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戦国異伝

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第一話 うつけ生まれるその六


「それを考えればあれで正解だ」
「左様か」
「うむ、そして」
「そして?」
「よく弓に槍をやっておられるな」
 柴田が次に指摘したのはこのことだった。
「どちらも刀よりも好まれているな」
「そういえば刀もやられるがその二つの方がずっと多いな」
「そうだ、実践では槍や弓の方がいい」
 これも戦場で知ったことである。
「刀なぞあまり使わぬ」
「その通りだな。では吉法師様は正しいのか」
「戦のことをよくわかっておられるようだ」
 また話すのだった。
「どうやらな」
「それではこれからは期待できるか」
「少なくともうつけ殿などではない」
 それがわかった。実によくだ。
「それは確かだ」
「ではこれからは」
「吉法師様にお仕えする。心よりな」
 柴田は今こう誓ったのだった。信長の忠臣がまた一人生まれた。
 そして林もだ。ふと信長の部屋を入ってだ。
「ううむ、これは」
「如何した?」
 そこに彼の弟である林通具が来た。そのうえで唸る林に問うた。
「兄上、何かおありか」
「これは驚いた」
 林は袖の中で腕を組んでだ。こうその弟に告げた。
 そしてだ。部屋の中にある書を指差すのだった。そこには無数の書があった。
「これは」
「吉法師様の書だな」
「そうとしか思えぬな」 
 通具も真剣な顔で応える。
「ここは吉法師様のお部屋だからな」
「そうじゃな。しかし」
 林はここであらためてその多くの書を見た。そこには様々な中国の古典や本朝の書があった。孫子や呉氏等兵法書だけではなくだ。
 論語や孟子、荀子、それに老子や荘子もあった。他には韓非子に春秋といったものもある。史記や漢書もある。そして本朝の書もである。
「平家物語があるな」
「これは日本書紀だな」
「こうした書を読まれているのか」
「うむ、間違いない」
 林は確かな顔で頷いた。
「そうでなければここに置かれてはいない」
「では吉法師様は学ばれているのか」
「その通りだ。どうやらあの方は只のうつけではない」
「ではうつけというのは」
「行いだけでわかるものではないな」
 このことを林自身も今ようやくわかったのである。
「信秀様はそこまで御存知だったか」
「ではどうするのだ?兄者は」
「吉法師様と共に歩む」
 そうするというのだった。
「あの方はうつけなどではない。将来間違いなく大器となられる」
「そうだな。それではだ」
「我等はあの方に生涯誠心誠意を以てお仕えするぞ」
「うむ、わかった」
 二人も今それを決意したのだった。吉法師の周りに既に彼に心から忠義を誓う有能な臣下達が集まろうとしていた。しかし当の吉法師はそのことに気付く素振りも見せなかった。
 相変わらず馬や水練に興じている。そればかりであった。たまりかねた政秀が諫言をしても聞く耳なぞ持たない、まさにそんな有様であった。
「全く。信長様は」
「平手殿は気付いておらぬのか」
「あれで頑固な方だからな」
「しかもじゃ」
 柴田に佐久間、それに林はそんな政秀を見て言うのだった。
「どうも吉法師様は平手殿には頑なじゃな」
「確かにな」
「殊更にな」
 吉法師のその行動に気付いたのである。
「どうも平手殿にはとりわけ御自身を見せようとされぬ」
「それが何故かわからぬがのう」
「何故じゃ?」
 三人は話をしながらそれぞれ首を傾げさせる。
「何故平手殿にはとりわけ」
「そうじゃな。平手殿は決して裏切らぬ方」
「忠義では誰にも負けぬ」
 政秀はそうした男だった。織田家への忠義はまさに鋼の如しでありそれが揺らぐことはない。戦よりも政の方に向いている男だがそれだけに普段は誰よりも頼りになる。  
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