Fate/WizarDragonknight
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罰
大学の研究棟そのものが吹き飛び、モクモクと煙が上がっていく。
すでに夕焼けだった空には夜の帳が降りており、逃げ出した学生たちの通報により、警察が大学になだれ込んでくるのも時間の問題だろう。
「ぐっ……!」
ハルトは体に圧し掛かって来た瓦礫を退け、結梨だった生物を見下ろす。
一見白い犬にしか見えないキメラだが、その腹部はゆっくりと上下している。まだ生きていることを確信し、ハルトは安堵の息を吐いた。
「松菜さん……!」
同じく、瓦礫から這い出たえりかがハルトのもとへ歩み寄る。
「結梨ちゃんは……?」
「無事だよ」
ハルトは、キメラを抱え上げながら応える。
意識を回復させたいが、爆発の衝撃に、キメラはその白い眼を全く
えりかは一瞬安心した顔になったが、すぐに目を伏せた。
そして。
「教授が……」
えりかは胸に手を当てている。
ハルトは険しい顔のまま、爆心地の部分を見返す。
「……結局、蒼井は教授のこと、何も知らなかったんですね」
彼女の言葉に、ハルトは俯いた。
「生命の深淵を調べるために、結梨ちゃんや……他にも、パピヨンみたいなホムンクルスを作って、その度にこんな実験をしていたのかな……」
爆破によって、大学の施設は完全に粉々になっている。コンクリートも奥まで剥がれ落ちており、茶色の地面がむき出しになっている。
「……もしかして、前にアウラが操ったあの学生たちや怪物も、教授が作ったものだったのかな」
「かもしれません。でももう……真実は闇の中ですね」
「うん。でも、少なくとも結梨ちゃんは……まだ、生きてる」
ハルトはキメラを地面に下ろす。
意識を復帰させたキメラは、じっとハルトの顔を見上げている。
「お兄ちゃん……」
「……」
結梨の声がこの動物から聞こえてくる。
きっと唇を噛みしめながら、ハルトはその頭を撫でる。
「この状態から、どうすれば元に戻せるんだろう……」
「……」
ハルトは気付かなかった。
えりかが、自身の背後に……研究室で、ボンドルドから借りた本を隠していたことに。
「キュゥべえは……?」
キメラの無事を確認したハルトは、ウィザードに似た姿の監督役を探す。
しばらくの間、彼もまたボンドルドと同じ目に遭ったのだろうかなどと楽観的な考えも芽生えていたが、すぐにそれは払拭されてしまう。
『テレポート ナウ』
その音声に、ハルトは顔が強張る。
現れた白い魔法使いは、全く傷ついた様子がない。
軽く肩に付いた煤を払う監督役に、ハルトは驚愕した。
「テレポートって……そんな魔法まで!?」
「君のウィザードライバーの魔術回路なら、この術式も組めるはずだよ」
白い魔法使いはハーメルケインを左手に持ち替える。
「さて。ボンドルドは死亡した。シールダー、君には悪いけど、彼の存在は聖杯戦争を破壊しかねないからね。運が悪かったと諦めてくれ」
「諦めてくれって……」
「マスターのいないサーヴァントは、あくまで魔力補給ができないだけで、参加者であることに変わりない。君が願いを叶える可能性だってゼロではない。うまく立ち回り、この聖杯戦争を生き延びてくれたまえ」
「……」
きっと唇を噛みしめながら、えりかは白い魔法使いを睨む。
「教授は……確かに、悪い人でしたけど……でも、どうして……!」
「さっきも言っただろう? 聖杯戦争の運営に支障をきたす。彼が今後完全な賢者の石の錬成に完成した場合、質と量によっては新たな聖杯になる可能性がある。この見滝原で別の聖杯戦争が起こると困るからね」
「そんな、万が一どころじゃない可能性のために……!」
「……さて。そこのキメラも処分しておかないとね」
白い魔法使いは、冷たい声でハーメルケインをキメラへ向ける。
「……!」
結梨を身に寄せるハルト。一方、白い魔法使いは無情にも、ハーメルケインを下ろすことはない。
「まあまあ粗はあるが、そのキメラにも賢者の石は使われているようだ。もしうまく解析でもされれば、新たに賢者の石を作り上げる者がでるかもしれない」
