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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  七十七話 Wrath

「風邪引いたなら医者行けよ……丁度そこに良い病院あんだろ。んで見てもらえよその頭」
「っヒヒ!余裕ぶって、勇ましいじゃないか。まぁ……先ずはお前を一番にやりたかったから構わないけどねぇ……」
ギラギラと輝くナイフを軽く振りながら、須郷は粘っこい笑みを浮かべる。

「それに心配してくれなくても……結構良い薬を色々持ってるからさぁ……まぁ構わないよ」
「薬に頼った生活は健康によくねぇぞ」
「ははぁ……」
不気味に笑っているうちに、後ろに居たキリトが立ち上がった。
切迫した、小さな声が聞こえる。

「兄貴……どうする」
「つーかお前の人生終わっただろ。あの仕掛け誤魔化すとかぜってぇ無理だし、悪あがきせずに諦めるとかしねぇのか?……しねぇか」
「ヒヒっ……終わり?何が?まあ確かにレクトはもう使えないけどね。僕はアメリカに行くよ。僕を欲しいって企業は山ほどあるのさ。今までに蓄積した膨大なデータを使って研究を完成させれば、僕は本物の王に……神に――この現実世界の神になれるのさ……」
「あぁそうかい。再就職先が見つかって良かったな。ならさっさとその会社行けよ。出来れば俺達に迷惑掛けずにな」
「あぁ。そうするさ。でもその前に幾つかする事があってね……先ずは君達を殺すよ」
喋りながら、涼人は考える。
早い話、涼人の言葉は時間稼ぎだ。
今の所あのナイフを持った須郷への対処法は三つ。 二人で逃げるか、一人が逃げるか、二人で戦うか。

二人で逃げるのは、正直無しだ。どちらかが背中から刺されればアウトなのだから。
二人で戦うか、一人が逃げるはまぁ……賭けか。

『どちらにしろ、俺は逃げらんねえけど……』
この状況下で逃がすとすれば、間違い無く和人だ。明日奈やユイの事もあるし、喧嘩の仕方なら自分の方が心得ていると言う自負もある。
やはり和人だけでも逃がすか。と結論を出そうとしたとき、再び須郷が口を開いた。

「お前らは僕の邪魔をしたんだ……何もかも劣るクズのクセに……この僕の、僕の足を引っ張りやがった……その罪に対する罰は死だ。死以外には有り得ない……」
無茶苦茶だったが、それを指摘した所でこいつはもはやどうにもならないだろう。涼人は最早説得は諦めていた。とにかくこの男を何とか無力化する事を考えて居たのだ。
――少なくとも、この瞬間までは。

「あぁそうだ……君達を殺してアメリカに渡ったら、人を雇ってあの明日奈をもう一度さらうか……キヒッ……ついでに、あの『実験体』も……あれは優秀な個体だったし……金ならいくらでもあるからね……」
「……!貴様!」
「…………」
人を雇うなどと言うのは如何にも物語じみた表現だったが、和人は未だに須郷に明日奈を傷付ける意志があると理解し、奴を睨みつける。涼人に関してはそう言った者が居ることをある程度理解しているためか、無言だ。

「…………カズ、一歩バック」
突然、とても静かな声で、涼人が言った。いきなりの言葉に、和人は戸惑う。

「え……?け、けど兄貴――」
「いいからさ。つーか――」


ジ ャ マ ス ン ナ


気が付くと和人は、一歩どころか三歩以上の距離、本人すら気付かぬ内に涼人から離れていた。それがなぜなのか本人すら分からない。確かな事は、この瞬間においては和人は間違いなく、人間としての理性よりも、動物としての危険察知能力に従ったと言う事くらいだろうか。
しかしそんな変化も、半ば錯乱状態の須郷には分からない。

「死ね!小僧ォ!!」
「…………」
須郷は思い切り涼人に近寄ると、胸の中心に向かって手に持ったサバイバルナイフを突き出す。最早その瞳はナイフの切っ先しか見ておらず、その先端が肉体に刺さる瞬間を待ち望むかのように爛々と輝いていた。
それはある意味で、幸運な事だっただろう。何故なら──

