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髑髏天使

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第八話 芳香その六


「それはもう。これは下手をすれば」
「そうじゃ。殿がどういった御方かは」
「それもまた存じています」
 また答えるのであった。
「御気性が非常に激しい御方ですね」
「大きな声では言えぬがな」
 信長の気性の激しさは当然彼が生前の頃からよく知られていた。小姓や側女に不都合があれば即刻手打ちにするということも失敗した家臣に対してその拳で懲罰に及ぶことも稀ではなかった。羽柴秀吉も瞼が開けられなくなる程殴られたことがあるし明智光秀も茶器を投げつけられたことがある。誰に対してもそうなのが信長だが非常に仕えにくい男なのは確かなことであった。
「その通りじゃ」
「斬られても承知のことです」
 彼はさらに述べた。
「それもまた」
「よいというのか」
「包丁にも誇りがありますので」
 今度は毅然とした言葉になっていた。
「ですから」
「左様か。そこまで覚悟があるのならわしはもう何も言わぬ」
「わかりました」
 彼は既に覚悟を決めていた。何しろ信長の舌を京の味がわからぬとはっきり示したのだから。信長にとては恥をかかされたと思っても当然のことだった。だが当の信長はそれを聞いても平然としたものであった。
「当然であろう」
「当然ですか」
「そうじゃ」
 菓子を食らいながら家臣達に応えるのだった。上座で片膝を立てながらいささか無作法な格好で食べている。その姿がまた実に信長らしかった。
「料理人がわしの舌に合わせることは当然のこと」
「はあ」 
 これが彼の考えであったのだ。
「特に言うこともない。そういうことじゃ」
「左様ですか」
「じゃが一つ言っておけ」
 ここで彼は菓子を一つ摘みそれを口の中に入れてから家臣達に告げた。
「酒じゃが」
「酒ですか」
「わしの食膳にはいらぬ」
 こう言うのだった。
「わしにはな。それはよく伝えておけ」
「それだけですか」
「それだけじゃ」
 信長の言葉は素っ気無くすらあった。その態度も同じだった。
 信長は酒が飲めないのだ。想像できかねることだったが甘党であったのだ。だから今も菓子を美味そうに食べているのだ。人の好みはわからない。
「わかったな。そういうことじゃ」
「はっ、それでは」
「料理人にはそのように」
 家臣達が平伏してその言葉に応える。こういう話である。信長の舌の好みやその考えを示すと共に京の味も伝えている逸話である。
 その京都の料理であるが。牧村はどうも積極的に好みではないようなのだ。そしてそれを隠すこともなく今テーブルにいる彼であった。だがそれでも。
「この香りが」
「いいだろう」
 父が誇らしげに笑いながら彼に問うてきたのだった。
「香りが。いいな?」
「確かに」
 目が微かだが考えるものになっていた。
「この香りは。後から漂ってきた」
「それが京都の味なんだよ」
 また誇らしげに言う父だった。
「後でな。ほのかに来るものだ」
「香りか」
「来期、教えておくわね」
 母もまた自分の夫と同じ笑みになって彼に言ってきた。
「京都の料理はね。味だけを楽しむものじゃないのよ」
「味だけでも」
「香りもなのよ」
 彼女もまたこのことを彼に教えてきた。
「香りも。味わうものなのよ」
「そうだったのか」
「そういうこと。それはわかったかしら」
「一応は」
 答えはするがそれでもいつもの彼なのは変わらない。
「わかった」
「本当かしら」
「多分そうじゃないのか?」
 どうも今一つそうは見えない息子を見て首を右に傾げた妻に対して言ってきた夫だった。
「来期は昔からいつもこうじゃないか」
「それもわかっているけれど」
 わかっているが、というやつであった。 
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