病院での出会い

「ですから」
「それで、ですか」
「はい」
　まさにというのだ。
「今こうして言っています」
「そうですか」
「それはどうしてでしょうか」
「そう言われますと」
　院長は今から妻と一緒に入院していた部屋を出る彼に話した。もう身支度は整えていて出発するだけだ。
「長い間医師として働いていまして」
「それで、ですか」
「多くの生と死を見てきたからでしょうか」
「生と死ですか」
「はい、どちらもです」
　院長はさらに話した。
「その人そして周りの人達の人生で」
「死で終わりますね」
「その終わる際も」
　この時もというのだ。
「実に多くの物事がありまして」
「院長さんはその物事をですね」
「見てきました、人の心や絆を」
　そうしたものをというのだ。
「見てきました」
「そうでしたか」
「様々でした」　
　院長は遠い目になって話した。
「助かることもあれば」
「そうでないことも」
「笑顔も涙も見てきましたし」
　そうであってというのだ。
「そうしたことがです」
「今の院長さんを作りましたか」
「見る都度人、世の中について考えましたし」
「そうですか」
「人は経験によってです」
「性格も変わりますね」
「はい、ですから」　
　それ故にというのだ。
「今遠山さんが言われる通りに私がいい人ならば」
「これまで見て考えられたことによってですね」
「なったのです」
「そうですか」
「人は最初は白紙ですが」
　サルトルの言うタブラ＝ラサだというのだ。
「しかしです」
「色々経験を積んで変わっていきますね」
「誰もがそうで」
「院長さんもですね」
「そうなります」
　こう話した、その話を聞いて常久は退院したが家に戻ってから忍は彼にお茶を出しながらこんなことを言った。
「経験が人を作るということね」
「そうだね」
　夫も確かにと頷いた。
「つまりは」
「ええ、だからね」
　それでというのだ。
「私達もね」
「これまでの経験が性格を作っていて」
「いい人と言われるなら」
「そうなっているね」
「院長さんは」
　彼はというのだ。
「本当に色々なことを見てね」
「経験してきたね」
「だから」
　それ故にというのだ。
「とてもいい人になったのね」
「そうだね、前から聞いていて知っていたことだけれど」
　それでもというのだ。
「今回の入院でね」
「尚更わかったのね」
「わかったよ」
　実際にというのだ。
　こう話してそうして夫婦は還暦を迎えつつも人生の経験を積んでいった。そうしていい人達だと周りから言われたのだった。


病院での出会い　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　２０２５・６・１９