その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#21 "All work and no play makes Jack a dull boy"
前書き
子供は、すべての動物のうちで、もっとも取り扱いにくい。
ー プラトン ー
【11月1日 AM 12:32】
Side ゼロ
「確かに僕達はマフィアを主に狙ってるよ」
「でも、良く知ってるわね。お兄さん」
「目撃者はいないはずなんだけどね」
「イタリア人のお友だちなの?」
「でもマフィアの人じゃないんでしょ」
「ただの運び屋さんなんでしょ」
「何だか不思議だね」
「何だか不思議だわ」
交互に語る双子は俺の方を見ているようで見ていない。
さっきから目だけを動かし、均等に二人の顔を見ていて気付いた事だ。
確かに彼らの目は此方に向けられているし、夜唐突に現れた闖入者を警戒している様子もない。
笑顔を貼り付けたまま楽しそうに、本当に楽しそうに語っている。
だが……
「まあ、生きてりゃ色々あるさ。何もかも分かろうとはしない事だ。
その方が人生を楽しめるぜ。
ところでそろそろ腕を降ろしてもいいかな?さすがに疲れてきたんだが」
二人からの問い掛けが途切れた隙に、此方から声を掛ける。
いつまでもこうしてるわけにも、な。
「うん。別に僕達が頼んだわけでもないんだし、お兄さんの好きにすれば良いんじゃない」
ゾッとするほど綺麗な笑顔を浮かべながら、"トマホーク"の方が答えてくる。
"BAR"は黙ったままだ。
俺はその場から動かないまま、ゆっくりと両手を降ろした。
すると、それを待っていたかのように"BAR"の方が話し掛けてきた。
「それで?
お兄さんは一体何者なの?私達の事も知っているみたいだったけど」
何者、ね。
それは俺自身一番知りたいんだがな。
「さっきも言ったが、ただの運び屋さ。
こんな街だからな。
マフィアの連中も大事な顧客ではあるが、俺自身はマフィアに所属しているわけじゃない。
君らの事も別に知ってたわけじゃないんだ。
かま掛けという言葉は知っているか?
今、街で一番ホットな話題と言えば、ホテル・モスクワの関係者殺しだ。
犯人は未だ正体不明。そんな時に街では見掛けない人間に襲われたんでな。
もしや、と思っただけさ。
で?
単なる好奇心から確認するんだが、俺の推測は合っているのか」
俺はあくまで二人を等分に見ながら問いを投げ掛けた。
二人はお互いの顔を見合わせ、クスクスと笑い出す。
……話は通じるな。やはり彼らにとって殺しは"遊び"であって "食事"ではないな。
心の中で安堵の息をつく。
最悪の心配はどうやら杞憂に終わったようだ。
もし、彼等が目にしたもの全てを破壊しなくては気が済まない、なんて性分だったらな。 さすがに後味が悪い。
"子供殺し"なんて、な。
「お兄さんは面白い人だから教えてあげる。
確かにその犯人は僕らだよ。一緒にやったんだ、ねえさまと」
「とても楽しかったわ。血もたくさん浴びたの。良い匂いだったわよ、とってもね」
ふむ、アッサリと認めてきたな。映画なら口封じに殺される場面、といったところかな。
「そうか。
好意に甘えて序でに聞くんだが、君らは俺をどうするつもりなんだ?
あくまで殺り合うつもりか」
俺の投げ掛けた質問に二人は互いの顔も見ずにアッサリと答えて来た。
あくまでも楽しげな様子で。
「う~ん、今夜はもういいかな」
「そうね、たっぷり遊んだし」
間髪入れずに返ってきた答えは、見事に二人の間で一致していた。
まあ、取り敢えずは一安心か……
「お兄さん、襲っちゃってゴメンね。今日はちょっと元気が余ってたんだ」
「お兄さん、にいさまを許してあげて。
私達今夜はいつもと違う遊びをしたの。
やっぱり遊びっていうのは、誰かにやらされるより、自分達で好きなようにやった方が楽しいわよね」
二人は尚も嬉しそうに話し続けた。
その楽しい"遊び"の内容を。こと細かく、丁寧に、執拗に。
人体の構造や解剖学に興味の薄い俺は、それらは聞き流しながら重要な部分だけを聞き取る事にした。
大半は聞く必要もない情報となるのだったが。
【11月1日 AM 1:04】
Side ゼロ
「ほう すると君達の事を他人に話しても構わないと。
それでいいのか?街中の人間に狙われる事になるぞ」
二人の話が一段落したのを確認してから、改めて彼と彼女に問い掛けた。
今夜俺達がこの場で出会った事は秘密にしておくべきかと。
まあ、口封じもする気もない二人だ。
返答は容易く予想出来るものではあった。
事実二人は何の屈託もなく、 あっさり此方の好きにすればいいと告げてきた。
この時俺の胸中は些か複雑だった。
今更善人を気取る意志も意欲もないが、正直子供が不幸になるのは好きじゃない。
と言って二人の為に出来る事など、俺みたいな男じゃたかがしれてる。
二人の物語は既に終わってしまっている。
この街にやって来て、こうして俺達と出会うその遥か前に。
そもそも何が幸せで、何が不幸か、なぞ他人が偉そうに決めるものでもない。
戦闘の中にのみ光を見出だす人種もいる。分かっている。分かってはいるのだがな。
「くすくす 街中の人間が僕達の事を追い掛ける?
