俺様勇者と武闘家日記
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
エドの正体
先に一人でエドの馬小屋に向かうジョナスを、私たちは必死で追いかけた。
その後なんとかエドのいる馬小屋に着いたものの、ずっと全力疾走だったため、息も絶え絶えでまともに立つことすらできない。ナギとルークは平気な顔をしているが、私とシーラは肩を上下させながら、呼吸が整うまでずっと馬小屋の前で休んでいた。
「おいおい、だらしねえなあ、二人とも。見ろよ、ルークなんか汗一つかいてないぜ」
顔を上げると、涼しい顔で見下ろすナギと、心配そうに私たちを気遣う様子のルークの姿があった。旅慣れていないルークにまで情けない姿を見られたことが恥ずかしくなり、私は急いで呼吸を整えた。
「ごめん、皆、私周り何も見えなかった。メイリのこと考える、他に何も考えなくなる。これ私の悪い癖」
そんな私たちの前で申し訳なさそうに謝るジョナスに対し、シーラはあえて明るい口調で答える。
「あたしは逆に、周りが見えなくなるほど愛してくれるジョナりんの奥さんが羨ましいけどなあ☆」
「そうだよ! 家庭を一番に考えてくれるジョナスが旦那さんで、メイリさんは幸せだよ!」
シーラのフォローに、すかさず私も相槌を入れる。私たち二人に励まされたのか、落ち込んでいたジョナスの顔に生気が宿った。
「ありがとう、二人とも。エド、この小屋いる。急に入ったらエド、びっくりして突撃する。前にミオがやったように」
「そ、そうだったっけ」
言われて私は以前この小屋に入ったとき、エドにぶつかりそうになったことを思い出し、自重する。
「ジョナス、忙しい中案内ありがとうな」
ユウリがジョナスにお礼を言うと、すでにジョナスは馬小屋から離れていた。
「じゃあ、私戻る。帰る時、私の家寄る。これ約束」
そう言ってジョナスはものすごいスピードで走り去っていった。きっとメイリに会うために急いで家に帰ったのだろう。改めて、ジョナスとメイリさんの熱愛ぶりが羨ましく思えた。
「じゃあ早速中に入ろうぜ」
先に扉を開けたナギが、音を立てないよう静かに小屋の中に入る。私たちも彼に続いて中に入った。
「あ……!」
一頭しかいない小屋にしては広すぎる部屋に、毛並みの美しい白い馬が干し草を喰んでいる。けれど餌を食べることに夢中なのか、こちらにお尻を向けたまま、わたしたちの存在に気づいていない様子だ。
「あの馬が、本当に三賢者の一人なのか……?」
半ば信じられない様子で呟くナギ。彼の言うとおり、その姿はどう見ても普通の馬にしか見えない。けれどただ一人、シーラだけは目の前の三賢者を前に微動だにせず、立ち竦んでいた。
「ナギちん、わからない? あの姿でも、ものすごい魔力を感じるよ」
魔力のない私には全く感じられないが、もしかしたらユウリやルークも多少感じ取っているのだろうか? そう思い二人の方に視線を向けると、彼らもまたナギと同じく理解できない顔をしていた。
「ふむ……、少しは聡い子がいるようですね」
『!!』
いつの間にかこちらを振り向いていたエドが静かな声で言った。私達の存在に気づいていたのか、初めて会う3人を見ても動じていない。近くまで寄ると、エドの深海の様な瞳に私たちの戸惑う顔が映し出された。
「あなたが、三賢者のエドさん?」
「はい。こんな姿ですが、一応三賢者の一人として数えられてきました。あなたは……、イグノーの後継者ですね」
少し緊張した様子のシーラが尋ねると、エドはシーラの持つ杖を見ながら答えた。シーラの杖はイグノーさんが持っていたものであり、同時にイグノーさんの意志も宿っている。もしかしたらその杖に何かを感じ取ったのかも知れない。
「あたしは、イグノーの孫のシーラです。後継者かどうかはわかんないけど、お祖父様がこの杖であたしを賢者にしてくれました」
少し自信なさげにイグノーさんの杖を振りかざすシーラ。その瞬間、エドの纏う空気が少し和らいだ気がした。
「イグノーが認めたのなら、あなたは彼の正当な後継者です。自信を持ってください。あなたは将来、語り継がれるべき存在となる可能性を秘めています」
「語り継がれるべき存在?」
