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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第十六話 裏 (なのは、フェイト、忍)

 
前書き
注意:今回はなのはVSフェイトは十二分に覚悟してお読みください。戦闘、暴力シーンが嫌いな方は読み飛ばしてください。表の結論だけでも十分です。 

 






 高町桃子は、突然の娘の言葉に困惑していた。

「要するに可愛い洋服が欲しいのね?」

 確認するように末娘のなのはに問いかけると、うんうん、と力強く何度も頷くなのは。原因はよく分からないが、どうやらなのはは可愛い洋服が欲しいらしい。あまりに唐突で初めての出来事に困惑していた桃子も段々と頭が回ってきた。

 末娘であるなのはがこんなことを言ってくるのは初めてである。前々から何度か洋服を買うためになのはを誘ったことがあるが、そのときは、拒否された。今、なのはが着ている洋服は、桃子が仕方なくディスカウントストアで買ってきた適当なものだ。もっとも、それなりにデザインは気にしてはいるが。

 なのはが突然、こんなことを言い出した原因に心当たりがないといえば、嘘になるだろう。原因として考えられるのはたった一つしかなかった。すなわち、最近、なのはと友好関係を結んでいる蔵元翔太である。現在、彼以外には友人がいないことを桃子は知っているし、家族が言っても聞かなかったなのはが突然、こんなことを言い出すのは、翔太ぐらいしか考えられなかった。

 しかしながら、翔太が原因だとするとずいぶん、微笑ましいことだ。もしも、翔太が女の子であれば、翔太のような洋服が欲しいとねだるだろう。だが、彼は男の子。彼の洋服に憧れたとしたら、『可愛い』などという形容詞はつかないはずだ。つまり、なのはは翔太に対して可愛らしい自分を見せたいのだろう。ずいぶんと女の子らしい思考で安心した。

 もっとも、その思考に至るには何かの切欠が必要なのだが、息子の恭也に聞いても思い当たる節はない、という答えが返ってきた。もともとそういった方面には疎い恭也のことだ、思い当たる節がないのではなく、気づかなかっただけだろう。桃子はそう結論付けた。

 なのはに「分かったわ。今度の連休に買いいきましょう」と言うと、桃子にも分かるぐらいに上機嫌に自分の部屋に戻っていった。桃子はその後姿を見送ると炊事場の片づけへと戻る。当然、今度の連休を桃子も楽しみにしていた。美由希はもう高校生で着飾るという年ではないし、そもそも洋服などに対する意識は低い。ゆえに、桃子はもしかしたら、なのは以上に連休を楽しみにしているのかもしれない。娘を着飾ることを面倒だと思う母親などいないのだから。



  ◇  ◇  ◇



 高町美由希は、一生懸命に洋服を選んでいる妹を微笑ましく見ていた。

 今日の主役は彼女の妹である高町なのはである。美由希は面白そうだから着いてきただけである。案の定、翔太もついてきで面白いことになっていたが。彼には、なぜ、この場にいるのか分からないということを問いかけてきたので、「君のせいだよ」と答えておいた。

 事実そうなのだから仕方ない。先日、兄である恭也に答えたときは、半ば冗談だったが、どうやら嘘から出た実になってしまったようだ。
 家族会議で改めて、桃子が今日のことを話したときの兄の恭也と父の士郎は頭を抱えていたのが印象的だ。まだ小学生で、ただの予想でしかないのに、もしも中学生ぐらいになって彼氏の一人もできてしまったときはどうなるのだろうか。

 しかし、そこまで考えて思う。

 ―――あれ? 私って小学生に負けてる?

 よくよく考えれば、美由希はなのはのような甘酸っぱい記憶はない。幼い頃からずっと剣に、剣と共に生きてきた。それ以外の道を知らないというほどに。美由希が通う風芽丘学園が共学の学園だが、異性との出会いもない。一番気になる異性が兄である恭也という時点で女としてどうなのだろうか、と疑問に思ってしまう。
 もっとも、実際には恭也とは血のつながりはなく、正確には従姉妹という繋がりなので、恭也との間に恋心が芽生えたところでまったく問題はないのだが。しかし、この気持ちは兄を慕う気持ちとも言えるし、剣の師匠としての気持ちとも言えるし、異性としての気持ちもある。まるでサラダボールのようによく分からないのだ。

 恭也に恋人ができれば、また違った感情が浮かんでくるのかもしれないが。もっとも、恭也は恭也で異性との付き合いは殆どないようだから、この気持ちを確認するのもまだまだ先になりそうだ、と美由希は洋服を翔太に見せるなのはを見ながら思った。



