不遇水魔法使いの禁忌術式(暁バージョン)
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1話
燦々と降り注ぐ日差し、どこまでも吹き抜けるような風に混ざる砂礫、地面には熱を帯びた砂。枯れた果てた植物のようなモノを見つけたがここはオアシスのあった場所だろう。
サラサラとする歩きにくい砂地を拾った棒のような物を頼りにし、大きいハンカチかスカーフ代わりに口元を覆い帽子を被り日差しを避け学生服姿の少年が決めた方向へ進んでいる。
「暑い…暑すぎる…まるで地獄だ…」
そこはまさしく砂漠であった。永遠に命の存在し得ない場所、不帰の土地と恐れられるような場所だと異世界から迷い込んできてしまったばかりの少年に突きつけてくる。
少年は荒野を歩く、一人で頼る物も人もない。いつも通りの日常、いつも通り朝起きて布団の中から出るのも面倒だと思いながらも出て、いつも通り母親が作った朝食を食べ、そしていつも通り家を出た。そうして異なる世界の死地へ迷い込んだのだから。いつも通り過ごしていただけの少年にこのような試練が襲いかかるなど許されていいのだろうか。
持っていた水筒のお茶も尽き、目印も何もない土地をあてもないが最初に決めた方角から逸れないようにと必死に一歩一歩進んでいく。
この砂漠に迷い込んだ当初は混乱して声を上げて助けを求めたが周囲に人の痕跡は愚か生き物を見つけることすら出来ず、空を飛ぶ鳥すらも見当たらない。そして乾いた暑い風が喉に張り付き、額から垂れた汗は目に入る前に乾き消え、靴越しにでも足を焼くような熱気を感じ一刻も速くこの命のない場所から抜け出すため前へ進むことを少年は選んだ。
しばらく慣れない砂地を時折転びそうになりながらも歩き、日が直上から少し傾いた頃に水が見え始めたと感じる頃にゆらゆらと揺らめくような水場が遠くに見えるようになる。ほんの少しだけでも冷静なら気がついたかもしれない、このような場所で突然現れた水を追ってはならないのだと。
「…オアシス…なのか…?」
それを見て日差しと熱で眩んだ頭で笑みを浮かべる。少し軽やかになった心で水場へ向かって急ぐように歩く。しかし日がまた傾いていく中進み続けても一向に近ずくことはできない。まるで逃げるように水は去っていく。そうしてようやく気がつく。
「…蜃気楼か…俺は…このまま死ぬのかな」
このままでは見知らぬ土地で死に誰にも見つかることなく供養されることもなく荼毘に付されることのないミイラのようになってしまうのかと不吉な想像が脳裏をよぎる。どうしようもなく泣きたくなるがこのような環境下で、今の状況で泣けるはずもない。
そしてしばらく地面にうずくまるようになってしまいながら少し休憩をすると日が沈みだしていた。太陽が沈みガラリと世界が変わる。自身を焼く日差しと熱は消え去ったが今度は目も痛むような眩しいくらいの星明かりと月明かりに照らされ凍えるような寒さに襲われる。澄んでいる冷えた空気を吸い、暑さの残った身体から熱が逃げマシになった体調で夜空をひとりぼっちで眺める。
「ああ…ほんとに異世界なのかもな」
全く見覚えのない星の配置を眺めて何か目印になりそうなものはないのか観察するが水分の足りてない状況で視界の端が歪んで見える。ここには自分に繋がるモノは何もないのだと突きつけられる。
「ちくしょう」
脱水症状で喉に固まりが詰まったように感じ声を出すのも苦しい。だが砂漠という絶対的な孤独から逃れるためには声を出すしかない。そうでもしないとおかしくなってしまいそうだった。自分じゃどうしようもない現実へ口汚く文句を言いながらも少しずつ進み始める。暑さによって苛まれた身体を癒すようにも一時は感じられた寒さに襲われ体の震えは止まらない。
そしてたった一人備えなく彷徨った結果のどこにでもいるような普通の少年の身体はそれだけで限界を迎え…身体は地面に倒れ伏す。
「あ…れ、手足が…」
