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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第二十八章―邂逅の果て―#3


 酒場を出て、お邸に帰り着いたときには、午後十時を回っていた。

「思ったよりも遅くなったな」
「そうですね」

 皆が恐縮してしまうだろうということで顔を出すだけのつもりだったが────レナさんが声をかけてくれて、『黄金の鳥』とご一緒させてもらったら、他のBランクパーティーも声をかけてくれて、短時間だったけど、それぞれとテーブルを共にした。

 最初はぎこちなかった会話も、酒を酌み交わすうちに、酔いも手伝ってか滑らかな遣り取りとなっていき、ドギさんを始めとした冒険者たちと打ち解けることができたようだ────レド様は。

 レド様のことは、最終的には『アレド』って呼び捨てでタメ口にまでなったのに────どうして、皆、私には『さん』付けで敬語のままなの…。

 私だって、『リゼ』と呼び捨てでタメ口でいいって、何度も伝えたのにな…。
 それどころか、ユリアさんに倣って『様』付けで呼び始める人までいたし…。

 あれだけ人がいて、年の近い女性の冒険者だっていたのに────普通に接してくれたのは、エイナさんとレナさんの2人だけって…。

 万が一を考え、お酒は遠慮していたから、そのせいで輪に入りきれなかったというのもあるのかもしれないけど。

 もしかして、ランクのせいもある?いや────でも、Aランカーのエイナさんには、別にそこまで畏まってなかったよね。

 私って、やっぱりとっつきにくいのかな。う、何だかへこむ…。
 皆の態度や雰囲気からして、嫌われているような感じではなかったことだけが救いだ…。

 まあ───レド様が楽しそうだったから、参加して良かったとは思っている。


「ジグ、レナス───夕食が遅くなってしまって、ごめんなさい」

 こんなことなら、二人にお弁当を持たせるべきだったな。

 今度から、不測の事態に備えて、共通のアイテムボックスにもお弁当やご飯のストックをしておくことにしよう。

 ジグとレナスが、【認識妨害(ジャミング)】を解いて姿を現す。

「いえ、リゼラ様が謝ることではありませんよ。ルガレド様が冒険者たちとあんなに盛り上がるなんて想定外でしたし」
「レナスの言う通りです。リゼラ様は気になさる必要はございません」
「……何か、その言い方だと、俺には気にする必要があるみたいだな?」
「まさか───リゼラ様にも気になさる必要があると?」
「ルガレド様───リゼラ様のせいだとお考えなのですか?」
「何でそうなるんだ」

 もうお馴染みとなってしまったレド様たちのじゃれ合いを眺めていると、ラムルが慌ただしくエントランスホールへと入って来た。

「お帰りなさいませ───旦那様、リゼラ様。お出迎えが遅れ、申し訳ございません」

 時間的に、もう夕食もその後片付けも済んでいそうなのに────不測の事態でもあったのかな。

「何かあったのか?」

 同じくラムルの様子に思うところがあったらしいレド様が、ラムルに訊ねる。

「旦那様とリゼラ様がお出かけになられた後、セレナの弟───バレスの意識が戻りまして」

 地下遺跡で保護して以来、バレスの意識は一度も戻っていなかった。

 バレスは使用人部屋の一室に寝かせていたが、古代魔術帝国仕様のベッドなので、心身共に回復するまで昏睡状態を保っていたのだろう。それだけ消耗が酷かったということだ。

「そうか…」
「ちょうど誰もいないときに目覚め、パニック状態となっておりましたが────セレナとヴァルト、ハルドが宥め、今はまた眠りについたところです」

「…セレナさんと会わせたのですか?」

 セレナさんは、父であったディルカリド伯爵と兄のことしか言及していない。

 だけど、『兄弟から愛されなかった』と言っていたし────ヴァルトさんの言にあった、“セレナさんをバカにする『あいつら』”の中に、バレスが入っていなかったとも限らない。