  ◇  ◇  ◇



 高町なのはは、ここ数日上機嫌だった。

 連休中は、可愛い洋服を母親から買ってもらい、翔太にも「可愛いね」と褒めてもらった。
 そこから先日の休日のように名前を忘れてしまった金髪の少女の邪魔が入ることもなく、平日の放課後もずっと一緒にいられる。まさしく、なのはが望む日常だった。

 ―――ずっと、今が続けばいいのに。

 もちろん、それは無理なのは分かっている。月日は流れるもので凍結できるものではない。だが、『今』を保つための手段はすでに確保している。今しばらくは、きっとこれが日常であるとなのはは確信していた。

 さて、今日は久しぶりにジュエルシードの反応をユーノが見つけたため、日が暮れてもジュエルシードを捜索中だ。本当なら、翔太と一緒に探したいところだったが、日が暮れてしまったため、一刻も早く見つけ出すため今は三手に分かれている。一緒にいられる恭也を羨ましく思ったものの、チーム分けをしたのは翔太なのだから、なのはに異議を出すという選択肢はなかった。

 ならば、少しでも早くジュエルシードを探して翔太と一緒にいる時間を長くするべきだと思い、なのはは現在、夜の海鳴の街の中心街を奔走していた。翔太の推測が確かなら、表通りにはジュエルシードは落ちていない。だから、なのははビルとビルの間にある裏路地を行ったりきたりしながら、ジュエルシードを探していた。

 ―――近くにある。

 なのはもそれは分かっていた。ジュエルシードが近くにあるときの違和感が、なのはの中にも確かにあったからだ。

 ―――早く、早く、早く。

 早く、ジュエルシードを見つけて翔太と一緒にいたい心がなのはを逸らせる。幸いなことになのはのその願いはすぐに叶うことになった。

 突然、なのはの頭に響いたのは、翔太からの念話だった。

 ―――なのはちゃん、ユーノくん、ジュエルシードを見つけたよ―――

 さすが、ショウくん、と思う一方で、自分で見つけたかったな、という思いがある。だが、どちらにしてもジュエルシードを封印できるのは、なのはだけだ。それにジュエルシードが見つかったのならば、遠慮なく翔太の隣に行けるのだから文句があろうはずもない。

 なのはは夜の街を翔太がいるであろう方向に向けて駆け出す。ジュエルシードを封印した後の帰り道、翔太とどんなことを話そうか、と考え事をしながら。たくさんの人が行きかっている道であろうともマルチタスクが使えるなのはにとってしてみれば、考え事をしながら走るなど朝飯前のことだ。

 だが、それでも複数のことを同時に行っていれば、本来気づくべきことにも気づかないこともある。今回の場合もそれだった。

 ―――ショウっ! 気をつけて! 誰かが結界も張らずに魔法を使ってるっ!! ―――

 ユーノからの突然の念話にえ? と、意識を周囲に向けてみると確かに魔力が周囲に拡散している。翔太のものでも、ユーノのものでも、ましてやなのはのものでもない。第三者のものだ。そして、考えられる第三者とは、先日の休日の犯人以外には考えられない。

 なのはの代わりに成りえるかもしれない魔導師。なのはにしてみれば、今を壊す敵である。

 もし、目の前にいるなら、おそらく戦うことになるだろう。だが、今は目の前に犯人の姿は見えず、広範囲に魔力が拡散していることから犯人が使う魔法はおそらく広範囲に至る魔法なのだろう。そうだとすれば、翔太が危険だということはすぐに理解できた。

 だから、なのははレイジングハートを起動させ、止めていた足を動かして、再び駆け出す。翔太が襲われたとしても自分が助けるために。だが、なのはが翔太を護るにしても多少、タイミングが遅かった。

 翔太がいるであろう路地裏に入ったなのはが見たものは、天空から落ちてくる雷に対してプロテクションという防御魔法を展開しているようだった。翔太が正式な魔法を使えることにも驚いたが、なのはからしてみれば、翔太のプロテクションなど紙のようでしかない。事実、魔法の雷は、翔太のプロテクションをもろともせず、貫通してしまったのだから。

 翔太のプロテクションで威力をそがれた雷を受けて、いつっ、という痛みを堪えるような表情を見て、声を聞いた瞬間、なのはは一気に頭に血が上った。

 ―――ショウくんが痛がってる? 傷つけた? 誰が? 誰が?

