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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#10 "life matters advice service"

 
前書き
自分ではどうしようも出来ない事態になったら、事態を成り行きに任せるだけだ。



ー ヘンリー・フォード ー


 

 
Side エダ

「うう…頭痛え…」

ガンガン響く頭を抱えながら納屋まで歩く。今日はNGOの連中がやってくる日だ。ちゃんと"シーツ"を運び入れてもらうよう指示しとかなきゃいけない。

うう………にしても今日は辛い。まだ昨日の酒が残ってるな。

「全く調子が狂う………」

小さく呟いて何気なく胸のロザリオを触る。最近じゃあ修道女の服装でいる事にも随分馴れてきた。
まあ、ホルスターぶら下げてる修道女(シスター)なんて世界中の教会を探しても居ないだろう。そんな女を違和感なく受け入れてるんだから、全くこの街は変わってるんだか懐が深いのだか。

しかし、昨晩は醜態を晒してしまったな。
酔わせて話を引き出そうかとも思ったけれど、そんな安っぽい手に引っ掛かるような男ではなかったか。
ガムをクチャクチャと噛みながら昨夜の酒場での記憶を脳内で再生する。
最低限掴めた情報としては、奴がラグーン商会のメンバーに信頼を置いている事。街の有力者達に対しても特別な感情は抱いていないって事くらいか。
………此方の"事情"にも気付いているのか、いないのか。取り立てて探りを入れてくるような真似はしなかったな。
まあ、奴が何処かの組織のものだとすると目立ちすぎてはいるか。それも特別変わった目立ち方だ。派手な武勇伝を誇るんじゃなくて、じわじわと街に噂、というより都市伝説か、を広げていくなんて。まあ、奴が自分で広げたとも限らないわけだが。

ん?車が来たか。教会の前の道を白いバンがゆっくりとこちらに向かってくる。時間通りだな。
片手を挙げ、人差し指を曲げながら納屋の前までNGOの車を誘導する。
車から降りてきたのは若い聖職者の男が二名。習慣で動作や銃の有無をチェックするが、特に問題はないようだ。"真っ当な"聖職者で間違いないようだ。

「こんにちは、シスター。本日もお届けに参りました」

二名の職員の内、運転していた方が挨拶してくる。初めて見る顔だが暴力教会(ここ)の事は聞いているんだろうな。アタシの姿を見ても臆せず話し掛けてくる。
たまに言葉を無くすやつもいるんだが、そちらの方が正しい反応という気もする。まあ、どんな街にもその街独自の常識がある。
部外者はただ黙って通り過ぎてゆけばいい。天上におわす父なる神に一刻も早くお会いしたいというなら話は別だが。

「ご苦労さん。そっちのシーツは納屋に持っていって」

既に車の後部トランクからシーツの入った大袋を持ち上げていた男の方に声を掛ける。
声を掛けられた方とアタシに話し掛けた方とで顔を見合わせ、最初に話し掛けてきた方が再びアタシに向かって問い直す。

「しかし、シスター。あれはクリーニング品ですよ。納屋というのは……」

「良いんだよ。そういう指示が出てんだから」

男の言葉を遮って親指で納屋を指す。

二人はもう一度顔を見合せた後、黙って大袋を運び込み始めた。他はどうでもいいが"シーツ"だけはな。
そうして二人の作業を監視していると、礼拝堂の方からアタシの頭痛を促進させる為に出されたような、ガラの悪い声がアタシの鼓膜にまで辿り着いた。

「ババア!とっとと開けやがれ、糞ババア!聞こえねえのか、おい!」

振り返って見てみればそこにいるのは予想通りレヴィの姿。
あの馬鹿が礼拝堂のドアを荒っぽく叩きながら吠えてやがった。その後ろにはお供についてきたのであろう、ロックだったか、最近この街にきた日本人が手持ち無沙汰な様子で突っ立ってる。
更に、その後ろには………来てるか。

ゼロが車のドアに寄り掛かって空なんぞ眺めてやがった。呑気なもんだ、全く。

溜め息をつきながら連中に向かって歩く。取り敢えずレヴィのやつは黙らせよう。これ以上騒がれたらアタシの頭がもたない。
ゼロは、どうするかな。さすがに今日のところはいいか。
どうせアタシはレヴィの相手だろうし、向こうも仕事で来てるわけだし。大した話は出来そうにない。

