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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§12 強運と凶運

 空を眺める。澄んだ青い色。快晴だ。眼下には無数の建造物と人。せわしなく動く様子はまるでいつも黎とが見ている風景と同じで。街中を闊歩している日本人が黎斗達四人だけ(・・・・・・・)であること以外は、普段の日常と変わりない。太陽の日差しに黎斗は思わず目を細めた。

「やっぱ外国ってすげーな!! どこもかしこも文字が読めねえ……」

 訂正。そういえば看板などの文字も日本語ではない。あらゆる言語をすぐに理解できる黎斗は反町の反応を見るまでその事に気付かなかった。今からこんなことでは先が思いやられる。すぐにボロが出るな、と苦笑する。エリカや祐理といった強敵が居ないからといって気を抜きすぎだ。反町達経由で誇張された情報が彼女たちの耳に入る恐れだってあるのだから。彼女達に聞かれれば三人は天にも昇る心地で今回のことをペラペラ喋るに違いない。「そんなことまで気にするなんて神経質すぎですよ」とエルは言っているがあの二人は、特に祐理は黎斗の直観が危険だと告げている。

「ささ、黎斗センセ、通訳頼むぜ」

「へいへい……」

 名波が商店街の福引一等を当てた。景品は欧州への飛行機チケット五人分。売るのは勿体ないが家族みんなで欧州に行っても誰も言語がわからない。困り果てた名波は黎斗の「欧州? (五百年以上前だけど)一応行ったことあるかな」という発言に喰らいついた。すったもんだの末、黎斗をガイド役に男子高校生四人で夏休みに欧州へ行くという事態となってしまったのである。本来は護堂も一緒に行く予定だったのだが、更に安全な隠れ家を見つけたからそっちへ避難する、などとわけのわからないことを言って少し前に参加辞退を表明している。三人の家族から「息子をよろしくお願いします」と土下座までされて困り果てたのは一昨日の話だ。今ならわかる、三人のご家族の心境が……!!

「さっすが黎斗! 英語のテストで八割以上とるだけのことはあるぜ」

「いやキミ達、高一の英語のテストで八割以上取れればガイドが務まるって発想がまずおかしいからね……」

「おお、美女発見!」

 ダメだこいつら。人の話聞いてない。カンピオーネの言語能力をこんなことで使う日が来るとは夢にも思わなかった。しかもこれではまるで引率の先生だ。嗚呼、周囲の視線が痛い。美女と見るや手当り次第話しかけ(言葉が通じてないのに!)ナンパを仕掛けるバカを連れ戻す。汚らわしいものを見るような女性の視線が黎斗を見た瞬間憐れむような眼差しに変わるのが堪えた。そんなに疲れた表情をしているのだろうか? この勇者達を抑えるのは非常に骨が折れる。そもそも現地語がわからないのに三人は来るという決断をしたのだ。その勇気の前には勇者も裸足で逃げ出すか。

「ったく。ガイドの基準がひどすぎだよ。現地で僕の会話が通じなかったらどうする気だったのさ。そもそも現地の有名物件とか観光名所なんてグーグル検索で調べた付け焼刃知識でしかないんだけど」

 何十枚もあろうかという分厚いA4サイズの紙の束を隣において一人木陰のベンチに座った黎斗。中身は欧州の名所一覧と観光ポイント。カバンの中にもそんなガイドブックが何十冊も入っている。一息ついて沈黙したのもほんの数秒、すぐに口から文句が飛び出る。カンピオーネたる黎斗が意思疎通に困ることはまずないが彼らがそんなことを知るわけがない。彼らは本当に「高校一年のテストが良ければ」現地でのガイドができると思ったのだろう。カンピオーネになる前に外国に行った経験がない、つまり日本語とセンター試験レベルの英語能力で海外旅行をしたことのない黎斗には本当にその程度の能力で大丈夫なのかわからない。一応、中学三年で一応日常会話くらいの英会話能力がつくとどこかで聞いたような気もする。それでもガイドを出来るとは思えないのだけれど。
 考えていて思ったのだが、そもそもここでは英語が使えるのだろうか? 今の自分が喋っているのは英語なのか? 考えなしに話していると自分が今何語を使っているのかわからなくなってしまう。相手との会話に支障こそないものの何語を喋っていたのか三人に聞かれても何処の言語か答えられないというのはどう考えても変な話だ。学校生活でも本を読んでいてどれがなんという言語で書かれているのかわからなくなることが多々発生するし。今回三人になんの言語か聞かれなかったのは幸いというほかない。他のカンピオーネもこんな風にどの言語を使っているのかわからなくなることがあるのだろうか?

「古今東西こんなことで頭を悩ませた神殺しは僕くらいのもんだろうな……」

 その言葉を聞いて理解したのかしてないのか、湖を泳ぐ白鳥がこちらを見つめる。同情するように鳴いた。つられたのか、近くにいた他の白鳥も鳴き始める。輪唱のような鳴き声は当然周囲の耳にも入る。

「………」

 ベンチに座る日本人と湖から顔をこちらへと向けた白鳥達の大合唱。これが美男or美女なら絵になるのだが、あいにく黎斗は冴えない顔の学生だ。白昼突如発生したある種異様な光景に注目が集まり始めるのはある種当然で。ビデオカメラを回す家族もちらほら見受けられる。黎斗としては見世物になったつもりはないのだけれど。

「……僕こんなキャラだっけなぁ」

 自分のことはこれまでお気楽極楽人間だと思っていたのだが、いつの間にこんな苦労性リーダータイプにクラスチェンジしたのだろうか。半ば諦めにも似た表情で、黎斗は買い物に飛び出したまま帰ってこない三人をひたすら待った。止めようとしたのだが「大丈夫だって! 黎斗の様子さっきからずっと見てたから要領はわかった」と言う三人に押し切られたのだ。さっきからジロジロと大衆の目にさらされている自覚はあるが、動く気力も全くない。きっと明日にはいろんな動画サイトにこの光景がアップされているのだろう。そんなことを考えて、気分がますます下降していく黎斗だった。





