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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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空白期(無印~A's)
  第二十六話 承




「んっ……」

 閉じた目の上から当たる光のせいで沈んでいた意識が、浮かび上がってくる。おそらく窓から差し込んでくる朝日なのだろう。まだ、少しだけ眠たい頭を必死に動かしながら、瞼を開ける。僕の視界に広がったのは、いつも見慣れた木目の天井ではなく、ホテルかどこかで見られるような天井だった。

「あ、そっか……」

 それだけで、僕がこの部屋がいつもの自分の部屋ではなく、クロノさんたちから借りた部屋であることを思い出した。そもそも、最近の僕は、アリシアちゃんと一緒に寝る事が多く、和室で寝るものだから布団がほとんどだ。ベットで寝るなんて久しぶりである。

 さて、今は何時だろうか、と自分の携帯に手を伸ばそうとしたところで、手が動かないことに今更ながら気づいた。どうやら、まだ意識がはっきりとしていないようだ。あれ? と思う。まさか、金縛りにあったわけでもないだろう。そもそも、原因は分かっている。片手が動かないことはままあったからだ。原因は隣で寝ているはずのアリシアちゃんが抱きついてくるからだ。最初は驚いたものだが、僕も寝ている間のことだし、アリシアちゃんも寝ている間のことだ。朝起きたときが大変だが、それ以外には害がないので、気にしないことにしている。時々、母さんのほうにも転がっているようだし。

 しかしながら、両手が動かないことは初めてだった。

 右を見てみる。

 いつもは、ツインテールにしている髪の毛も、さすがに寝ているときは解いているのか、金髪が流れるようにベットの上に広がっていた。アリシアちゃんのまだ瞼が閉じられている寝顔をそのまま下に降りていくと僕とお揃いがいい、と紺色の柄違いのパジャマに包まれた肩を通って腕へと降りていく。その腕が絡めているのは、僕の右腕だ。まるで、関節技を極めるようにがっちりとホールドされている。何度か経験があるのだが、これがありえないぐらいに離れない。一度、アルフさんに先に見られたときは、苦笑と一緒に外してもらったこともある。アルフさんが言うには、アリシアちゃんは、戦闘訓練も受けた事があるので、その影響があるかも、と言っていた。プロレスなんかも見ていたこともあって、覚えたのだろう、と。

 右手の状況は確認できた。要するにありえない話ではないのだ。

 さて、一方、左を見てみる。

 そこには、見慣れない顔が広がっていた。アリシアちゃんよりも髪の毛が長いわけではないが、肩よりも少し長い程度に揃えられた髪の毛をいつもは結んでいるのだが、やはり寝ている時には解いているのだろう。アリシアちゃんと同様にベットに天使の輪が広がる栗色の髪の毛がベットに広がっている。その寝顔は何か楽しい夢でも見ているのだろうか、時々笑みが浮かんでいる。そんな彼女の寝顔を下に向けると、なのはちゃんが持ってきたであろう桃色のパジャマに包まれた身体が見え、さらに彼女の両手は僕の左手を包み込むように握られていた。おそらく、向こうの世界だったら、夏真っ只中であり、汗まみれになっていただろう。幸いにして、この部屋は空調が聞いているのか初夏のさわやかな気温ではあるが。

 ―――っ!! な、なんでっ!?

 状況をよく認めたくないのか、なぜか淡々と状況を確認してしまったが、ようやく動き出した頭は、一瞬にして困惑に陥った。どうして、となりになのはちゃんが寝ているのか? そもそも、ここは僕の家ではないのだが。落ち着いて考えなければならないのにいつもとは見慣れない体験というだけで人は、あっさりと混乱してしまう。

 ど、どうして、こんな事態になってるんだっけ、と混乱しながらも、何とか作り出した空白スペースで、寝る前に起きたであろう事情を記憶の海から掬い出した。昨日の夜の事実を少しずつ思い出し、思い出しながら後悔していた。どうして、あんなことを言ったんだ、と。

 もしも、僕が身体の大きさどおりの精神年齢だったならば何も問題はなかっただろう。単に友達と一緒に寝たいだけだから。三年生という年齢は微妙ではあるが、おおむねセーフであるはずだ。しかしながら、僕は二十歳の大学生だった記憶がある。精神年齢もそのくらいだと自負している。にも関わらず、女の子に「一緒に寝ようか?」なんて誘うなんて。いや、もう僕の体験を思い出すならば、今更なのかもしれないが。