 考えるまでもない。なのはの障害となるかもしれない魔導師以外には考えられない。
 この瞬間、なのはの頭の中に障害となるであろう魔導師を許すという選択肢は、塵芥と化した。代わりに件の魔導師に対して絶対に許せない、という怒りが沸々と湧き出してくる。
 もしも件の魔導師にであったならば、少し痛めつけた後に、もうジュエルシードに関わらないと言わせ、そこまでにしておこうと思っていたが、翔太を傷つけた以上、『少し』という形容詞は綺麗さっぱりなくなってしまった。

 本当なら、すぐにでも件の魔導師を探したいのだが、今はそれよりも翔太の足元にあるジュエルシードが先決だった。翔太の足元にあるジュエルシードは、今までのものとは比べ物にならないほどに魔力を放出しているのだから。

「ショウくんっ!!」

「なのはちゃんっ! これっ!」

 入り口で止めていた足を再び動かして、駆け込むと翔太がハンカチで包んだジュエルシードを投げてくるのが見えた。それだけでなのはは翔太が何を求めているのか理解した。当然のように「リリカルまじかる」とジュエルシードを封印して、レイジングハートの宝石部分にジュエルシードを収めた。

「ほっ、間に合った。ナイスタイミング、なのはちゃん」

 先ほどの痛がっていた表情とは一変して、安堵した表情になっていた。それだけでなのはは安心する。翔太があまり痛がっていないことが分かったから。もっとも、件の魔導師に対する処遇は変わらないが。

「しかし、やっぱりすごいね。あんなの簡単に封印しちゃうんだから」

 感心したように話す翔太。たったこれだけで、なのはの心は先ほどまで怒りで血が上っていたことも忘れて、有頂天になる。先ほどまでの暗く沈んだ感情はすっかり消えてしまい、魔法を使わずとも空を飛べそうなぐらいになのはの心は軽くなっていた。

「そ、そうかな?」

 だが、それ以上に憧れていた翔太に褒められることで照れてしまうなのはだった。



  ◇  ◇  ◇



 高町なのはは、逃げていた。

 追ってくる相手は、件の魔導師と記するべきなのはと年の変わらないであろう少女だ。黒い服に金髪を靡かせて自分の跡を追ってくるのを確認しながら、なのはは逃げていた。
 あの場では、この手が一番だと思った。翔太の近くで戦うことは可能だった。だが、可能なだけだ。万が一にでも流れ弾が、翔太にいかないとも限らない。翔太を傷つけることはなのはが一番望むべくことではない。だから、空を飛んで逃げた。幸いにして彼女の目的は、ジュエルシードのようだから逃げれば追ってくると踏んでいたのだが、正解だったようだ。

 しばらく飛んだ後、海鳴の中心街の中でも無数の高層ビルが立ち並ぶ中心街の中心でなのはは足を止め、振り返り、件の魔導師と相対した。黒い外套とツインテールの金髪を靡かせ、なのはから十メートル程度はなれたところで止まる少女。
 彼女の金髪が、先日の休日に初めて顔を合わせ、翔太の親友と勘違いしている少女を髣髴させる。件の魔導師というだけで嫌な感情が胸を締め付けるのに、さらに神経を逆なでするようだ。

「ジュエルシードを渡してください」

 すぅ、と威嚇のように死神の鎌のような形をしている戦斧を向けられる。だが、なのははそれに怯むことはなかった。これから戦う相手に怯むことは負けを意味することを本能とも言うべき部分で理解していたからだ。

「ねえ、なんで私がショウくんの傍から離れたと思う?」

 なのはの言葉が聞こえたのか、怪訝そうな顔をする少女。だが、もともとなのはは相手に答えを期待していない。この場に逃げて、いや、おびき出した理由を伝えるためだけだ。

「ショウくん、暴力嫌いなんだ。だから、あなたと戦ってるところ見られるの嫌だし」

 翔太は、元来から優しい性格をしている。そうでもなければ、殴った相手を話し合いだけで許して、一緒に遊ぶなんてことはできない。本来、関係ないことを手伝うなんてことはできない。なのはに毎日付き合ってくれるなんてことができるはずもない。

 何が言いたいんだ? とばかりにそれを尋ねようと口を開く黒い少女を遮ってなのは、それに―――と続ける。

「あなたの目的なんてどうでもいい」

 なぜなら、彼女にいかなる理由があろうとも、同情も、同調も、反発もしないからだ。

「あなたの名前なんてどうだっていい」

 なぜなら、これから打ち負かし、もう二度と顔を合わせることもない少女の名前を知ったところで時間の無駄だからだ。

「あなたの力なんてどうでもいい」

 なぜなら、少女が如何様な力を持っていようとも、なのはが叩き伏せることは絶対だからだ。

 なのはが少女に対する意気込みは、負けない、という決意ではない。負けたくない、という願望でもない。負けてはいけない、という禁忌だ。

 なのはにとって黒い少女は、もしかしたら、自分の居場所を奪うかもしれない魔導師であり、ジュエルシードを持っているであろう魔導師であり、そして、何よりも翔太を傷つけた魔導師なのだ。
 どれをとってもなのはにとっては負けられない理由だった。だからこそ、これから始まるであろう魔法戦闘の中で少女に対する感情は、負けてはいけないという禁忌なのだ。

