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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#06 "fictional mask"

 
前書き
神は私達が成功する事を要求されたりはいたしません。
神は私達が努力する事を要求されるのです。



ー  マザー・テレサ  ー






 

 
Side ゼロ

『暴力教会』

ロアナプラに建つ唯一にして正真正銘の"ご立派"な教会だ。
正式名称はリップオフ教会と言い、二人のシスターによって運営されてる。
よくぞこんな街で教会なんぞ維持出来ると思うが、『暴力教会』の名は伊達じゃない。
彼女ら二人、シスター・ヨランダとシスター・エダ、も立派にこの街の住人だ。自分達の役割を見事に果たしている。『武器商人』としてのそれを。
当然この街のマフィアどもには公認を取り付けている。そうでなければ、とてもじゃないがやっていけないだろう。
ラグーン商会(うち)も取り引き相手として、ほど好い関係を築かせてもらってる。
まあ、高価な武器をレヴィが乱暴に取り扱うのを見てダッチが溜め息を吐く事も頻繁だが、それは別に彼女らのせいではない。

序でに言えば取り扱ってるのは『武器』だけじゃあない。 麻薬、情報、その他手広くやってはいるようだ。
そっちの方にはあまり、と言うか全く関わりがない。
マフィアどもも勘づいているのか、いないのかは知らん。
が、余計な事には首は突っ込まない。それが俺達の生きる世界での鉄則だ。
………ボスの胃の安全を守るためでもあるがな。

「今日はあの猪女はいないのかい? とうとう脳の病気が末期を迎えちまったのかな?」

酒場には寧ろ似つかわしいデカイ声と共に、エダが俺とベニーの間に割り込むように後ろ向きの態勢で椅子に腰を落とす。
そのままカウンターに肘を置き、反り返るような姿勢で俺にサングラス越しの視線をぶつけてくる。ベニーに目を遣れば、そそくさと席を移動してしまい此方には背を向けてしまっている。
エダみたいなのは苦手だったのか?いつもは大抵レヴィと口喧嘩してるから俺達に害は及ばない。そのせいもあってか今まで気付かなかったな。

「ゼロぉ~、アンタも大変だねぇ~。 あんな女を相棒にしてさぁ。 色々たまってんじゃないのぉ~。 アタシがスッキリさせてやろうかあ?」

「それはありがたいがな。気持ちだけもらっておくよ。昔ちょっとした事があってな。修道女には触れない事にしてるんだ」

俺がそうやんわりと否定の返事を口にするとエダはカラカラと笑い、バオに酒を頼んでいた。

しかし改めて見てみても、とても修道女(シスター)とは思えん格好だな。
長く伸ばしたブロンドの髪に、薄い青のサングラス。上はピンク色のタンクトップ。履いてるスカートは丈が短すぎて、ようやくパンツが隠れる程度だ。
右肩に入ってるタトゥーの図柄が、磔になっているイエス・キリストというのはある意味シスターらしいのか?

ま、この街のシスターとしては"らしい"と言えるのかな。
……ちょっと演技に凝り過ぎている気もするが、それは俺が言うべき事でもないだろう。
他人(ひと)にはそれぞれ事情があり生活がある。彼女も任務とは言えご苦労な事だ。

「相変わらずアンタはクールだね。ゼロ。
そこがまあ、アンタの良いとこなんだけどさ。ん?そういや、最近アンタんとこに変わり種の新入りが入ったんだってね。ソイツは今日は連れて来てないのかい? もしかしてあの万年生理不純女に欲求不満のはけ口にでも差し出したのぉ?」

エダが向きを変え、席に座り直しながら訊ねてくる。
しかしレヴィ本人がいてもいなくても、好き勝手に言うんだな。
ベニー。周りを見回さなくても、 レヴィは今夜は来てないさ。だから、安心して飲めよ。

「二人が一緒かどうかは知らんが、ロックは最近人生に悩んでるらしくてな。飲む気分ではないらしい」

俺もエダに向き直り、質問に答える。
さて、一体お忙しいシスターはこの俺に何の御用かな。
ただの暇潰しか、神の愛でも説きに来たか。お付き合いさせてもらうとするか。










Side エダ

今夜も『イエロー・フラッグ』にフラりと立ち寄ってみる。
酒場ってのは情報収集には最適だ。役にも立たない屑情報が殆んどだが、そもそも情報収集とはそういうものだ。何気無い酔っぱらいどもの一言の中に、思いも寄らない宝が隠されてる事もある。

私にとって情報は命綱だ。
こんな乱暴な街で生き抜いていく為には、 情報が何よりも大切だ。
"教会"の仕事でも"その他"の仕事でも、 情報はあるに越した事はない。
どこに火種があるかも分からないしな。