────

何かが切れる音などしなかった。
何の前触れすら、彼には感じ取れなかった。

それはそうだ。

切れるべきものは、もうとっくの昔に切れていたのだから。

────

それが一瞬だった事は間違いない。

右手に持って突き出された腕を、リョウは軽く体を横にずらして躱す。そのままその腕を、脇の下に挟んで、手首から先だけが自分の体の後ろに出るようにする。
咄嗟に須郷は手首の動きだけで涼人を刺そうと思考したが。それを行うよりも先に、頭上に髪を引っ張られたような強烈な痛みが走り、次の瞬間──

「ぎがっ!?」
「……」
涼人の右手に髪を持たれた。須郷の頭が、振りあげられた涼人の右ひざ蹴りに。思い切り叩きつけられた。
ベキッ!という鈍い音が、須郷の脳内に響く──鼻が折れた音だった。

「あぎっ……が……ぐ、ごの……」
顔面を蹴られ、ふらふらと数歩下がる須郷は自分の手に違和感を覚える。直ぐに分かった。今の衝撃で、ナイフを手放してしまったのだ。
慌てて探そう……として、今度は前に出したままだった右手が、何かに思い切り引っ張られ、須郷はつんのめるように、自分の体が左斜め前に出たのを自覚……した次の瞬間、首の後ろに強烈な衝撃が駆け抜けた。
仕組みは簡単だ。リョウが自分の左手で須郷の右手首をひっつかんで思い切り引き、その勢いを利用して須郷とすれ違いつつ一回転。右の肘鉄を、須郷の首の後ろに叩きこんだのだ。
頭と首に強烈な衝撃を受けた須郷は、視界を滅茶苦茶にしながら地面に突っ伏すように倒れる。
この時点で、須郷の混乱は最高潮に達していた。
頭をくらくらとさせながらも、とにかくナイフを……武器を拾おうと必死に視界を巡らせる。ようやく目的の銀色の光を見つけた瞬間、須郷は奇声を上げてそれに飛びついた。
そしてそのまま、それを掴んだ──手に、強烈な痛みが駆け抜けた。

「ぎっ……ぁぁあああああああ!!?」
「…………」
須郷の手を、涼人が思い切り踏みつけていた。
こんなのは簡単な話だ。飛んでくる直葉の下着をキャッチするよりもたやすい。

上から見下ろす涼人の視線など、今の須郷には構っていられない。手を踏みつけ、持続的に痛みを与え続けるこの足をどかす方が優先だ。
しかしそれもやはり幸運だっただろう。何故なら──

「ギィィィィ!アギッ、ギッ……ギャッ!?」
と、涼人の足を持って思い切り叩いていた須郷の顔面が、またしても吹き飛ばされた。
後頭部を背後のセダンに強かにぶつけ、先程の鼻もずきずきと痛む。
顔面、後頭部、手首が同時に痛み、それが全身に回っているような錯覚すら覚えた。なおも痛みに悶絶する彼に、声が響く──

「あんたさぁ……人の脳みそに直接痛みぶち込む研究してたよな?」
突然何を言い出すのか。そう問う暇も無かった。再び髪を掴まれ、背後のセダンにまたしても思い切り頭を叩きつけられたからだ。

「気持ちは分かるよ……俺も実験は大事だと思うしな?だからよ……“次はお前だ”」
「は……?ギッ!?」
須郷が再び何かを言うよりも先に、再び彼の頭がセダンに叩きつけられる。
そして、うっすらと眼を開いた時、彼の視線の先に先ず初めに銀色の光が映った。先度まで自分のものだったはずの武器が、自分の瞳にまっすぐ切っ先を向けていたのだ。その鉄の重みを感じさせる恐ろしさに瞬間的に彼は体を逸らそうとしたが……