「ですが、あくまで可能性の話です。イグノーが残したであろう知恵と、あなたの魔力が合わされば、我々三賢者をも上回る存在になるかもしれません。しかし、あなたがこの先賢者としてどう生きるか、世に語り継がれるべきかどうかは、あなた次第なのです」
「わ、わかった!」
エドの言葉に、シーラは決意を秘めた顔で頷いた。しかし、そんな彼女の志など知ったこっちゃないという風に、ユウリが横から割って入った。
「おい。こいつの可能性の話より、あんたに渡したいものがあるんだが」
何となく面白くない顔をしている辺り、自分より目立っているシーラに嫉妬しているのかもしれない。
「おや、これはこれは稀代の勇者殿。いつからそこにいたんですか」
皮肉交じりな言い方をするエドに、ユウリのこめかみがピクリと動いた。
「そうか。別に人間に戻りたくないのなら、この変化の杖は俺たちがもらっていく」
そう言って見せびらかすように変化の杖をエドの前に突き出すと、それに気づいたエドが慌ててユウリに迫った。
「待ってください! 本当に杖を取り返したんですか!?」
「偶然訪れた町で国を乗っ取っていた魔物が持っていた。魔物自身がこの杖を使っていたことは確認済みだ」
エドはその杖をまじまじと眺めると、感心したように大きく息を吐いた。
「これは間違いなく、私が作った変化の杖です。まさか本当に取り返してくださるとは……」
その言葉に、ユウリは得意げな顔で鼻を鳴らした。
「で、元の姿に戻すには、どうすればいいんだ?」
「戻したい対象に向けて、『元に戻れ』と唱えれば、元の姿に戻ります。ユウリさん、お願いできますか?」
ユウリは無言で頷くと、杖の先端をエドの方に向けた。
「元に戻れ!」
すると、杖の先から眩い光が放射状に放ち始めた。光は目の前のエドに集中し、やがて馬の姿を覆い隠した。それからどれほど経っただろう。ようやく光が消え始めると、馬の姿は完全に消え、代わりに人影が現れた。
「これがエドの本当の姿……!?」
私の言葉が終わるとともに姿を現したのは、小柄で細身の初老の女性だった。白髪と銀髪が入り混じった髪に、色白の肌。目元が穏やかで優しそうな雰囲気を醸し出している。
服装は姿を変えられた時のものだろうか。色褪せたエメラルドグリーンのローブには、古代文字のような刺繍の装飾が散りばめられ、胸元や耳には様々な色の宝石を使ったアクセサリーが施されていた。
「ありがとう、勇者とその仲間たち。お陰で元の姿に戻ることができました」
慇懃にお辞儀をするエドの態度に調子を狂わされたのか、若干戸惑うユウリだったが、すぐに泰然とした態度を見せた。
「ふん。勇者としてこのくらい当然だ。それよりも、この変化の杖はあんたのだったんだろ? 返してやるから代わりに礼をよこせ」
そう言ってユウリはもう片方の手でなにか寄こせと言わんばかりのサインをした。せっかくエドを元の姿に戻したというのに、とても勇者が持ちかけるやり取りとは思えない。エドも明らかに呆れた目で勇者を見ている。
「申し訳ありませんが、今まで馬として生きてきた私には、あなた方に渡すような礼など持ち合わせておりません。そのくらいのこと、変化の杖を取り戻した偉大なる勇者殿がわからないわけはないでしょう?」
「……ふん、今のはただの冗談だ。まさか本気にしたのか?」
「そうとらえられてもおかしくない言い回しでしたのでね」
そう言いながら、バチバチと火花を散らせる2人。そういえばこの2人、前からあんまり仲が良くなかったんだっけ。
「元々その杖は、私の師匠であるマックベルにプレゼントする予定だったのです。と言ってももう何十年も前に約束したきりなので、師匠もきっともう覚えてないと思いますが」
「へえ、三賢者のあんたにも、師匠がいるのか?」
ナギが問うと、エドは少し自慢げな顔をした。
「ええ。ちなみに師匠も、私と同じ三賢者なんですよ」
『ええっ!?』
まさかの事実に、全員が驚く。
「なのでその杖は、今となっては私には必要のないものなんですよ。よろしければ差し上げますが」
そうエドは言うが、本当はマックベルさんにプレゼントしたかったのではないだろうか。私だってもし師匠が生きていたら、今までお世話になった分、お礼をしてあげたいと思うからだ。
