戦国御伽草子
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壱ノ巻
毒の粉
7
真秀は両手で顔を覆った。その場に膝をついて咽び泣いた。
「佐保彦が好きだった。今でも好きよ。でも、真澄と佐保を出て、二人きりで生きるつもりだった。真澄がいれば、幸せだった。真澄も好きなのよ。それだけじゃ、駄目だったの…?」
この世で一番大切な兄だった。
この世で一番大切な妹だった。
だから、佐保を出ようと思ったのに。
だから、佐保に残って欲しいと思ったのに。
このままじゃ、いけなかったの?
このままじゃ、いけなかったんだ。
あたしは、生きて欲しかった。
僕は、死にたかった。
僕は、死にたかったんだ、真秀。
だから、これでよかったんだ。
望むものと得るものは違う。
あたしは多くを望まなかった。あたしと、御影と、真澄と、三人で寄り添って暮らしていけたら、それでよかったのに。擦り切れたような衣一枚を纏って、身を切るような夜に凍えても、隣にふたりがいればそれは幸せだった。それがあたしのたった一つの願いだったのに。
これは、あたしへの罰なのだろうか。
佐保彦に逢ってしまった。佐保彦を望んでしまった。御影よりも、真澄よりも、佐保彦を。
だから、こうして二人とも失ってしまったのだろうか。
こうして、真澄をこの手で殺さなければいけなかったのだろうか。
こんな惨い運命がある筈がない!
あたしたちは違う運命を持つはずだった。
別々の領土で生まれ、邂逅い、恋をして、幸せになるはずの運命が、どこかで歪んでしまったのだ。どこかで、あたしたちの運命は枉げられ、矯められてしまったのだ。
後書き
引用:氷室冴子「銀の海金の大地」
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