 確かによくよく思い出せば、四月のアースラでも一緒に寝た記憶もあるが、それはなのはちゃんからの誘いで、あのときはとても断われるような空気ではなかった。だが、昨日はあのまま恭也さんと一緒に寝てもよかったはずだ。

 ぐぉぉぉ、と思わず、昨日自分が言った言葉にもだえながらも、五分程度で何とかその記憶を押さえ込むことに成功していた。後悔したところで、昨日の夜の言葉がなくなるわけではないのだ。時計の針は、戻ることは決してないのだから。それに言の葉というだけあって、口から離れてしまえば、言ってしまった事実はなくならない。

 よしっ、と心を落ち着け、思考もクリアになったところで、ふと思った。

 ―――どっちか起きてくれないかな?

 どうやら、僕の起床時間はもう少しだけ延びそうだった。



  ◇  ◇  ◇



 魔法世界二日目。

 この日は、母さん、アリシアちゃん、アルフさんとは別行動だ。彼女達は、アリシアちゃんと一緒に病院へ行くことになっている。別に彼女の具合が悪いわけではない。四月の事件のときにアリシアちゃんが記憶喪失になっていることについて調べたいらしい。アリシアちゃんは、僕と一緒に行きたがったが、生憎ながら、魔法世界滞在中は、病院と時空管理局での調書で埋まっているようだ。幸いなことに病院に泊り込むという事態はないようだが。魔法世界の病院関係についてはどうやらリンディさんが案内してくれるようだ。

 一方で、僕の今日の同伴者は、なのはちゃんと恭也さんだ。さらに、講義が行われる場所までの案内は、クロノさんが連れて行ってくれるらしい。昨日、軽く説明を聞いたのだが、どうやら大学のような場所で行われる説明会のようなものらしい。形としては、自動車学校の免許取得に近いようだ。日数から似たようなものを想像していたが、形は変わらなかったらしい。

 病院へ行くアリシアちゃんと軽く一悶着あった後、僕となのはちゃんと恭也さん、クロノさんは、クロノさんが用意してくれた僕らの世界で言うところのタクシーに乗って会場へと向かっていた。助手席にクロノさん、後部座席に恭也さん、僕、なのはちゃんの順番に乗って、タクシーは市街地を走る。こうやって、乗っているとあまり僕たちの世界とあまり変わらないような気がする。『発達した科学は魔法と変わらない』という言葉を聞いた事があるが、そのようなものなのだろうか。

 タクシーが市街地を走ること十分程度だろうか。目的地に着いたのか、タクシーは、キッという小さなブレーキ音を上げて停まった。入ったときとは、逆になのはちゃん、僕、クロノさんの順番で外に出ると、目の前に広がったのは純白の後者。聖祥大付属小と比較するのもおこがましいほどの広さを持った学び舎だった。

 そう、ちょうど僕が前世で通っていた大学ぐらいの広さはあるのではないだろうか。

「驚いたかい? ここは、ミッドチルダでも大きな大学でね。交通の便も良いから、こうやって管理局も魔法免許関連で使わせてもらってるんだ。実技にも問題ほどの広さのグラウンドと結界も整備されているしね」

 なるほど、大学だったのか。どうりで、広いわけだ。一つの学部に特化した工業大学ならともかく、総合大学というのはたいてい、キャンパスを二つか三つほど持っているほど広い大学もある。この大学は、その三つほどに分けるべき大学を一つにまとめているような感じなのだろう。

 何度も使わせてもらっているという言葉に偽りはないのだろう。クロノさんは、こっちだ、というと手馴れたように歩き出す。しかしながら、よくよく見てみれば、道案内のスタッフなのだろうか。『時空管理局』と書かれた腕章をつけた係員のような人物がある一定の距離に立っていた。僕は、大学という雰囲気が実に懐かしく、なのはちゃんは、物珍しそうに、そして、恭也さんは警戒だろうか、各々違った様子ではあるが、大学と呼ばれた構内をキョロキョロと見渡しながらクロノさんの後を着いていった。

 入り口から五分ほど歩くと行動の入り口が見える。そこでは、長いテーブルを出して、おそらく僕の世界であるならば、『受付』とでも書かれていそうな紙を垂らして、同じく『時空管理局』と書かれた腕章を持った女性が二人座っていた。

