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探偵オペラ ミルキィホームズ ~プリズム・メイズ~

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ヒュートリエットの蚤の市

 早朝。
「ワトスン、花梨、準備はいいか?」
「いつでもいいですよ」「にゃう」
 おかっぱ頭に丸眼鏡のメイドと、金目の黒猫がそれぞれに応える。
 入り口のドアの電子ロックが解除され、ふたつの人影がそっと入ってきた。

「・・・ネロ。こんなこと、やっぱりよくない・・・」
 事務所のドアの外から、二人分の話し声が聞こえてくる。
「なんでだよー。事務所に置いていあるお菓子は好きに食べていいって、ウィルも言ってくれたし、いいんだよ」
「・・・でも。」
 がちゃりとドアが開いて、二人が入ってくる。鹿撃ち(ディアストーカー)を被った少女ともうひとり、長い黒髪の、大人しそうな娘。

「・・・ウィルバー様。撃ちますか?」
「--いや、いい」
 言って、銃をふところにしまい、ソファの影からウィルバーは立ち上がった。
「おはよう、譲崎さん」
「うわっ!?」「きゃっ・・・!?」
 テーブルの上に意識を集中していたネロが跳び上がり、もう一人の少女が怯えたように、ウィルバーたちのほうを振り向いた。
「・・・な、なんだよ。いるなら居るって言えよな。隠れてるなんて悪趣味なヤツぅ」
 口を尖らす、ネロ。
「こっそり事務所に入ってくるほうがどうかしてるよ。物盗りかと思ったじゃないか」
「あ、あの。ごめんなさい・・・」
 長い黒髪の少女が、頭を下げて謝る。
 ウィルバーはネロの襟首を捕まえた。
「・・・いやいや。悪いのはこっちだろ、どう見ても。譲崎さん?」
「な、なんだよ・・・」
 首を掴まれた猫みたいなネロ。手を振って主張した。
「昨日食べたお菓子があんまりおいしかったから、エリーにも食べさせてあげようと思って連れてきたんだよー」
「だったらコソコソしないではっきり言いなさい。変な所で遠慮をするんだから」
「・・・う」
 うめいてネロは、ウィルバーの表情をチラと盗み見た。
 怒ってはーーいない。
 ほう、と小さく息をつく。
「エリー。この人がウィルバーさん。そっちの黒猫がワトスンさんで、こっちの女の人が花梨さん」
「は・・・、はじめまして。エルキュール、です、よろしく・・・・・。」
 ぺこり、と頭を下げて、エリー。
「ウィルバー・キヅキだ。こっちは花梨・ナンシー」

   *
   *
   *

「エリー! こっち、こっち!」
 ヒュートリエットには、日曜には蚤の市が立つ。
 その広場を、駆けーー、何十メートルも向こうで、ネロが手を振って呼ぶ。
「・・・、待って・・・」
 黒猫のワトスンを胸元に抱いたエリーが、よろよろと、人の波に押されつつ、ネロのほうへ、進む。
 探偵の卵ーーネロは、通路の両脇に並ぶ、様々な雑貨を目で辿る。
 食器に、服。色とりどりの布。古びた本に、家具。鞄に、靴。おおよそ日常生活に使うありとあらゆるものが、見渡す限りに並んで広がっている。
「・・・あっ、可愛い絵本・・・。」
 ふ、と右の露店に目を向けたエリーが、吸い寄せられるようにそちらへ近づく。
「こんなのが”可愛い”って言うの? エリーって変わってるね」
 悪気はないらしい言い方で、ネロ。独特のタッチで描かれた様々な動物たちが表紙になっていて、中を開くと、パステル・カラーの、デフォルメされた動物たちや、花々、人の姿。残念ながらスウェーデン語はあまり読めない。
「・・・そ、そうかな。あっ、髪飾り・・・」
 小さな星のついたヘアピンが、エリーの目に止まった。
「ネロに似合いそう・・・。」
 何気なく、手に取ってみる。
「えーっ? やだよ、よせよ、似合わないって」
「そんなことない。ほら」
 ピンをネロの髪にさして、店先にある鏡に映して見せるエリー。
「・・・そ、そうかな・・・」(エリーにそう言われると、なんだかそんな気がしてきてしまうじゃないか。・・・ずるい。)
 ネロの内心なんて知らずにエリーは、にこにこと微笑んでいる。
「・・・っ、あ、ねえ、あれ何だろ!」
 なんだかやりきれなくなったネロは、遠くの露店の店先を指差した。
「えっ・・・」
「行ってみようよ!」
 エリーの手を引いて走り出す。
「お店は逃げないと思う・・・! ねえ、ネロ・・・!」

 店先で立ち止まったネロは、しばらく、吊り下げられた多種多様な服を、一着ずつ順に物色していたが、やがて何着かを腕にかけてエリーのところまで戻ってきた。
「ねぇねぇ、これなんかコーデリアに似合うと思わない? 小さい花がいっぱい付いてる」
「コーデリアさんたちの服まで探すつもりなの・・・?」
「見てるだけだよ! ほらほら、エリーも」
 ひらひらのワンピースを渡されて、思わず受け止めてしまう。涼やかな水色で、布の手触りが気持ちいい。つい、値札など確認してしまう。
「・・・あ。あら? これ・・・」
 値札が付いていない。ネロが持っているものにも。
 不思議に思っていると、別の客と出店者のやりとりが聞こえてきて、謎が解けた。
 値段の交渉をしていた。
(そ・・・、そんな。恥ずかしくてお買い物ができない・・・。)
 うつむいてしまう。
 どんなに素敵なワンピースだって、お店の人に話しかけて、幾らですかって訊かないといけない。
(・・・そ、そんな。恥ずかしい・・・)
「ねぇねぇオバちゃん! これとさ、これもつけてよ。全部で1000クローネで売ってくれない?」
 ネロは怖気づかない。
 戦利品を手にして振り返り、にこりと笑った。
「ね。エリーもそれ欲しいの? 訊いてみたら?」
「は、恥ずかしくて・・・」
「僕が訊いてあげようか?」
 何でもないことのように、ネロは言う。
「い・・・、いい。これ、諦めるから・・・」
「ちょっとちょっと、エリー!」
 走り去るエリーを追って、慌てて荷物を抱え、駆け出すネロ。

「もう・・・。何がそんなに恥ずかしいのか分からないよ。オバちゃんは別にエリーのこと、変だとか思ったりしないよ」
「へ、へん・・・?」
 エリーの顔に疑問符が浮かぶ。
「そう思ってるんじゃないの? どう思われたってさ、気にしなくていいんだよ。エリーは可愛いし、優しいし、いいところだらけなんだからさ」
「・・・・」
 ネロに褒められると、照れてしまう。
 元気いっぱいで、素直で。いい所ばっかりなのは、あなたのほうでしょう・・・?

「ら、ららら、ら」
 ネロが上機嫌で鼻歌を歌っている。
「いい物が買えたね。見てるだけで楽しいし!」
「うん。とっても、素敵・・・」
「来週も来ようよ! 今度は、コーデリアたちも一緒にさ」
「そうだね」
 にこり、と微笑むエリー。

 楽しい日曜日は、まだ終わらない。 
 

 
後書き
読んで下さった方、ありがとうございます ^_^ 
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