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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#14 "qualification of hero or heroine"

 
前書き
自分自身の主人公でないものは決して自由ではない。


ー エピクテトス ー






 

 
Side レヴィ

ふん、言ってくれるじゃないか。

少し目を細めて軽く首を傾ける。
ロックの奴もビビってはいるんだろうけど視線だけは外そうとしない。
アイツとは違う真っ直ぐな瞳でアタシを見てる。
煙草も一本吸いきっちまったけど、新しいのを取り出そうとは思わなかった。
今はコイツの話を聞こう。そう決めて大人しく話の続きを待ってやった。

「最初会った時は頭のオカシイ女だと思った。すぐ怒鳴るし、拳銃なんて撃つし」

ロックが語り始める。静かに、でもハッキリとした綺麗な発音の英語で。
器用なもんだな日本人、お見事だよ。今更ながらにそんな事を思った。
ただ何となく、意味もなく、そう思った。

「特に銃を向けられた時は恐かったよ。本当に。日本に住んでたら、まずそんな目に遭うなんて考えられないからね。
そんなのは自分とは全く関係のない世界の出来事で、それこそ映画や漫画なんかと一緒なんだと、そう思ってた。
誰かが誰かに銃を向け、そして撃つ。撃たれた方は血を流して、当たりどころが悪ければ死んでしまう。
日本の何処かでも実際に起こってる事なんだろうけど、実感なんてまるでないよ。銃なんてものはさ」

ロックが視線を半瞬アタシの(わき)に遣る。コイツの位置からならホルスターに納まってるベレッタのグリップが見えてる事だろう。ゼロから借りたベレッタのな。
………さて、"コイツ"の出番はいつかな。

視線を戻し再度アタシのそれと絡ませつつ、ロックは話を続ける。

「だから恐かったよ、君達の事が。
正直言うと、今でも恐い。俺とは全く違う人生を歩んできた君達が。俺が見た事もない景色を見てきた君達が。理解できないような考え方をする君達が。
………人に銃を向ける事の出来る君達が恐い」

口許がわずかに歪む。細めた目が更に細まる。
やべえ、笑っちまいそうになったじゃねえか。
話の途中だが口を挟んで訂正してやろうか。ハッキリ言えば良いじゃねえか、人を殺せる人間は気持ち悪りいってな。

「そう思う一方で君達に憧れる自分もいたんだ。
レヴィは知ってるかな?
俺が生まれた日本って国は何故だかやたら漫画やアニメが人気でね。子供だけじゃなく、いい歳した大人達も夢中になってるんだ。
内容はまあ色々だけど、やっぱり主人公が敵を倒していくっていうのが人気なんだ。ハリウッドなんかでもよく描かれるやつさ。
主人公は強くて、格好良くて。仲間に足手まといの奴がいても、ソイツの分まで戦って、最後には勝つ。あとはお決まりのハッピーエンドさ」

ロックは小さく笑ったようだった。
ようだ、ってのは野郎の顔が強張ってるからだ。何とか笑おうとして失敗した、けど笑う事に失敗するのは分かってた。
ま、そんな感じか。ある種の諦めめいたもんをその生白い顔に浮かべながら、ロックは話し続ける。

「覚えてるよな?
俺が自分の会社に見捨てられた時の事。
皆は慰めも同情もしてくれなかった。当たり前だよな。あの時はそれどころじゃなかったんだ。
お荷物にしかならない日本人の事なんてどうでもいい。まず、 自分達の命の心配をしなきゃいけない。あの時はそういう状況だった。
結局俺の無茶苦茶な提案が上手くいって何とかなったわけだけど。

あの時思ったんだ。

俺は主人公にはなれないんだなって。

俺はみっともなく狼狽えてんのに、みんなは落ち着いててさ。
あの提案自体は俺が自分で考えたものだけど。 あれだってゼロが隣にいて、相手をしてくれたからなんだ。自分一人じゃとても思い付けなかったよ。
日本の漫画でもさ、そういうの良くあるんだよ。
普段駄目な奴がさ、偶々何かを思い付くんだ。そのアイディアを上手く利用してさ、敵を倒したりするんだよ。

………主人公がね。

こんな考えなんて君は笑うんだろうね。
生き死にが懸かってる場面で主人公も糞もあるかと。現実と漫画を混同するんじゃねえ、 馬鹿かテメエは。
これくらいの事は言われそうだよね。君達みたいに死ぬとか、戦うって事が絵空事じゃなくて、本当に身近にある人達からすれば、そうだろうね。
そんな事はガキの戯言だと。下らねえ愚痴だと、そう言うんだろうね。でもな、レヴィ」

