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長男といっても

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第二章

「骨を折るなんてな」
「しないわね」
「誰かの為に何かをしたことなんてな」 
「本当に生きていて一度もなくて」
「ずっとああだ」」
「どうにもならない人ね。けれどどうしてそうなったのか」 
 富美子は心の中で嘆息しつつ言った。
「不思議な位よ」
「長男さんだからな」
「貴方も長男さんでしょ」
「あの人の家は長男だと思いきり甘やかしてな」
 そうしてとだ、信念は妻に話した。
「怒らないし好きにさせるんだ」
「子供の頃から」
「特別扱いしてな」
 そうしてというのだ。
「躾も碌にしない」
「そんな人達だから」
「それでな」
 そうであってというのだ。
「ああしてな」
「碌でもない人になったのね」
「それで四十五になってもな」 
 その年齢に至ってもというのだ。
「ああだ、もうな」
「私達じゃどうしようもないわね」
「仕方ない」
 信念は僧衣の下で腕を組んで言った。
「もうな」
「見捨てるしかないわね」
「あの人はな」
 夫婦でこうした話をした、そしてその輩から離れたが暫くしてその輩がどうなったのかを知ったのだった。
「そうですか、団地暮らしで」
「その団地の家賃も払えなくなりましたか」
「はい、働いていないので」 
 その輩の親戚の若い男性が二人に寺に来て輪した。
「お金がないですね」
「親戚にせびっても足りず」
「ヤミ金にも手を出してですか」
「生活のレベルは落とさなかったので」
 親戚はさらに話した。
「煙草までも」
「そういえば聞いたこともないいい煙草を吸っていましたね」
 富美子が言ってきた。
「あの人は」
「そんな風で家賃を滞納して」
「追い出されて」
「後始末、家具は全部こっちで売りましたが」
 そうしたがというのだ。
「それのお礼も言わず」
「そうしてですか」
「今は行方知れずです」
「ホームレスになっていますね」
 信念はすぐにそうなったと察した。
「もう」
「そうですね、もう親戚も誰も見捨てていますので」
「うちの寺も。宗派全体も」
「悪口ばかり言われていたので」
「そうしています」
「そうですね、それでいいです」 
 親戚は諦めきった声で述べた。
「もうです」
「あの人はですね」
「どうしようもないので」
 だからだというのだ。
「見捨てるべきです、私も長男ですが」
「長男だからと言って甘やかしてはいけないですね」
「誰でも。大体長男で何が偉いか」
「全くです、偉くとも何ともありません」
「自分はこの世で一番偉いと思っていましたが」
「この有様ですね」
「全く以て」 
 親戚の言葉は容赦がなかった、そしてだった。
 誰もその長男を助けなかった、以後彼がどうなったか誰も知らない。しかしそれでどうか思う者はいなかった。信念達もそうであった、長男であったが。


長男といっても   完


                 2025・4・20 
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