 すなわち、なのはにとって―――

「あなたは私の敵だ」

 すぅ、と黒い少女と同じようになのはがレイジングハートを構える。

 魔法少女同士の戦いの幕が切って落とされた。



  ◇  ◇  ◇



 フェイト・テスタロッサは、目の前の名前も知らぬ白い少女に戦慄していた。

 戦いの幕が切って落とされて、少しの時間が経過した。お互いに牽制のように射撃魔法を打ち合うものの避けたり、防御魔法で防御したりと決定打にならず、お互いに無傷だった。

 しかしながら、無意味に射撃魔法を打ち合っているわけではない。フェイトは、白い少女の力量とタイプを測っていた。
 白い少女の力量は、動きがどこか機械的ではあるが合理的な判断が早く、飛行魔法も速い上に防御魔法も堅い。つまり、端的に言えば、相当に強い。しかも、唯一隙を見出せそうだった機械的な動きをしている部分も戦っているうちに少しずつ修正しているようだった。
 彼女のタイプだが、おそらくは、遠距離を得意とする魔導師だろう、とフェイトは判断していた。一度、距離を詰めようと高速で移動したのだが、彼女は近づかれるのを嫌がるようにすぐさま距離をとったのだから。

 そこまで判断してしまえば、フェイトの取れる戦術は数が限られている。そもそも、彼女の得意とする距離は中、近距離だ。このまま、遠距離の戦いに徹しられ続ければ、いずれジリ貧になることは目に見えていた。

 彼女の使い魔であるアルフが彼女の仲間を何所まで足止めできるか分からない以上、早く勝負をつけなければならない。だから、フェイトは自分の判断が間違っていないか、確認するように数度、フォトンランサーによる射撃魔法を打ち込み、ブリッツアクションで高速に近づくなどの戦術を行った後、勝負に出た。

「フォトンランサー」

 今までの打ち合いのように四発のフォトンランサーを白い少女に向けて打ち込む。今までの打ち合いならば、白い少女の射撃魔法を捌きながら隙を見つけようと探るのだが、今回は違う。直射型であるフォトンランサーの特性を利用して、一緒に白い少女の元へと近づく。ある程度近づいたら、ブリッツアクションで死角を取り、鎌のような魔力刃を発生させるサイズフォームで決着をつけるつもりだ。

 だが、フェイトの作戦は、最初から崩壊した。

「なっ!?」

 今までなら白い少女は、飛行魔法を使って高速で動き回りフォトンランサーを避けていたはずだったが、今回は直射型であるフォトンランサーにまるで自分から当たりに来るように一直線に突っ込んできた。想定外の動きにフェイトは、動きを止めてしまった。

 動きを止めたフェイトは、頭の中で高速で作戦を組み立てるものの、白い少女は、このままいけば、フォトンランサーが全弾命中する。確かに白い少女の魔力は高く、バリアジャケットの防御力は高いだろうが、全弾命中すればダメージは避けられないはずだ。防御魔法を使ったとしても全弾を防御しきれる可能性は低い。つまり、どちらにせよ、彼女は多少なりともダメージを喰らうはずだ。ならば、弱ったところを叩けばいい、と彼女の愛機であるバルディッシュをサイズフォーム変えて、フォトンランサーの行く末を見守る。

 フォトンランサーはフェイトの予想通り、白い少女に全弾命中。直後、雷属性の付与のためか、閃光と煙。このまま白い少女が墜ちてくれれば、楽なのだが、フェイトの予想通り、白い少女は彼女の杖を構えたまま、白煙を割って飛び出してきた。彼女の姿は、フォトンランサーを多少なりとも受けたのか、白いバリアジャケットはところどころ黒くすすけている。だが、そんなことはフェイトにとってはどうでもいい。白い少女は、フェイトを敵と呼んだが、フェイトにとっても確かに白い少女は敵なのだから。誰かを傷つけるという行為自体に胸は痛んだが、フェイトが想う母親のことを思えば、その胸の痛みはないも同然だった。

 飛び出してきた白い少女の一撃を受け止めようとバルディッシュを構えるフェイト。白い少女が杖を振り上げ、振り下ろす瞬間にあわせてバルディッシュを振り下ろした瞬間――――白い少女の姿が消え、バルディッシュの鎌は、宙を切り裂いた。

 ―――消えたっ!?