………以前の南米から来たメイドの時はまいった。
私はあくまでこの街の平穏を望んでいる。
例えマフィア同士の緊張感ある均衡の上に成り立っている危うい平穏だとしてもだ。
現状維持こそ望むところ。 余計な波風は御免被りたい。
幸い一日で治まったからいいようなものの、 あんな狂犬の存在は甚だ迷惑だ。 自分自身すら滅びても構わないと言うようなあんな連中は。

狂犬、か。

………さて、目の前にいる男はどうなんだろうな。

『ラグーン商会』

ロアナプラに於いては中立を貫いている構成人数五名の所謂(いわゆる)『運び屋』だ。
基本的には金の折り合いさえつけば、 どの勢力の仕事でも引き受ける。
『ホテル・モスクワ』とは友好的と表現して差し支えない関係だが、完全な従属関係にあるわけではないようだ。

たった五人という少数勢力たるラグーン商会が、こんな海賊達の楽園とも呼ばれる有象無象がひしめく街で中立の立場を貫けるのには幾つか理由がある。

『ホテル・モスクワ』と友好関係にある事も理由の一つだろうが、その持っている"実力"こそが大きな要因を占めている。

通称二挺拳銃(トゥーハンド)とも呼ばれる女拳銃遣い(ガンスリンガー)のレヴィ。
そして目の前にいる男、ゼロ。
ラグーン商会の誇る掛け値無しの"実力者"だ。

ここロアナプラでの有名人を挙げろと言われれば、先ず『ホテル・モスクワ』のバラライカ。『三合会』の張維新。この二人がリストのTOP2を占めるのは疑い無い。ただ二人の場合は、その自身が率いている組織も含めての名声だということは考慮に入れなくてはならない。
そもそも『ホテル・モスクワ』『三合会』自体がこのロアナプラに於ける実力ある組織の双璧なのだ。
そこのトップである二人が有名であるというのは極々当然な成り行きではなかろうか。

その点、ラグーン商会の二人は違う。
純粋にその"実力"のみで街に名を轟かせている。
ただ……………

今、私の横で大人しく酒を飲んでいるこの男。
この男についてはよく判らない事も多い。
例えば二挺拳銃(トゥーハンド)が有名になるのは非常に納得いく話だ。
何しろアイツの戦い方はとにかく派手だ。
以前この店にE・O社の傭兵が乗り込んで来た事があったらしいが、後に目撃者連中が随分嬉しそうに語っていたのを確認している。

曰く、舞うように戦っていた。曰く、弾丸(たま)の方から避けていった。 曰く、笑顔がゾッとするくらい綺麗だった………

最後の意見は無視するとして。
要するに華がある、というやつだろうか。アイツはこの街では恐れられつつも、どこか街の男連中には気に入られている節がある。
正直その辺りの男心理というものは理解し難いのだが………

逆にゼロはと言うと、だ。

レヴィのように派手に戦うわけではない。
バラライカと張が繰り広げたというような過去の逸話を持っているわけでもない。
別に何かをしたわけじゃない。
派手な活躍は何一つしてない。
組織をバックにしているわけでもない。
だが、街の連中なら誰もが彼の名を知っている。街の人間なら誰も彼に喧嘩は売るなんて真似はしない。
そんな事はこの街で暮らす上での常識だ。分からない奴はただのモグリだ………

冷静に纏めてみてもただただ困惑するだけだ。
こんな男には今まで出会った事がない。似たタイプですら皆無だ。
本当に何者なんだろう、コイツは。

"私のような立場の人間"にとって、分からないという事は非常によろしくない。
故に私はコイツを知らなくてはならない。
何でもいい。情報なんて何が使えるかは分からないものだ。

コイツに本当に背後勢力(バック)はいないのか。
コイツは何を考えている?
コイツは何を知っている?
コイツは何をしている?
コイツは結局"何者"なのか?

サングラスの奥から、凝視するように観察の眼を送る。
だが、その横顔からは何も読み取れない。

"私の本当の仕事"にもどこまで気付いているのか………
全く厄介な男に巡り合ってしまったものだ。
今夜『イエロー・フラッグ』(この店)にレヴィが居ないのは幸いだった。
アイツが居ると、"私"は"アタシ"でいなくてはならない。
今夜はじっくり話させてもらおう。こんな機会は滅多にない。
夜は長いのだ。焦ることはない。

「ねえぇ~ゼロぉ~"アタシ"はさあ~」

"私"は"シスター・エダ"としての仮面を一層深く被り直した……… 
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