砂地に倒れ込む形になったがあまり痛みはなかった。昼に焼くように熱かった砂は今度は体温を奪い去っていく。頭から倒れたからか砂が動くような風の音が近く聞こえる。地面に着いた手足を動かそうともがくが砂を多少動かす程度でそれ以上のことはもうできない。悔しくて悔しくて砂を握り込むように手が動くが指の間から溢れて何も掴めはしない。そしてそのまま目を閉じて…
「嫌だ」
このまま終わりたくないのだと足掻く這うようにでも動こうと無理に身体へ力を入れる。意識が遠のき始めた中で砂が動くようなどこか下の空間へ落ちていくような音の方へと這っていく。
「俺は…死にたく…一人で…まだ…何も残せて…」
そして自身が砂に沈むように動いていく感覚を最後に意識を失った。
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顔に水滴が落ちてくる感覚で目を覚ます。
「ここは…?」
あたりを見渡すと石造りの部屋のような場所だった。壁が崩れて砂が落ちてくることに巻き込まれて奇跡的に部屋の内側に転がり込んで助かったようだ。
何故か湿った空間が広がっていた地下の冷たく澱んだ空気の飲み水になりうる物はないのかと水の匂いなどを感じる方へと幸いにも使えたスマートフォンを片手に持ち明かりとして進んでいく。砂を噛んだスニーカーと石の床が擦れる感覚に不快感を覚えながらも奥へ奥へと進んでいく。
淀んだ空気の中で周囲を見渡しても苔のようなモノもない。まるで石しかないような時の止まったようなここも上の砂漠のような命のない空間であると感じさせられる。壁に手をつきながら怠さのある体を支えながら前へ進む。所々に穴の開けられて如何にも矢が飛び出しそうなトラップや棘でも出てきそうな場所もあった。今のところは罠が起動するスイッチは踏まずに進めている。この砂漠の影響を受けているのに正常なのかはわからないが警戒するに越したことはない。
「…まるで…ゲームに出てくる墓所みたいだ」
こんな感想しか出てこない自分に対して苦笑する。ここは明らかに人の手が入っている場所であり、材質についてはよくわからないがしっかりとした石を削り出して規則正しく積み上げて作った建物であり装飾のような物は見当たらない。そして明らかに奥へと進んでほしくは無いという意思が組み込まれているのだろう。
「まさか完全に閉じ込められたってことは」
不安を思わず口にするが首を振って思考を振り払う。しばらく進むが未だ外へ繋がりそうな場所は見当たらない。進んでいる途中に他へ分岐する道もあったが何もない行き止まりか砂が入り込んでまともに進むことは出来なかった。
その苛立ちか不明瞭な視界によるものか未だに悪化し続ける体調によるものか一瞬だけ集中を切らしてしまう。そして不運にも現在も稼働しているトラップを稼働させてしまう。
ビュンと何か飛んで来たような音が聞こえたと感じた時には遅かった。
「うぁっ…ぐぅ…ぁぁ」
脇腹の皮と肉が抉られ切られたようだ。傷口が熱い。咄嗟にうずくまる。その上を何本かの矢が飛んでいる。少し反応が遅かった他の矢にも当たって即死だっただろう。
「な…なんだ…これはぁ…」
「腹から血が…変なのが見える…腸だ…腸が…ははは…」
自分の皮一枚下のグロテスクさに口元を抑え大きな傷に混乱しているのか可笑しなことを口走る。そして混乱する頭の中で呻き声を出しながらこれ以上自分の身体から何か出てこないように無理やり清潔だった制服とベルトで結ぶようにして壁を背に座りそしてはぁはぁと息を荒げながら必死に立ち上がる。
「諦めても…」
ほんの少し脳裏によぎるその考えを痛みの中で否定する。
「嫌だ…俺は」
血をポタポタと地面へ落としながらも壁を頼りに歩きそしてたどり着いた道は更に奥へと進むものだった。その道を進む時にまるでどこまでも深い穴を落ちていくのかと感じていた。
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「ここから脱出して…砂漠からも出て…それから俺は…」
怪我をした腹から何も出て行かないように抑えながら痛みに喘ぐ。
「何をしてでも帰るんだ」
追い込まれた声で言い、このまま死んでしまいそうな状況から目を逸らし続ける。