「あそこで、受付をするんだ。登録は、済んでるから、出身世界と名前だけで大丈夫なはずだ」

「分かりました。行こう、なのはちゃん」

「うんっ!」

 僕の想像は間違っていなかったらしく、彼女達は受付嬢のようだ。もしも、何か記入しないといけないなら、僕は魔法世界の文字はかけないぞ、と思っていたところだから、クロノさんが先に登録してくれててほっ、としていた。身なりは子どもでも、精神年齢は段違いなのだ。いくらなんでも出身世界と名前ぐらいは言える。

 隣で立っていたなのはちゃんに声をかけると、二人揃って僕たちは受付のお姉さんに近づく。

「あら、いらっしゃい。出身世界と名前を教えてもらえるかしら?」

「第九十七管理外世界出身の蔵元翔太です」

 僕が近づくと受付のお姉さんは、僕に気づき、僕が何か口を開くよりも早く先手を取られるような形で誘導された。受付嬢は二人いたため、僕となのはちゃんはそれぞれ別れて受付をしている。

 僕たちの世界なら、名簿か何かを取り出して、蛍光ペンなどでマークをつけるような場面で、さすが、魔法世界というべきだろうか。虚空に浮かんだコンソール上でパソコンでも操作するように受付のお姉さんの指が踊る。見慣れない文字も踊り、その結果、僕の顔写真が出てきて履歴書のように表示される。当然、文字が読めるはずもないが、書いてあるであろうことは大体想像できた。

「蔵元翔太くんね。はい、受付ができたわ。後三十分ぐらいで講義が始まるから、それまでに教室に入ってね」

 受付のお姉さんは、僕の首にネームタグのようなものが入ったカードケースを繋いだ紐を首にかけながら、丁寧に時間を教えてくれる。後、三十分もあるということは、思ったよりも早く着いたのだろうか。とりあえず、迷っても大丈夫な時間は確保されているようだった。

「それと、これが今日から使うテキストよ」

 そういって、受付のお姉さんが取り出したのは、A4サイズよりも少しだけ大きな手提げ袋だった。お姉さんからそれを受け取るとずしりとした重さを感じる。この感覚は毎日のように感じていたからよく分かった。つまり、教科書のような紙の本である。教本の類が入っているであろう事は容易に想像できた。

 しかし、はて? と疑問に思う。ここは、魔法の世界だ。文字通り世界が違う。僕たちの世界でも、海を隔てれば、下手すれば、山を一つ隔てれば、言葉も文化も違う。ならば、世界が違うこの世界は言わずとも文化がまったく違うはずである。幸いにして、言語はなぜか通じるが、文字が異なることは先ほどの受付嬢のモニターを見ればすぐに分かる。

 結局、僕が危惧していることは、果たして、僕にこの本が読めるのだろうか、ということである。管理外世界といわれるほど交流がなかった両方の世界だ。英和辞典のようなものはないだろう。ならば、貰ったところで読めないんじゃ意味がないよな、と思いながらも、どんなものなのだろうか? と思いながら、手提げ袋の中から予想通り入っていた教本の一冊を取り出して、ぺらぺらと捲った。

「あれ?」

 パラパラと捲っただけだが、それでも、思わず声を出してしまうほどの違和感を覚えた。捲りながらところどころ垣間見える文字を僕が読む事ができたのだ。おかしいな、と思って手を止めて、開いてみれば、そこに書かれていたのは、ポップなイラストでプラカードを持った少女と説明のために書かれた日本語だった。

「どうしたの? ボク?」

「いえ、文字が……」

 僕が声を上げて驚いていたことに気づいたのだろう。わざわざ、椅子に座っていた受付のお姉さんが僕に近づいて、様子を伺ってくれた。僕は、受付のお姉さんに手に持っていた本を見せながら、文字が僕たちの世界のものであることを伝えようと思ったのが、全部を言い終わる前に受付のお姉さんは合点が言ったのだろう、ああ、と気づいたように声を上げた。

「教本なんだから、読めなかったら意味ないでしょう? それに、ボクたちの第九十七管理外世界の出身者もミットチルダにもいるから、その本も作れるのよ」

「え? 僕たち以外にもいるんですか?」

 予想外だった。僕はてっきり僕たちが最初の来訪者だと思っていたからだ。

「いるわよ。君は、クロノ執務官の紹介なんでしょう? なら、クロノ執務官の親しい上官のグレアム提督が君達と同じ世界の出身だったわよ」

 受付のお姉さんが教えてくれた僕たちの世界の出身者の正体に驚いた。まさか、こんなところで接点があるなんて思わなかったからだ。

 とりあえず、教本が日本語である理由は納得でき、受付のお姉さんにありがとうございました、と頭を下げた後、隣の受付のお姉さんで受付をして、同じく教本を受け取ったなのはちゃんと合流すると、僕たちはクロノさんが待っているであろう場所へと戻ることにした。

