| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

レンズ越しのセイレーン

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

Mission
Mission6 パンドラ
  (1) ニ・アケリア村(分史)

 
前書き
 あなたにとって大切なもの ≠ わたしにとって大切なもの 

 
 ユリウスは夢を見ている。遠い昔の、たいせつな、たいせつな思い出。


 ――“おかえりなさい、兄さんっ”――
 ――“その…言いつけ破ってごめんなさいっ。でも、兄さん、ずっと食べてないみたいだったから、心配で…”――
 ――“ま、まずくない? 初めて作ったから。まずかったら言ってね。残していいんだかねっ”――


 ユリウス・ウィル・クルスニクの人生の方向を決定づけた、人からすれば何でもない、小さな出来事。
 この幸せに浸っていたい。自分たち兄弟がいる部屋だけが世界で、希望だけを信じられた時間にもっといたい。

 だが、ユリウスの願い虚しく、彼の意識は現実の覚醒へと向かって行った。



 次元の壁を越えて一番に目を覚ましたのはユリウスだった。
 ユリウスは自身の骸殻が消えているのに気づいた。意識を失ったことで自動的に解除されたらしい。

 傷む体の節々は無視して、ユリウスは周囲の状況を確認する。
 どうやらここはいわゆる「村」というコミュニティらしい。ユリウスも実際に見るのは初めてだ。村人たちは、突然現れた身なりのそぐわない自分たちを、遠巻きにじろじろ観察している。

 次に手近なところを見回してみる。エルをしっかと抱きしめて気絶しているユティ。それぞれに仰臥する若い男と老人。
 後者には義理もないので放ってルドガーを探しに行こうか。しかし口頭とはいえユティだけは雇用契約を交わした仲。ルドガーのサポートを続けてもらうためにも、彼女とのそれは続行したい。

 ユリウスは少女たちに近づくと、ユティの頬を軽く叩いた。

「ユティ。おい、ユティ。起きなさい」
「ん…とー、さま?」

 ユティのとろんとした(まなこ)がユリウスを捉える。寝ぼけて父親と間違えているらしい。訂正しようとして。

「とーさまだぁ」

 極上の笑みを浮かべるユティにすり寄られた。

 振り解けない。ユリウスは彼にしては珍しく本気で混乱して硬直していた。
 今のユティは完全に無防備だ。ただの甘えん坊の女の子だ。100以上の分史を壊してきたクラウンエージェントも、生身の女子の対処法には疎かった。

「ああーーーー!!」

 完全なる不意打ち。いつのまにか目を覚ましたエルが、ユリウスを指さして騒ぎ出した。

「おじさんがユティとフテキセツなカンケーになってる!!」
「なにぃ!?」

 すわっ。飛び起きたのはブランドのスーツを着崩した若い男。

「わ、アルヴィン起きた」
「そりゃお兄さんだってあの子心配だからね!」
「お~、ホゴシャっぽいっ」
「あと元幼なじみと今の仲間が不適切な関係とかイヤすぎるにも程がある!」

 もうここまで来るとツッコミを入れる気力も失せた。ユリウスはユティを引き剥がすと、アルヴィン、と呼ばれた男に押しつけて立ち上がった。

「君たちの連れだろう。後は任せた。俺には面倒見きれない」
「え、ちょ、おい、待てって。どこ行くんだよ」
「弟を探しに行く」

 ぽかんとするエルとアルヴィンに背を向け、ユリウスは歩き出そうとした。

「待って」

 足を止めてふり返る。アルヴィンの腕に支えられたユティが、まっすぐユリウスを見ていた。

「行く前に、話、したい。ルドガーのこと、今までのこと」

 先ほどの暴挙などなかったように、ユティはユリウスの知るユースティア・レイシィに戻っていた。

「……いいだろう」
「というわけだから、行ってくる。アルフレド、エルとローエンをお願い」
「お、おう。なんかあったらすぐ呼べよ」
「うん」


 ユティに付いて人気のないスポットまで行く。ほぼ盗み聞きされまいという距離を経て、ユティは止まってユリウスをふり返った。

「それではここでクエスチョン」
「は?」
「『泣き虫アル坊や』『スヴェント本家長男』『証の歌を唄ってあげた』。これらのキーワードで誰かを思い出しませんか?」

 バラエティ番組の前置きじみた台詞に続いたのは、正真正銘のクイズだった。
 突如始まったお遊びにユリウスは閉口した。下らない遊びをしてないで早く二人きりになった意図を教えろ、と詰め寄ってもいいのだが、この少女はそれでも動じない気がした。
 しかたなくユリウスはユティのクイズの正解になりうる人物を記憶の中で探してみたが。

「……お手上げだ。分からない」
「そう? じゃあ特別ヒント。――彼からのアナタの呼び名は『ユリ兄』」

 ユティが指さす先には、たまたまこちらの次元に出た際に一緒だった、アルヴィンという男。

 ――“ユリ兄! またうたってよ、あの子守唄”――

 ぱちん、と弾けた幼い日のシャボン玉(おもいで)

「アル…フレド…」

 まだユリウスが実家に暮らしていた頃、近所に貴族のスヴェント家の屋敷もあった。そこの嫡男とは歳も近く、バランも交えて遊んでいた。まだ足が悪かったバランが首謀者になり、ユリウスとアルフレドが実行犯をしてイタズラをしたりもした。
 ――すでに分史破壊任務に就いていた幼いユリウスには、彼らと遊べる時間は、童心でいられる貴重な時間だった。

