無限の成層圏 虹になった男
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一巻
一話
前書き
途中罫線がアンダーラインになってたりしますが仕様です。
申し訳ない。
この暖かさを持った人間が地球さえ破壊する。
私はそうアムロに言ったのを覚えている。
地球に残った人間など、地上の蚤だと。
私はアムロに敗れた。
乗っていた機体は大破し、死ぬ直前にアクシズが地球から離れていくのを感じている。
そう、私は死んだのだ。
しかし、何かの間違いか。
私はこうして、宇宙世紀から何世紀も前の地球に生きているのだ。
孤児院で育った私に「シャア・アズナブル」と名付けられたのは神の皮肉か何かだろう。
私は地球の、イギリスと呼ばれる国に生まれた。
しかし、キャスバルの名で生まれなかったのは私としても幸運だったのだろうか。
だが、アルテイシアは私のそばにいなかった。
ここにはアムロも、ましてやララァもいない。
だが、考える時間だけはあった。
父、ジオン・ズム・ダイクンの死、エドワウ・マスとしての短い生涯。
後に「一年戦争」と呼ばれる戦い、ララァとの出会いと別れ。
ハマーンという少女との訣別、カミーユという少年の悲劇。
そしてアクシズ落とし、宿敵との決着。
今でもあの時の操縦桿の感覚が手に取るように思い出せる。
私は世直しなど望んではいなかった。
ただ地球の、世界の未来を考えていた。勿論、アムロとの決着もつけたかった。
アムロへの執着と、地球連邦への絶望。その二つがグロテスクに混ざり合った結果が、あの結末だったのではないか。
女々しく、いつまでも考えてしまう。
もう、アムロはいないというのに。
あの時、νガンダムのサイコフレームから放たれた虹のような光。
私は、あの虹に乗り損ねたのだ、と──
この世界が、私の知る「宇宙世紀」とはつながりを持たないということが分かった。
理由は、とある兵器。
インフィニット・ストラトス。通称IS。
「無限の成層圏」という名を持つこの兵器──マルチフォーム・スーツという扱いになっているが、だれがどう見たって兵器だ──の存在は、宇宙世紀には見られなかったものだ。
この兵器の存在が、世界を歪めた。
これにはかつて私が乗っていたモビルスーツのような汎用性がない。なぜなら女性しか搭乗することができないのだ。
正直、兵器としては落第点もいいところだろう。
だが、その攻撃力、機動性は他の兵器の類を見ない。何より、搭乗者を決して傷付けることのない防御性は、目を見張るものがある。さらに、量子化と呼ばれる機能を用いた拡張性は随一の性能を誇る。
この兵器の存在は、世界に「女尊男卑」という風潮を急速に齎し始めた。それは流行り病のように急速拡大し、世界を蝕みつつある。
私はそのことを憂いながらも、その事実に抗う術を持たなかった。
孤児院生まれのこの体では、世界の歪みを見ているだけしかできなかった。
織斑一夏という、男性初のIS搭乗者が生まれるまでは。
男性でもISを扱うことができるかもしれない。それは劇毒の様に世界を巡り、人々を新たなる男性起動者を探す道へと駆り立てた。
そして、運命とは数奇なもので。
私は、世界で二人目のIS操縦者になったのである。
全世界で次なる男性IS操縦者を探すための試験が行われた。
そしてそこで、私は久しく感じていなかった宇宙を実感することになった。
世界が広がる感覚。そして知覚領域が一気に広がるこの感じ。それは正しく、私がニュータイプとしてこの世界でも覚醒したことになる。
この世界でも、人は革新を迎える。
しかし、その真価を享受できるのは女性と織斑一夏だけ。
その事実が、私の心を蝕み始めていた。
この世界が宇宙世紀と同じ、いやそれ以上の歪みを持ち始める。宇宙に出る前に広がるこの人類の革新は、宇宙世紀以上に人を腐らせる。
この鬼火が気付かれたとき、世界は地球を焼き尽くす戦いを始めるだろう。
私はこの世界で最初に生まれたニュータイプとして、それを止める義務があるだろう。
その時こそ、私が本当の意味で「シャア・アズナブル」として生まれるときなのだろう。
まったく、生まれ変わっても私は人身御供の家系から逃れられないな、と一人自嘲する。
その時が来ないことを、祈りながら。
