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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§14 魔王に立ち向かうのは勇者だけではない

 「……」

 右手にビニール袋を持ったまま、黎斗は呆然と立ち尽くす。ちょっと目を離した隙に、四人の姿が消え失せてしまった。一人で飲み物を買いに行ったのは選択ミスだったか。彼らが座っていたベンチには、日本のレシートと思しき紙の裏に何かが書かれており、風で飛ばされないように石で押さえられている。

「何コレ? 書置きか? 誰かがここに座ったらどうする気だったんだあいつら……」

 呆れながら紙を手に取る。筆ペンだかなんだかよくわからないが、字が潰れていてとっても読みにくい。大方通りすがりの誰かから借りた慣れないペンで立ちながら書いたのだろう。下に何も敷かずに、急いで書いたとしか思えない。



 エルさんを連れてちょっと散歩してくる。五分くらいで戻るわ

                                  心の友より



「朝まで裏切り者呼ばわりしていたのにエルをきちんと紹介したら心の友ねぇ。現金なやつらだこと」

 まぁらしいといえばらしいか。笑いがこぼれる。散歩くらい大目に見るか、と思ったところで気付く。今変な単語があったぞ。

「散…歩……?」

 もう一度、読み直す。



 エルさんを連れてちょっと散歩してくる。五分くらいで戻るわ

                                  心の友より



 「ちょっと散歩してくるわ」に開いた口が塞がらない。彼らは現地語ができないこと忘れているのだろうか。昨日も言語が通じないのに勝手に突撃していたことを思い出せば、そもそも考えていないのかもしれない。エルが付いているから最悪の事態は無いだろうが。

「……はぁ」

 溜息が飛び出る。念話でエルに場所を聞けばすぐに済む事態なのだが、そんなに楽な展開になってくれれば苦労しない。空のたびの最中に機内で試してわかったことだが、エルは念話が得意ではなかった。エルは念話で喋る際、発言を声に出してしまうのだ。これでは緊急事態以外は使いようが無い。いきなり空に向かって話しかければ変人扱いされること請け合いだ。国内ならば携帯電話でカモフラージュ出来たのかもしれないが、ここは海外。その手段を用いることが出来はしない。念話で捜索というもっとも確実かつ楽な方法が使えない。

「ねぇねぇ、この近辺に居た男三人と女一人のグループ、どこに行ったか知らない?」

 ざわ・・・・ざわ・・・・

「……おーけー、ありがと。さて、ウォーリーを探せモドキ始めますか。ったく、あんにゃろー」

 カイムの権能を発動。木々の話では既に十五分は経っているではないか。街路樹の助けを借りて捜索を開始する。雑草達に応援されながら、黎斗は四人が去った方角へ歩き始める。ビニール袋からペットボトルを取り出す。封を開けてお茶をラッパ飲み。まったく、飲まなきゃやっていられない。





 黎斗が捜索を開始した頃、事態はとんでもない方向へと動いていた。

「そこの金髪!! 万理谷さんに触れるな!」

 サルバトーレ・ドニ。欧州最強の剣士。”剣の王”と呼ばれ畏怖される魔王に立ち向かったのは、変態紳士の一角、名波だった。

「え?」

 間の抜けた声を出してしまうドニ。まぁ、当然だろう。どっからどう見ても観光客にしか見えない日本人が、いきなり立ち向かってきたのだから。
 彼らはただの一般人だ。だが、一般人であるが故に、同級生が暴行(・・・・・・)を受けている(・・・・・・)のを看過出来はしない(・・・・・・・・・・)・・・!!
 カンピオーネという存在を知らない彼らは、自分の前に立つ存在がどれほど恐ろしい存在か理解できない。相手との実力差があまりにもありすぎて、どれだけドニが規格外な存在なのかもわかってはいないだろう。彼らにとって目の前の金髪は、憧れの同級生に襲い掛かって縛ろうとしている暴漢以外の何者でもない。

「貴方達、やめなさい!! サルバトーレ卿はあなた方が束になっても敵うような相手ではないわ!!」

 エリカですら大声をあげる事態。アンドレアに至っては、目を見開いたまま硬直している。目の前の現実に、理解が追いついていないのだ。そんな状況下で放たれた、エリカの声は逆効果だった。普段の彼女なら気づいたはず。倒れ伏す自分の姿が、彼らにどんな影響を与えるのか。

「うおお、エリカ様!? てめぇ、エリカ様に何をした!!」

 逆上する反町。ドニを見つめる目はとても険しい。

「……ははは、よくぞ着た勇者達。僕に勝てばここの二人を解放しよう!」

 おそらく彼らは彼女たちの日本での友人だろう。通りすがりのクラスメートが彼女達を襲う自分に敵意を持つのは不思議なことではない。ならば、とことん悪役をやってやろうではないか。その方がきっと面白い。いち早く状況を理解したドニは気取った台詞と共に、三人へと向き合う。さながら悪の大王のように。

