ボーイズ・バンド・スクリーム
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第20話 シュークリームとプライド
前書き
こんばんは!今回はスイーツ会です!それでは、小説のほうをどうぞ!
「お邪魔しまーす」「お邪魔するわよ」
俊哉はルパと智を自宅に招いていた。智に作ると約束したスイーツを振る舞うためである。せっかくなら2人で来るようにと俊哉が声をかけた。
「あがってあがって。その辺、適当に座っててな。今から作るし。小町は大丈夫?」
「小町?このイグアナの名前?女の子なのね」
リビングには透明なケージが置いてある。中にいるのは白色をしたイグアナ。サバクイグアナである。全長40cm程度で普通のイグアナよりは小さい。やや丸い顔が愛嬌万点だ。名前を呼ばれた小町は、ケージの中で首を上げて周りを見渡していた。
「そうそう、おかんが働いてた店の名前から取ってん。『スナック小町』。いかにもって感じやろ?あと俺の部屋にクワガタ一匹おるわ。小町は部屋にいてても、俺がリビングおったら来てまうし連れてきた」
「“慣れてきた”のね」
「せやな。ペット飼おうと思ったら、たまたまこの子と目が合うてな。運命や」
「智ちゃんもヤモリとヘビ、飼っていますよ」
「そうなんや。奇遇やなあ」
「クワガタは?なんていうの?」
「…マルボロ。パラワンオオヒラタクワガタってヒラタクワガタで1番デカいやつ」
「アンタ、煙草吸うの?」
「そう。吸うてる銘柄の名前にしたんや」
「やめなさい!肺がボロボロになっちゃうわよ?!」
智の口調がキツくなる。俊哉の身体を本気で心配してくれているのが伝わってきた。
「うっ、分かってんねんけどな」
「その…急に大声出して、ごめんなさい…」
「心配してくれたんやろ?ありがとう。本数は減らしてんねん。16から吸ってたし今すぐやめるんは無理やな」
「なかなかやめるのって難しいのね」
「いつか禁煙はするで。ほい、おまっと〜さん」
「おまっと?」
「『お待たせ』っちゅう意味やな」
「そうなんだ…」
「わあ〜!凄いです!どれも美味しそうですね〜!」
ルパと智の前に置かれたのは3種類のシュークリーム。生地に抹茶を練り込んだものにチョコレートを練り込んだもの、そしてプレーンな米粉のもの。中身はカスタードクリームを入れずに泡立てた生クリームを使用し仕上げるのが俊哉式である。いつの世も真に美味いのは洗練されたシンプルなものだと彼は信じていた。
「美味しいです!」
「美味しいっ…!餅米のシュークリームってことね」
「小麦粉でもええけど米粉のほうがダマになりにくくて混ぜやすいし。智がお米好き言うてたから口に合うやろなって」
「緑色のは抹茶かしら?珍しいわね」
「そや。実はスターバックスで抹茶の米粉ロールケーキ食べて思いついてん。これでもいけるんちゃうかって」
「さすがにパティシエさんは発想が違うわね」
「元やで。美味いもん作れるって自負はあるけどな」
「こんなに美味しいのに…どうしてやめちゃったの?」
「…ほな、テメェ語りしてもええか?」
俊哉の言葉に頷く二人。
「楽器やる前な、ケーキ屋しとってん。高校出て調理師免許取りに専門学校行って」
「おかんはお水系の人でな。俺がガキん時に、おとんが浮気して出てったから稼ぎが無うて」
「えっ…」
智は中学生時代、母親の浮気を目撃してしまい、それが家出のきっかけだった。俊哉の境遇に自身を重ねる。
「それで俺が自然と飯作るようになって。おかん、いつも美味いって言うてくれとったから。飯で人を幸せにできたらって考えるようになって」
「俊哉さんも、お母さんも苦労してたのね」
「もうおらんけどな。俺が高校卒業する前に死んでしもた」
「…ごめんなさい」
「気にせんでええよ。俊哉でええんやで。智はさん付け、呼び慣れてないんちゃう?呼び捨てにしとき」
「そうね、ありがとう…俊哉」
申し訳なさそうに目を伏せる智に一声かけ、俊哉は話を続ける。実際、ケーキ屋の存続は厳しい。立地や知名度はもちろん影響を受ける。スイーツは“生もの”が多い。その日に売れ残った商品が、そのまま店舗に少なくないダメージを与える。都心に行けば、お洒落で美味しい店はごまんとある。生き残るためには他店にはない魅力で売れ続けるしかない。その店でしか食べられないという付加価値が必要だ。そこには血と涙と努力、そして経験に裏打ちされた創意工夫が必ず存在する。