 正直、フェイトが背後からの一撃を受け止められたのは、彼女に近距離戦闘の適正が高かったからに過ぎない。ぞくっ、と背筋から這い上がる悪寒に対応した結果が偶然、彼女の一撃を受け止めたに過ぎなかった。

 だが、幸いにして白い少女の一撃を受け止められたフェイトだったが、頭の中は混乱していた。

 ―――まさか、この子は近接戦闘が得意?

 いや、だが、戦いの中で掴んだ情報は確かに白い少女が遠距離戦闘が得意だと告げていた。しかし、だとすると彼女の行動が理解できない。近接戦闘が得意でなければ、フェイトに近接戦闘を挑む意味もわからないし、フォトンランサーによるダメージを受けてまで近接戦闘を挑む意味がないからだ。

 とにかく、フェイトは一旦冷静になるために距離をとろうと白い少女をバルディッシュで、突き飛ばした直後、反転。そのまま距離を取ろうとしたのだが、それは不可能だった。いつの間に設置されたのか、フェイトの後ろには白い少女が使っていた射撃魔法が四つ、フェイトを待ち構えるように浮かんでいた。

 拙いっ! と思った瞬間には次々と桃色の球体がフェイトを襲う。彼女の魔法は、フェイトのフォトンランサーのように直射型ではなく、誘導制御型だ。ただ避けるだけでは、いつ背後を取られるか分からない。だから、襲ってくる桃色の球体をフェイトは一つ一つバルディッシュの鎌で切り裂き、完全に壊すしかなかった。背後にいるはずの白い少女が気になったが、今、彼女はこの魔法の制御に思考を向けているはずで、別の魔法は使えないはずだ。だから、フェイトは一つ一つ、白い少女の魔法を壊すことに専念した。

 四つの内、最後の一つを切り裂き、改めて白い少女から距離を取ろうとした瞬間、衝撃は上から来た。

「ぐっ!」

 右肩に打ち込まれる容赦のない一撃。フェイトの移動力確保のため薄いとはいえ、生半可な衝撃は通さないはずのバリアジャケットを抜いての重い一撃。
 衝撃で、仰向けになりながら墜ちるフェイトの目に入ったのは、八つの桃色の射撃魔法を身体の周辺に身に纏う白い少女の姿だった。

 このままでは、直撃してしまうと思ったフェイトはバルディッシュでなぎ払おうと右手を動かそうとしたが、先ほどの一撃による痛みで右腕を動かすことができず、仕方なく左手で防御魔法を展開するものの、フェイトはおそらく防御魔法が打ち破られることを理解していた。
 しかしながら、直撃よりマシである。たとえ喰らったとしても立っていればいい。フェイトにとって、この一戦は決して負けられないのだから。

 ―――そう、私は負けない。負けられない。母さんのためにもっ!!

 フェイトの予想通り、防御魔法は四つの射撃魔法を耐え抜いたところでガラスのようにひび割れ、霧散した。直後、目に飛び込んでくる四つの射撃魔法。対抗する手段は一つもなく、歯を食いしばって耐えるしか方法はなかった。

「かはっ!」

 二発は、腹部、一発は先ほど一撃を受けた右肩、一発は顔面に命中していた。だが、それで意識を失うことはなかった。フェイトの負けられないという精神力の勝利だ。今のフェイトの状況は、右肩が動かず、満身創痍と言っていいかもしれないが、心は折れていなかった。フェイトには決して負けてはいけない理由があるのだから。

 だが、空中で姿勢を立て直したフェイトが目にしたのは――――

「ディバイン――――」

 まるで、最後に残った心さえも折るかのような圧倒的な桃色の光とその向こう側で勝利を確信してフェイトを嗤う少女の笑みだった。

「バスタァァァァァァァっ!!」

 圧倒的な桃色の光の奔流に巻き込まれたフェイトは、抵抗という最後の心さえ折られて、その濁流の中で意識を落とした。



  ◇  ◇  ◇



 高町なのはは、墜ちた黒い少女を警戒しながらも軽い高揚感に包まれていた。

 ―――2万と746。

 その数字は高町なのはが、レイジングハートによるシミュレーションでクリアした訓練の数だ。無数のパターン数とレベルを組み合わせることでそれだけの数字が用意できた。訓練のためになのはは翔太と一緒にいる時間以外のすべてを費やした。授業を受けながら、夕飯を食べながら、お風呂の入りながら。時に魔力ギプスとも併用することで、確かにそれはなのはの糧となっていた。
 普通の人ならば、なのはの無謀ともいえる努力を戒めるだろうが、レイジングハートは有能なAIがあるといえども、しょせん機械であり、有能なAIであるからこそ、マスターの命令に最大限従おうとする。つまり、その数字は、強くなりたいというマスターである高町なのはの願いに最大限に答えた結果だった。