……ロックの雰囲気が少し変わる。心なしか、視線が鋭くなったか。

良いね、悪くない。

アタシは細めた目を少し見開いて、奴の言葉の続きを待った。

「理想を語る事はそんなにいけない事か。
空の上の手の届かない場所に憧れる事は馬鹿のする事か。
毎日下ばかり向いてテメエの足の一歩が踏み出す先ばかり見て歩いていくのが、正しいってのか。
俺は確かに主人公なんかじゃない。なれるとも思わない。
仮にこの世界が物語だとしたら、俺は脇役もいいところだ。
お前にビビって、敵にビビって、仲間に助けられて。たまに意見してみたところで、撃たれたくないなら黙ってろ。そう言われて何も言えなくなるような情けない脇役さ」

ロックが首もとに手をやり、ネクタイを引き抜く。そのままネクタイを手に持ちながら、 アタシの方へ一歩近付く。

アタシは組んだままの腕を降ろし、くわえてたタバコを地面に吐き捨てる。
首をさっきまでとは反対方向に倒しながらロックの目を見る。視る。観る。

「けどな、この世界は物語なんかじゃない。俺は脇役なんかじゃない。
だから言いたい事を言わせてもらう。
俺は平和ボケした日本人? 銃を握った事もない?住んでる世界が違う?生きてきた環境が違う?
現実を知らない。苦労を知らない。死体に同情するな。金の価値を分かってない。アタシに意見するな。お前は黙ってろ。泣き言たわ言安い同情甘い理想ほざくな………

冗談じゃねえぞ。テメエが見てるもんだけが現実じゃねえんだ。テメエだけが辛い思いしてるわけじゃねえ。俺は言いたい事を言わせてもらう!もう我慢なんかしない!」

……未だだ。未だ"その時"じゃない。目の前で此方を睨みつけてくるロックの視線を受け止めながら、アタシはただ"その時"を待っていた。













Side ロック

全身が熱い。

喉の奥から何かが競り上がってくる。空いてる左手で喉元のボタンを引きちぎる。
大きく息を吸い込む。肺の中が熱い空気で満たされる。
この街の空気だ。
俺が自分で望んだ、俺が自分で残る事を選んだロアナプラ(この街)の空気だ。
俺はその熱い空気をぶつけるように吐き出す。腹の中で溜まりに溜まってたものと一緒に。

これから俺の人生がどうなるか知らないけど、間違いなく忘れられないであろう彼女に向けて。
俺の人生を決定的に変えてしまった彼女の目を見ながら。

「テメエは自分が正しいと思ってんだろ?
金を求めて、銃を振り回して、気に入らねえ事を言う奴がいたらご自慢の銃で黙らせる。 そういう生き方が正しいと思ってんだろ?
お可哀想な過去を生きてきた二挺拳銃(トゥーハンド)様の導き出した人生哲学ってやつか、それが?
金でもいい。銃でもいい。"力"だけが正義か?そんなに"力"がないと不安か?
他人(ひと)の考えを受け入れるのがそんなに怖いか?
自分と違う人間は常に馬鹿にしてないと、自分が馬鹿にされそうで怖いか?
何ビビってやがんだよ。ああ、海賊様よ。
ずっと言ってやりたかったんだよ。テメエはビビってんだよ。
俺に。ゼロに。自分が解んねえものに。自分を変えちまいそうなものに」

握った拳に汗が滲む。額から眉じりを通って汗が顎まで滴り落ちて行くのを感じる。
俺はそんなものに構わず一心にレヴィを睨み付ける。
ただ黙って話を聞いている彼女は何を考えているのか。頭の何処か冷静な部分でそんな思考も浮かんだが、俺の口は吐き出し続ける。熱い空気と、俺の思いを。