「ギッ!?」
「おいおい動くなよ……ほら、“目ん玉にナイフ付きこまれ”りゃ……痛みを直接脳にぶち込むって感覚も、分かるかもしんねぇだろ?」
「な、何を……ギガっ!?」
「だから動くなっつーの」
それはとても自然な声だった。
何の物怖じも無く、何の感情も無い。ただ知り合いと世間話をしているのと同じようなテンポで、彼は言葉をつづけた。
そして、彼は──それを見てしまった。

「さて、んじゃやろうぜ?」
此処までで、須郷は一度も涼人と目を合わせてはいなかった。それは、ある意味で幸運だったのかもしれない。何故なら──それを見た瞬間、彼は自らが死ぬ事を、理解してしまったから。

──突如、彼は声に出せない悲鳴を上げて必死にもがきだした。

「────────!」
「ははっ!生きが良いな!まぁけど……動くなっつの!」
「ギァッ!!」
殺される、殺される、コロサレル!!嫌だ、いやだイヤダ!!
恥も外聞も無かった。唯必死に自分の頭を掴む手から逃れようと必死に手足をばたつかせる。しかしそのたびに、二度。三度と頭がドアに叩きつけられ、しっかりとした動きが出来ない。

「────ガグッ!!ギッ!!」
「ホレッ!そらよッ!!」
「ア……ガ……」
何度となく撃ちつけられ、ついに須郷は抵抗する力を無くした。幸いセダンの外面の鉄は薄く柔らかいため怪我はしないものの、何度も頭を揺り動かされ、視界がふらふらと定まらない。

「おっ、やっとおとなしくなったか。んじゃちょっと失礼して──」
『どうして自分がこんな目に?』そんな的外れことを考えながら、迫る銀色の光を見て、須郷の意識はそこで途絶えた。

────

「兄貴っ!!」
「…………」
ゆっくりと須郷の眼球にナイフを近付ける。涼人に、突然後ろから声がかかった。

「ん?どうしたよ、カズ」
「ど、どうしたって……須郷はもう気絶してる。後は縛って終わりだろ?」
「?なんで?」
「……え?」
涼人は本当に素朴な疑問の表情を、和人に向けた。その実が一瞬理解できず、こんどは和人の方が問い返してしまう。
その時、丁度和人と涼人の目があった。その瞬間、誰がそう説明したわけでもないのに、分かった。

──怒っている──

そう、涼人は今、かつて無いほどに、怒っていた。
普段、涼人は時折他人と衝突した時にイラつきを見せ、口調が荒くなる時がある。しかしそれは実際のところイラついているだけで、本当の意味で涼人が激怒しているところを、和人はまだ見た事が無かった。

そうして今日目にしたそれは──まるでヒトでは無いかのようだった。
どこがどうだと説明できるような、そんな物ではない。
ただ和人は眼前の青年の存在に、素朴に疑問を持っている。

“あれはなんだ?”

それが人であるのかすら、和人は一瞬だけ疑問に思えた。まるで眼前の殺す対象に興味を持っていないのだ。
そう、強いて言うならば、ただ目的に向かって振り下ろされる……

「刃《ジン》……」
「?話は終わりか?んじゃま、やりますかね」
そのまま須郷の眼前に構えたままだったナイフを、リョウは振り子のように腕をふるって一気にその眼球へと向かわせる。
キリトはその余りにも自然な動作に、一瞬だけ反応が遅れた。

「っ!?よせぇ!!!」
その手のナイフが、男の眼球に突き刺さり──

────

『──悪いに、きまってるでしょ!?』

────

「……!」
突如、涼人が纏っていた何かが消えた。
怒気でも無く、殺気でも無い。ただ涼人の周りに渦巻いていた「何か」が、はっきりと消えたのが、キリトには分かった。
涼人の手は、須郷の眼球にナイフが刺さる寸前で。
本当に、寸前で止まっていた。


「──あー、すまん。またやっちまったっつーか……悪ぃ。どうかしてた」
何となくバツが悪そうに頬を掻き振り返る涼人。こうして、ある男と、ある二人の青年の、最後の戦いが終わった。 
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