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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第254話:宇宙の海原を超えて

 ワイズマンからテレポートジェムを奪い、それを使って転移を果たした颯人。彼が目覚めたのは、硬く寝心地の悪い石で出来たと思しき床の上だった。

「ん……ぐっ、いつつ……あぁ?」
「あっ! 颯人さんッ!」

 目覚めた颯人に真っ先に声を掛けてきたのは、愛する奏……ではなく、未来であった。上から覗き込む様にして颯人の事を心配そうに見ている未来の背後には、星の瞬く空がガラスか何か越しに見える。目覚めたばかりでまだ思考がハッキリしない颯人は、見える星空をぼんやりと眺めながら起き上がり周囲を見渡した。

「ん~? あれ、未来ちゃんだけか? 奏や他の連中は?」
「それが、分からないんです。気付いたら響もクリスも居なくて、颯人さんが倒れて気を失ってて……。そうだ、颯人さん大丈夫なんですか?」

 未来からの心配に、颯人は床に座った状態で首や肩を回し、大きく深呼吸をして自身の状態を確かめた。

「ん……んん、ふぅ……あぁ、何ともない。多分、ここに来るのに使ったテレポートジェムの負荷で少し疲れたんだろう」

 元々魔法使いであり錬金術師ではなかった颯人にとって、テレポートジェムの使用の際の負荷は未知の存在であった。それに加えて地球から月と言う超長距離の移動は想像以上の負荷を彼に齎し、その結果気絶してしまっていたのだろう。

 改めて颯人は深呼吸をして、ここに空気がある事を確認する。シェム・ハにも確認を取り、月遺跡には生命維持装置と重力発生装置があるから地上と何ら変わりなく活動できると言う事は確認済みではあった。が、やはり実際に月面に降り立つとなると不安もあった。もし月遺跡の空気が薄かったりしたらどうしようかと考えていただけに、こうして普通に不自由なく息が吸えると言うのは素直にありがたい。

「どうやら、遺跡の生命維持装置はしっかり機能してくれてるみたいだな」
「当然である。お前達人類に比べて、我らの技術はその何倍も先を往く。甘く見てくれるな」
「いきなり代わるなよ、驚くから」

 未来と入れ替わったシェム・ハと話しながら、颯人は地上との交信を試みる。恐らくギアのシグナルで颯人達が月面に辿り着けたことは地上も知る事になるだろうが、連絡手段は確立しておきたい。
 しかし颯人が持つ通信機では、やはりと言うかS.O.N.G.本部との交信は難しかった。手持ちの通信機は飽く迄も地上で使う事を念頭に置いて作られている。それだって地球の裏側からでは僅かでもタイムラグが生じるのだ。ましてや月面まで届く通信となると、相応の装置が必要になる。少なくとも今颯人達が持っている通信機では、地上と交信する事すら叶わない。

「流石に手持ちの通信機じゃ本部と通信するのは無理、か。となると、何とかして交信手段を探さねえとな」
「ならば管制室に向かえ。あそこなら地上との交信も可能な筈だ」
(バラルの呪詛もそこにあるんですか?)
「然り。どの道バラルと接触する為には、管制室に向かう必要がある」
「んじゃ、決まりだな」

 当てがないよりは何かしらの方針があった方が動きやすい。颯人と未来の2人は早速管制室を目指して移動を開始した。

 流石に元々この遺跡が稼働していた時代の者と言うべきか、シェム・ハは迷うことなく颯人を先導し管制室へと向かっている。案内をシェム・ハに任せた颯人は、歩きながら今の状況に関して考えを巡らせていた。

――しかし……何だって全員バラバラなんだ? 俺達一緒に転移した筈だよな?――

 考えられるとすれば、ただでさえ負荷の掛る超長距離転移で、テレポートジェムのキャパをオーバーする人数が一度に転移しようとした為全員の転移場所が安定しなかった可能性だ。考えてみればあのテレポートジェムはワイズマンが1人で月へと降り立つ為に用意した代物な筈。ならば本来対応する人数に限りがあるのも道理であった。