「大丈夫ですよ、リゼラ様。バレスがパニック状態になっていると知って、『姉である自分なら鎮めることができるかもしれない』とセレナが自ら言い出し、バレスの許へ行ったのです。ヴァルトが終始睨んでいましたし、バレスがセレナを傷つけるようなことはありませんでした。ですから───どうか、ご安心ください」

 私の心配を察したラムルが、目元を緩めて答えてくれる。

「そうですか…。それなら良かった」

 安堵しただけでなく、ラムルの気遣いに強張っていた表情が緩む。

「バレスに話を聴きたいところだが…、今日はもう遅い。明日以降だな」
「そうですね」

 おじ様の方も一段落着いて、ディルカリド伯爵とハルドの祖父───ドルトの尋問を始めたとのことなので、そちらから情報を得られるとは思うが────バレスからも、エルドア魔石の精製や魔獣に関して訊いておきたい。

 特に、あの黒いオーガについては、少しでも情報を集めておかなければと考えている。


「忙しいのにすみませんが────引き続き、バレスの世話をお願いします」

 皆、それぞれやることがあって忙しいのに、本当に申し訳ないけど────何せ、バレスは手足を失っている。誰かが援けなくては何もできない。

 ちょうど、野営することを視野に入れて、魔導機構【除去(クリアランス)】の魔術式をノルンに編み直してもらったところだ。

 多少、効能は落ちるものの、これで場所を選ばずに誰でも【魔術】として使用できる。入浴に関しては、これを使えば、そう手間にはならないはずだ。

 排泄に関しては───支給品の中に、ちょうどいいものがあったので、すでに取り寄せてある。

 それは下着で、排泄物が専用の異次元空間に転送されるようになっているようだ。【除去(クリアランス)】も施されているみたいで、排泄後に発動して、清潔さが保たれるとのことだ。

 バレスの身柄を預かることを決めたのは私なのに────仲間たちに、身体を洗わせるのも、排泄の世話をさせるのも忍びない。バレス本人だって嫌だろうし。

 ただ───食事だけは、食べさせてあげないといけない。私がやれればいいけど、時間的に無理そうだ。悪いとは思うが、それだけは頼みたい。

「お任せください」

 ラムルは、僅かに目元を緩めた後、いつものように優雅に一礼した。

「ところで───皆はちゃんと夕食をとることができたんですか?」
「はい。今は後片付けをしているところです」
「そうですか。ジグとレナスは夕食を食べられていないのですが、料理は残っていますか?もし、残っていないようでしたら、私が作り置きしている分から出しますが…」

 バレスの件で慌ただしかったようなので、念のため確認する。

 ラムルがそれに答えようとしたとき────ジグとレナスが、勢い込んで口を挟んだ。

「それでしたら、リゼラ様が作ってくださったものをいただきたいです」
「オレもです」

 途端に、レド様とラムルのこめかみに青筋が浮かび上がる。

「リゼラ様───申し訳ありませんが、ジグとレナスの食事をお願いできますか?この二人には、カデアの手料理を食べさせたくありませんので」
「待て、ラムル。俺だって、こいつらにリゼの手料理を食べさせたくないぞ」
「我が儘を仰らないでください、旦那様」
「いや、それはお前の方だろう、ラムル」

 何だか余計なことを言ってしまったみたいだ…。

「あの…、落ち着いてください、二人とも。ジグもレナスも、私の作る前世の料理を気に入ってくれているみたいなので────最近、お弁当ではない、ちゃんとした食事を出す機会はなかったですから、単に久しぶりに食べたくなっただけで────決して、カデアの料理を食べたくないとかではないと思いますよ?」