そうして壁に体を預けながらも進み続け、階段の底にたどり着く。
そこは不気味で怖気させられるような空間だった。
開けた空間に騎士を思わせる意匠の2、3メートルはある像が両隣に置いている大きな扉。壁に隙間なく描かれている魔法陣。そして地面には乾いた血のようなモノが広がっていて床の模様を隠しているがもしかしたら魔法陣のようなモノが床にもあるのかもしれない。よく観察できたのならその扉の中から出てきた血だとわかるだろう。
もはや複雑な思考も出来ないのもあるがあえて理解の出来ない模様の意味を考えずに前へ進む。
自分の血の匂いとこの場所の古い血の匂いに気分を悪くしながらも扉を開けようと触れて押す。少しは動くが中々進まない。血か砂が挟まっているのか長い時間開くことがなかったからなのか扉が重い。少年は荒い呼吸の中で体当たりするように押して行く。
そしてぎぃぎぃと音を立てて扉が開く。扉を開けると部屋の中は突然壁にある照明のような何かに灯りが点く。そこは直径10メートルはある円形の部屋で中心には石碑のようなモノがある。
《b》そしてその中心部に光で構築された鎖で吊られた青髪の少女が剣を突き立てられて磔にされていた。《/b》
俺はその少女を見た瞬間に痛みや苦痛、全てを忘れて見ていた。長く伸ばされた青い髪、少女らしい華奢な体格、蝶の標本のようにそこにありながらも目を離すと消えてしまいそうな雰囲気。俺は目を離せずにいた。その永遠にも思えた一瞬が過ぎて俺はゆらゆらと歩いてソレへと近づく。人形のように可愛らしい少女へと、この状況で命があることが可笑しいのに未だ血を流し続けるナニかへと近づき手を伸ばす。
(俺は何をして…)
(ああ…でも…)
自分でも理解しきれない衝動で動く少年は彼女の頬へ血に汚れた震えるその手を伸ばす。
そしてその手は少女に届き、少女は目を覚ました。
不吉を覚える程に美しい金眼と血を流しすぎて霞む視界の中で合う。
次の瞬間に鎖のようなものは砕けて消える。まずはカランと刺さっていた剣が抜けて落ちる。そして血を流すのが止まった少女はゆっくりと落ちてくる。
「あなたは誰?」
鈴が鳴るような声が聞こえる。
「…っ…っ」
俺は答えようとして口を開けるもヒューヒューと息が抜けるような音しか出ない。
「ああ…あなたの命は消えてしまいそうなのね」
少女は肉体の傷を見ることはなく何かを見透かすように見てそう言ってほんの少し悲しそうに目を閉じる。
「そんな有様なのに私を解放した…馬鹿な人」
そして目を少女は目を開けて言う。
「私はあなたを助けることができるわ」
「……でもそれは今ここで命をなくすことより辛い道を歩むことになるかもしれない」
人形のような何もない空っぽだと感じさせられるような話し方で人間性のある思いやりのあるように『ここで死ぬべきだと』と告げる。
「それでも私を解放したあなたに問わなくてはならない」
「これは契約」
「新しい命をあなたにあげる。だから…私のために戦って…私のために血を流して」
少し躊躇いながら最後の言葉を口に出す。
「私のために死んで欲しい」
そして俺は朦朧とする意識の中にも入って来た契約を聞いて…自身の腕の中で目を合わせている少女の手を迷うことなく掴む。
「そっか」
その意思を確認した少女は悲しさと嬉しさの混ざった表情で微笑んだ。
「ありがとう…ごめんね」
穏やかに悲しそうに微笑んだまま―彼女の顔が自身の顔へ接近する。咄嗟に反応できない。彼女を警戒していたとしても瞬きする暇もなく、呼吸する暇もなく、視界の中で、その表情は悲しげなまま。
初めての口付けは血の味がした。
「これで契約は結ばれたわ」
「私はサーシャ、水の魔法使い、禁忌術式にて災厄を齎した者」
「起きたらあなたの名前を聞かせてね?」
身体が内側から組み替えられていくような感覚と今まで忘れてきた痛みが蘇りながら段々と遠ざかって行く中、不意に近づいた彼女から感じた血以外の甘い香りが頭によぎりながら今度は彼女の、サーシャの胸へと倒れ意識をなくしてたのだった。
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