私は、イギリスの代表候補生としてIS学園──国籍問わず、ISを学ぶ学園──へと向かうこととなった。
その中で、私は一人の少女と出会う。
セシリア・オルコット。両親を亡くした、若すぎるISのパイロットであり代表候補生。
その生い立ちと扱い辛い人間性からは、どうしてもカミーユ・ビダンという少年を重ねてしまう。
「君がセシリア・オルコットか。私はシャア・アズナブル、よろしく頼む」
私が差し伸べた手は、無情にも払われる。
「馴れ合おうなんてことは考えないでくださいまし。私は軟弱な男性は嫌いですので」
彼女はそう言う。
「貴方とはこの後模擬戦を行う予定でしたわね」
「そうだな。お手柔らかに頼むよ、何せ私は《《ISに関しては》》素人だからね」
「せめて、わたくしを失望させないでくださいまし。狩りとは、獲物が逃げ回って成立するのですから」
手厳しいな、と私は苦笑する。
彼女が言う通り、この後には模擬戦が控えている。
私が駆るのはブルー・ティアーズのプロトタイプ。BT兵器を二つ積んだ試作型IS。
かつてモビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではないと嘯いたがここまで露骨に性能差を感じられると呆れすら感じる。
しかし、それ以上に。
BT兵器という脳波で操作する兵器を操る能力に、強い感受性。
この少女には、どうしても一人の少年を思い起こさせられる。
「この、ちょこまかと!」
イギリスのアリーナ。
そこでわたくし、セシリア・オルコットはスターライトを撃つ。
しかし、かすりもせずレーザーはアリーナを覆う遮断シールドに吸い込まれた。
間髪入れずに鳴る警告音。
すぐさまスラスターを吹かすと、先ほどまでいた場所にレーザーが二本過ぎ去っていく。
そのまま後退していくと、正確無比にレーザーが数瞬でわたくしのいた所を薙ぎ払っていく。
そして、前を見るとBT兵器を自在に操りながら接近してくる男の影。
「ッ! インターセプター!」
左手で近距離用の武器を手に取り横に薙ぎ払うのを、男はまるで分かっていたかのように潜り抜ける。
瞬間、腹部に重い衝撃。すぐさま自分が蹴られたことを理解し、スラスターにて機体制御。
体勢を立て直すと、目の前の男はそれを待っているかのようにただ佇んでいた。
「そうやって目の前のものにとらわれるとそうもなろう。ハイパーセンサーは確かに使い勝手はいいが、相手の動きをよく考え予測することだ」
目の前の男がそう言う。
足蹴にされた怒りも、余裕を持ったあり方にも、もう微塵も怒りが湧いてこない。
当然の様にBT兵器を起動しながら操り、正確な射撃。瞬時加速を併用した狡猾な攻め。
それを今初めてISに乗った男が、繰り出してくる。
怒りに始まった模擬戦は、困惑、恐怖へと変遷し、やがて尊敬へと変わった。
どうして貴方は強いのか。
否、どうして貴方はそこまで強く在れるのか。
「そら、次の一手だ」
そう言いながら男、いや、シャア・アズナブルはプロト・スターライトを撃つ。
狙いはわたくし……そして、同射線上にあるこちらのBT兵器。
無我夢中で機動し、わたくしはそこで初めてBT兵器と自身の同時機動に成功する。
「そうだ。君の空間認識能力では、BT兵器との同時機動はできるはずだ」
簡単に言ってくれる──
そう考える暇もなく、BT兵器との連続攻撃に翻弄される。
そうしているうちに、シャア・アズナブルとの距離が離れていくことに気が付く。
まずい、このままでは──
「そら、君の得意の射撃戦だ」
そう言いながらシャア・アズナブルはプロト・スターライトを撃った。
BT兵器とともにちりばめられたレーザーを体をひねる様に避け、手の中のスターライトを撃つ。
射撃が完了しているころには、もう回避行動をとられていた。
化け物、と毒づきながらすぐさま飛んでくる攻撃に身構える。
模擬戦は、最早教導となっていた。
セシリア・オルコット。
数年前、両親を列車事故で亡くしており、残った遺産を狙う悪い大人たちから守るために勉強を重ねる。また、女尊男卑の思考傾向あり。
その境遇と繊細な心は、私にカミーユ・ビダンという少年を思い起こさせるには十分なものだった。
彼もまた、周りの境遇によって子供でいることができる時間を減らされ、遂には壊れてしまった少年だ。