「やあ、受付は終わったかい?」

「はい、無事に」

 僕は、その証拠といわんばかりに貰ったばかりの教本が入った手提げ袋を見せた。僕の様子をちらちらと見ていたなのはちゃんも同様にクロノさんに手提げ袋を見せていた。今気づいたが、手提げ袋の色が、僕は青なのになのはちゃんは赤だ。男の子用、女の子用ということだろうか。

「それにしても、驚きましたよ。まさか、クロノさんのお師匠さんが僕たちの世界の出身だったなんて」

「おや、誰かに聞いたのかい?」

「ええ、あそこのお姉さんが教えてくれました」

 クロノさんが、意外そうな顔をしたので、僕は親切にも教えてくれた受付のお姉さんを差す。クロノさんは、ちらっ、と視線を少しだけ受付の方に移すと肩をすくめて、やれやれといった様子だった。

「別に隠すつもりはなかったんだ。ただ、言う機会もなくてね」

「いえ、別に責めているわけではないんです。ただ、教本が日本語で、驚いただけですから」

 そこで、初めてクロノさんが、合点がいった、というような表情をした。

「そういえば、そうだね。君達がミッドチルダ語を読めるわけないな。ただ、君達の言語があるのは、僕の師匠のおかげじゃないよ。そもそも、君達の世界―――第九十七管理外世界っていうのは、僕たちの世界に来る人も多くてね。子孫の人も結構いるんだ」

 クロノさんの口から語られた事実は意外なことだった。どうやら、僕たちが最初というのは自惚れだったらしい。意外にもたくさんの人がこの世界に来ている事がわかった。しかも、話をよく聞くとクロノさんのお師匠さんは、イギリス人らしい。確かに、クロノさんのお師匠さんだけでは、日本語の教本は作れないだろう。

 さて、そんなことを話していると時間はあっという間に過ぎて、残り十五分というところになった。そこで、僕たちは、教室の前まで移動する。少し早いような気もしたが、遅れるよりもましだからだ。

「それじゃ、僕たちは、大学のカフェテリアで待っているから、終わったら来るといい」

 一日の構成は、二部構成だ。午前中は、教本を使った授業で、後半は、魔法の実技らしい。その間には、お昼ご飯の時間もある。クロノさんは、カフェテリアといったが、どちらかというと、大学の学食だろう、と僕は思っている。

「はい、分かりました」

 この場所は初めてだが、幸いにして教本が入っていた手提げ袋の中には、大学構内の地図も同封されており、それを見れば、クロノさんが言っているカフェテリアも分かる。

 それじゃ、と後で会う約束を交わした後、恭也さんになのはちゃんのことも任されて、カフェテリアへ向かったクロノさんと恭也さんを見送って、僕たちは教室へ入っていった。

 ガラガラと魔法世界という割には、僕たちの世界とあまり変わらないドアを開けて教室に入った瞬間、僕が思ったことは、懐かしいという感覚だった。懐かしく思ったのは、僕が通っていた大学のような教室のつくりをしていたからだ。一番人数が入る教室は、少しだけ斜めになっており、後ろの席の人も黒板が見えるようになっている。もっとも、この教室はホワイトボードのようなものだったが。

「えっと、どこに座ろうか?」

「ショウくんが好きなところでいいよ」

 教室を見渡してみると、満員というほど人がいるわけではない。それに連れは、僕となのはちゃんの二人だ。これが、ある一定のグループだとすると席を取るのは非常に苦労するものだが、今日はそういう心配はなさそうだ。二人なら、何所でも座れる。

 さて、ここで、どこに座るかで、ある程度の性格が分かる。前の方に座る人は、積極性があるか、あるいは、教授に顔を覚えてもらい、下駄を履かせてもらおうという下心のある人間。後ろの方に座る人は、目立ちたくない人間か、あるいは、後ろめたいことをする人だ。真ん中の方に座る人は、その両者でもなく、適当という言葉が当てはまるだろう。