 そう、道理なのだ。道理なのだが、颯人は現状に不気味な気持ち悪さを感じずにはいられなかった。

――…………嵌められたか?――

 一瞬颯人はそんな事も考えてしまう。思い返せばあのタイミングで出てきた上に、これ見よがしにテレポートジェムを取り出したのも颯人達から冷静な判断力を奪う目的もあったかもしれない。ただあの状況ではどの道ワイズマンからテレポートジェムを奪い取る以外の選択肢はなかったように思う。颯人が奪わなければ結局ワイズマンが月遺跡に降り立ち、バラルの呪詛を破壊して人類を相互に繋いでしまう。そうなれば、ワイズマンが神の力を使って世界中の人間を繋げたサバトを行ってしまうだろう。そうなれば全てはお終いだ。

 結局、颯人達に選択肢は最初から存在しない。ならば、後ろ向きな事を考えている暇があるならこれからの事を考えるべきと颯人はネガティブな考えを振り払った。

「おい」
「あ?」

 そこで待っていたようにシェム・ハが声を掛けてきた。何事かと颯人が顔を上げれば、立ち止まったシェム・ハが周囲を警戒している。それにつられて颯人も辺りを見渡せば、そこらじゅうの壁から何やら棘の様な物が生えてきていた。

「これは……」
「……遺跡の保安機構、許可なく侵入した者を排除する防衛設備だ」

 苦々しい様子でシェム・ハがそう呟けば、壁から生えてきた棘が次々と抜け落ち、装甲を展開させて蜂の様な姿になる。それは南極で、シェム・ハの遺骸を納めていた棺から放たれた小型機と同型のドローンの様な物であった。どうやらこの遺跡は南極の棺同様、颯人達の事を歓迎してくれてはいないらしい。

「……あれ? ちょっと待った、シェム・ハ、お前も侵入者判定されてるの?」

 一応はシェム・ハもこの遺跡の関係者である筈なのだから、防衛設備も反応しないのではないかと思ったが世の中そう甘くはないらしい。指摘されたシェム・ハは忌々しげな顔で周囲を浮遊するドローンを睨みつけながら答えた。

「分かってて言っていないか? 今の我は正真正銘意識のみの存在であるぞ。力の全てをあの下郎に奪われた。絞り粕となった我を、このガラクタ共が受け入れる訳がない」

 自分で言ってて悔しくなったのか、未来の姿をしたシェム・ハは歯ぎしりしながら腕輪に触れた。どうやらこの場は戦わなければ切り抜けられないらしい。

「つまりは何時も通り、正面突破で行くしかねえって事か。おい、一応聞くけどここって派手に戦っても大丈夫なんだよな?」

 壁一枚隔てた先は空気のない宇宙空間である。そんな所で戦って、もし壁に穴でも開けば大惨事となる。それを危惧して颯人が問い掛ければ、シェム・ハは彼の不安を鼻で笑い飛ばした。

「フンッ! 甘く見るな。お前の全力であっても施設の生命維持が揺らぐことはない、安心しろ」
「そいつは結構。んじゃ、ちゃっちゃと片付けるか。変身ッ!」
〈フレイム、ドラゴン。ボー、ボー、ボーボーボー!〉

 フレイムドラゴンのウィザードに変身した颯人が、コピーで増やしたウィザーソードガンの2丁拳銃を構える。するとそれに続くように、シェム・ハも神獣鏡のファウストローブを纏い自身の周囲に攻撃用の丸鏡を展開した。

「おいおい、言っとくが未来ちゃんの体なんだから大事に扱えよ?」
「ほざけ、誰に物を言っている。この程度、我なら目を瞑っていても始末できる」

 外見上は未来が身に着けたファウストローブとあまり変わらないが、シェム・ハが表に出ている時は頭の被り物がベールから王冠のような装飾に代わっている。

 隣に立って戦うつもりのシェム・ハに、颯人は肩を竦めながらもこの危機を乗り越え奏と合流しワイズマンの野望を打ち砕く為引き金を引くのであった。




***




 時は遡って、颯人が目覚めたのと同じ頃、奏もまた別の場所で目覚めていた。

「う、んん…………ん? はっ!」

 奏もまた転移の最中の負荷で気を失っていたようだが、こちらは颯人と違い術を行使していなかったからか思考がハッキリするのが早い。目覚めてすぐに意識をはっきりとさせると、飛び起きて周囲の状況を確認した。

