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故郷は青き星

作者:TKZ
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第七話

「ようエール! 前回はフォローありがとな」
 同調装置を用いた仮想空間のガンルーム──本来は武器庫室の意味だが、警備上の目的で武器を管理する下級士官の部屋が武器庫室を兼ねていた事から、下級士官室の意味となった──に仮想擬体──戦闘機搭乗時の実体のある擬体ではない──でログインすると、広くも無ければ狭くも無いこの部屋には、自分以外にもう1人見覚えのある青年パイロットが壁沿いに配置されたベンチに腰をかけていて、軽く手を挙げて挨拶してきた。
「やあヴォーロ。今回もよろしく」
 エールと呼ばれた少年も軽く手を挙げて挨拶を返す。
 それぞれ少尉と准尉──軍における階級は面倒なので連盟用の階級表記はしない──の階級章を付けながらも敬礼などを用いないのは、多くの一般人が傭兵的立場──フルント星では普通の会社勤めの人間が、今月はちょっと懐具合が厳しいからとアルバイト感覚で休日にパイロットをする。しかもそれでも一般的にエースと呼ばれるくらいに強い──で参加するパイロットが多い高パイロット適正種族の特徴で、さらに彼等は階級も余り重視しない。連盟軍でもパイロット達以外の職務に就いている兵士や士官は地球の軍隊と変わることは無い。

 エール──エルシャンのパイロットネーム──パイロットのほぼ半数が実名でパイロット登録する一方で、もう半分はパイロットとしての別の名前を持ち、また実際の肉体とは異なる姿で登録している。エルシャンもエールと言う名前と10代前半の姿でパイロット登録していた。
 彼が年少パイロット資格を取得してから、もうじき1年になるが、連盟軍には彼よりも若い年少パイロットは存在しない。
 連盟においては18歳からを成人とみなすが15歳──15歳が6歳から始まる義務教育である初等教育5年間。高等教育4年間を終了する年齢で、一部の専門職を目指す者は専門教育課程に進むが、フルント人の多くが15歳で教育を終わらせる。教育内容は知識面に関しては学習装置による記憶の刷り込み、演算能力はナノマシンの投与による補助脳の形成で獲得できるため、主に知性の発達に主眼をおかれる──で正規パイロット取得の資格を得た者は自動的に準成人とみなされる。そして少尉の階級が与えられ、それに付随する権利と義務を獲得する。
 一方、年少パイロット資格は15歳以下の特にパイロットとしての適正が高い者に与えられ、準成人とみなされ准尉の階級を得る。普通──年少パイロット資格取得者自体が普通とは呼べないほど稀な存在だが──年少パイロット資格取得者は12歳以上であり、10歳以下で取得している者は取得者全体の中でも1%に満たない。ましてや7歳児の資格取得者など過去を通じて彼以外には存在しない。
 その為に、エルシャンが7歳児の姿のままで登録することはポアーチに強く止められた。

「本当に前回は助かった。年少パイロットだと言うのに、いや年少パイロットだからこそか、凄い腕前だった。今回も期待させてもらうぞ」
 当然の事だが年少パイロット達の技量は高い。平均的なフルント人パイロットの水準を大幅に上回る。
「こちらこそだよ」
 内心、やり過ぎないように手を抜いてるんだけどなと思いながらもエルシャンは応じ、部屋の中心に置かれたテーブルの席に着く。
 今回の任務は敵艦隊への奇襲であり、特に出撃のタイミングが重要になるため、予め作戦参加パイロットを仮想空間に召集しているので長ければこのまま数時間待機する事になる。
 そのため、同調前にパイロットスーツの着用が推奨されている。実際に戦闘機に搭乗するわけでもない実際の身体に着用するパイロットスーツには、当然ながら対G機能や身体の反故機能は備わっていない。あるのは作戦の長期化に備えた生理機能の補助。つまり食事と排泄機能だった。無痛針による栄養剤の投与とトイレ機能。この2点を備えている。
 同調中は同調機のAIが肉体の生理機能などを管理するため、通常の1時間。長くても2時間以内の任務程度なら我慢させる事も出来るのだが、何事にも限界はあった。