「何を言って……?」
キメラを抱く手に力が入る。
白い魔法使いは、ゆっくりとキメラの命を抉り取ろうと迫るが。
「ハルト!」
『ファルコ ゴー』
金色の影。
オレンジのマントを纏ったビーストが、蹴りでハーメルケインの軌道を反らしていたのだ。
「おい、何だよこれ!? 何があった!?」
ビーストは白い魔法使いと取っ組み合いながら叫ぶ。
「何か、いきなり建物が爆発するわ、来てみたらウィザードの偽物がいるわで、何がどうなってんだよ!? それに、教授と結梨は!?」
矢継ぎ早のビーストの問いに対し、ハルトはただ茫然と二人の戦いを見つめていた。
「おい、ハルト! 何か言えよ! って、その犬はどうした……?」
ビーストの視線がキメラに注がれる。
あの場にいなかった彼から認識されたことで、ハルトの中にこの惨状が現実だと訴えてきた。
「この子は……この子は……!」
言葉が口から出てこない。
ハルトが震えていると、白い魔法使いの声がぴしゃりと現実に引き戻す。
「目障りだね」
ビーストと組み合っていた白い魔法使いは数ステップ後退し、指輪を発動させた。
『エクスプロージョン ナウ』
発動した爆発の魔法。
それは、先ほどのウィザードたちと同じように、ビーストも吹き飛ばす。
変身解除したコウスケもまた、生身でハルトたちのところまで転がされてしまう。
さらに、白い魔法使いは全く感情を見せない動きで、懐から何か黒い物を取りだした。
「あれは……!」
それを目にした途端、ハルトの目に光が戻る。
その黒いものには、これまで二度、苦しめられてきた。
一度目は、ウィザードの力を奪い、アナザーウィザードとして。
二度目は、ヤマタノオロチの力を得たグレムリンとして。
白い魔法使いが、その黒い時計のスイッチを入れる。
すると。
「うっ……ぐあああああああああ!」
ビーストが呻き声を上げる。
彼の全身から、黄色の粒子が溶け出していく。それは監督役の黒い時計に集約されていき、やがて黒い時計が、真に産声を上げる。
『ビースト』
「完成……」
白い魔法使いは、変化していく時計を見て頷いた。
やがて研究室の残骸を見下ろす白い魔法使いは、鼻を鳴らした。
「さて。そこのキメラは、賢者の石で造られた命。アナザーライダーになって、無事にいられるわけがないか」
『ビースト』
白い魔法使いは、黒い時計のスイッチを押した。
ガイダンスボイスが流れ、白い魔法使いは時計を放る。
掴もうとしたハルトとえりかの手を、あたかも生き物のように掻い潜り、黒い時計は白い獣の体内に埋め込まれていく。
「な……っ!?」
「結梨ちゃん!」
『ビースト』
三度鳴らされる起動音。
白いキメラは、自らの体に何が起こっているのかを理解できていないのだろう。体の内側からあふれ出てくる黒いオーラが魔法陣を形作り、キメラを包んでいく。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
その声は、全く変わりない。
結梨のままだが、それがキメラから発せられているという異常に、頭が最後まで受け入れられなかった。
そうしている間に、黒い魔法陣がキメラを作り変えていく。体が巨大化し、白い体は薄汚れた金色に染まっていく。
「な、何やってるんだよハルト……! えりかも!」
呆然としていたハルト。コウスケがえりかとともにその場から地上へ移動させられなければ、巨体となった結梨に圧し潰されていたかもしれない。
地下室だった空間を埋め尽くす、獣の怪物。ライオンの頭に、左右にはハヤブサとイルカ、頭の下には逆さについた猛牛。そして尾にはカメレオン。
まさに、ビーストの特徴そのものだったが、本物の獣が、ビーストの力を再現するためだけに縫合されたようだった。
「おい、今度はオレの偽物かよ……」
「そうだね。アナザービーストだ」
コウスケと白い魔法使いの会話も、ハルトには遠くに聞こえた。
「結梨ちゃんは……結梨ちゃんは……!」
「倒されれば、人間ならば問題なく戻っただろう。だが、ホムンクルスである上、キメラに錬成したばかりの状態だ。アナザーライダーの力に適合できず、すでに死んでいるはずだよ」