 そして、その成果が今、なのはの前に転がっていた。

 意識を失った黒い少女は、十メートルほどの上空から意識を失い、道路のアスファルトに叩き落されていたが、バリアジャケットのためか、息はしていた。だが、その水着にも似たバリアジャケットはボロボロで、ところどころ破れ、露となった皮膚から血が流れていた。彼女の金髪もくすんでおり、まさしく満身創痍という出で立ちだった。

 そんな黒い少女を見ても、なのはは決して警戒を解くことなく、背後に八つのディバインシューターを展開させ、ディバインバスターの発射準備をした状態でホールドし、黒い少女に近づく。黒い少女はなのはがある程度近づいてもまるで意識を戻さない。それを確認したなのはは、まるで磔のように両手首と両足首にバインドをかける。右手首にバインドをかけた瞬間、殴った箇所が痛むのか、顔をしかめたが、意識を取り戻すことはなかった。

 たとえ、意識を取り戻して反抗されてもすぐさま対応できるような状態にして、なのはは黒い少女の意識を取り戻させるため、彼女のわき腹を足蹴にし、身体を揺らす。何度か繰り返すが、黒い少女は意識を取り戻す様子はなく、仕方なく少し強めにつま先でわき腹を抉るように蹴った。

「がっ!」

 わき腹は肋骨に守られていないため、衝撃が内臓に直接響く。さすがの黒い少女もその衝撃には耐えかねたのか、ぼんやりと意識を取り戻していた。なのははそれを確認した直後、レイジングハートのディバインバスターの発射口を彼女の顔に近づける。

 まるで刀の切っ先を突きつけたような感じなのだろうか、黒い少女の表情が恐怖で固まっていた。だが、それを気にせずなのははなのはの敵に要求を突きつけた。

「ジュエルシードを渡して」

 そう、なのはの考えが正しいなら、黒い少女は少なくとも一つはジュエルシードを持っているはずだ。
 あれは、なのはが翔太に褒めてもらうために、なのはが翔太に必要としてもらうために絶対に必要なもの。だから、目の前の黒い少女が、自分よりも弱い黒い少女が持っていていいものではない。あれはすべて自分が持つべきものなのだから。

「い、いやだ」

 だが、黒い少女の答えは拒否だった。いや、その答えは大体予想していた。だが、もしも答えが肯定であれば、なのはの苦労が多少、軽減されるだけだ。

 黒い少女の答えを聞いたなのはは、屈んで黒い少女の右手に握られた戦斧に手を伸ばす。なのはがレイジングハートにジュエルシードを仕舞うように彼女のデバイスにジュエルシードを仕舞っていると思ったからだ。だが、手を伸ばし、握ったところで黒い少女が戦斧から手を離さない。

「離して」

 なのはが睨みつけるものの、黒い少女が戦斧を手放すことはなかった。

 何度か同じことを繰り返すが、黒い少女が離すことがないということが分かったのか、なのはは気だるそうに立ち上がると足を上げ、痛めているであろう黒い少女の右肩を思いっきり踏みつけた。

「ぐぁぁぁ」

 痛みで顔が歪む黒い少女。だが、なのはは一切躊躇を見せずにさらに抉るようにグリグリと足を動かす。ぐっ、や、あっ、という悲痛な声がなのはの耳を揺らしたが、足を止めることは決してなかった。そして、二、三度、足をグリグリと動かすことを繰り返した後、再び足を振り上げ、黒い少女の右肩を踏みつけた。

「がぁぁ」

 痛みに耐えかねたのか、黒い少女の右手からカランカランという金属がアスファルトの上を転がるような音を出して戦斧が転がる。それを見たなのはは黒い少女の右肩から足を離し、少し歩いて戦斧を手に取り、語りかける。

「ねえ、ジュエルシード出して」

 だが、戦斧からも答えはなかった。

「そう」

 そのことに対してもなのはは冷静な目のまま呟くと、まるでそれが自然な動作のようにディバインシューターを一つ操作し、少し離れた黒い少女の腹部に命中させた。ぐっ、という耐えるような短い悲鳴が黒い少女から漏れた。

「お願いして、答えないたびに一つずつあなたのマスターにディバインシューターを命中させるよ。残り七つあるから、全部命中させても答えなかったときは……」

 すぅ、とディバインバスターをホールドしたままのレイジングハートを黒い少女に向ける。
 ディバインシューター八発とディバインバスター一発。非殺傷設定である以上、黒い少女が死ぬことはないだろう。だが、魔力ダメージは計り知れないものがある。もちろん、それでも出さなければ何度もこの動作を繰り返すだけだ。

 だが、ここまでやっても戦斧は何かに悩むように答えはなく、ジュエルシードを出すことはなかった。

 ―――仕方ない、もう一回かな?