 ちなみに、僕は、前のほうに座る事が多かった。一番前ではないが。

 今回も前世の習慣に習って、とりあえず前のほうの席に座った。聖祥大付属小の小学校の机とは異なり、椅子を引く形ではなく、映画館のように椅子が折りたたまれているタイプだ。しかも、普段はもっと身長がある人が使うために設置されているのか、僕たちからしてみれば、サイズが合っていないため、足をぶらぶらさせるような形になってしまった。

 もっとも、よくよく周囲を見渡してみれば、僕たちと同じような年齢の子どもも数多くいることが分かった。むしろ、中学生のような年齢の子どもはいないといってもいい。やはり、魔法世界というだけあって、こういう魔法講習は、子どものうちから受けるのだろうか。

 僕もなのはちゃんも慣れない場所で緊張しながら待っていると、やがて、前方に設置してあったドアから一人の壮年の男性が出てきた。彼は、ツカツカとこちらに目をくれることもなく、中央に設置している教壇までくると、ようやく僕たちのほうに目を向けた。その瞬間に、気心しれた仲間と話していた面々が一斉にお喋りをやめる。同世代とは思えない反応だが、これが魔法世界では普通なのだろうか。

 そんな疑問を余所に、にこやかな笑みを浮かべたまま教師と思われる男性が口を開く。

「さて、皆さん、おはようございます。今日から君達に魔法講義初級を教えることになる時空管理局のイスガ・ヤマモトと言います。まあ、挨拶はこんなところでいいでしょう。魔法は確かに便利ですが、その使い方を誤ると大変なことになってしまいます。道具と同じですね。だから、一緒に勉強していくとしましょう。それでは、配られた教本の―――」

 実に簡単な彼の事項紹介の後、早速、授業が始まってしまった。早いなあ、とは思ったが、日程的に10日もあると考えていたが、実は、彼らからしてみたら10日しかない、と思っているならこの早さも納得できる。僕としては、だらだらと長い雑談をされるよりもすっぱりと入ってもらったほうが好意を感じる。

 そんなことを考えながら、僕は慌てて、一緒に持ってきていた鞄から筆箱とノートを取り出したのだった。

 授業を受ける上で、問題となったのは、ホワイトボードに時折、教本の追記事項として書いてくれるのだが、その文字がミッドチルダ語で、読めないということだ。仕方ないので、教官が言ったことと当たりをつけて書き込むことにした。幸いにして教官としての質は当たりだったのか、ホワイトボードの注釈を指しながら言ってくれるため、特に問題はなかった。

 教本どおり進められる授業の内容は、交通ルールというような安全教習のようなものではなく、魔法の歴史という部分まで含んだ小学生ぐらいの年代には少し難しいんじゃないだろうか、というような内容を含んだものだった。

 かいつまんで話せば、時空管理局設立までの歴史が軽く語られていた。

 なんでも、ミッドチルダを含んだ魔法世界は、もともと魔法のみを原動力として社会ではなかった。むしろ、僕たちのような社会だろうか。しかし、状況は僕たちの世界よりもかなり悪いといえる。なぜなら、僕たちの世界では伝家の宝刀である破壊兵器が使われるような戦争が勃発していたからだ。長年続いた戦争に終止符を打ったのが、時空管理局の前身である組織だった。そして、彼らは、誰もが簡単に次元世界の平和を脅かす事ができる質量兵器を禁止した、というわけらしい。

 その代わりにエネルギーとして使われたのが、魔法というわけだ。少なくとも魔法には核兵器のように一人で大量に人を殺せるような力もないし、非殺傷設定で、殺さないようにすることも可能で、おまけに公害がないクリーンなエネルギーとして使われるようになった。そう教官は締める。

 その説明を聞きながら、なるほど、と思う一方で、魔法世界の脆弱性にもなんとなく気づいた。質量兵器―――要するに、科学というべきだろうか、それらには、確かに誰でも使えるという利点がある。しかしながら、魔法は、個人の才能に左右される。たとえば、僕は魔力ランクAをもっているが、なのはちゃんは魔力ランクSだ。階級がある、しかも、世界の原動力となるエネルギーで、だ。そこには、どうしても格差が生まれるのではないだろうか、と僕は懸念する。