「!」
ハルトの目が、黒と赤を行き来する。
アナザービーストは、そのライオンの形をした双眸で眼下の獲物たちを睨んでいる。白い魔法使いは、そんな獣を見つめながら続けた。
「僕の仕事はここまでだ。あとは君たちで好きにすればいい。アナザービーストを討伐するもよし、放置するもよし、上手く飼い慣らして戦力にするもよし。……僕ではなく、モノクマが喜びそうな提案になってしまったね」
白い魔法使いはそう言いながら、ワイズドライバーを操作する。
『ルパッチマジックタッチ ゴー ルパッチマジックタッチ ゴー』
「生き残ることができたら、また会おうか」
白い魔法使いは、使ったままの指輪を発動させる。『テレポート ナウ』と先ほどと全く同じ魔法が詠唱され、白い魔法使いの姿は虚空に消えていく。
「キュゥべえ……」
消えゆく白い魔法使いのオレンジの仮面。それを見上げたハルトは、大きく顔を歪めた。
「キュゥべえ……!」
「……やり場のない怒りとはいえ、最後の一手を加えただけの僕をそこまで恨まれてもね」
テレポートが効力を発し、白い魔法使いの姿は本当に消滅していく。だが、彼がいなくなったのに、最後の一言だけは、ハルトの耳に届いていた。
「人間もファントムも……本当にわけがわからないよ」
そのまま、再び叫びたい衝動に駆られるが、それをアナザービーストは許さない。
強靭な前足が、ハルトを踏み潰そうと迫る。
「何をしている!」
だが、その衝撃は襲ってこない。
ハルトを守るように、周囲には氷が張り巡らされており、柱のように縦長の形となり、アナザービーストの前足を防いでいる。
「……フロストノヴァ……?」
彼女は、右手を前に突き出したまま、ハルトを見下ろしている。そして左腕を突き上げる。
すると、冷気が彼女の頭上へ集まっていき、冷気は巨大な槍となる。
「っ!」
巨大槍はそのまま、アナザービーストのライオンと猛牛の部位の間を抉る。
大きく後退したアナザービースト。その隙に、コウスケはハルトの襟首を掴み、即ハヤブサのマントを再装着。オレンジの風とともに地上へ飛び上がる。
えりかもまた、青い光となり、コウスケに追随する。
ハルトが地上に下ろされた時、ハルトは地下フロアだった地面の窪みを見下ろす。
アナザービーストは、足をバネのように縮め、大ジャンプ。ハルトたちの頭上を飛び越え、大学キャンパスの中央を陣取った。
そしてほえる アナザービースト。
「……!」
かつては結梨だった命が、今や体を無理矢理怪物にされただけの存在になってしまった。
ハルトは、鼓膜を通じて体内に流れてくるその叫びに、ただひたすらに呆然としていることしかできなかった。
だが。
「随分と騒がしいじゃないか」
その声が、途端にハルトの意識を現実に引き戻した。
声の発生源は、自分から聞こえたように思える。それは、懐。しまい直したパピヨンのマスクから発せられていた。
「パピヨン……!?」
「ふん!」
パピヨンのマスクは、ひらりと跳びあがり、地面に落下。
否、この場合は着地と表現した方が正しいかもしれない。マスクを中心に、周囲のアスファルトが徐々に銀色のメダルに作り変えられていく。メダルは触れた部分をさらにメダルに変えていき、やがて人の形の山になっていく。
そして、メダルの塊は動き出す。横から縦へと変わり、あたかも人間と同じように動き、色が付いて行き。
「復☆活♡」
やがて、生成された姿は、パピヨン以外の何者でもなかった。
「パピヨン……」
「……」
パピヨンは、自らの体を一度見下ろす。額と顎に手を当てながらハルトとコウスケ、えりかとフロストノヴァ、そしてアナザービーストへ視線を泳がせる。
「……」
少しの間、彼は目を丸くしていた。やがて首を振り、地下室だった窪地を見下ろし、鼻で笑った。
「おいおい、親父はこんなところで死んだのか?」
「親父って……」
「ボンドルドだ。ここでは、教授と言った方がいいのかな?」
パピヨンはマスクに手を当て、肩を震わせた。