 そうなのはが考え、もう一発、ディバインシューターを操作しようとしたとき、レイジングハートが点滅し、戦斧に告げた。

 ―――Please putout the JS. My master is serious.

「ダメっ! バルディッシュっ!!」

 バルディッシュと呼ばれた戦斧を制止するマスターの言葉。だが、レイジングハートの言葉が契機となったのだろう。戦斧は何かを諦めたように、瞳のような宝石の部分から一つのジュエルシードを放出した。放出されたジュエルシードはなのはの手の中に収まる。手の中に収まったジュエルシードを見て、なのは満足そうに笑った。

「あ、あああ」

 ジュエルシードを放出した戦斧を信じられないといった様子で見つめる黒い少女。だが、ジュエルシードが手に入ったなのはには、もはや魔法で勝った黒い少女も彼女の獲物である戦斧も無用の長物だった。
 だから、なのはは、自分の手に持っている戦斧を処分しようと思った。理由は簡単だ。これがある以上、もしかしたら黒い少女はもう一度、ジュエルシードを目指してくるかもしれないから。それは翔太との時間を邪魔することを意味する。なのはの中でも優先度が最重要であるその時間を邪魔するなど、とても許せることではなかった。だから、なのはは、これを処分しようと思った。

「ディバインシューター」

 なのはの声に従って動く桃色の球体は、なのはの手から離れた戦斧を弾いて、上手い具合に上空へと運んでいく。ガン、ガン、ガンと音を立て、射撃魔法の反動によって上空へと運ばれる戦斧。それに向けてなのはは、レイジングハートの発射口を向ける。それを見て黒い少女もようやくなのはが何をしようとしているのか理解したのだろう。バインドによって動かない手足をばたばたと動かし、口を開く。

「やめろ、やめろ、やめろ」

 黒い少女の口からうわごとのように呟かれる制止の言葉。だが、それもなのはの耳には届かないようで、制止する様子など一切見せることなく、レイジングハートのホールドしていた4つの環状魔法陣がなのはの魔力を増幅、加速させる。標的である戦斧はおもちゃのようにガン、ガン、ガン、とディバインシューターに打ち付けられ、もはや罅だらけだった。

 もはや後一押しで完全に壊れるであろうそれに終止符を打つべく、なのははレイジングハートを構えた。

「ディバイン―――」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 黒い少女の絶叫。だが、それがなのはの耳に届くことなく、なのはは最後の言葉を口にする。

「バスタァァァァァっ!!」

 レイジングハートの先端から発射される光の奔流。黒い少女の意識を刈り取った砲撃魔法は一直線に戦斧へと雪崩れ込み、黒い少女の愛機であった戦斧を塵に返す―――ことはなかった。桃色の光の奔流が直撃する直前、戦斧を守るように立ちはだかる一つの影をなのはは見落としていた。

 その黒い影は、戦斧を銜えると地面に降り立ち、まだレイジングハートを構えたままのなのはに突進してくる。突然の乱入者になのはは対応することはできず、黒い影の突進を避けることはできなかった。

 あまりの衝撃に吹き飛ばされるなのは。バリアジャケットのおかげであまり痛みはなかったが、それでも魔法の制御が一瞬、甘くなったのは確かだ。その一瞬を突かれたのだろう、黒い少女を拘束していたバインドは解かれ、痛みを堪えるなのはが目にしたのは、大型犬ほどの大きさだったはずの影が成人女性ぐらいになり、黒い少女を抱えて飛び立つ姿だった。

 一瞬、追おうかとも思ったが、すでに姿は見えなくなっており、今から追っても追いつくことは不可能と判断した。

「ふぅ」

 疲れたようなため息を吐く。だが、心の中は満足感であふれていた。

 自分の居場所を奪うかもしれない魔導師に勝つことができた。叩き伏せることができた。彼女が持っていたジュエルシードも手に入れることができた。逃がしたのは拙かったかもしれないが、もう一度立ち向かってくるというのなら、もう一度叩き伏せるだけである。

「さあ、ショウくんのところにか~えろっと」

 ジュエルシードを手に入れたことで褒めてくれる翔太の想像をしながら、なのは上機嫌で戦場跡から踵を返すのだった。



  ◇  ◇  ◇



 月村忍は頭を抱えていた。

「はぁ~、本当、どうしたものかしら?」

 翔太が怪しいと睨んで早一週間近くが経とうとしている。だが、彼を念入りに調べても彼が裏の事件に関わっている証拠は見つけられなかった。彼の周囲にしてもそうだ。父親も母親も祖父も祖母も、家系を調べたが全員が一般人。平々凡々の中流家庭だった。真っ白も真っ白もいいところだった。