「テメエは言ったよな。
この世に神も愛もありゃしねえ。そんなもん生きてく上で糞ほどの役にも立ちゃしねえと。
おお、上等だよ。素晴らしい考え方だよ。
じゃあテメエはそうやって生きていけ。
地べたを這いずり回りながら、ドブにまみれて生きていけよ。いつだって誰かを羨ましがって、恨めしそうに何かを見上げながらな。
涎垂らして、腹空かせて、あれが欲しい、これが欲しい、ってよ。
いつまでも手の届かないものに憧れ続けろよ。
俺は御免だぜ。テメエみたいな生き方はな。
覚えてるよな?
俺は切り捨てられたんだ。日本のちっぽけな会社を守ろうとした糞上司にな。
悔しかったよ。どうしていいか分からなかったよ。
自分が何にも持ってない無力な奴なんだって事を思いしらされたよ。
だからお前らに会えて嬉しかったんだ。本当に嬉しかった。
それに、救われた。
俺はお前らに救われたんだよ。
命が助かったってだけじゃない。
俺みたいな奴の提案もちゃんと聞いてくれて、それが終われば仲間に誘ってくれた。
名前も貰った。命も貰った。居場所も貰った。
俺は未だ生きてていいんだって思えた。
何にも持ってないつもりだったけど。何もかも失くしたつもりだったけど、そうじゃないんだって。
何かが欲しいなら行動すりゃあいい。自分の足を動かして、手を使って、頭を働かせて、愚痴なんか言う前に、まずやってみりゃあ良いんだって。
他人がどうするかじゃねえ。自分がどうするかだ。
自分の人生なんだ。誰かに助けて貰おうなんて虫が良すぎる。それを教えてもらったんだよ、お前らに」

ヤバいくらいに身体中が熱い。脳味噌ん中にガンガン血が流れ込むのを感じる。喉がヒリつくように痛い。足がガクガク震え出す。背中に汗で濡れたシャツが張り付く。

今すぐ着てるものを全部脱ぎ捨てたい。

そんな衝動を感じながら俺は話を続けた。不気味な程に黙りこくって、汗一つかいていない彼女に向けて。俺の言葉が届いている事を信じながら。

「だから俺はお前に憧れた。
正直に言う。格好いいと思ったよ。到底自分じゃ敵わないって思ったよ。
絶対に自分じゃ届かないところにいるんだって。
物語の主役っていうのはこんな奴の事を 言うんだろうなって、そう思ったよ。
そう思ってたよ。
でも、何だよ?
お前の口から出るのって何だよ?
金の話か、愚痴か、脅しだけじゃねえかよ。
一方的にお前に憧れた俺が悪いのか?勝手に人を英雄視した俺が悪いのか?
また、せせら笑うのか。
そんなのは世間を知らねえ甘ちゃんの泣き言だって。
現実を見ようとしてねえ苦労知らずの日本人が語る与太話だって。
笑うなら笑えよ。殴りたきゃ殴れよ。
テメエはそうする事しか出来ねえんだ。そうしてなきゃ不安で不安で堪らねえんだ。
いつだって誰かを馬鹿にしてたいんだろ。自分よりコイツは弱いんだって思わねえとやっていけないんだろ。
そうやって少しでも自分が強いんだって。他人なんざ羨ましくないって思いたいんだろ。
格好悪いよ。お前、格好悪いよ!
テメエの方がよっぽどガキじゃねえか。俺はもう御免だ。ガキのお守りなんてやってられるか!
レヴィ、好きに生きろよ。好きに生きていけよ。お前の人生だ。お前の好きなようにやれよ。
地べた這いずりまわんのも、ドブにまみれんのも、高い空眺めんのも、何だってお前の好きなように………」

「んじゃ、そうするわ」

………見えなかった。

本当に見えなかった。

さっきまで確かに彼女はただ立っていただけだ。両手を脇に垂らして目を細めながら俺の話を聞いてたはずだ。それがいつの間に、

"いつの間に銃を抜いて俺の顔の真ん前に突き付けてるんだ?"

全身から急速に熱さが引いていく。
背中に張り付いたままのシャツからは氷のような冷たさが伝わってくる。
開いていた口を閉じる事も出来ない。何か言葉を発する事も出来ない。
俺はただ自分に向けられた黒々とした(あな)を見つめる事しか出来ないでいた。

「何か、言い遺す事は?」

孔の向こうから言葉が届く。

言い遺す事………

まだ、言ってない事………

彼女に言っておきたい事………

俺は………

俺は………

俺は………














Side ゼロ

やれやれ。まさか本当にやるとはな。

ロック。前から思っていたが、お前も大概ギャンブラーだな。
それもちょっとヤバいタイプのな。
自分の命を賭け(ベット)する勝負なんて、人生で一回もあれば充分だと思うがな。

俺もよく何考えているか分からん。不気味だ、などと言われるがお前も相当なものだよ、ロック。

まあ、俺がけしかけた部分もあるわけだし結末だけは見届けてやらんとな。
お前の『本気』のギャンブルの結末を。

ただ、レヴィの奴は気付いているのかな?
まあ、アイツもプロだ。気付いてはいるのだろうが、その上でああいう態度に出たんだろう。

だとしたら、いよいよ俺の出番はないな。
それに今回の舞台はどう考えても、あの二人が主役だろ。
脇役がしゃしゃり出るものでもないな。

大人しく舞台脇から見ているとしようか………











 
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