「我ながら悪運が強い。ウィザード。俺は君に破れる時、賢者の石をこのマスクに写した。あの時の肉体は滅びたが、このマスクだけが生き残った。そのおかげで、どうやら命拾いしたようだ」
パピヨンは右手を握ったり開いたりして、動かしてみる。すると、彼の掌からは、ポロポロとメダルが零れ落ちていった。
「どうやら俺は、このマスクに写した賢者の石を破壊されない限りは死なないようだ。人間からはかけ離れた怪物だが、当面の死の心配はなさそうだ。だが……」
数秒間、パピヨンは固まる。やがてアナザービーストを見上げ、咳払いをした。
「んん……話は大よそ聞いていた。あの監督役が、我が愛しの父を殺し、あの化け物を作ったのだと」
パピヨンは「愛し」の部分に少しだけ語気を強めながら吐き捨てた。
「で? お前は我が妹の死を直面し、何も出来ないと」
「……お前には関係ないだろ」
目を反らすハルトに満足したのか、パピヨンは改めてフロストノヴァに目を向けた。
「よう。フロストノヴァ。戦いはどうした?」
「……私は負けた。もう、聖杯戦争に参加する気はない」
「へえ。いい子ちゃんだねえ」
パピヨンは嘲笑いながら腕を振る。今や彼の細胞ともいえるメダルが散り、メダルからあのミイラが生成されていく。
「監督役にはフラれ、結果願いは叶ったものの、このメダルの体……戦いを経ての願いを求めた者の罰、ということか?」
「そうかもな」
パピヨンの自虐に、コウスケが応える。
「幸いお前は参加者じゃねえ。曲りなりにも願いがかなった今、もう戦う理由はねえんじゃねえか?」
「……この状態で、永遠に生き続けるのか」
パピヨンは声を少し震わせた。
果たして、彼の視界には何が映っているのだろうか。血走った目で、キョロキョロとハルトたちを含めた周囲を見渡している。
「……これも、聖杯を求めた罰だとでもいうのか……」
「どうか、しましたか?」
えりかが心配そうに歩み寄る。
だがパピヨンの前に、二体のミイラが立ちはだかる。それは、えりかの同情を拒絶しているようでもあった。
「ああ……ああ……! なんて愚かしい選択だったのだろうな、この聖杯戦争は!」
「願いなど適わず、俺は短命の命から、むしろこの世界に不死身というなの牢獄に捕らわれてしまった! ああ、何という運命の皮肉だろうか!」
「お前、何で劇場風なんだよ」
コウスケのツッコミに構わず、パピヨンは辛うじて残っているベンチに腰を落とす。
「止めだ止めだ。こんなバカバカしい戦い、参加している者たちの気が知れない」
「全くその通りだよ。……ハルト」
「……」
もし、コウスケが今話しかけてくれなかったら、気が狂っていたかもしれない。
ハルトは音が鳴りそうなほどゆっくりと、コウスケに顔を向ける。
コウスケはハルトの肩に触れながら尋ねる。
「大丈夫か? 戦えるか?」
「……大丈夫」
逃げ出したい気持ちを抑えながら、ハルトは立ち上る。
「何か、本当にどうしようもないけど……頭の中、ぐちゃぐちゃなんだけど……やらなくちゃいけないことは、残酷なまでに分かってるんだ」
「……そうだな」
「結梨ちゃんに、罪は背負わせない……!」
ハルトは深く息を吐き。
「結梨ちゃんが、誰かに手をかける前に……! だから……えりかちゃん、パピヨン、フロストノヴァ……力を、貸してくれ!」
「……はい!」
「ふん」
「ああ」
えりかだけではない。
これまで敵対してきた者たちが頷いたことだけが、ハルトにとっての数少ない救いであった。
少しだけ。ほんの少しだけ、心が浮つくのを感じながら、ハルトはそれ以外の感情を振り切るように絞り出す。
「結梨ちゃん……この不幸はもう……終わりにしよう……」
『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
そして詠唱し始めるウィザードライバー。ハルトはルビーの指輪を、コウスケはビーストの指輪をそれぞれ左手中指にかけ。
「変身!」
「変 身!」
叫んだ。
後書き
パピヨンの今の状態、果たして世界はどんな風に映るのでしょうか……
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