「エールは来年は正規パイロット資格を取るのか?」
 通常資格試験はあるが、年少パイロットは15歳になった時点で本人が拒否しない限り自動的に正規パイロットの資格を得る。
「いえ、来年はまだ……」
「じゃあ、再来年か?」
「ええ、まあ……」
 まだまだ先だよと思いながらヴォーロの質問を曖昧に誤魔化したエルシャンは逆に質問を投げかける。
「そういうヴォーロって幾つ?」
「俺か? 俺は20歳。15からパイロットをやってるからキャリアは5年だ」
「キャリア5年で、少尉って昇進遅くない? 前回の戦闘でも良い活躍してたし、腕はかなり良い方だよね?」
 前回の出撃で、エルシャンとヴォーロの所属していた大隊──大雑把にまとめると、2機編成の分隊。分隊x2で小隊(4機編成)。小隊x3で中隊(12機編成)。中隊x3で大隊(36機編成)。大隊x2で連隊(64機編成)。連隊x2で旅団(128機編成)。連隊x2で師団(256機編成)が基本となるが、大隊以上には司令部直属の小隊などが存在し、その小隊は4機編成とは限らず、また複数の小隊が存在する場合もあるため、各部隊に所属機の数は流動的だが1個師団はおよそ300機で編成されるのが普通。そのため一隻の航宙母艦に所属するのが1個航宙師団となる──は、同じ連隊に所属する大隊が突出し、それに引きずられる形で敵内に孤立する事になった。両大隊は短時間に損耗したが、残された少数のエース級のパイロット達は、敵を倒す事よりも、1秒でも長くその宙域に留まり続け敵を足止めするための壮絶なサバイバルを繰り広げる事となった。
 その際に互いに僚機を失ったエルシャンとヴォーロが自然にペアを組んで互いにフォローしあう展開となり、最終的にはかなり本気を出す事となったエルシャンの活躍もあって、師団司令部よりの披撃墜許可──機体自体を生還させられる様な状況に無く、また人的な被害が出る事が無いため──出るまでに生き残ったのは彼等2人の機体のみだった。
 エルシャンには及ばないにしろエース級と呼んで間違いない技量をヴォーロは有していたはずだった。
「ああ、そうだな。俺は雑種だからな……」
 言い辛そうに、そして自分を恥じるかのようにヴォーロは小さく呟いた。
 エルシャンは自分が踏んだ地雷に何と応えていいか分からなかった。彼自身には雑種を差別する意識などは全く無い。元地球人の感覚としてはシルバ族だろうが何族だろうが、雑種だろうが全て異星人だった。だが現在の彼はシルバ族の純血種で、尚且つ上級氏族の中でも名門と呼ばれる立場であり、この艦隊の所属する基幹艦隊の総司令であるトリマ家の嫡男だった。何も言葉が出なく、やりきれなさに表情をゆがませる事しか出来なかった。
 心情的には『雑種の何が悪い! それはシルバ族の子供達はとても可愛い。弟や妹達なんてマジ天使で可愛らしさの余り頭がどうにかなりそうなくらいだった。だが他の種族の子供達が可愛いくないなんて事は無い。アルキタ族もシルコク族もエルゾ族もキルシュウ族もカルイ族もみんな可愛い。可愛くて溜まらん! だがそれらの血が混じりあった子供達が可愛くないはずが無い。むしろ可愛い。絶対に可愛い!』と叫びたいほどであったが、それは色んな意味で言うべき台詞ではなかった。
「エール。お前が気にする事は無い。お前が俺達雑種を軽蔑してない事くらい、今のお前の顔を見ればすぐに分かるさ。だからとお前が純潔種であることで俺に引け目を感じてはくれるな……戦友」
「そうだな戦友」
 ヴォーロの言葉に不覚にもぐっと来たエルシャンは、そう答えると涙を見せないように部屋を立ち去ろうとする。しかし待機中はこの部屋を出る事は出来なった。
『総員任務開始に備えよ。パイロットは1分後に擬体への同調を開始します』
 余りの台無し感に本気で泣きそうになった。思った以上に短く済んだ待機時間が救いといえた。


