、大尉殿に伝えろ。メニショフ伍長は……」
「うんうん、なあに?」
僕が更に顔を近付けると……
「メニショフ伍長は最後まで任務を全う致します!!」
そう叫ぶと、ずっと押さえていた右腕をぼくへ向けて突き出してきた。
それで殴ろうとした、わけではなく。
傷口から血が溢れ出るのを何とかせき止めて、それを目潰しに使おうと思ったんだろうね。
確かに血って粘つくからね。
それが目に入っていれば、ぼくもさぞ驚いただろうし。
もしかしたらその後おじさんの反撃でやられちゃってたかもね。
………目に入っていればね。
「あ、あ、あ……」
「残念でした、アイディアは悪くなかったんだけどね」
そうぼくはおじさんに告げる。
"顔の前にかざした斧を横にずらしながら"
「さてと」
前屈みのままだった体勢から背筋を伸ばし、両手に握った斧を頭上高く振り上げる。
「おじさんの言葉は確かに伝えてあげる。
だから安心して天国に行っていいよ。
まあ、でも」
おじさんはただぼくを見上げてる。
がたがたと身体を震わせながら、ただその眼には一層の力を込めて。
歯も食いしばってる、ぎゅっと。
「おばさんやお仲間もすぐそっちにいくと思うけどね」
ぼくはおじさんの頭めがけて斧を降り下ろす。
斧はおじさんの頭蓋骨を割り砕き、柔らかい 脳髄へと乱暴に侵入していく。
その感触は先程の腕を切断した時とはまた違った喜びをぼくに与えてくれる。
ふふ 本当に今日は良い日だね、ねえさま。
見下ろせば、くい込んだ斧の衝撃によっておじさんの勇敢な目玉が飛び出してしまい、左右にぷらぷらと揺れている。
神経でつながれたままの目玉を見ながら、ぼくはこんな事を考え付いていた。
"あの目玉…おばさんにあなたの部下のものだよって持ってたらどんな顔するかなあ……"
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