その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#18 "Walkin\' Dude"
前書き
人生は不完全で、重大事はいつだって俺達を先回る。
ー張 維新ー
【11月1日 PM 3:14】
Side "トマホーク"&"BAR"
おはよう 姉様
おはよう 兄様
昨日は楽しかったね
昨日は楽しかったわね
あんな人もいるんだね
ええ 驚いたわ
色々知っているみたいだったね
ええ 何者なのかしらね あの人
多分だけどね?
うん? なあに
あの人が"ゼロ"だと思うよ
ああ……そうかもしれないわ
どうする?あの人の事
どうしようかしら?
姉様は気に入ったんじゃない?
そうね 優しい人は好きよ
ちょっと妬けるね
そういう兄様はどうなの?
僕も好きかな ああいう人
あら 妬けちゃうわ
あはは
うふふ
楽しいね
楽しいわ
また会えるかな?
また会えるわ きっと
今度は殺せるかな?
殺せるわ きっと
殺す前に名前を聞いておこうか?
それも良いわね
殺す前に"挿れて"みる?
それも良いわね
……もう一度会いたいね
……もう一度会いたいわ
でもその前に
ええ やる事があるわ
先ずはロシア人からだね
ええ それも遊べるのが良いわ
活きの良いやつだね
ええ 簡単に壊れたらつまらないわ
どんな遊びをするの?
あら、それは内緒よ
内緒なの?
レディに秘密はつきものよ
でも遊ぶ時は一緒だよね?
当然よ
僕達はいつも一緒だからね
私達はいつも一緒よ
愛しているよ 姉様
愛しているわ 兄様
……ああ
……ああ
早く闇が訪れますように
早く闇が訪れますように
【11月1日 PM3:35】
Side ダッチ
「旦那自らお出ましとは驚きだな。 よっぽど暇もて余してんのか?
今この街じゃ噂で持ちきりだぜ。
ホテル・モスクワの関係者がもう四人も殺られたんだろ?
この街の統治者の一人でもある旦那の立場じゃ呑気に構えてもいられないんじゃないか。
いいのか?こんなところに来ていて」
禿げ上がった頭をつるりと撫でながら旦那に向かって話し掛ける。
しかしまあ、とても広いとは言えねえラグーン号なんだが見事なまでに寛いでんな。
さすがは張の旦那と言うべきか……
古風なティアドロップのサングラスにポマードで撫でつけられた黒髪は、相変わらず艶やかだ。
純白のロングマフラーと漆黒のロングコートは変わらねえ旦那のトレードマークか。
香港三合会の大幹部。張 維新
バラライカと並ぶこの街の有名人にしてラグーン商会の大事なお得意様だ。
「上に立つやつが慌てふためいたら、下の連中は不安に感じるだろう。
虚勢を張るのも大事な仕事の内さ。
内心じゃあ狼狽しきりなんで、こうして昔馴染みに救いを求めに来たのさ」
テーブルの上に両足を乗せた旦那が、両手を拡げながらおどけたように宣う。
昔馴染み、ねえ。
旦那の向かい側に座ってた俺はチラリと、壁際に佇むゼロを見る。
俺と旦那、二人のほぼ中間の位置に立つゼロはいつもと微塵も変わらねえ。
腕組みしたまま目を閉じて軽く俯いてる。
旦那も別段気にはしてないみたいだが、俺の方は胃が痛いぜ。街の大物目の前にして、んな態度取られたらよ。
大体馴染みというなら俺よりコイツの方だろうに。
どう考えても本命はお前だろ。ゼロ。
旦那がわざわざ事務所じゃなくて、うちの船を会談場所に指定してくるなんてよっぽどの事だぜ。
おまけに護衛の連中は部屋の外に待機させられて、ここには俺達三人のみ。
ここまでして聞かなきゃいけねえ話かよ。
やれやれ、勘弁して欲しいぜ。
「それで?俺達に一体何をしろと。
悪いが、旦那の疲れを癒してやれるような新作のジョークは仕入れてないぜ」
「ソイツは残念だな。顔の広いお前さんならと思っていたんだが。
出来が良かったら今度の連絡会で、バラライカのやつに聞かせてやろうと企んでたんだが。
ふむ、宛が外れたな」
俺の軽口も軽く避けられちまう。
旦那は変わらず笑顔のままだが、此方はとてもそんな心境じゃねえぜ。
思わず旦那から目を逸らして、テーブルに視線を落とす。
今街はかなりヤベエ事態に陥ってる。最悪といっていいだろう。
もうポップコーンにゃあ火が通っちまってる。後はいつ爆発するかを待ってるってとこか。
しかも今回は中心にいるのがバラライカだ。あれが望めば"また"この街は戦場だ。
しかもあの頃とは違って、この街も随分注目を集めてる。
もし本当にそんな事態になっちまったら、冗談抜きでこの街は地図から消えちまうぞ。
旦那もだからこそ必死なんだろうが……
顔を上げて旦那の様子を確認するが、旨そうに煙草を吸いながら部屋の天井を見上げてふんぞり返ってる。
……向こうから切り出す気はないのか?
そんな余裕見せてるような状況じゃねえだろうに。
まあ、どんな時でも泰然自若を貫き通すってのは張の旦那らしいが、それでも……
「で、誰が殺られた?」
旦那が吐き出す紫煙と俺の溜め息で満たされた空気をかき混ぜる一言は、当然ながら壁際から発せられた。
俺は首を傾けて視線を横滑りさせる。
姿勢は変わらず壁に背中を預けたままだが、目は確りと開かれて旦那に向けられている。
「被害者が三合会からも出たんだろ。
身内に火の粉が飛んだんなら、それこそ俺達と話してる場合じゃない。
部下を総動員して街を駆けずり回ってみたらどうだ?
あんたも最近は運動不足なんじゃないか。たまには自分の足で道を踏めよ。どうせ車の床くらいしか踏んでないんだろ」
……たまに思うんだが、コイツに恐えもんは ねえのか。
バラライカ相手でも平気で皮肉を言うような奴だからな。
やべえ……背中に嫌な汗が流れ出したぜ。
「まあ、運動不足ってのは否定できん。
ボスだ、トップだと祭り上げられたところで要はただの管理職さ。
実際机の前に座ってる時間が殆どでな。
お前が羨ましいよ、ゼロ。自由に振る舞えるお前がな」
旦那はテーブルから足を降ろして座り直し、煙草を灰皿に押し付けた。
そのまま前傾姿勢を保った旦那は、両手の指を組み視線は灰皿に向けたまま俺達に尋ねてきた。
いや、俺達にではなくゼロに、か。
「二人、殺られた。で、お前が殺ったのか?」
旦那の視線はテーブルに向けらていた。俺の視線はゼロに向かっていた。
尋ねられた当の本人は旦那の横顔に視線を向けたままでいた。
俺達三人の視線は重なることなく、ただ沈黙の続く船内の空気を貫いていた………
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