万華鏡
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第十六話 プールと海その一
第十六話 プールと海
美優は自分の家で彼女の兄と話していた。見れば美優、女の子としては背の高い彼女よりも十センチは高い。
顔立ちは妹にそっくりで髪を少し脱色している彼はテーブルに座って缶ビールを飲みながら家のテレビを使って野球ゲームをしている妹に尋ねた。
「おい、何処のチームでやってんだよ」
「阪神しかないだろ」
妹は画面を凝視し兄に顔を向けることなく答えた。
「他にあるのかよ」
「ソフトバンクじゃないのかよ」
「あたし阪神ファンだからね」
こうビールを飲む兄を見ることなく答える。
「他のチームには興味がないから」
「そうか。けれどな」
「兄貴最近ソフトバンクも好きだよね」
「ああ、いいチームだからな」
それで好きだというのだ。
「だから最近はそっちでもやってるよ」
「阪神は変わらないんだな」
「沖縄にルーツがあっても関西人なんだぞ」
兄はつまみのピーナッツも食べながら言う。
「それだったらわかるだろ」
「阪神だよな」
「誰が巨人なんかするか」
兄はここではふて腐れた。ビールを飲む動きもあおる調子になる。
「あんなチームな」
「兄貴本当に巨人嫌いだよな」
「そう言う御前は好きなのかよ」
「巨人は二十点差つけて勝たないと駄目だろ」
これが妹の兄への返答だった。
「思いきり勝たないとな」
「そうだよ。巨人には勝たないと駄目なんだよ」
それも圧勝でなければならないというのだ。
「絶対にな」
「だよな。けれど昨日もだろ」
「ったく、横浜何なんだよ」
ビールを自棄酒の様に飲みながら言う。つまみも自棄食いの感じで大量に口の中に放り込みボリボリとやっている。
「昨日も巨人に負けたよ」
「横浜また負けたのかよ」
「阪神には負けていいから巨人に勝てっての」
「あたしも賛成するよ、その考え」
「だろ?横浜って本当にどうしようもねえな」
「今年も最下位だろうな」
「一時の阪神より弱いだろ」
星野仙一が監督になる以前の長い長い暗黒時代にあった頃の話だ。この頃の阪神には希望なぞなかった。
「いつもいつも負けてたな、ガキの頃は」
「親父もお袋も打たなかったってぼやいてるよ」
当時の阪神はそうだった。今以上に打たなかった。
「兄貴もそれ聞いただろ」
「ああ、何度も聞いたよ」
「ピッチャーがよくても打線が打たないと勝てないんだよ、野球って」
美優は言いながら相手チームのピッチャーを打つ。丁度ザジャストミートでボールはどんどん伸びていく。
そしてバックスクリーンを直撃する。甲子園のそのスクリーンをである。
美優はこのホームランに笑顔になって兄に述べた。
「いい感じだよ」
「何だよ、ホームラン打ったのかよ」
「今な。バックスクリーン直撃だよ」
「どんなのだよ」
兄はここで妹のしているゲームに顔を向けた。とはいってもリビングに座ってビールは手放してはいない。
見れば丁度ホームランを打ったバッターがベースを回っている。兄はそれを見て妹に笑顔でこう言った。
「ああ、いいな」
「サクセスで育てた選手だよ」
「ポジション何処だよ」
「サードな」
守備位置はそこだというのだ。
「藤村っていうんだけれどさ」
「背番号十だよな」
兄は藤村と聞いてすぐにこの背番号を出した。
「それだよな」
「そうだよ。ミスタータイガースだよ」
「御前も古い選手出すな」
「ちょっと本読んでたら出て来たんだよ」
この藤村がだというのだ。古い野球の本ではこの伝説的名選手のことが時々出て来るのだ。阪神の看板選手として。
「凄い選手だったってさ。だから作ってみたんだよ」
「打つだけじゃなくて守備も足も再現したんだよな」
「怪我しにくい風にもしておいたよ」
藤村は故障しにくい選手としても有名だった。
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