「このバカ!! 遊びが過ぎるぞ!!」

 事態を把握したアンドレアがドニを罵倒する。ただの少年相手に本気を出すはず無いとわかっているが、だからといって許容できる事態ではない。

「三人ともダメです!! その方には絶対に敵いません!」

「なっ……」

「うああ!!」

 エルの叫びに反応し彼女に視線を向けたドニが硬直する。結果、素人といっても差し支えの無い反町の一撃が、彼を捉えた。直撃した拳が、彼の身体を吹き飛ばす。

「「「!!?」」」

 無論、ドニに対した影響など無い。しかし、一般人に過ぎない反町の一撃を受ける彼に、エリカも祐理もアンドレアも息を呑む。目の前の光景は一体なんなのだろう。

「……へぇ、面白い。こんな形で戦いを仕掛けてくる神様は初めてだよ。ついでに言うなら、直視するまで察することが出来なかったのも初めてだよ」

 立ち上がるドニ。そこにさっきまでのおふざけはない。あるのは明確な闘志。その覇気に三人は無意識下で後ずさる。

「バカ、冷静になれ!! この少年達の何処がまつろわぬ神だというのだ!!」

「違うよ。後ろに控えてる紫のコだよ。微かに、ほんの僅かだけど気配がする。身体が勝手に臨戦態勢をとるんだから、間違いない」

 エルに用いた変化の術は特殊な物だ。須佐之男命の神力を基本に黎斗の神力を反応させる為、他の誰にも真似することなど出来はしない。今のエルは「存在だけなら」まつろわぬ神と同等なのだ。ドニの身体が臨戦態勢をとったのもそこに起因する。だが、そんなことを理解している者などこの場に居ない。欧州最強の剣の王、サルバトーレ・ドニが本気になる。今重要なことはそれだけ。他は全て枝葉末節、些細な出来事。

「……くっ」

 プレッシャーに押され、後退するエル。当たり前だが、彼はエル達を逃がしてくれるほど甘くはない。反町達三人も、エリカと祐理がこの状況では引くことはないだろう。彼らの目は、恐怖に怯えながらも立ち向かおうとしている。

(……やむなし、ですか)

 懐から呪符を取り出し、三人の方へと投げつける。強制転移で幽世にある須佐之男命の館へと問答無用で吹き飛ばす。あとで須佐之男命から文句を言われるだろうが事態が事態だ、しょうがない。あとはこの場から逃亡するだけ。この時エルはそう思っていた。

「へぇ、彼らを消したか。」

 結果から言えば、エルの判断は間違っていた。彼女はこの場で一目散に逃走すべきだったのだ。そうすれば、追跡してくるであろうドニを三人から引き離すことができるのだから。なまじっか強制転移などという高等術を用いたせいで、ドニの警戒心を煽る結果となってしまったのだ。一般人を駒にするくらいの雑魚かもしれない、という印象から一転、次元転移を可能とする実力者として見られてしまったエルに、彼女一人では生存の目は万に一つもない。転移の護符は一枚しか受け取っていない以上無駄遣い出来ない代物だったのだ。
 殺気を察知し背後に飛び退くエル。奇跡的に回避に成功した命を奪う一撃は、彼女の左腕をたやすく吹き飛ばす。

(くっ……マスター!!)

 進退窮まったエルは、自らの主に念話を送る。ここに黎斗を呼び寄せることは本来なら下策かもしれない。しかし、エルが死亡すれば変化の術が解け、狐の死体としてこの場に残る。解剖されでもしたら、黎斗の神力の残滓を察知されてしまうだろう。そうなれば事態が露見するだけではすまない。こんなでも一応神殺しの眷属なのだ。神殺しの眷属の死亡は、絶対に黎斗と欧州に禍根を残す。最善手は一人でのここからの離脱。それが敵わぬ今、次の一手は生きてここから抜け出すこと。幸い相手は勘違いしている。今エルが黎斗を呼び出しても己の契約した人間を呼び出した、と誤解させられるはず。それに、賭ける。

「!!」

 風が吹いた。遠くにいても、相手の下へ駆けつけることのできるウルスラグナの力の一端。ただその使用者は護堂ではない。友愛の神アーリマンの権能でその権能を一時的に拝借した黎斗だ。両手にビニール袋を持つ、という戦場に似つかわしくない姿で現れた彼は周囲の様子を素早く確認する。

「今度は買い物帰りの民間人? ……本気を出す気が無いのなら、出させてみせようか!」

 ドニの剣が、エルへと放たれる。神速で振るわれた一撃は、黎斗の左腕に阻まれた。出血しながらもしっかりと握り締めた手は剣の些細な動きも許さない。ドニの瞳が驚きで僅かに見開かれる。