「おーい、三人ともー。ホテルこっちよ。そろっとチェックインだから行くぞー」

「あいよー」

「おお!! このゲームに萌えを感じる!」

「華麗なそこのお姉さま、そこでお茶でもいかがですか?」

「……What?」

 路上を歩く(露出過多な)金髪美女に男達の魔の手が伸びる。

「お前ら……」

 ……彼らに反省の文字はないのか。 眩暈が黎斗を襲う。襲ってきた回数は本日だけで二桁を超えた。ここまでくると胃薬が欲しい。いい加減心労で倒れそうだ。それともここは暴走する人間が三人から二人に減ったことを喜ぶ場面なのだろうか?

「いい加減話を聞けー!!」

 三者三様の返事。夕方になって日が暮れても結局反町以外の二人は現れず、迷子を捜しに出かけた黎斗達は、警察のご厄介になっている高木と迷子になってグルグル回っている名波を確保することに成功する。あっちへフラフラこっちへフラフラ、そんな三人を引き連れて早数時間、もうすぐ夕食の時間帯だとみてとった黎斗はナポリの中心部へ歩き出そうとして———動きを止めた。

「……ッ!?」

「黎斗?」

 心配してくれる高木に努めて普通の声を返す。大丈夫、硬い声になっていないはず。

「ん、ごめん。ちょっと忘れ物。先に行ってて? あのホテルは日本語大丈夫だから。いい? あのメッチャでかい建物だからね」

 そう言って念を押してから走り出す。近くで凄まじい呪力が発生している。その原因を確認しなければ。この発生は普通ではない。まつろわぬ神がこの近くに降臨したのか、それとも魔物の類に施されていた封印が解けたのか。現状では情報が少なく的確な判断が出来そうにないため、危険性が高いということしかわからない。
 幸い、時刻は夜だ。アーリマンの悪の最高神としての権能が使える時間帯となった今なら、現地へ直接転移が出来る。

「エル、一気に邪気化して転移するよ」

「帰りどうするんですか。行きは相手がご丁寧に呪力垂れ流ししてるから場所丸わかりですけど、マスターこの周辺の地理に疎いでしょ。帰り目印ないから転移できませんよ? 邪気化の転移は座標をしっかりわかってないとダメでしょう。私雪崩の現場まで飛ばされるのはもう勘弁ですよ」

 邪気化したのちに転移をすることで、夜の地域なら一瞬にしてどこでも移動ができる。どこにでも行けるということは、転移先の選択肢が無数にあるということだ。試したことはないのだが夜でありさえすれば火星や月といった別の惑星にまで転移できるのではないだろうか、と黎斗は思っている。試してみたいのだが失敗したらどうなるか見当がつかない。呼吸やら温度の問題は呪力・神力で強化すれば十中八九平気だろうが、真空の中に放り込まれて無事に動けるかわからない。もし平気ならば別の惑星に別荘を建てて優雅な生活を送れるので今後の人生は安泰だ。重力が地球と同じくらいあれば各種権能を駆使してもう一つの地球を作れる自信が彼にはある。その環境に辿り着くには何千何億年必要になるかはわからないけれど不老不死たる彼にとって時間など大した意味はない。
 閑話休題、とにかく今回のように相手が呪力を放出して居場所を教えてくれているような状況でない限り狙った場所への転移は困難を極める。世界地図を用いて金閣寺の位置を探すようなものだ。地元の地理に精通していなければ、普通にやったら大体の位置しか補足できない。誤差が数十kmともなればエルでなくとも難色を示すだろう。しかも転移した先の安全は保障されていないのだ。

「帰りは歩く。なんとしても明け方までには戻るよ。とりあえずここでこんなことされたら三人に被害が出かねない」

「ホントに良いんですか? これだけ呪力放出している相手の所にノコノコ行くのは正体を晒すことと同義だと思いますが。欧州にどれだけ神殺しがいらっしゃるとお思いですか?」

「……」

 黎斗が権能の行使をピタリとやめる。

「……何人いたっけ?」

 黎斗のあまりの酷さにエルは嘆きたくなった。同胞の情報をきちんと把握していないにも程がある。隠遁生活するのならこれくらいの情報仕入れておくべきだろうに。

「……アメリカ大陸に御一人、中華大陸にも御一人、日本にマスター含めて御二人、あとは全員欧州かと」

「ってことは……四人? 行ったらバレるんじゃね?」

「だからそう言ってるじゃないですか。アフリカ大陸やらオセアニア地域、南極北極ならまだしもこんな激戦区に首を突っ込む必要性ありませんって」

 道端で作戦会議を始める主従。突如立ち止まり顔を白黒させはじめた黎斗に関わらないよう、周囲の人間が彼を避けて動いている。そんなことにも気づかずに会議を続行するので、傍目には独り言を呟く危ない人にしか見えない。

「……気配、消えたわ」

 白熱した談義の最中、状況を把握しようとした彼は呪力が消えていることに気付いた。これではもはや捜索も叶わない。こんな土地で夜中出歩けば迷子になるのは確定だ。

「現地の神殺しが対応なさったのではないかと。流石欧州、対応が素早いですね」

「それで呪力が消えたのか。じゃあ解決じゃん。とっとと帰ろう。……でも、なーんかひっかかるんだよなぁ」

 そう言ってホテルへ戻る主従。あと五分でも相談を続けていたならば、不審者扱いされ警察の厄介になったであろうことを知らないで済んだのは、きっと幸運なのだろう。 
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