「ここは……アタシら、月に着いたのか……? あ、翼ッ!」

 警戒しながら周囲を見渡すと、直ぐ傍で同じように倒れて気を失っていた翼を見つけた。すぐさま駆け寄り軽く揺すって意識を確認する。

「おい翼? 大丈夫か?」
「ん……か、奏? ここは……」

 奏同様、翼も気を失っていた為僅かながら記憶に混濁が見られる。だがそこは歌姫であると同時に防人である彼女だ。少し頭を振って思考をハッキリさせると、凡その現状は把握できたようだ。

「どうやら、転移の際に皆とは逸れたらしいな?」
「あぁ、コイツは厄介だぞ。シェム・ハの案内を当てにするつもりだったから、何処に何があるのか見当もつかない」
「とは言え、ここでジッとしていても何も始まらない。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。臆せず進んで、合流出来る事を願うしかない」

 真面目な顔をして言う翼だったが、対する奏は彼女の言葉に思わず吹き出してしまう。一体何がそんなにおかしいのかと、翼が怪訝な顔で問い掛ければ奏は彼女が諺を口にした事で、毎度変な諺を堂々と言ってのけるガルドと比べておかしくなってしまったと告げた。

「ぷふっ!」
「ん? 奏?」
「あ、いや、悪い悪い……! 流石に翼はガルドと違って諺を間違える様な事はしなかったなって思ってさ」
「むぅ……あれと一緒にされたくはない」

 何時も不思議に思うが、ガルドは一体何処でどうやって諺を調べているのか。普通に辞書を調べれば、正しい諺位直ぐに出てくるような物なのだが。

 この任務が終わったら、ちょっとじっくりガルドに諺を教えた方が良いかもしれない。そんな事を考えていると、奏にもそれが伝わったのか余計におかしそうに笑った。

「ははっ! ま、いい機会だから響とかも入れて皆で勉強会と行くか?」
「そうね……知識はあって困るものじゃないし」
「だな。ま、その為には…………」

 一頻り笑った奏が表情を引き締めて顔を上げる。翼もそれに続いて顔を上げれば、そこには壁から次々と飛び出し空中を浮遊する警備システムのドローンが多数存在し、2人に冷たく光るカメラアイを向けていた。この場を移動し皆と合流するにせよ、生き残って地球に帰還するにせよ、先ずはこの局面を乗り切らなければならない。

 互いに1人の女から、1人の戦士の顔となった2人は自分達を狙うドローンに不敵な笑みを向けていた。

「コイツ等、南極でも見たな」
「あぁ。だが今更この程度で……!」
「派手に行くぞ、翼ッ!」
「あぁっ!」

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」
「Imyuteus amenohabakiri tron」

 ガングニールとアメノハバキリ、それぞれのシンフォギアを纏った奏と翼が槍と刀を手に隣り合って防衛システムと対峙する。

 2人がギアを纏うとそれを合図にしたようにカメラアイが発光し、2人は一斉に放たれたビームの間を縫って突撃し行く手を阻むドローンに手にした得物を振り下ろした。

「「ハァァァァァァァァッ!!」」




***




 颯人の機転により一斉に月遺跡へと転移した装者と魔法使いの行方に関しては、既にS.O.N.G.本部もある程度は把握していた。案の定、ギアが発する信号は少なくとも装者は全員が月遺跡に辿り着いた事を報せてくれていた。
 とは言え、あちらがこちらに通信できないように、こちらもあちらへの通信手段の確立が出来ていないのが現状であったが。

 作戦終了後の颯人達の帰還方法を模索すると同時に、通信手段の確立の為奔走する本部。その彼らの元に、一斉にギアが戦闘状態に移行したことを示す信号が発せられた。

「ッ! 各ギア、次々と戦闘状態に移行ッ!」
「どうやら遺跡内部で戦闘が行われているようですッ!」
「まさか、ジェネシスの待ち伏せッ!?」
「いや、あの遺跡が南極の棺と同じ者により造られたのなら、同様の防衛システムが存在してもおかしくはない。こちらは無断で侵入したのだからな」

 突然の戦闘開始の報に浮足立つ者達が居る中、弦十郎はどっしり構えて冷静に状況を分析していた。

「その認識で間違いないでしょう。遺跡が稼働状態になった事で、セキュリティも復活するのは十分に考えられます」
「となると、早くこっちから通信したいところだけれど……」
「錬金術を用いても、月まで念話を届けるのは簡単ではありませんッ! 急がないと颯人さん達が……」