 もっとも、簡単に話を聞いただけで、僕が感じたことであり、世界は平穏に動いているだけに、実情は違うのかもしれないが。

 さて、授業はそんな調子で続いていく。軽い魔法の歴史が終わった後は、魔法を使うときの注意事項だ。こちらは、どちらかというと、小学校の自転車講習に近いかもしれない。

 街中で勝手に魔法を使ってはいけない。殺傷設定の魔法は使ってはいけない。高い技術力が必要な魔法を使うときは、魔法が使える大人の人に見てもらう、などだ。後は、細かいルールのようなものが説明されていた。教本にもポップな絵と一緒に載っており、プラカードを持った可愛らしいキャラクターがダメだよ、と言っている。

 そんな授業がお昼前まで続いただろうか。教本で言うところの第一章が終わったところで、教官がぱたりと教本を閉じた。

 これで、終わりかな? と思ったのだが、それにしては、多少時間が余っている。お昼までは、まだ時間があるからだ。どうするんだろうか、と疑問に思っているところで、教官がおもむろに口を開いた。

「え~、それでは、少し早いですが、午後の実技のために皆さんの魔力を計っておこうと思います」

 ヤマモト教官が、そういった瞬間、周りが一気にざわついた。身体測定のようなものだろう。自分の身長が、体重がどうなっているのか、自分の体のことで気にならないわけがない。それは、教官も分かっているのか、ざわついている教室に何も言わずに、どこかに連絡するような素振りを見せていた。

 教官がどこかに連絡を取ってガラガラと入ってきたのは、三人の女性だった。彼女達は、それぞれが、台車のようなもので、何かの機械を持ってきていた。肺活量を測る機械に似ていた。

「それじゃ、機械の前に並んでください。係りの人に自分の名前も伝えてくださいね」

 教官がそういうと、前の方に座っていた数十人が一斉に動き始めた。別に早く行ったからといって特典があるわけではないのだが。それでも早く知りたいというのは人情なのかもしれない。そして、こういうとき、得てしてパターンは三つに分かれる。一つは、最初の人たちのように我先に行く人。二つは、ある程度並んだ後に待つことをいとわず並ぶ人。そして、最後が、ある程度、人数が消化されるまで待つ人だ。

「ねえ、ショウくん、どうするの?」

「う~ん、待っておこうか。後からでも問題ないみたいだし」

 概算だが、おそらく百人程度しかいないだろう。それを考えると少し待っていれば、すぐに人数は消化されそうな気がする。僕がそういうと、なのはちゃんは、うん、と頷いていた。

 測定自体は、すぐに終わるのだろうか。案外、次々と測定を終わらせていた。周りでは、友人なのだろうか、どうだった? という問いがたくさん生まれていた。少し拾った限りでは、ランクはEランクからAランク程度まで幅広い。しかし、それでもよく聞かれるのは、DやCだった。

 それを考えれば、僕のランクAというのは、結構すごいのではないだろうか。平均より少し上というぐらいだが。もしも、僕ですごいということになれば、なのはちゃんは一体どうなるんだ? という感じである。

 そんなことを考えていると、大体待っている人数が減ってきたので、僕たちも計測をするために並んだ。僕の後ろになのはちゃんという形だ。さして、待つこともなく僕の順番が訪れる。

「はい、お名前は?」

「蔵元翔太です」

 名前を告げると、機械の受付のお姉さんがコンソールのようなものを軽く叩き、機械に何かを入力していた。それが何かは分からないが、準備が整ったのだろう。肺活量を測るための空気を入れるような場所の代わりに水晶球のようなものの上に手を置くように言われた。指示に従い、水晶球に手を置く。水晶球は、その形に違わず、僕にひんやりとした感触を与えてくれる。

「え~っと……あら、君、すごいわね。魔力ランクAね」

 珍しいものを見つけた、といわんばかりに顔を輝かせるお姉さんだが、僕にはあまり実感がなかった。一体、どれだけが平均か分からない上に、僕の後ろには、さらに魔力ランクが高いなのはちゃんがいるのだから。だから、僕はいまいち、実感を得ることなく、ありがとうございます、とお礼だけを言って、測定の列から離れた。

 しかし、そのまま席に戻ることなく、なのはちゃんの測定が終わるのを待つことにした。結果は分かっているが、一緒に来た友達なのだ。待たないというのは友達甲斐がないだろう。機械を処理していたお姉さんもそこら辺には目を瞑ってくれているのか、特に何か言われることもなかった。