俊哉は自身の作るスイーツで人を幸せにしたかった。母親に食事を作っていた時のように。客の美味しいという一言があれば、それだけで翌日も頑張ろうという気持ちになった。
「俺な、思うねん。ケーキなんか食わんくても生きていけるのに、お客さんはわざわざそこに金払って買うてくれてる。そやから生半可なものは出せへん。金額は関係ないねん。それがお客さんに対する最低限の礼儀や」
俊哉の言葉にうんうんと頷くルパと智。俊哉は一呼吸おき話を続ける。
「不純な動機でケーキ屋やりたいってやつ、めっちゃおんねん。けどな、そんな甘い世界やないで。ケーキ屋続けるためには知名度と実績がいる。テレビで紹介されましたとか有名なコンテストで優勝しました、とか。俺も下積み時代は朝3時から夜10時までケーキ屋に詰める生活をほぼ毎日しとった。たまの休日は研究のために他店に行ってケーキを食べる。同時並行で経営の勉強して…そんな生活を10年続けてようやく念願のケーキ屋オープンや。嵐のような日々やったで」
「凄まじいわね…」
「若かったしなあ。バイトは、まあようけ入って来た。『俺らも俊哉さんと同じ気持ちです。自分の作ったケーキでお客さんを幸せにしたいです。』って。口先では何とでも言えんねんな。あいつらはケーキ屋をステータスとしか思うてへん。ケーキ屋で働いてる自分がモテるとかお洒落とか、挙句まわりの人間に自慢したいとか自己顕示欲の塊や。プロ意識は全くあらへん。家庭科の調理実習とおんなじ気持ちでスイーツ作っとる。そんなん見てたら、つい男女関係なく怒鳴り散らしてもうた。それからは辞職続きや。さすがに人がおらんと、な…店畳むしかあらへんかった」
「俊哉さん…」
「なんなの、それ。あんたは何も間違ってないじゃない!どう考えても辞めたほうが悪いわよ!それだけっ…あんたはお菓子作りに真摯でっ…食べる人のことっ、しっかり考えてるからっ!だからこのシュークリームは、こんなに美味しいのよ!」
俊哉の話を聞いて、まさに私のことだと智は思った。ルパと智はかつてバンドを組んだことがあった。武道館を本気で目指していた智。上京して最初に組んだバンドメンバーに強い言葉をぶつけてしまい解散となってしまった。俊哉もケーキ屋として他人とは本気度が違ったのだろう。それでも自分たちの目指すものは間違っていない、と。それは智の心からの叫びでもあった。
「…ありがとう。バンドと一緒やな。観客もアホやない。聴けば上手い下手なんか一発で分かる。練習、本気でやるやつは俺がごちゃごちゃ言うても食らいついてきおるからな。『何くそっ』って思ってやらな、ほんまに良いもんはできひんのや」
「俊哉…」
自身の厳しい言動で店を畳むことになってもなお、バンドのベーシストとして誇りを捨てない。職人気質で嫌われようと疎まれようとも妥協を許さない。俊哉の矜持は一重に観客に良い曲を届けたいという気持ちから来ていた。
「今はバイトとバンドの梯子っちゅうわけやな。インディーズならよくあることや」
「どこでバイトしているんですか?」
「江戸川楽器店。まあワンクラがメジャーデビューするまでやな」
「そうなのね。他に誰かいるの?」
「そら1人ちゃうで。リィやろ。あとは…たえ、やな。Poppin’ Partyってバンドのギタリストらしいわ。高校3年生なんやって」
「…詳しく聞かせなさい」
「え?そんな話題たくさんあらへんけど…」
「く・わ・し・く!聞かせなさい?」
「えっ?何や、そんな気になるん?分かったっ、話すから一旦座りーなっ」
バイト先の同僚の名前を出した途端に智が興奮気味に立ち上がり俊哉に顔を近づける。えも言われぬ圧の中、彼はバイト先について詳しく話をしていくのだった。
後書き
しれっとバンドリ関係の話題を出しました。将来的にはコラボしていきたいと思っています。時系列が難しいため、とりあえずはベイキャンプの話が終わってからになりそうですが。それでは、また!
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