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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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chapter 03 : fighting
  #12 "are you serious?"

Side レヴィ

「ああ、全くあのクソ女はよ!
いつ会っても腹立つ奴だぜ。ヨランダの婆あもちゃんと教育しとけよな。教会で糞詰まんねえ祈りなんぞ捧げてる暇があんならもっとやる事あんだろうがよ!」

車の後部座席で両手を拡げてシートに乗せながら窓の外に向かって吐き捨てる。
結局アタシはヨランダの婆あとは話もしなかった。糞シスターの相手させられただけだ。
仕事はゼロが上手くまとめたそうだ。頼んでた武器も新品揃いで無事届くとか。
あの婆さんも仕事自体はキッチリやったらしい。それは良いんだけどよお。新しい銃が使えるのは楽しみだけど、何度思い返してもあのクソ………

「レヴィ。仕事は一段落したんだが、この後はどうする?
特に予定がないのならじいさんのところへ寄ろうかと思うんだが」

アタシが心の中でシスター・エダ(アバズレ)に悪態をつき続けていると、(多少声に出してた気もする。まあ、どうでもいいけどな)前からゼロが話し掛けてくる。
じいさん、ねえ。寄るのかよ、あそこに。

「え、じいさんって?」

アタシが渋い表情(かお)してると、助手席のロックが横を向いて訊ねた。ああ、コイツは知らねえか。

「俺達の銃の面倒を見てもらってるじいさんがいるんだよ。俺のパイソンもレヴィのカトラスも、そのじいさんからの貰いものでな。特にレヴィの使ってる銃は特別だぜ。じいさん自慢の一点物だからな」

ロックの奴は分かってんのか、分かってねえのか知らねえが、呑気に相槌打ってやがる。
う~ん、じいさんなあ………確かに世話にはなってんだけど。
アタシは眉をしかめたまま、ホルスターの上からカトラスを軽く触る。
あのじいさん、会う度に小言言いやがるんだよなあ。やれ、もっと大切に扱え。やれ、もっと頻繁にメンテに持って来い。やれ、ゼロを見習え………
こっちも世話になってる分、文句言い辛れえしなあ。

「前に例のルガーを持って行った時にお前の話をされてな。全然メンテに行ってないんだって?
代わりに俺がぶちぶち言われたよ。まあ、じいさんが言うのも正しいぜ。
お前もプロなんだし、道具のメンテにも気を遣うべきだろ。ここぞって場面で弾詰まりでも起こしてみろよ。
二挺拳銃(トゥーハンド)の名が泣くぜ?第一そんなことになったら、エダあたりに何言われるか分からんぞ」

ぐうっ………
喉の奥から変な唸り声が漏れる。思い切り口許を歪めながら頼もしい相棒の後頭部を睨みつけてやる。
一番言われたくない名前出しやがって。あの万年発情女に笑われるなんて、死んでも勘弁だしな。たまには顔出すしかねえかな。

「そんなに嫌か?じいさんと顔合わすのが。
どうしてもって言うなら、俺にカトラスだけ預けるか?
代わりに持って行ってやってもいいぞ。次会う時に説教の時間が長くなるだろうけどな。 どうする?俺はどっちでも良いぞ」

「代わりに、か………」

指の腹で顎を撫でながらゼロの提案を検討してみる。
じいさんと顔会わさずに済むなら、それに越した事たあ無えよなあ。
銃のメンテつっても、どうしてもじいさんに伝えたいほど気になる点があるわけじゃねえし。二、三点ゼロに伝えておいて、それをそのまま言ってもらってもいいか。
次会う時に説教が長くなる、つったってあのじいさんの話が長えのはいつもの事だしな。
適当に聞き流しゃあ、いいよなあ。そう考えるとこれって良いアイディアじゃねえか。 後、問題があるとすれば………

「今、予備の銃(バックアップ)が無えんだよ。丸腰で歩くってわけにもなあ」

丸腰の二挺拳銃(トゥーハンド)なんて、それこそ笑われちまうぜ。いや、その前に襲われるかもな。まあ、退屈しのぎにはなるかな………

「ああ、それなら問題はない。俺の予備の銃《バックアップ》を貸すよ。ノーマルのベレッタで良かったらな」

コイツ………なんか準備良すぎねえか?何か企んでやがんのか。眉間に皺寄せながら野郎の言葉の裏を探る。

「………そりゃあ、ありがてえ話だな。何だか気い遣わせて悪りいな。ま、"いつも"の事だけどよ」

「気にするな」

………駄目だ。完全に何か企んでやがる。少し頭痛を感じて手のひらで額を押さえる。
アタシが"いつも"にアクセントを置いたのには気付いた筈だ。それは間違いねえ。
当然何を言いたいのかも分かったはずだ。の、割りにはやけに返答が短い。
今だってアタシの様子には気付いてるだろうに声も掛けてきやがらねえ。