 そうですよね?───と同意を求めて、ジグとレナスを振り返る。

「いえ、ただ単にリゼラ様の手料理をいただきたいだけです」

 ジグが、何か条件反射のように返してきた。

 母親の料理より、“女の子の手料理”の方がいいとか、そういう若い男性にはありがちな心境なのだろうけど────今は空気を読んで欲しいな、ジグさん…。

「と、とにかく、ジグとレナスの夕食は私のストックから出しますね」
「……俺も食べる」
「レド様も、ですか?」

 そういえば、酒場では色んな料理をちょっとずつ摘む程度だったから、夕食としては物足りなかったかもしれない。

「それでは────私たちも何か食べることにしましょうか」


◇◇◇


「で───何故こいつらも一緒なんだ、リゼ」

 ダイニングテーブルに、アイテムボックスから取り寄せた料理を並べていると、レド様が傍に立つジグとレナスを一瞥して、不満げに漏らした。

「申し訳ありません、レド様。ストックしていたどの料理も人数分はないので、夜会などのように、皆で少しずつ取り分けて食べようかと思いまして」

 最近、レド様と別行動する際はお弁当を用意していなくて、ストック分を消費することが多かった。

 朝食やお弁当を作るときも、多めに作ってストックする余裕がなかったので、減る一方だったのだ。

 そんなもの適当に取り分けて渡せば────などと、ぼやきながらも、レド様はイスに腰を下ろした。

「レド様、どれがよろしいですか?」
「俺より、リゼが先に選べ。打ち上げでは、そんなに食べていなかっただろう?空腹なのではないか?」
「私は大丈夫ですよ。レド様が先にお選びください」
「駄目だ。先に選べ」

 これは私が折れた方が良さそうだな。レド様の頑なな態度に苦笑しつつも、その気遣いが嬉しい気持ちも込み上がる。

「ありがとうございます、レド様。では、私は唐揚げと卵焼き───それに“塩むすび”をいただきます」

「ジグ、レナス───ほら、選べ」
「え、良いのですか?」
「珍しいこともあるものですね」
「……気を遣って、せっかく先に選ばせてやろうと思ったのに────いらないようだな」
「ちょっと驚いただけじゃないですか。心が狭いですよ、ルガレド様」
「それでは、遠慮なく。俺はこのオムライスをいただきます」

 ジグがオムライスの載った皿に手をかけると、レド様が腰を浮かせた。

「おい、それは駄目だ。オムライスは1個しかないんだぞ。普通、気を遣って別のものを選ぶだろう?」
「………俺たちが先に選ぶ意味、ありますか?」

 レド様とジグの遣り取りをよそに、レナスはカツ丼を手に取る。

「オレはカツ丼にします。リゼラ様、いただきます」
「召し上がれ。あ───お味噌汁もどうぞ」
「ありがとうございます」

 嬉しそうなレナスに、私の口元も緩む。レナスは本当にトンカツが好きだな。サンドウィッチもカツサンドが一番好きみたいだし。

 レド様とジグに視線を戻すと、まだオムライスを巡って応酬している。何か、オムライスに代わるものはないかな…。

 あ、そういえば、あれをまだ食べてもらってない────

「レド様───こちらのハンバーグを召し上がりませんか?これ、いつもお出ししているものと違って、“デミグラスソース”ではなく、お醤油などで味付けしたものなんです」

 前世で、子供の頃に“母方の祖母”がご馳走してくれた“和風ハンバーグ”だ。

 何故か、【創造】で創ることができなくて───記憶を頼りに試行錯誤して、やっと記憶にあるあの味に近いものができたのだ。

 一連の騒動でお出しする機会を逃して以来、すっかり忘れていた。

「私にとっては、思い出の味なので────是非、レド様にも味わっていただきたいです」
「そうなのか。それなら、俺としてもそれを食べたい。────ジグ、オムライスは譲ってやる」
「……それは、ありがとうございます」