「だーいせーかーい」

 くるくるくるー。下手なバレエを踊るユティ。

「スヴェント家は全員が、ジルニトラ号漂流事件のせいで行方不明なんじゃなかったのか」
「ジルニトラの行き先はリーゼ・マクシア。生きてエレンピオスに帰れたのは、アルフレド一人だけだけど」
「漂流難民になってたのか……」

 思い出の中の泣き虫少年と、いかにも「その筋」といった風体の男を、頭の中で連続させるのは難しかった。それでも、ずっと死んだと思っていた幼なじみが生きていて、再会できたことは感慨深かった。

「では見事正解したユリウス氏に賞品を進呈しましょう」

 ユティが差し出したのは、写真屋で現像のおまけに付く紙のアルバム。

「ルドガーの活動記録。見られないようにまとめるの大変だった。ちょっとしたストーカー気分」

 紙のアルバムを開くと、ルドガーの家事をする姿や、ユリウスの知らない顔ぶれと笑い合う姿を写した写真が何十枚も綴じてあった。しかも全てにメモがあり、日付や、一緒に写る相手の身分、シチュエーションまで細かく記してある。

「すごいな……将来、私立探偵になれるんじゃないか?」
「ならないもん」
「これ全部、ルドガーや周りの人間に気づかれずに撮ったのか」
「全部じゃない。ワタシがカメラを持つのは自然なこと。いきなり撮ってもみんな気にしなくなった。その辺を利用して撮りまくった。家空けてる間に弟くんに出来た新しいオトモダチ、お兄ちゃんは気になると思って」
「……ご深慮痛み入るよ。帰ってゆっくり見させてもらう」

 ユリウスはアルバムをコートの内ポケットに入れた。ちょうどよく入るサイズ。ユリウスが持ち歩くのさえ考慮してユティはアルバムを編集したのだろうか。

「何故君は俺とアルフレドの過去の交友関係を知っていたんだ」
「黙秘」

 軽い気持ちでの問いだったので、ぴしゃっと返されても溜息一つしか出なかった。

「他の友人も把握しているのか」
「ノー。ワタシが知ってるのはアルフレドとバランだけ」

 尋問みたいだ。ユリウスは久方ぶりに愉快な気分を味わった。彼女ばかりが情報量で勝っている状況を覆せば、この能面はどう崩れるだろう。どこまで聞き出せるか試してやる。

「俺の両親については知っているか」
「イエス」
「俺とルドガーの兄弟関係も?」
「イエス」
「知ったのは独力か。それとも協力者がいるのか」
「後者」
「複数か」
「イエス。3人いた」
「その3人は俺の知る人物か」
「イエス。全員アナタと関わりが深い人物」
「質問の角度を変える。親兄弟、友人、それ以外で君が俺について知っている事柄はあるか」
「イエス。年齢、住所、趣味、学歴、職歴。好きな食べ物、好きな動物。ハイレベルの骸殻の秘密。時歪の因子(タイムファクター)化の『進行具合』」

 抜刀した。
 冗談抜きで今のユリウスにはユースティア・レイシィへの敵意しかない。未知の敵を目の前にした時の緊張感。
 双剣をユティに向けて隙なく構える。だが、ユティは能面のままだ。

「契約違反。ワタシが『目的の場面に立ち会うまで死なない』ようにしてくれるはず。それがユースティアからの、エージェント・ユリウスへの依頼。ワタシを傷つけるのは違うでしょう」
「必要以上の事柄を君が知りすぎているからだ。同じクルスニクだとしても、俺のプロフィールを執拗に調べる必要はないはずだ」
「調べてない。ユースティアは知ってたの」
「どちらでも同じだ」
「同じじゃない。剣、やめて」
「――――」
「大声、出す。『ユリウスに性的な乱暴された』って。アルフレドなら飛んでくる」
「なっ…!」

 列車テロ首謀者だけでも濡れ衣甚だしいのに、これ以上罪状を追加されてはたまらない。しかも内容が男の尊厳に関わる。
 双刀を鞘に戻した。あまりに下らない理由で剣を引かざるをえない自身がユリウスは情けなかった。

「忘れないで。カナンの地が現れるまでに、ワタシが死んでも、アナタが死んでも、ダメ。忘れないでね、ユリウス」
「破ったらどうするんだ?」

 破れかぶれに尋ねてみる。すると、ユティは予想外に重い表情をして、ユリウスを見上げてきた。

「……誰にとっても不幸な結果になる。エルにも、ジュードたちにも、そしてユリウス、アナタにも」

 ――とてもとてもカワイソウなモノを見る目。

「君は一体、何なんだ?」

 ユリウスの口をそんな問いが突いて出た。ユティは小さな笑みを刷いた。

「ワタシは、ワタシよ」

 ささやかで慎ましい笑顔。ユリウスは状況を忘れて魅せられてしまった。
 
 

 
後書き
 オリ主とユリウスのセカンドコンタクト。ちょ、オリ主ちゃん寝ぼけないでー!

 ルドガーsideは原作でやられているのでこちらをいじくることにしました。そしてユリウスさんもアルヴィンを覚えていました。ここから新生幼なじみ組の快進撃が始ま……たり、始まらなかったり?
 オリ主はきちんと仕事してました。ストーカースレスレなルドガー観察写真集。ユリウスさん垂涎ものですよね? 言い値で売りましょう。

 「カナンの地に行くまでに両方死んではいけない」。さてこれが最終局面にどう関わるのか。
 次回はミラの回ですが尺の都合上さくっと行きまーす。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