そう心中での計算を終えたアタシはまだ騒ぎ続けるレヴィに向けて一喝した。

「喧しいんだよ、レヴィ!そこは礼拝堂だ。アンタみたいな下品なのが入っていい場所 じゃないよ。シスターは宿舎だ。そっちへ回りな」

















Side ロック

「随分久し振りだね。今日はお使いに来たのかい」

宿舎の中に設えられた応接室、だろうか。ゼロに連れられて教会の中を進み、俺と彼は教会の奥にある部屋に入っていった。室内の雰囲気は荘厳というよりは、静謐。取り立てて教会である事を印象づけてくれるような部屋ではなかった。
その部屋で僕らを出迎えてくれたのは、もうお婆さんと言っていい年齢のシスターだった。シスター・ヨランダと名乗った彼女は、話し振りも穏やかでその視線には慈愛の成分が多く含まれているように俺には感じられた。もっとも通常二つの目から注がれる筈のそれはただ片方からしか注がれてこなかったけれど。

テーブルから紅茶を持ち上げる際、そっと対面に座るシスターの顔を盗み見る。同じようにカップを持ち上げ、香りを楽しんでいる老婆の右目は眼帯に覆われていた。黒色をした眼帯は彼女の纏う修道服と相まって、不思議な迫力を醸しだしていた。
先程門前で出会った金髪のシスターも、堂々とホルスターをぶら下げていたが、さすがはこんな街で教会を維持しているシスター達だ。これくらいじゃないと務らないんだろうな。

「今日は二人で来たのかい? そういえばエダのやつもどうしたかね?」

テーブルにカップを音を立てずに置きながら、老シスターがゼロに話し掛ける。

エダ? さっきのシスターか。

「今日はレヴィも一緒だったんだが、どうやらエダが二日酔いらしくてな。それに気付いたアイツがからかい始めて、しばらく我慢していたエダもとうとうキレたようだ。
教会の庭で追いかけっこやってるよ。銃声は聞こえて来ないし、放っておいてもいいだろう。飽きれば止めるさ」

淡々と話すゼロの声を、これまた淡々と受け止めるシスター・ヨランダ。二人とも、またカップを持ち上げて黙って紅茶を飲んでいる。
二人の事は放っておいて………いいんだろうな、うん。
俺も黙って紅茶を味わうとしよう。

「………」

「………」

「………」

何だかマッタリとした空気が部屋を流れる。まあ、ここが教会である事を考えるとそれでいいのかもしれないが。
少し気分に余裕が出てきて部屋を見回す。建物自体は古いものだろうが、この部屋はよく掃除されているようで、埃一つ落ちてない。窓からは暖かい光が射し込んでくる。

「それで、今日は何の用なんだい?」

沈黙を破ったのはシスター・ヨランダ。ゼロに向ける視線は穏やかなままだ。

「幾つかあるんだが、取り敢えずは仕事の話だ。頼んでおいた銃器は?」

ゼロもシスターの顔を正面から見つめながら返事をする。
俺は何をするわけでもなく、ただぼうっと二人の話を聞いていた。

「ああ、揃ってるよ。東欧から流れてきた新品ばかりさ。ラグーン商会はお得意様だからね。何の問題もないさね」

うんうん。仕事が上手くいくのは気持ちいいね。あ、紅茶のお代わりもらおうかな。空になったカップからティーポッドへと視線を移す。

「それは良かった。じゃあ次はちょっとした個人的な用件だ。構わないかな」

「へえ。珍しい事もあるもんだ。アンタがそんな事を言ってくるたあね。
良いさ、聞こうじゃないか。何なんだい?」

へえ。ゼロの個人的な用件? 俺が聞いててもいいのかな。まあ、何も言われてないし良いのかな。

そんな事を考えつつゼロの横顔を見ていたら彼と目が合った。

へ? 何で俺の方見てんの?俺が呆気に取られていると、ゼロがシスターに視線を戻してこんな事をいつもの淡々とした口調で言った。

「実はここにいる悩める青年の相談に乗ってやって欲しい。最近色々あったみたいなんでな」

俺はゼロの横顔に視線を固定したまま動けなかった。いや、本当にコイツだけは分からない………
























 
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