 白炎様に対するような───例の微妙な表情でジグがお礼を言う。

 オムライスは多めにストックしておいた方が良さそうだ…。

 まあ、ジグの場合、オムライスが特別に好きというより、いつもレド様が優先的に食べるため、食べる機会が少なくて久々に食べたかっただけだと思うけど。

 そんなことを考えながら、塩むすびに口を付ける。

「リゼラ様───塩むすび、オレもいただいてよろしいですか?」

 そう声をかけられて振り向いたら、レナスはもうカツ丼を食べ終えていた。早い…。

「勿論、どうぞ」
「ありがとうございます」

 レナスはお礼を言って、塩むすびを一つ掴んで齧り付いた。

「レナスの前世は、リゼの前世と故郷が同じなんだったな。やはり、リゼの作る料理が懐かしいのか?」

 嬉しそうに塩むすびを頬張るレナスを見て、レド様がレナスに訊ねた。

「確かに、リゼラ様と前世の故郷は同じだったようですが────料理に関しては、前世のオレが食べていたものとは、かなりかけ離れていますね。
“米”は作っていましたが、あれは税として納めるもので────本当に特別なときしか食べられませんでしたし、ここまで美味しくはありませんでしたよ。
トンカツや唐揚げ、オムライスやハンバーグに至っては、存在すらしていませんでした」
「そうなのか?」

「リゼラ様曰く───故郷は同じでも、生きていた時代が違うとのことです」

 軽く話を聴いた程度で、まだきちんと検証できていないが────凡そ500年は開きがありそうだ。

 主食が“(あわ)”や“(ひえ)”の“雑炊”だったということ、食事が朝夕の二食だったということ、加えて“年号”自体を知らないということを鑑みると────確か、食事が一日三食になったのも、年号が庶民に伝わるようになったのも、“江戸時代”だと何かで読んだ覚えがあるから、その記憶が正しいなら────レナスが前世、生きていたのは、おそらく江戸時代よりも前…、“戦国時代”以前だ。

 西暦が明らかな歴史的事件を幾つか挙げてみたけれど、レナスの記憶にはないようだった。

 けれど、これに関しては、時代がずれているからなのか、居住地が地方だったために情報が届いていないだけなのか────授業で習った“日本史”に小説やマンガ、“テレビ番組”などで聞きかじった知識を加えた程度の私には判断がつかない。

 ただ───私とレナスが、前世、生まれ育った場所。これに関しては、集落の規模や地名の表記が変わっていたものの、同じ場所で間違いないと考えて良さそうだ。

 レナスの前世の時代には“お社”はなかったようだが、神社の裏にあった山、その中腹に存在した“神域”────それに、“御神刀”の存在やそれを護る役割も一致している。

「それなら───リゼの前世は、レナスの前世の子孫だったということか?」
「どうでしょうね…。オレの近しい血族は死に絶えていましたから────別の村で暮らしていた遠い親戚か、もしくは同じお役目を担っていた別の血族か────どちらの子孫だとしても、血の繋がりはないに等しいと思いますね」

 答えるレナスの表情は、心なしか陰って見えた。
 この話は、私も初耳で────少なからずショックを覚えた。

 近しい血族は死に絶えた────

 もし、私の想定通り、レナスが前世、生きていたのが戦国時代以前なら────伝承にある戦国時代に陥ったという“全滅の危機”に関係している…?

「まあ、それでも────オレの血族が絶えたのだとしても…、村が復興して、オレたちが代々護ってきたものが失われることなく受け継がれたと判って────それだけでも、救われた思いです」

 レナスは視線を伏せ、塩むすびを食べた後に啜っていたお味噌汁とお箸をテーブルに置いた。そして、再び上げた視線を私に向けた。

「ありがとうございます、リゼラ様。オレは────本当に、リゼラ様に出逢えて良かったです」
「レナス…」

 私は自分の前世の記憶を伝えただけなので、感謝されるような謂れはないとは思うけど────レナスが私と話したことで、前世の無念が軽減されたのなら良かった。

「「チッ」」

 レナスと笑みを交わしていると、何か舌打ちのような音が聞こえた。反射的に音がしたと思われる方を見遣ると、レド様とジグは素知らぬ顔で食事をしている。……あれ、空耳?

