髑髏天使
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第十五話 子供その二
「しかもなれたのはその一番下の座天使のみじゃよ」
「それが限度だったのか」
「うむ。智天使や熾天使になった者はおらん」
こう牧村に述べる。
「従ってじゃ。文献にもな」
「どういったものかはないのか」
「実はその座天使や君がなった中級の天使達についても詳しいことはまだわかっておらんのじゃ」
「まだか」
牧村は今の博士の言葉に眉を動かした。
「わかっていないのか」
「これはじゃ」
その机の上にあった木の束を出してきた。随分と古いものである。
「木簡じゃがな」
「中国で昔使っていたというあれだな」
「左様。紙ができる前はこれを使っておった」
漢代まではそうだったのだ。
「これは。動物を使った文字じゃが」
「中国にもそんな文字があったのか」
「楚の文字じゃな」
博士は言った。
「これは」
「楚!?項羽のか」
楚と聞いて牧村がすぐに思い浮かべたのは項羽のことだった。あまりにも凄まじい武勇で伝説的存在となっている。中国では覇王とは彼のことを言う。
「あの楚か」
「そう、その楚じゃ」
博士もそうだと告げたのだった。
「その楚の文字じゃがな」
「そういえば始皇帝が統一するまで中国の文字は統一されていなかったな」
「砥皇帝が何もかも統一したのじゃよ」
これは世界史の授業であった。
「文字だけでなく貨幣や度量衡、それに道の広さもな」
「そうだったな」
これは統一の為に必要だったからだ。始皇帝はその冷酷で猜疑心の強い性格と焚書坑儒や過度の建築好きの為に史記等では暴君として書かれている。しかし彼が後の中国を形成したのは紛れもない事実である。中国においては学は孔子からはじまり境は始皇帝からはじまり法は漢の武帝からはじまるという言葉がある。彼は中国を形成し今に至るものを築き上げたのである。
「それでその楚の字か」
「動物をモチーフにしている字だったのじゃよ」
また牧村に話してきた。
「これがな」
「楚辞でも使われていた字だな」
「うむ」
中国の古典の一つだ。その楚の外交官であり詩人であった屈原が書いたものである。彼はその始皇帝を後に出す秦により嬲り滅ぼされる祖国を嘆いて長江に身を投げて死んでいる。なお楚の秦に対する怨恨は極めて深く例え家が三戸になろうと秦を滅ぼすのは楚だと言っていた。奇しき縁であろうか。その秦を滅ぼした漢の高祖劉邦にしても楚の生まれである。項羽に至っては言うまでもない。
「それに書かれておるが」
「天使のことか?」
「君が今なった能天使のことがのう」
それであった。
「書かれておるぞ」
「風のことがか」
「そうじゃ。能天使は風を操る存在」
博士は言う。
「そう書かれておる。そしてその力は」
「権天使よりも上だな」
「その通りじゃ。天使は階級があがる度に強くなっていく」
「その通りだな」
「能天使も然り。そして」
「そして?」
博士に対して問うた。
「人間でなくなっていくとな」
「人間でか」
「この文献はここで終わっておるな」
こう言って木簡を再び丸めそれに紐をしたのであった。
「ここまでじゃよ」
「力天使のことは書かれていないのか」
「うむ、そうした文献はまだ見つかってはおらん」
「そうか」
「探してはおるがの」
木簡の他にも文献は色々とある。しかしなのであった。
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