髑髏天使
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第四話 改造その三
「ちょっと怖い言葉になってるわよ」
かなり音域の高い声だった。しかも澄んだ透明感のある声で女の子の声としては実に奇麗だ。鳴き村はこの小柄で声のいい女の子を見てまずは警戒したものを消すのだった。
「奥谷さんか」
「そうよ。講義に出るのよね」
「ああ」
彼女に対しても無愛想に答える。
「今からな」
「あれでしょ。文学散歩よね」
「あまり出たくはないがな」
何故か講義名をこの奥谷という少女から言われて暗い顔になるのだった。
「あの講義は」
「どうしてなの?」
「坂口安吾だからだ」
声が憮然としたものになっていた。
「だから。あれは」
「嫌なの」
「ああ。坂口安吾は嫌いだ」
今度ははっきりと言い切った牧村だった。
「あの生き方も主張もな」
「作品の傾向は?」
「それも好きじゃない」
これについても否定した言葉を述べる牧村である。
「ああした無頼派はな。好きになれない」
「そうなの。無頼派自体が嫌いなの」
「太宰にしろな」
坂口安吾は所謂新戯作派、またの名を無頼派と称される作家の中に分類される。ここにはあの太宰治もいる。この無頼派の特徴としては破滅的な作風と作者自身の生き方にある。坂口安吾はその中でもとりわけそうした傾向が強い作家であるのだ。
「嫌いだな」
「けれど織田作之助は読んでなかった?」
同じ無頼派に入る作家だ。
「確か」
「その中ではあの作家だけ例外だな」
牧村の返答はこうであった。
「あの作家の作品は好きだ」
「そうなの」
「去年は織田作之助を扱っていたと聞いて受けたが」
牧村の顔がここでさらに曇る。
「しかし。それで」
「出て来たのが坂口安吾だったのね」
「よりによってな。全く」
またしても憮然として述べるのだった。
「あの作家が一番嫌いだ」
「それでも講義は出るのね」
「一度取った講義の単位は取っておく」
しかしこう言葉を返すのだった。
「そうしないと何時単位を取れるかわからないからな」
「そうしたところは真面目なのね」
「真面目というかな。捨てるのが嫌いなだけだ」
この場合は単位を取らないという意味だ。彼はこう言い替えているのだ。
「ただな」
「まあ私は坂口安吾は嫌いじゃないけれど」
女の子は牧村の話を聞きながら彼の横に来た。そのうえで持っている黒い鞄からノートを出してきた。そこには奥谷若奈と書かれている。
「別にね」
「いいのか」
「確かにああした生き方は好きじゃないわ」
これについては彼女も同じであった。
「いい加減っていうか自分勝手じゃない」
「しかもあまりにもな」
牧村はこうも答える。
「だから嫌いだ。あの作家は」
「今の講義のテキストは堕落論とかだしね」
坂口安吾の代表作の一つだ。人は必ず堕落するものだと主張する如何にも無頼派といった趣きの作品である。
「ひょっとしてそれが一番?」
「ああ、あの作家の作品の中で一番嫌いだ」
牧村の返答はこの通りだった。
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