「それにしても…、リゼとレナスの前世が、食事の様相が変わるくらい時代が離れているということは────死んで、すぐに生まれ変わるわけではないということか?」

 レド様が疑問を漏らす。確かに────そういうことになる。あるいは、この世界と前世の世界の時間の流れが違うかだ。

「そういえば────ジグの前世のことは、まだ聴いていなかったな」

 オムライスをスプーンで崩していたジグは、その手を止めて、顔を上げる。

「俺の前世───ですか?」
「そうだ。お前の前世は、どういう人物だったんだ?」
「リゼラ様やレナス───それにルガレド様に比べたら、俺の前世なんて至って平凡ですよ。この世界のこの国で生まれ育ち、天寿を全うした───今と代わり映えしない、どこにでも存在していそうな人間です」
「……どこにでも存在していそうな人間───って、お前が?」
「そうですが?」
「お前みたいなのが、そこらにありふれているとしたら────頭が痛くなりそうだ」
「失礼ですね」

 まあ…、ジグが何処にでもいそうな人物かって言われると、ちょっと疑問だけど─────

「私も、ジグが前世はどういう人だったのか聴きたいな」

 ジグの前世のことは、タイミングがなくて全く聴けていない。

 精霊についての知識とか、能力や魔術の同時発動ができるようになった原因とか────すごく興味がある。

「そうですか?リゼラ様がそう仰られるのなら」
「……何でリゼにはすんなり話すんだ」

 不服そうなレド様をスルーして、ジグは語り出す。

「前世の俺は、この国がまだ軍国主義だった時代に、とある軍門の貴族家の子息として生を受けました。生家は結構な大貴族だったんですが、肉親は皆『力こそ正義だ』と言い切る“脳筋”タイプだったので────小柄で脆弱だった俺は、幼くして、家門の末端である弱小貴族に養子に出されました。
まあ、当然というべきか────そこでも邪魔者扱いを受け、成人前の自立を算段する破目になりまして。
武術が駄目なら魔術で────そう考えたものの、高価な魔術陣には手が出ず、リゼラ様と同じく、魔法に目を付けたというわけです」

 ジグはそこで言葉を切り、オムライスを一口含む。それを咀嚼して嚥下すると、また続けた。

「ですが────リゼラ様とは違い、普通の人間だった俺には、自分の魔力を操作して魔法を施行することができなかったんですよね。だけど、その事実を知る由もなく────邸の裏に広がる森で不毛な修行をしていたところに、運よく森深くに存在していた精霊と出逢い────そして、俺は…、“精霊使い”となったんです」

 ジグは言葉を切って、オムライスの崩した個所をスプーンで掬って、ぱくりと口に入れる。

 “精霊使い”────初めて耳にする名称だ。

「それで?」

 ハンバーグをナイフで切り分けながら、レド様が先を促す。

「それでって───それだけですが?」
「いや、端折り過ぎだろう。どうやって精霊と出逢ったとか───どんな精霊だったとか、もっと何かあるだろう。
そもそも、その“精霊使い”とは何だ?どうやったら、なれるんだ?」
「前世の俺がどんな人物だったのかをお聴きになりたかったのでは?」
「…訂正する。前世のお前がどんな人生を送ったか、聴きたい」
「今、語った通りですが?」

 飄々と答えたジグに、レド様はイラっとした表情を浮かべる。

「『出逢った』と言うからには、自我───というか個性を持つ精霊だったってことだよね。精霊についての知識は、その精霊から教えてもらったの?」
「ええ、そうです。好奇心旺盛でおしゃべりな奴だったので、訊いてもいないのにペラペラと解説してくれました」
「だから、何でリゼにはすんなり答えるんだ」

 レド様はそうぼやいて、ハンバーグの欠片を口に入れる。

「“普通の人間は魔力操作ができない”というのも、その精霊が教えてくれたの?」
「はい。【魂魄の位階】の低い人間には魔力や魔素は扱うことはできないのだそうです」
「だけど───“魔法”を使える人はいるよね?あれは、どういうことなの?」

 実際、私は魔法を使う人に会ったことがある。火種程度のものだったけど、その人が火打石などなしに火を出現させたのを、この眼で確かに見た。

「ああ、それは周囲を漂う精霊や亜精霊が呼応しているだけらしいですよ」
「呼応?」
「ええ。人間は───いえ、他の動物もそうかもしれませんが、頭脳が命令を出して身体を動かすと聞いています。稀に、その命令を身体の外にまで響かせることができる人間がいるのだそうです。それを受けた自我を持たない精霊や亜精霊が呼応して、命令を実行してくれる────そういうことらしいです」