 同調を開始した次の瞬間にはエルシャンはコックピットの中に居た。
 航宙母艦からの発艦と編隊を組むまでの過程は既に済んでいる。発艦シークエンスは母艦の側面に設けられた無数の格納デッキの発着口からロボットアームによって艦外に移され射出されるので、パイロットが介在する余地が無い。
 発艦後に各機が集まって編隊を組む作業は、通常の任務では訓練を兼ねてパイロットによって行われる場合が多い。だが今回のようにシビアなタイムスケジュールに従う必要のある任務においてはパイロットのミスによるスケジュールの遅延は許されないため自動で行われる。

 擬体を通して見るコックピット。
 エルシャンはふと、自分が一度も生身の肉体でコックピットに入った事が無い事に気付いた。
「それ以前に、生身で機体に触れた事すらないよ……」
 自分にとって慣れ親しんだSF/A-302──とはいっても、同じ機体に乗る事はあるが専用機という訳ではなく、パイロットには機体の選択権はなく空いている機体に搭乗させられるだけ──が、擬体を通してしか触れ合っていなかった事を実感した。
 擬体は、単にパイロットの代わりに生身では耐えられない強力なGに耐え、撃墜時に身代わりに破壊されるだけの存在ではない。
 機体とパイロットの肉体を、物理的にもネットワーク的にも遮断する役割を持つ。
 パイロットが同調に使う装置にはAIが搭載されており、パイロットが擬体を介さず直接機体を操作すると【敵性体】により同調装置のAIを乗っ取られる事が分かっている。
 そしてこの擬体に使われている技術もFTLC(超光速通信)と同じく、銀河系外文明より伝えられたものだった。


 上下幅1000光年、横幅3000光年の楕円形の断面を持つ第二渦状枝腕(サジタリウス腕)の5000光年の長さの範囲にわたって連盟軍は、対【敵性体】の監視ポッド──直径3mの球形で1.3光日の範囲をカバーする性能を持つ。索敵で得た情報は同調装置にも使われるFTLC(超光速通信:Faster Than Light Communication)を用いて後方へと伝えるが、索敵手段自体は光や電磁波などを測定するため、ただ監視ポッドの索敵範囲を広げても情報の鮮度が下がり情報自体が無意味となる──を兆の単位で設置し【敵性体】の移動を調べている。
 もっともその範囲を完全にカバーするには京の単位の監視ポッドが必要になるが、それだけの数の監視ポッドを生産するのも、また設置するのも不可能だった。
 だが【敵性体】の行動パターンを予想し航路を絞り、必要な宙域に重点的に配置する事で、今回のように【敵性体】の侵攻目的を事前に察知し、罠を張って奇襲をかけるという作戦が可能になり、エルシャンが参加した奇襲作戦だけでも今回を含めて4度目なので、十分役目を果たしているといえた。

『行くぞ!』
『了解』
 ヴォーロとエルシャンの機体は、1個連隊の編隊とともに敵母艦種の集団へと突入して行く。
 亜光速戦闘では全長5kmを超える母艦種100隻による大艦隊も、光学機器による最大望遠の補正を受けてなお、至近に接近するほんの一瞬以外は宙に浮かぶ百粒の芥子粒にも等しい。
 本来、亜光速戦闘は不可能と説明したが、今回のように【敵性体】の侵攻ルートを特定できた場合は、その限りではない。
 今回の奇襲任務に参加する機体には機体下部に取り付けられた減速装置──イナーシャルキャンセラー──と似た物体が、機体上部に専用のアタッチメントごと搭載されていた。