「ねえユウリちゃん!! あたし、マックベルさんのところに行きたい!!」
なんて考えていたら、シーラに先を越された。そんな彼女の唐突なお願いに、ユウリは渋面を浮かべる。
「はあ? なんでいきなり……」
「同じ『賢者』だもん、会いたいと思うのは当然のことでしょ?」
「そうなのか? 俺は全く同意できないが」
そう言ってルークを見るユウリ。彼にとっては、自分と同じ『勇者』という職業を持つルークを見ても何も思わないのだろう。けれど私も、シーラの意見には賛成だ。何故なら――。
「私もマックベルさんのところに行って、変化の杖を渡してあげたい。師匠にプレゼントを贈ろうとするエドの気持ち、何となく分かるから」
エドの師匠が今も元気でいるかはわからない。けど、もし可能性があるなら、私はエドの思いを手助けしてあげたい。自分ができなかったから――。
「そうだね、僕も2人に賛成だな。それにミオの気持ちは、僕にもよくわかるよ」
「ルーク……」
ルークも私と同じ師匠を持つ者同士、共感できることも多いはず。目が合うと、私の心の内を読んだのか、優しく微笑んだ。
「……」
「ひっ!?」
なぜか突然ユウリに思いきり睨みつけられた気がしたが、気のせいだろうか? いや、あの眼光の鋭さは気のせいではない。まさか私が口を挟んだから怒ってる?
「……わかった。行きたいのなら勝手にしろ」
「え!?」
先ほどとは一転、突き放すかのようなユウリの言い方に、私は呆気にとられてしまった。そういえば、サマンオサでルークを仲間にしたときもこんな感じだった。……そんな風に言わなくてもいいのに。
私たちのやり取りにマックベルさんのところに行く流れだと察したのか、エドが頭を下げた。
「すみません、ありがとうございます。もし師匠のところに行くのでしたら、ここからはるか北にあるグリンラッドという島に、師匠の家があります。もし師匠に会うことがあれば、よろしくお伝え下さい」
「わかりました! 必ずマックベルさんのところに届けます」
元気よく答えたはいいものの、本当に私たちが次の行き先を決めていいのかとヒヤヒヤしながらユウリの方を見る。けれど彼は我関せずといった様子で明後日の方を向いていた。
「どうしたの、ミオ?」
ユウリのことをじっと見ていたからか、ルークが不思議そうに尋ねてきた。
「あ、いや、何でもないよ」
今更ユウリの一喜一憂に顔色を窺ってるなんて、ルークに知られるわけには行かない。私は平静を装って答えた。
「それで、あんたはこれからどうするんだ?」
話が一段落したところで、ユウリは人間に戻ったエドに尋ねた。
「そうですね……。今更賢者として生きるには年を取りすぎました。新しい賢者もいることですし、ここでのんびり余生を過ごそうかと思います」
エドが実は三賢者だということは、里の人たちのほとんどが知っている。エドが人間だったころ住んでいたアープの塔も、私たちが来る前までは魔物の巣窟になっており、たびたびジョナスをはじめスー族の戦士たちが魔物を退治しに行っていたそうだ。なので、エドが人間に戻ったとしてもきっと里の人たちは彼女を受け入れてくれるだろう。
「これから私はアナックのところに行って事情を説明してきます。けれどいきなり見知らぬ人間がやってきたら、彼も驚くでしょう。ユウリさん、申し訳ないのですが、証人として一緒について来てくれませんか?」
「ふん、随分と頼りない三賢者だな」
文句を言いながらも、ユウリはエドとともにアナックさんのところについていくことになった。
「えーと、私たちはどうしようか?」
私が誰にともなく聞くと、皆しばらく考え込んだ。
「あ、そうだ! ジョナりんがうちに来てくれって言ってたよね。ユウリちゃんが戻ってくる間に、行ってみようよ!」
「そーだな。あいつの奥さんがどんな人か気になるし」
シーラの思いつきに、ナギはもちろん私やルークも頷いた。どうせ用が済んだらすぐに帰ってしまうユウリのことだ、せめてここを離れる前に挨拶ぐらいはして行きたい。そうと決まれば早速、皆でジョナスの家へと向かうことにした。
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