 そして、僕と同じような手順を踏んで、なのはちゃんの魔力が測定される。測定されるまでの時間はほぼ一瞬だ。だから、すぐにでも結果が出て、なのはちゃんに告げられてもおかしくない。しかし、そうはならなかった。おそらく、彼女の目下に置かれたモニターに結果がでるのだろうが、彼女は、そこに信じられないものを見たような表情をしていたからだ。

「ご、ごめんなさい。もう一度いいかしら?」

 固まったままの受付のお姉さんだったが、どうやら、計測ミスがあったらしい。最初と同じようにコンソールを操作し、ついでに、何か追加の操作を行ったあと、改めてなのはちゃんに水晶球の上に手を置くように告げた。なのはちゃんは、特に不満を持つこともなく、お姉さんに従っていた。

 再び測定されるなのはちゃんの魔力。しかし、やはりお姉さんは、信じられないものを見るような表情をしていた。

 ここまで、くれば先ほどのやり直しが計測ミスでないことは分かった。おそらく、なのはちゃんの魔力が信じられないだろう。僕の魔力で、すごい、と言っていた。ならば、それ以上であるなのはちゃんは、一体どうなるのだ、と。しかも、聞き耳を立てていた限りによれば、魔力ランクSなんて聞いたことがない。つまり、相当レアなのだろう。

「ちょ、ちょっと待ってね」

 それだけ言うと、彼女は、横で同じように別の子を相手にしていたお姉さんを呼ぶ。そして、呼ばれた彼女は、自分も忙しいのに呼ばれたことに不満げな表情をしながら、同じようになのはちゃんの魔力が表示されているであろう計測器の結果を見て、愕然としていた。

「……故障じゃないの?」

「ないわよ。セルフチェックかけて異常なしよ。これ二回目だし」

「それじゃ、次はこっちでやってみましょう」

 そういいながら、なのはちゃんは隣の機械で再度計測を行うように言われる。さすがに三回目ともなるとなのはちゃんも少しだけ不満そうだったが、それでも、隣の機械で待っていた子を差し置いて、機械に手を置く。二人のお姉さんが見守る中、測定が行われる。

 だが、やはり結果は同じだったのだろう。三度の目の正直というべきか、あるいは、彼女達はもはや心の中では、そうではないか、と疑惑を持っていたのだろう。だからこそ、驚いたような、やっぱり、というような微妙な表情をしていた。ここに来て、教官もお姉さん達の不審な行動に気づいたようで、どうしたんだ? と近づいてくる。

 そして、お姉さん達と同じように計測器に表示された結果を見て、驚いたような表情をし、なのはちゃんと計測器の結果を見比べていた。

 教室の目の前で、しかも、時空管理局の大人が三人も固まっていれば、何かあったのではないか、と勘ぐるのは容易だ。教室中の注目がなのはちゃんに集まっているのが分かった。しかも、最後まで一人、淡々と仕事を続けていたお姉さんも、全員の測定が終わったのか、興味深げに三人に近づいてきていた。彼女もまた、今までと同様に計測の結果を見て、口を押さえて驚きを表していた。

「ねえ、まだなの?」

 いい加減、待たされるのにも飽きたのだろう。少しだけ、怒気を含んだような声で、静かになのはちゃんが、大人四人に向けて問う。不意を突かれたなのはちゃんの言葉に一瞬、ギクッ、と肩を震わせる大人たちだったが、やがて、顔を見合わせると観念したような表情をして、教官がゆっくりとなのはちゃんの魔力ランクを告げる。

「高町なのはさん、君の魔力ランクは、Sプラスだ」

 その声が、発せられた瞬間、教室全体が一気にざわついた。誰も彼もが、「Sプラス?」「誰が?」「あの子らしいぜ」「なんだよ、それっ!?」と、信じられないといったような声を上げている。

 その中で、ついていけないのは、僕となのはちゃんだけだ。すごいとは思っていたが、そこまですごいものだったのだろうか。もしかしたら、認識のずれがあったのかもしれない。僕はちょっとだけ感じていたが、なのはちゃんは、周りがざわつく理由がよく分からないのか、まるで不思議なものを見るようにきょとんとしていた。

 参ったな、認識のずれが、ここまでとは僕も想像していなかった。

 もしも、認識のずれがなければ、なんらかの手があったかもしれないが、もはや後の祭りだ。

 午後の実技は荒れなければいいんだけどな、と僕は一人、胸の中に生まれた一抹の不安を感じるのだった。



 
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