「それじゃ────“魔法使い”だと思われている人は、本当は“精霊使い”だということ?」
「そうなりますね。前世の俺は────精霊と契約したことにより、後天的に“精霊使い”となった、というわけです」

 精霊や亜精霊が呼応する────レド様が魔術を施行しようとすると暴走していたのは、まさにそれが原因だったんだよね。

 あの“忌み子”の謂れとなった伝承の────サリルが魔力を暴走させて、周囲の村々が壊滅したという下り。

 サリルがレド様を凌駕する魔力量の持ち主でなければできることではないから、私は誇張されたものだとばかり思っていたけど────もし、サリルの感情に周囲の精霊や亜精霊が呼応して、その暴走が増大してしまったのだとしたら…?

 セレナさんは、『漂う魔素を操れた』と言っていた。可能性はある。

 “魔法使い”についても調べてみることにしよう。

「リゼ?」
「あ、すみません、レド様。もしかしたら、今の話が、セレナさんの髪色が変わる原因を知るとっかかりになるかもしれないと思いまして」

「……リゼが毎晩、寝る時間を削って調べていたのはそれか?」
「えっ、いや───削ったりなんかしていませんよ?!きちんと睡眠はとっています!!」

 ちゃんと3時間は眠るように心がけている。

 まさか、睡眠時間を削っていたと誤解されていたとは。それで、あんなに心配してくれていたんだ。

「……エイナに前世の記憶について訊ねていたな。あれは?」

 あれ?誤解を解いたはずなのに、何故かレド様の形相が変わらない…。

「あ、あれはですね…、ちょっと“魂魄の損傷”について調べていたので、その…、何か手掛かりになるようなことを聴けないかな、と思った次第でありまして…」

「それについては、時間ができたら、アルデルファルムと鳥に、俺たちの魂魄を視てもらうのではなかったか?」
「その…、ちょっと下調べをしておこうかな、と…。そちらからも何か情報が得られたら、いいのではないか、と…」
「リゼ?」
「ぅ、だ、だって、やっぱり心配ですし…」
「それなら、当事者である俺たちもやるべきだろう。何故、リゼ一人がやるんだ」
「その…、眠る前にノルンに頼んでちょっと検索してもらうだけですし、魔力や労力を使うわけではないので、私一人でも十分というか───お忙しいレド様たちのお手を煩わせることでもないかな、と…」
「ほう、魔力も労力も使わないのか。だったら、“忙しい俺”にもできるはずだな?」
「え、ぅ、そ、それは」
「食事を終えたら、判ったことを教えてくれ。それと、これからどうするつもりでいるのかもだ」
「……はい」

 ああ…、結局、レド様にお手間をかけさせることになってしまった…。

「そうと決まったら、早いところ食事を終えよう」

 レド様はそう言って、フォークとナイフを握り直して、和風ハンバーグへと視線を落とした。

 私も卵焼きにお箸を伸ばそうとして────ジグに、一番気になったことを聴けていないことに気づいた。

「ジグ───それで…、前世のジグは無事に自立できたの?」

 ジグは一瞬、虚を衝かれたような表情をして────すぐに口元を緩めた。

「ええ。ちゃんと自立して────実家と縁を切ることができました。まあ、時代が時代でしたから、その後も嫌な思いをすることもありましたけれど、気の置けない仲間にも出会うことができましたし────割と楽しい人生を送れたのではないかと」
「そう…。それなら、良かった」

「まあ、今世の方が断然、楽しいですけどね」
「そうなの?」
「ええ。今世では────リゼラ様に出逢えましたから」

 ジグの頭をすかさずレナスが(はた)いた音と、『まったく、油断も隙も無い』とレド様のぼやいた声が、思わず零れた私の笑みに紛れて聞こえた。
 
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