「折角のご提案だ。カトラスは預けるよ。じいさんによろしく言っといてくれ」

しばらくしてからアタシは顔を起こして手を額から外し、前に座る相棒に告げる。
コイツが何か企んでのはいつもの事だ。気にしても始まらねえ。
それにまあ、別にアタシに不利益になるような事たあ、しねえだろ。それくらいは信用してやってもいい。こんな奴でも"相棒"だからな。

シートに背中を預け、懐からタバコを取り出し一本くわえる。

ま、なるようになるか。

こういうのを何かを悟るって言うんだっけ………
窓から外を眺めがらぼんやりと、そんな事をアタシは考えていた。
















Side ゼロ

「昔、ある人に言われた事がある。
"いつか"なんて日は永遠に来ないそうだ。だから、いつかやる。その時が来たらやる。今はまだその時じゃない。なんて言葉はただの逃げだそうだ。
ましてこの街じゃあ、明日なんて日が来るかどうかは神とやらの気紛れ次第だ。
忘れるな。この街はそういう場所(ところ)だ。
それは別にお前に限った事じゃない。ここにいる全ての人間に当てはまるんだ。
俺も、レヴィも、ダッチも、ベニーも、明日また会えるなんて保証はない。
今日お前が会ったローワンはどうだろう? 酔った客に撃ち殺されるかもな。
バラライカのような女なら無事だと思うか? 確かにアイツはマフィアの大幹部で、優秀な部下に囲まれてる。個人としても一流の戦闘者さ。この街で最も恐れられてる人間の一人 だろうな。間違いなく。

で?

だから?

バラライカは平々凡々と安穏とした日常を送ってると思うか。今日出くわしたような詰まらん仕事で、無為に過ごしてると思うか。
生命(いのち)の危険も何も感じる事なく毎日高いびきで寝てると思うか。
まあ、バラライカの場合は自分からこの街を戦場に変えかねんがな。
本当にそうなったらお前はどうする?
その時はこの街全てが巻き込まれる。"あの時"のようにな。傍観者でいる事なんて不可能さ。
"戦場"に観覧席なんて存在しない。お前が"本気"でこの街の住人になるつもりなら、そういう事も覚えておけ。
戦場じゃ生き残るのに必要なものは運だけだ。自分の運と相手の運。天秤の秤がほんの少し傾いた方が生き残る。そういうものだ。
そんな知識なんて必要ないと思うか?そうだったらいいな。せいぜい祈っておけ。お前の信じる何か、にな。そうするのはお前の自由だ。
何ならまたヨランダにでも泣きつけ。あんな処でも教会は教会だ。弱った人間がすがりつくには相応しい場所だろう。俺は今更あそこには戻りたくはないがね。

ん?

ああ、昔少し世話になった事があるのさ。当時は違う仕事にも就いてたな。神の愛ではなく人の愛を説く、そんな仕事だよ。
あの婆さんは当時から若い奴の面倒見は良かったんだよ。仕事柄ってのもあったんだろうけどな。
お前をあそこに連れて行ったのも、ヨランダなら上手くお前の話を引き出してくれるんじゃないかと思ってな。

ロック。

決断するなら今だぜ。言ったろう? "いつか"なんて日は永遠に来ない。
明日の朝日を無事拝めるなんて、無邪気な事を考えるな。気付いた時には脳天撃ち抜かれて、其処らの道端で転がってる。なんて笑うに笑えないぜ。
特にお前はな。
自分で気付いているかどうか知らんが、危なかっしいところがある。どこかギャンブル好きというかな。自分の命を賭け(ベット)するなんて一生に一度やりゃ充分だぜ。
命は大事にしろよ。お前に言われたくないって?俺とお前は違うんだよ。
いいか、これだけは忘れるな。
お前はどこまでいっても俺達とは違う人間なんだ。一線は踏み越えるな。
理解しろ。
把握しろ。
自重しろ。
躊躇しろ。
考えろ。本当に自分はここに居てもいいのか、と。
俺はお前を追い出す気はない。お前がこの街に残るというなら、お前が俺達と共に来るというなら、俺はお前を守ってやる。全力でな。
何の保証も安心も与えてやれんが、それで良ければだがな。
これから俺はしばらく離れる。お前とレヴィの二人だけだ。その方が色々話し易いだろう?
話せよ、アイツと。
勿論どうするかはお前の自由だ。お前が決めろ。
それじゃあな、俺は行くよ。
お前がここに残るんなら、また一緒に飲もうぜ。頑張れよ、ロック」
















Side ロック

ゼロは言いたい事を言いたいだけ言って去って行った。
銃のメンテナンスをしてくれるという人のところだろうか。
しかし彼、というかアイツはどこまで他人(ひと)の頭の中が分かるんだろうな。
俺が悩んでいる事くらいは簡単に分かるのかもしれないけど………
単純なんだろうなあ、俺。
声を掛けてくるタイミングもそうだけど、その内容もまあ良いとこついてくるよ、本当に。