 母艦種艦隊へ、その進行方向の左上方から突入した編隊。
『標的艦への衝突コースに乗った。慣性制御弾投下する』
『こちらも標的艦ロック。慣性制御弾投下』
 ヴォーロの機体に続き、エルシャンの機体も慣性制御弾と呼ばれる機体上部に設置された物体を切り離すと、双発の重力エンジンを最大出力で稼動させ緩やかに標的艦との衝突コースから外れて行く。そして標的艦の後方に抜けようとした瞬間、至近で発生した強力な重力波に機体が震える。
 慣性制御弾は外見のみならず機能もほぼ減速装置と同様だが。少ない違いの一つである近接信管により、標的艦への命中直前で搭載された重力波エンジンをオーバーロードさせ、前方へ100m直径10mの円筒形の範囲に存在する物質の慣性を殺す。
 するとその範囲に囚われた艦の一部は標的艦の進行ベクトル反対に位置する構造物に飲み込まれ、そこだけ、まるでもぎ取られたかのような穴を開けると、次の瞬間、その穴を起点に標的艦は前後二つに引き裂かれ爆散した。
『標的艦撃沈確認』
『こちらも確認』
 成果を確認し合う2機の背後では、他の母艦種が編隊の他のパイロット達が撃沈され次々と巨大な火球と化すが、亜光速で遠ざかる2人にはまるで遠い星のきらめきのように見えた。

『任務完了。全母艦種撃破を確認。全機減速着艦作業を開始せよ』
 編隊の前方に現れた航宙母艦から通信が入る。
 今回の作戦は2隻航宙母艦と所属する2個連隊により実行された。先ずはエルシャン達が所属する連隊が先行して発進。敵母艦種の艦隊に襲い掛かり、時間差でもう1隻から発進した連隊が敵艦隊に止めを刺す。攻撃後それぞれの連隊は、発進した航宙母艦とは別のもう1隻へと着艦する。
 つまり、本来所属する艦とは別の艦に戻るわけだが、連盟軍においては機体のみならず擬体さえもパイロット専用という訳ではなく、同調した相手の身体に合わせて骨格の長さを調整する仕様なので全く問題は無かった。

 エルシャンが管制の指示に従いガイドレーザーに機体のベクトルを合わせて減速をすると、格納デッキ入り口から伸びてきたロボットアームが機体を捕まえてデッキ内へと引き込み、定位置に機体を納めると『着艦終了。パイロットはブリーフィング開始まで待機』と指示が出てブラックアウト。次の瞬間には出撃前に待機していたガンルームに居た。

「お疲れ様。毎回こんな風にアクシデント無く済む任務なら楽だな」
「お疲れ様ヴォーロ。僕もそう思うよ」
 特に今回は待機時間を含めて1時間半程度で終了し、母艦種撃破1で特別ボーナスも出る美味しい任務だが、散々な目にあった前々回の奇襲任務を思い出しながらそう答える。
 その奇襲任務では、こちらの奇襲が【敵性体】の艦隊に露見していたために、こちらの慣性制御弾による爆撃を華麗にかわされて──こちらの戦闘機の出撃直後に減速され襲撃ポイントが大幅にずれると、亜光速では戦闘機の重力波エンジンを最大出力にしても襲撃ポイントに機首を向ける事すら出来なくなる──更には敵艦隊が逆に航宙母艦に向けて小型種を出撃させたために、僅か2隻の航宙母艦の戦力では抗戦も出来ずに即座に撤退。出撃した編隊は帰る場所を無くしパイロットは同調中断することとなり任務は失敗。パイロット達はまさに為す術なし。エルシャンにとってもっと残念な任務だった。
「勝ち戦もあれば負け戦もあるのは当たり前だけど、勝ち続けたいものだよね」
 奇襲作戦の失敗によって失われた星系国家。そして操縦者を失い。今もどこかを慣性に従い飛び続けているだろう編隊を思いながらエルシャンはそうまとめた。 
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