 だが、そうでいながら、最近の翔太の行動はその白を灰色にしてしまう。

 翔太を疑う契機となった宝石に関してすずかをもう少し問いただしてみると、翔太はなのはの手伝いをしているとすずかたちに説明しているらしい。だが、翔太が裏に関わる家系ではない以上、一般人であるはずの翔太を巻き込むことはありえない。なのはが翔太を手伝うことはあっても、翔太がなのはを手伝うことはない。正確には手伝えることはない。だから、忍はこの件に関しては翔太が嘘をついていると判断した。

 だが、翔太の家と高町家については何も繋がりがなかった。昔の『御神』と『不破』についても同様だ。これで、もしも探しているのがこの蒼い宝石でなければ、恭也が関わっていることも子どもの面倒を見ている兄として片付けられたのだが。この宝石を捜しているのならば、恭也も裏の人間としての護衛と見るほうが自然だろう。

 そして、翔太が探しているらしいこの宝石。忍のほうで調べてみたが、科学的に見るとただの石だ。もっとも素晴らしい加工技術で現存の加工技術では、ここまで綺麗に宝石を加工することは不可能だが。調べる方向を変えて、この街に住む退魔士に見てもらったところ、やはり大きな力を宿していることが分かった。ただし、霊力でもなければ妖力でもないという奇怪な回答だったが。安心できることに、この宝石は安定しており、簡単に暴走することはないようだ。怖いもの見たさから、暴走した場合を聞いてみたが、軽く街が根こそぎなくなると聞いて聞かなければよかった、と思ったのは記憶に新しい。
 さて、そんな宝石に関わろうとしている翔太が真っ白であるはずがない。ちなみに、退魔士として『蔵元』という苗字に聞き覚えは大家である神咲家にもなかった。

 極めつけは、今日の出来事だ。海鳴の街に現れた気象衛星に写らない雷雲と雷。それが確認された直後、業界の中でも優秀とされている尾行屋が翔太たちをロスト。一時間に渡り、尾行屋は彼らを見失っていた。彼曰く、煙のように消えたらしいが、退魔術の中でも隠密の術はあろうとも、煙のように消えることは不可能だ。つまり、退魔術以外の何らかの技術を使ったと思われる。

 これだけなら、しばらく翔太を調べればいいのだが、さらに状況をややこしくしたのは、彼女の叔母であるさくらだ。さくらに頼んでいた人狼族の調査が終わり、報告を聞いたところ、日本からはぐれ者は出ていないらしい。欧州から流れてきたものか、とも思ったが、欧州もここ数十年単位ではぐれ者など出ていないというのだから驚きだ。つまり、忍が見た人狼族はさくらが知る人狼族以外からの流れ者ということになる。この件も踏まえて数日後にさくらが月村家に来ることになってしまった。

 正直、忍は八方塞だった。翔太は、調べても証拠は一切現れず、状況証拠のみが積みあがっていく。現状も一緒に報告したさくらにはそれが一層、不気味に思えるらしい。今度、さくらが来たときに翔太も呼び出すことになってしまった。
 それで、もしも翔太が裏の人間ならばいい。だが、だが万が一にも本当にただの人間だったら。当然、翔太に夜の一族による契約を迫るだろう。そして、彼が拒否すれば、夜の一族の記憶を彼からすべて消すしかない。そうやって、彼女たちは生きてきたのだから。
 だが、それは単純に月村すずか、月村忍のことを忘れさせるということに繋がらない。人間の記憶はいい加減であるが、だからこそ、同時に記憶の封印も解けやすい。故に月村に関する人から記憶を消さなければならない。近くで言うとアリサ・バニングスも対象になるだろう。つまり、すずかは一瞬でたった二人しかいない友人を両方とも失うのだ。

 しかし、だからといって、今、海鳴で起きている何かが自然に解決することを待つこともできない。月村はこの海鳴を中心とした土地の裏側を治めている。治める以上、力を示すことは必要だ。それが単純な力だったり、権力だったり、お金だったりもするが。それらの中で一番舐められては困るのは意外にも単純な力だ。これを失うとすぐさまこの土地を狙う様々な組織から急襲されるだろう。それを避けるためにも早期解決、あるいは介入が必要だった。いや、もしも年度初めという忙しい時期でなければ先日の連休中にでも両親は翔太を呼び出していただろう。

 あちらが立てば、こちらが立たず。忍の苦悩は続きそうだった。






 
 

 
後書き
 戦闘シーンは難しいです。 
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