一つ溜め息をつき、助手席のシートにもたれ掛かる。レヴィも、もう戻ってくるだろう。 今車の中に残ってるのは俺一人だけ、か。

ゼロは銃工房へ行ってしまい、レヴィも知り合いに挨拶してくると出掛けてしまっている。その隙を縫うようにゼロが長い話を聞かせてくれたわけなんだけど………

停まったままの車の窓から街を眺める。
ロアナプラ、海賊達の天国か。海賊達だけの天国ってわけでもないんだろうけどね。
この辺りがどういう処かは知らないけれど、街を歩く人達は皆全く普通の人にしか見えない。
実際この街で暮らして暫く経つわけだけど、所謂"影"の部分ってやつはこの街のほんの一部分でしかない。
大半の人達は別に銃を振り回すわけでもなく、当たり前に日々の生活を営んでいる。 今、目の前を通ったオート三輪のおじさんは何をしている人だろう?
向こうの通りを歩いているおばさんは買い物の帰りかな。腕に抱えている袋から覗いているのは、果物か何かかな。鮮やかな黄色の丸いものが見えている。
みんな別に怯えているわけでもなく、何かを諦めている風でもない。当たり前に生きて、当たり前に道を歩き、当たり前に店で物を買って、当たり前に隣人と話をする。

レヴィは以前この街を墓場と評した。ここはゾンビと死神が踊る死者の街だそうだ。
どいつもコイツも臭い立つ糞どもで、時折鼻を削ぎ落としたくなるとも言ってたかな。
最近はそうでもないけど本当に苛ついてるよな、いつも。

頭の後ろで両手を組んで車の天井を見上げる。

レヴィ、ゼロ、ダッチ、ベニー。

この街で出会った今は仲間と呼んでる人達。最初はただの海賊と誘拐された日本人。銃を突き付けられて、撃たれそうになって。
その後は一緒に酒を飲んで、話もして、そうかと思えば銃撃戦に巻き込まれた。
あまり思い出したくはないな。その後の事も含めて。忘れられるもんでもないんだけど。

…:……あっさり切り捨てられたよな。自分のサラリーマン生活があんなに呆気なく終わるとはなあ。
ああいうのを世界が終わるような気分っていうのかな。もしこの街を追い出されるような事に なったらまたあんな気分を味わうのかな。
いや、今度は状況が違うか。
ゼロも言っていた。終わりなんて簡単にやって来ると。
現在(いま)がずっと続くなんて思うな、と。特にロアナプラ(この街)では。

アイツ自身本音の本音の部分では俺の事をどう思ってるんだろうな。
初めて会った時から日本語で語り掛けて来た事もあってか、俺はアイツを信頼してきた。 少なくともその信頼を裏切られた事はない。
何か隠し事をしているかのような素振りを たまに見せる事はあるが、俺にだけという訳でもないらしい。
過去の事情なんて詮索しないのが、"こちらの世界"での流儀だそうだがアイツはそれでも特別なんだそうだ。
聞けばバラライカさんもアイツに興味を 持ってるんだとか。何とかいう有名人と昔戦ったとかいう噂のせいだそうだ。真偽の程は定かではないらしいが。

さて、どうしようか。

指をほどいて視線をルームミラーに向ける。写るのは当然自分の顔の上半分だけ。鏡の中の自分と視線が重なる。

"いつか"なんて日は永遠に来ない。

相変わらず偉そうに偉そうな事を言う。あのお節介焼きの心配性は。
アイツが俺を追い出したがっているのか、残っても構わないと思っているのかはさっぱり分からない。
だけども心配してくれているのは確かだろう。
アイツからすれば俺もガルシア君も、同じような手の掛かる弟くらいにしか見えていないのかもしれないな………

ガルシア君は勇気を出して家族を取り戻した。
ゼロも言っていたじゃないか。あの子は"また"自分達と出会う事は幸せなんかじゃない、と。
アイツだって分かってるんだ。この街で起こる事の全てが悪い事ばかりなんかじゃないって。

レヴィと話をしよう。

その結果がどうなるにせよ、今のままウジウジ悩んでるよりはマシだ。俺の思い。腹の中にある全てをぶちまけよう。

鏡の中の俺は良い眼をしてる。自画自賛もいいところだが、自惚れる事もたまには必要だろう。

腹の前で指を組んで両手を強く握り合わせる。視線は鏡の中の自分から逸らさない。
………何だか全身が震え出してくる。武者震いってやつにしておこうか。俺の人生の大一番ってやつになるだろうしな。

レヴィが戻って来るのを車の助手席で待ちながら、俺は身体の震えを止める事もしなかった。
まず第一声はどうしようかな………










 
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