彼女もまた、彼と同じ結末に……と考えて思わず笑ってしまった。
彼女のニュータイプとしての素能はカミーユほどではない。それにグリプス戦役だって起こってない。
久々の戦闘に少し昔に戻ってしまった事を自嘲していると、目の前に少女が走ってくる。
「はぁ、はぁ……あのっ! ……えっと、その」
「どうした、そんなに息を荒げて」
その少女……セシリア・オルコットにやさしく声をかけると、彼女は言う。
「どうして、そこまで強く在れる……いや、その強さの源は?」
その問いに、私は少し考えこむ。
今の私の強さの源といえば、それはモビルスーツによる経験だろう。勿論、そう答えることはできない。
「そうだな、……私は人より、少し経験が多い。今のところはこれで勘弁としてもらおう」
しかし、真摯な目を前に少しだけ暈しながら正直に答えてしまった。
どうにも私は、まっすぐな目の若者には弱いらしい。
「明日、日本へ発つのだろう。その時は、よろしく頼むオルコット君」
私は明日、日本にあるIS学園という場所に行く。
男性IS搭乗者はみな平等にIS学園で学ぶ、ということになったらしい。きっとそこには、あの織斑一夏がいるのだろう。
彼は一体どんな人物なのか。
間違いなく、この時代の渦の源になるであろう人物だ。
はてさて、どんな人物かと考えていると、ふと前から声が聞こえる。
「あの、わたくしのことはセシリア、でかまいませんわ」
顔を真っ赤にしながらそう言うセシリアに、私は微笑みかけながら了承した。
IS用のスーツを乱雑に脱ぎ捨て、シャワー室に入る。
シャワーの蛇口を一気に開けると、冷たい水が頭から降り注ぐ。それが茹った頭を冷やしてくれるようで気持ちよかった。
「シャア・アズナブル……」
思わず声に出したのは、先ほどまで対峙していた男の名前。
壮絶な技量だった。まるで相手にされなかったのは初めてだ。
戦う前に、相手を侮る自分の姿がまるで惨めだ。
そして戦うさなか、戦い終わってからも相手を気遣うその心遣い。
それはまるで、貴族がその義務を負う様そのものだった。
シャア・アズナブル。生まれは不明。
孤児院に預けられてから、周りの子供どころか大人と比べても落ち着いた振る舞いで奇異の視線を向けられていたらしい。
頭脳は明晰で、既にジュニアスクールから頭角を現していた。
しかし、いつもふと、何かの拍子に考え込む癖があったらしい。
あれ程の強さを手にしながら、何を思い悩むのか。
わたくしは彼のことをまだ知らない。
わたくしにとって……いや、一般的に子供にとっての異性とは親が始まりだ。なぜなら、親こそが人生で初めて触れ合う異性なのだから。
わたくしにとっての異性の親……父親には、あまりいい思い出はない。
名家に婿入りした父は、母に多く引け目を感じていた、と思う。他者に媚びるその眼差しは、ISが発表されたことでより一層深くなった。
そんな父親を見て、こんな男とだけは結婚したくない、と何度思った事か。
母は強い女性だった。ISが世に知られる前からいくつのも会社を経営し、成功を収めていた。
厳しい人だった。それ以上に強く憧れた女性だった。
そんな二人は、三年前に亡くなった。列車事故だった。
そこからは怒涛の如き人生だった。
自分のもとに残された莫大な遺産を狙う獣たちから守るために、沢山勉強した。その一環で受けたISテストで高評価をとった。
即決だった。
それからもさらなる努力を費やした。いつしか、ブルー・ティアーズの搭乗者に任命され、わが国で見つかったという希少な男性IS起動者をテストする役割を受け、そして。
出会ってしまった。シャア・アズナブル。
その瞳には、屈しない力とか、そんなものは込められていなかった。
慈愛に満ちた、しかし決して弱々しくはない、力強い瞳だった。
「シャア……」
また口に出してしまう。不思議と、胸が切なくなる。
ドキドキと、熱く甘い。不思議な気持ち。
これは一体何なのか。
自分が与えられなかった父性への渇望か、はたまた恋か。
それを確かめるのは、最初に会った時の無礼を謝ってからにしようと、わたくしの冷静な部分が思い起こさせてきてひどく赤面した。
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