 遺跡で何かが起きていると言う状況に、少なからず焦りを感じるアリスや了子、エルフナイン達。それを少し離れた壁際で輝彦やキャロルが状況を静かに見守っていた。
 が、ハンスがある事に気付き声を上げる。

「おい、戦ってないのが2人居るんじゃないか?」
「ん?」
「あぁ、颯人達は分からないが、分かる範囲でギアが稼働していないのが居るな」

 ハンスの言葉にキャロルがメインモニターを注視する。対して輝彦は、彼が誰の事を言っているのかに見当が付いていた。

「二つのアガートラーム……マリアさんとセレナさんのギアだけが未だ戦闘状態に移行していません」
「この状況で、あの2人だけ戦闘に巻き込まれないなんて、そんな事あり得るのか?」

 あおいと朔也が不安に思わず顔を見合わせる。2人の脳裏には、マリアとセレナの身に異常事態が起こったと言う可能性すら浮かんでいた。ギアの信号自体は他の装者達とほぼほぼ同じ地点から発せられている為、遺跡に居る事は間違いない。ただ遺跡に居るからと言って、2人が無事であると言う事は今この場から伺い知ることは出来なかった。シンフォギアを展開していない状態では、装者のコンディションなどを知ることはできないのだ。

 最悪の事態すら想定してしまったオペレーター陣。そこに未確認の信号が届いた事が知らされる。

「識別不能のコールです! 発信源特定……!? まさか、月ッ!?」
「! 回線を繋げッ!」

 今のこの状況で、月からの通信など考えられる事は1つしかない。弦十郎が即座に回線を繋げさせると、音声のみだがスピーカーから聞き慣れた女性の声が響いてきた。

『本部、聞こえる? こちらマリア、セレナとガルドも一緒よ』

 それまで戦闘に参加した様子もなく、状況が不明だった2人とガルドの所在が明らかとなった事で発令所に僅かにだが安堵の雰囲気が漂い始める。ここまで通信を飛ばしたのか分からないからだ。

「3人は無事なんですねッ!」
「だが、どうやって通信を?」

 今まで彼女達の動きが分からなかった為、無事が分かった事は嬉しいのだが彼女達が持っている通信機では地上までの通信は不可能な筈。にも拘らずどうやって今こうして通信しているのか分からず、弦十郎が困惑した声を上げた。

 その疑問に答えるべく、マリアは今の彼女達が置かれている状況を手身近に説明した。

『私達は今、遺跡の管制室に居るわ。流石にフロンティアと同じ年代に作られただけあって、見慣れた設備もあって助かったわ。それを使って今私達はそちらと通信しているの。防衛システムの一部と、通信制御も解除したからそろそろあちこちで起こってる戦いも終わる筈よ』

 マリアの言う通り、それまで確認されていたギアの戦闘状態が次々と解除されていった。一先ずジェネシスの待ち伏せにあった訳ではない事が確定し、また戦いその物が一時とは言え過ぎ去ってくれた事に弦十郎達はホッと胸を撫で下ろす。

 だがアリスは、そもそも先史文明期の管制室を何故マリア達が制御できているのかと言う事が気になっていた。

「あの、マリアさん? どうやってその設備を制御しているのですか? フロンティアの時は、ウェル博士がネフィリムと融合した腕を介して制御していた筈なのですが……」

 一応ナスターシャ教授も、こちらは特別な装置などに頼らずフロンティアの制御が出来ていた。だがそれは彼女に高い先史文明期の知識があればこそ。説明書も何もない月遺跡の管制室で、マリアはどうやって防衛システムや通信制御に干渉する事が出来たと言うのか?

 その問いに対し、マリアはここに来るまでに何が起きたのかを話し始めた。 
 

 
後書き
と言う訳で第254話でした。

原作では翼はマリアとペアになって行動していましたが、本作だと奏にセレナ、未来まで加わってる為ここら辺の組み分けを変更しています。翼は奏とペア、マリアはセレナ、ガルドと組んでの行動となります。なお描いてはいませんが、透は響、クリスと行動を共にしてます。

原作では1人ユニゾンをするミラアルクと翼・マリアのコンビネーションが光った月遺跡ですが、本作では勿論…………

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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