いいよ、楽しそうじゃない」
「うふふ 遊びは賑やかな方が楽しいわ。よかったらお兄さんも参加してね」
俺の無粋な質問に誠意ある態度で返答してくれた二人に対して俺はどうするべきか。
別にバラライカに借りがあるわけではないからな……
「そうだな。
俺の方から触れ回るつもりはないが、場合によっては君達の事を話させてもらう。
ただ俺はマフィアの飼い犬じゃないからな。
連中と付き合いはあるが、恩義があるわけじゃない。
全てを話すつもりはないよ。
今夜の俺達の出会いは俺達だけのものだ。
もし君達に会いたい輩がいるのなら、 自分で努力してもらうとしよう」
我ながら何とも曖昧な態度だが、こうさせてもらうとしようか。
いずれこの二人も自分の意志で動き出すだろう。
どうせ止める事など出来はしない。
俺が情報を伏せようが何も変わらん気はするが、ここは自己満足に浸らせてもらうとしよう。
「ふうん 別に僕達は構わないんだけどね。まあ、お兄さんの好きにしたらいいよ」
「でも中々素敵な表現ね。
……今夜の出会いは私達だけのもの、か。
ねえ?また会えるかしら」
"BAR"の方が意外な事を聞いてくる。
"トマホーク"の顔をチラリと確認するが、"彼"の方も異存はないらしい。
さすがは"双子"仲のよろしい事だ。
「俺の方は君達に会う事自体に否はないが、出来れば派手な歓迎会は控えてくれ。
さすがに歳でね。君達のような元気な若者に付き合うのは大変なんだよ」
今度も二人の顔を等分に見ながら返答した。
実に愛らしい笑顔を浮かべたままの二人はただの子供にしか見えない。
無論顔だけ見ていればだが。
間違ってもその腕に抱えるものは意識の内に入れてはいけない。
神って奴の顔面に糞でも擦りつけたくなるからな。
さて、深夜のデートもそろそろ終わりにするか。
南国とはいえ夜はさすがに冷えるものだ。
どうせ街で騒動が起これば俺も巻き込まれるに決まってる。
ゆっくり眠れる夜は大事にしないとな。
「今夜は会えて楽しかったよ。
あまり無茶はするな、と言うべきだろうが君達には君達の事情があるんだろう。
好きなようにするといい。
この街の住人は皆パーティ好きだからな。
残念ながら君達好みのパイや、飲み物は用意しないかもしれんが代わりのもので盛り上げてくれるさ。
ただこれは全くの余計なお節介だが、二つ言わせてくれ」
そう言って右手の中指と人差し指を二本立てて二人に見せる。
双方の視線が俺に集まる事を確認してから口を開く。
「バラライカ。ホテル・モスクワのボスだが、出来れば彼女には手を出さない方がいい。 俺のボスに言わせると地上で最も恐ろしい女の上位三人に入るそうだ。
もっとも俺に言わせりゃ文句なしでNo.1だがな。
これは冗談で言ってるわけじゃない。
恐れを知らないのは若者の特権だが、最後に生き残るのは結局臆病者だ。
つまらん話だが、真理ってやつは大抵退屈なものだ。
だからもう一度言っておくぜ。
バラライカは怒らせるな。もし怒らせちまったら迷わず逃げ出せ。後ろを振り向かず、両手をしっかり振って、足が痛くなっても走るんだ。
その時が来たらな」
二人は特には何も言わなかった。
とても納得したとは思えんが、まあ仕方ないだろう。
不吉な予言をするものはどこの世界でも嫌われるものだ。
この場で首を斬られないだけマシと思おう。
「それで、お兄さん」
「もう一つのお話って?」
尋ねてくる二人の顔を改めて見つめる。
産まれてから今まで片時も離れた事がないであろう双子の顔を。
髪の長さ以外はその全てを共有しているとしか思えない二人のあどけない笑顔を。
「君達はずっと一緒にいるべきだ」
そんな二人を見ながら俺は淡々と言葉を紡いだ。
"彼"と"彼女"にとっては至極当たり前な、今さら聞く必要もないであろう言葉を。
「どんな時も離れちゃいけない。
どんな時も、だ。
もし君達がバラライカを怒らせて、逃げ出さなくちゃいけなくなった時も。
全てを終わらせてこの街を出ていく時も。
何もかも上手くいかなくて、どうしようもなくなった時も。
君達二人は離れちゃいけない。必ず一緒にいるんだ。
必ず、な」
二人は変わらず微笑んだままだ。
そんなことは分かってる、当たり前すぎて頷く必要もない。
そんな風に思っているのだろうか。それは二人にしか分からない事だが………
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