「……へぇ」

「馬鹿な。有り得ない……」

 感嘆する魔王。呆然と呟くエリカ。彼の王の剣を見切るような芸当を出来る人間が、この世に果たして何人いるのだろうか! まして対峙しているのは、自分たちのクラスメート。彼がカンピオーネだったとしても、自分たちと年齢はほとんど変わらない。エリカは夏休み少し前に赤銅黒十字の力を借りて秘密裏で彼の戸籍調査を行ったことがある。結果、水羽黎斗は幼い頃に両親と死別してはいるものの、生年月日および戸籍に偽造された形跡はない。つまり、彼が権能を簒奪し神殺しとなったのはこの十数年以内の話の筈なのだ。十年いくかどうかの鍛錬で最強の剣士と張り合えるようになると思えるほどエリカは非現実的な思考回路を持ち合わせていない。この事態は、異常だ。

「あなた誰? 僕ら須佐之男命様の眷属に対して恨みでもあんの?」

 僅かな隙にエルと念話で相談した黎斗の結論は、須佐之男命の眷属という扱いで強引に誤魔化すこと。ここでドニを殺し闇に葬れば、事態は沈黙するどころか大事になるだろう。カンピオーネ殺害などしてしまえばそれは世界中にあらたな神殺しかまつろわぬ神か、更なる存在が居ることを発信するようなものだ。だから黎斗は神に仕える者と偽りこの身を晒す。ゴタゴタに巻き込まれるだろうが、神殺しとバレるよりは影響はないだろう。護堂の傘下に加わるのも悪くないかもしれない。若き神殺しがどこまで育つのか興味がないわけではないし。神と戦って負けかけても援護は出来なくなるが、雑魚の掃討くらいなら大手を振って出来るようになる。チート剣があればまず敗北はないだろう。
 須佐之男命には事後承諾をもらえばいい。そう結論付けて彼に拒否される場合を考えていない黎斗の思考は、事態の楽観視故なのか須佐之男命への信頼故か。

「眷属?」

「そう。こっちの娘は諸事情で須佐之男命様の力を一時的に借りているだけの存在だ。あなたが誰か知らないけれど、その剣を仕舞ってもらおうか」

「……断る、と言ったら?」

「貴方、それなりの立場の人間でしょ? ここで倒すのは忍びない」

「いいねぇ。戦ってくれるなら、願ったり叶ったりだ」

 黎斗の宣告に、ドニは獰猛な笑みを見せる。まるで、予想外の大物を発見した漁師のように。

「黎斗、貴方何馬鹿な事を言っているの!? その御方はカンピオーネの御一人、”剣の王”サルバトーレ卿よ。 いくら貴方が強くても、勝てる筈がないわ。お引きなさい!!」

 エリカが何か言っているが、黎斗の耳には入っていない。万が一戦闘になった場合、権能を使わないで勝つのは如何に彼でも厳しいものがある。気を抜くことは許されない。

「……へぇ。僕がカンピオーネと知ってなお、立ち向かう意思を見せるか。なかなかどうして、面白い。君のその自信の根拠を見てみたい。ホントに、一手御手合わせ願えるかな? 大丈夫、勝敗にかかわらず彼女には手を出さないよ。まつろわぬ神でない上にそんなに強くないのなら戦う理由はないからね。あ、そうそうさっきの少年たちにも謝っておいてくれ。無闇に威嚇しちゃったからねぇ」

「……随分物分かりがよろしいのですね。カンピオーネの皆様は傍若無人と伝え聞いておりますが」

 三人に謝っておいてくれ、などという殊勝な言葉に黎斗は感心を通り越して疑問を浮かべる。カンピオーネは自分勝手な連中だけだと聞いていたのだけれど。そう思った彼は一応敬語で返答する。カンピオーネと知らされてしまった以上、タメ口をきくのは不味いだろう。

「だってそりゃあ君、これから御手合わせ願う人に対して、最低限の礼儀くらいはねぇ」

「……戦うことへの拒否権は無しですか」

 なるほど、たしかに自分勝手だ。こっちは良いと言っていないのにいつの間にか勝負すること前提で話が進んでいる。人の都合を全く考えていない。「願う」とか言っておきながら決定事項とは。

「しょーがないか。……ロンギヌス」

 自身を呼ぶ声に呼応して、神殺しの槍が姿を現す。他に武器になりそうなのはビニール袋&たくさんの食べ物しかない。手の内を晒したくないが負けるよりマシだ。負けにいく考えを即却下するあたりなんだかんだ言ってもやはり自分はカンピオーネだな、と心の中で自嘲する。槍を取り出す黎斗を見て、ドニが眉を顰めるがそんなことは気にしない。

「では剣の王、サルバトーレ卿。お相手するは神殺しの槍とその所有者。神殺し(・・・)の力、とくとご覧あれ」 
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